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次なる標的

 峠のバイク死亡事故から半年が過ぎていた。事件性がない単純な自損事故と扱われたようで地方紙の端に小さく、その新聞社のネットニュースは一週間も経たずに削除と言う軽い扱いで報じられた。全国紙を賑わせた警察所管の訓練施設爆破事件、その実行犯で刑期を終え出所した男の死亡事故だと報じた報道機関はなさそうだった。一般人ならともかく情報を専門に扱う会社がその程度の過去を辿れないとは思えない。端場武組の構成員であることにも一切触れずに一会社員として報じていた。麗華は不条理に感じつつも、今後の自身の行動を鑑みればありがたくも感じた。


 次の標的は既に出所してきている。爆発物製作担当だったとされる男だ。麗華は当然その動向も掴んでいるし、素行調査も始めている。今回から興信所など他者を頼るのは一切止めることにした。捨てアカウントでやり取りした先の調査、対象が事故で死亡したのを知り何か手伝えることはないかとのメールが来ているのに気付いた。それが興信所の方針なのか、担当者個人の配慮なのか不明だがとにかく無意味に詮索されるのだけは避けたい。標的はまだ七人いる。途中何が原因で自分に嫌疑が掛かるかわかったものではない。とにかく切羽詰まるまでは実働ひとりで挑もうと決心していた。


 次の標的は今や一組織に数名は居ると言われるインテリ系やくざだ。法律指南の弁護士を抱える組は古くからあったが、今や武器や薬物製造で理工学、薬学を修めた者も少なくない。この標的も一流大卒で大企業に就職するも、会社備品の売却などで数億の損害を与えたとして懲戒解雇された経緯がある。ただ損害額プラスアルファを補填して示談が成立、刑事民事共に司法の場には引き出されていない。後に入った端場武組で横領金を元本にした、投資に成功。元の損害額の倍近くがまだ手元にあるとか。

 そこまで頭が回る人間がわざわざテロ実行犯に名を連ね、懲役刑を受けたのには謎とされたが上納金だけでは届かない幹部の席が用意されたとか。

 いずれも先の事件での公開されている部分の供述調書の内容である。その真偽は確定していないが、共犯者の供述とも齟齬がなかったため概ね事実と認知されている。


 出所以降一ヶ月の標的2は組の事務所に詰めっぱなしだったようだ。明確に断定できないのはひとりでの監視ゆえの厳しいところである。近くの監視カメラ数台にアクセス、24時間正門とシャッター付きガレージ、裏口の監視ができるプログラムをノートパソコン3台で組み、顔認識ソフトも導入しながらの無人動態監視である。生活費は全て自分のバイト代から捻出していた麗華が初めて兄の保険金及び遺族年金の受給口座に手を付けて組んだシステムである。正門とガレージ側は警察が設置した高精度カメラ2台にアクセスできているが、裏口は近くのコマ撮りコンビニ設置の防犯カメラしか見つけられなかった。メンツを重んじる界隈ゆえに裏口からコソコソすることはないと警察の判断か、確かにそこの出入りは家政婦か何かの中年女性の出入りしか見つかってはいない。

 全幅の信頼を置いたシステムではないが、数名の標的外の組員の動向を自動判別させたところ入出を100パーセント捉えていた。標的の動きがあれば数日の誤差で感知は出来るだろうと麗華は思っていた。ただシステムを24時間稼働としているため、電気代も例の口座頼りになりそうなのが若干心苦しかったのだが。

 

 新たな標的が出所してくるまでの間、麗華は体力と筋力の強化に励んでいた。事に至っては一対多はおろか一対一ですら面と向かって対峙する事態を計画する予定はない。多分今狙っている標的2に関しては素手同士なら7割くらいの確率で勝てそうだとは見ている。ただ競技の試合ならともかく、相手がいつも何を携行しているかも知れず、援軍が来る可能性がゼロの麗華が組織の構成員と事を構えるのは瞬殺後逃走以外危険が多すぎる。基礎能力を上げるのは成功率や生存率を上げる助けになると思っているからだ。

 自身護身用の暗器もいろいろと考えているのだが、ネットで散見されるものは違法ではないものの、見つかれば厳重注意を受けそうなものばかりだったので今現在は麺棒とすりこ木を鈍器としてどのカバンに必ずひとつ入れるようにしている。たまにホームセンターに出掛け、1.殺傷力が高く、2.携帯性に優れ、3.所持品検査で見つからないか、4.見つかっても不審物扱いされないもの、が無いか、あるいは自作出来ないか見て回るのだが未だ妥当なものは思い浮かんでいない。



 「そろそろ調査開始ね」

 

 麗華が監視を始めてデータが残っている分で、標的2の初めての外出を感知したのが一週間前の金曜日、その日は昼前に出掛け深夜に帰って来ていた。土日は動きがなく、開けて今週は月曜から木曜まで昼過ぎに出掛け夜半過ぎに帰るという生活をしている様だった。土日は出掛けず月金で何かをしていると推定し、明日の金曜に尾行調査、土日は平常通りに過ごして標的2も外出せずと高を括ることにした。


 

 『反社会とされる人間が何故曜日を守ったルーティンワークをしているのだろう』


 麗華は二週間使って標的2の行動パターンを探った結果に嘆息した。監視カメラから得られた入出の情報だけで推察した活動は月から金のみ、土日は組にこもると言う予想がばっちり当たってしまったのだ。勿論どれもその曜日その時間が必然の行動をしているわけではなかったのであくまで概要としてではあるが。

 標的2は典型的な下半身で行動するタイプだった。身長190センチの格闘家みたいな体格の男を多分ボディーガードとして常に同行させ、バーに飲み屋、キャバクラやソープを週5で遊びまわっている。一応キャバクラやバーでみかじめ料らしき袋を受け取っている様子も見られたが、標的2の豪遊ぶりを見ればそれほど痛くないだろう厚さだった。シマと言うものをわきまえているのか、出掛ける先は大体端場武組と懇意にしているような雰囲気だった。その風俗嬢宅にしけ込むことも頻繁にあったが、泊まることはなかった。


 『資産に余裕があるというのはあながちガセじゃないのかもね』


 麗華は標的2の動線を書き込んだ地図を映すノートパソコンを見ながら攻め処を思いあぐねていた。最大のネックは標的2は基本徒歩で行動していることだ。稀に使うタクシーも水商売の女性を送る時だけ、その部屋で過ごす場合もボディーガードは近隣待機、事を終えての帰還は徒歩か公共交通機関である。常に夜半過ぎに戻ってきていたのは終電の関係かよ、と突っ込みたくなるほどだった。免許の有無を反社が運転時にさほど気にするとは思えないが、デカい黒塗りのクルマが彼らの必須アイテムと思っていた麗華には驚きの事態だった。同時にGPSタグを密かに忍ばせて標的の動向を探ると言う前回の手が全く使えないのが厄介だった。そのためバイト時間を後ろにずらしてもらい、日々尾行に当たっていた。


 麗華は三週目にひとつ定例と言える行動を見つけ、四週目にも確認したためそこを軸に計画を練ることにした。その標的2の行動は毎週金曜日、ある私鉄駅から終電に乗るのだがいつも一時間以上早く駅に入り、数本ある同じ行先の電車に乗らず常に最終電車に乗るのだ。その時間帯の電車は別の私鉄のベッドタウン行きの電車の乗り換えの猶予時間が段々短くなるようで、終電なら五分あるところ、その一本前は2分、その前は3分と、直線距離にして100メートルだが階段をいくつか上り下りし、二つの改札を経由して到着するには過酷な時間である。標的2はその経路を辿る一日の労働を終え、疲労困ぱいなサラリーマンたちの行く手を阻んで嫌がらせをしているのだ。

 標的2とボディーガード、それとアフターのキャバクラ嬢が3~4人。酔った振りして(実際酒は入っているが)倒れ掛かったり、気付かない振りで雑談して通行を阻んだりと正に街のチンピラである。対象が何とかそれらをかわして走り出すとその様を見て大笑いする。精々大学生程度で卒業する様な悪戯で大爆笑する様はとても懲役刑を経た大人のすることには見えなかった。何度か駅員が注意に来るがボディーガードににらまれて強くは出られないようだった。


 

 『やっぱりここしかないかな』


 調査結果のデータベースを映すモニターを見ながら麗華が溜息と同時に肩を落とした。まず標的2は片時たりともボディーガードと離れない。監視に入れなかった店のトイレなどまで一緒にいるかは不明だが、多少離れたとしても接触後、即昏倒でもさせない限り助けを呼ばれること請け合いだ。


 第三者の目はほぼ気にせず下準備から執行までできた標的1と違い、標的2は時間帯で衆人環視の度合いが変わるとは言え、常に都市部に滞在している。人の目が減った時間帯でも多くの防犯カメラは動いている。四六時中監視して旅行か何かでマシな環境に移動するのを待つのも事実上不可能。最後に麗華に決断を促したのは標的3の出所が迫っていたのだ。腰を据えて事を運ぶ時間は限られているのだ。

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