くず拾いの少女②
明朝五時、羽柴優助はアメリアと共に店に出向き、資材回収の買い取りをしてもらっていた。
店主から渡された金額は200ルピ。日本円にすると1ルピ一1円。200円だ。
「こんなに安いのか・・・」
石炭の燃えカスの交換レートはキロ計算、一キロで五十ルピ。労働力と賃金が割に合ってない。優助は驚愕した。対してアメリアは普段通りにしている。
「ん?こんなもんよ」
「こ、これで何が買えるんだ?」
「胡桃パン四個」
絶句するしか無かった。
「よく今まで生きてこれたな・・・」
「ま、今回は運がいい方よ。何も食べれない日とかあるし、本当に困ったらゴミ漁ればなんとかなるしね」
(もしかして、昨日貰ったパンは貴重な食糧なんじゃ・・・。しかも俺なんかの為に丸々一個も・・・)
死ぬつもりでいた優助としては、罪悪感でいっぱいだった。てっきり石炭の燃えカスを換金したらパン一個分くらい余裕だと思っていたがそうでもない。異世界に行っても現実は世知辛いままだった。
「国とかに相談した方がいいんじゃないか?孤児なら受け入れ先の施設とかあるんじゃ・・・」
「受け入れ先が無いんだよ。この国、ストラ王国は貴族至上主義を主にしてて、今いる王都ストラでは孤児の保護は上流、中流階級まで。庶民階級から下の孤児は保護を拒否されて、私みたいにくず拾いしたり、マフィアの下働きになったり、最悪なのは身寄りが無い事をいい事に殺されて臓器売買されるってのが現状かな」
ずさんな国の制度に優助はげんなりする。そんな優助とは裏腹に、アメリアが次に向かったのがパン屋。まだ開店前だというのに店主らしき人物が店の前に立っていた。
「オニーサン、胡桃パン四個‼︎」
明らかにおじさんであろう歳の店主にオニーサンとおだてるアメリア。対して店主は黙って店内に戻り紙袋に入った胡桃パンをアメリアに渡す。
「ありがと‼︎」
アメリアは 二百ルピを手渡すと、それと同時に店主がもう一つ紙袋を渡す。
「わっ!いつもありがとうございます‼︎」
嬉しそうに深々と店主にお辞儀するアメリア。店主は何故かギロリッと鋭い目付きで優助を睨む。訳も分からず、気の弱い優助は一歩引いて怯んでしまう。
「ユースケ、行こ‼︎」
「あ、あぁ・・・」
一刻も早く逃げ出したい優助はアメリアに着いて行く。
「さよなら〜‼︎」
去り際に元気いっぱいに店主に手を振るアメリア。店主は無言でただこちらを睨んでいた。
(なんだったんだよ一体・・・)
あんなに睨まれるなんて全く検討が付かない優助。ビクビクしている優助の横でアメリアは嬉しそうにしている。
「あそこのパン屋さん、いつも来るたびにパンの耳サービスしてくれるんだぁ!しかもいっぱい‼︎」
嬉々として大量のパンの耳が入った紙袋を自慢げに見せるアメリア。
「凄い量だな」
優助は下衆な勘繰りをしてしまう。
(まさかあの店主、ロリコンか⁉︎アメリア狙ってて、俺を誤解して敵認定したのか⁈)
勘弁してくれ、と優助は頭を振る。気分を変えたい優助は話題を振る。
「そういえば、頼みたい事ってなんだったんだ?」
優助は朝早くアメリアに叩き起こされ、頼みたい事があると言われ半ば強引に連れ出されたのだ。ちなみに昨夜はなし崩しで子供達と身を寄せ合い就寝を共にした。
「あー、実は保護者として一緒に来てほしい所があって・・・」
「保護者?この世界に戸籍なんて無いぞ俺」
「その辺りは大丈夫。一応、訳ありの人でも大人だって分かればいいみたいだし」
皆目見当も付かない優助。煮え切らない優助の態度にアメリアは勢い良く手を合わせる。
「お願い!一緒にギルド登録して‼︎あと私の保護者枠でサインして‼︎‼︎」
「ギルドって保護者いるのかよ」
「決まりで未成年は十八歳以上の家族か知人の保護者同意のサインが無いと登録出来ないんだよ〜。お願〜い」
「サインぐらいなら別にいいが、なんで俺までギルドに登録しなくちゃいけないんだ」
「だって、一人より二人で稼いだ方が断然いいし〜。ね?」
お茶目に舌を出すアメリア。優助はため息を出す。
「そもそも、なんで一緒に仕事する前提なんだ?正直、俺は昨日まで死のうとしてた奴だぞ」
「そなの?で、今も死にたいの?」
ぼかしもせず、アメリアが率直に聞く。
「・・・昨日よりはマシだ。でも、あんまり関わって欲しくない。俺、発達障害ってやつみたいで、居るだけで、多分、アメリアや他のみんなに嫌な思いをさせる。サインはするよ。でも関わらない方がいい」
優助は今までの経験上、アメリアには深く関わらない様に告げた。今まで笑顔だった人が優助の無意識の言動や態度で冷たくなっていくのは心が痛くて耐え切れないと判断したからだ。
それを聞き、アメリアはあっけらかんとしていた。
「別に不快な事一切ないけど。発達障害?それって病気?」
「え、病気っていうか、多分、脳の異常だったから治療しても治らない。症状は・・・ゴメン、破壊神から言われたから詳しくは分からない」
「そっか。今までの人はユースケが発達障害って分かってて除け者にしたの?」
「いや、でもみんな俺が変だと分かったら態度変えた。大人になっても虐められたし、勉強や仕事も出来ないから見限られたし、親からもお前はおかしいって散々頭ごなしに言われたし」
過去の事なんて正直思い出したくもない。十六の子供に何を言っているんだ、と優助はアメリアに合わせる顔もなく、只々俯いた。
「う〜ん。もしかしたら、ユースケが発達障害って分かってたら理解してくれた人は理解したんじゃないかな?みんながみんな、ユースケに障害があるって知ってて冷たい態度取ってたなら話は変わるけども。そもそも親なら否定から入るのはちょっと神経疑う。私の親がまだ生きてた時はそこまで酷く無かったよ流石に」
同情してくれているのか、アメリアは俯く優助の手を掴む。
「大丈夫。私にはちゃんと打ち明けてくれたもん。ユースケと喋るの全然嫌じゃないよ」
「けど、俺、本当ダメダメで、仕事だって迷惑かけるかも・・・」
ネガティブな優助に、それでもアメリアは勇気づける。
「それも大丈夫!だって私達はこれからチームなんだから‼︎お互いカバーし合えば問題無いよ。てか、最初に迷惑掛けてるの私だし・・・。いきなり一緒に働いてとかサイン欲しいとか・・・。ま、お互い様って事で‼︎‼︎」
初めて肯定された。発達障害だと分かっていたら、もしかしたら、元の世界でも違う生き方があったのかな。優助は目頭が熱くなった。
「ありがとう・・・。ちゃんと出来るか分からないけど、やってみるよ俺・・・」
優助は涙を堪えながらアメリアとギルドで働く事を決意した。
♡♢♧♤
「ここがギルドか・・・」
今までゴシック調だった街並みを歩いていたが、目的地は一際古い酒場の様な建物だった。時代から一世代離れた建造物を見て、優助は今日からここで働くのかと心臓がドギマギさせる。
中に入ると、いかにもガラが悪そうな連中がテーブルを囲って酒を飲んでいたり、掲示板の前で何やら話していたりと、ともかく声がデカくて態度もデカイ。優助はガラの悪い連中が苦手なので、物怖じすらしてないアメリアとは違い、ずっと下を向いて歩く。
受付の女性にアメリアが用件は伝える。
「ギルド登録したいんですけど、お願いできますか?」
「では、お名前と御年齢をお願いします」
「アメリアです。十六歳です」
「未成年の方ですね。でしたら、保護者の同意書を持参、又はお連れの方にサインをお願いします」
「あ、サインはこの人はします」
アメリアは優助に対応を任せる。受付嬢は優助に一瞥を投げると、見た目だけで成人と判断する。
「かしこまりました。ではこちらの欄にサインをお願いします」
ペンを取ったのはいいが、そういえば異世界の文字が分からない。一瞬焦った優助だったが、カタカナでアメリアの名前が書かれてたのを見て、内心ホッとする。
「ありがとうございます。では登録証を発行致しますので少々お待ち下さい」
「あ!すいません、この人の登録もいいですか?」
奥の部屋で作業しようとする受付嬢を呼び止め、アメリアは俺の登録をお願いする。
「大丈夫ですよ。ではお名前と御年齢をお願いします」
「名前はユースケ・ハシバ。歳は24です」
つらつらと受付嬢はペンを走らせる。どうやら成人は名前と年齢だけでいいようだ。
「ありがとうございます。では登録証を発行致しますので少々お待ち下さい」
ふぅ、と一息入れる優助とアメリア。
「お!泥ひばりのガキじゃねーか‼︎」
受付を待っているとタチの悪そうな五人組が絡んで来た。
「泥ひばりってなんだ?」
「くず拾いの蔑称。馬鹿にしてんのよアイツら」
優助が小声で聞くと、静かに苛立ちながらアメリアが答える。下品な笑い声でリーダー格が続ける。
「おいおい、ここは資源回収なんてやってねーぞぉ!物乞いなら貴族様の靴をキャンディーみたい舐めた方がまだ賢いぜ〜‼︎ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎‼︎」
(笑いの沸点低っ)
異世界転生モノは多少知ってた優助は、感慨深く、だが他人事の様に様子を見ていた。しかし、アメリアはゲラゲラ笑う五人組に対し、悔しそうに震えている。相手は屈強な男五人、こちらはひ弱な青年と未成年の少女。喧嘩になったらどちらが勝つか目に見えていた。
「あぁん?」
見ない顔にリーダー格の男が優助の顔をジロジロ見る。
「なんだぁその格好?お前も泥ひばりか?」
優助は目を合わせないように顔ごと逸らす。その反応を面白がってか、今度は取り巻き四人も優助を囲う形で睨みつける。
「泥ひばりかって聞いてんだよゴラァ‼︎」
「こっち見ろやオラァ‼︎」
「ビビってんじゃねぇぞテメェ‼︎」
「目ぇ合わせて見ろや‼︎」
「クセェから息すんじゃねぇよボケが‼︎」
五人の恫喝に左右首を振って目を逸らそうとしたが、絶対一人は立ち位置を変えてまで優助に顔を合わせようとする。下を向いても今度は便所座りでこちらを睨みつける。最終的に優助は目を瞑った。
最初は心配そうにしていたアメリアだが、優助の天然な挙動につい吹き出してしまった。
唾を噴き出すアメリアに、ガラの悪い五人組が静まり返る。
「・・・何笑ってるんだ?」
「だって、完全に相手されて無いし、そもそも遊ばれてるじゃん!そりゃ笑うって‼︎アッハッハハッハッハッ‼︎‼︎」
別に優助は相手にして欲しくないから全力で目を逸らしてやり過ごそうとしていただけで、そもそも遊ぶつもりは毛頭無い。そうとは知らず、アメリアはひたすら爆笑し、優助は煽るアメリアに青ざめる。
リーダー格の男が恐ろしい形相でこちらを睨む。
「・・・テメェら、表出ろ」
終わった。優助は今すぐ逃げようかと考えていたが、
「ユースケ様、アメリア様、お待たせ致しました」
救いの手がやって来た。受付嬢が二人の登録証を持って来たのだ。優助はすぐさま反応し、受付嬢の元へ行く。
「助けて下さい!危ない人達に襲われてます‼︎」
「そうですか。こちらがユースケ様とアメリア様の登録証になります。身分証としても御使い出来ますが、お車、賃貸等の多額の金額が発生する取引の保証としての身分証だけ公的に認められおりませんのでご注意下さい」
あっさり流された。一瞬キョトンとしたが五人組み優助の情けなさにゲラゲラと笑う。こういうのって厳重注意とか罰則とかしないのか?と優助は唖然とするが、この流れだと連れてかれてボコボコにされてしまうので、何とか受付嬢にへばりつく。
「そうだ!仕事‼︎すぐにでも仕事したいんですけど、何かありますか⁉︎」
「では、ご説明させて頂きますのでこちらへお願いします」
受付嬢の案内を利用して、優助は強引にアメリアの腕を引っ張って、五人組から逃げ出した。流石もう粘着して来ないだろう。五人組は遠くから睨んだ後、諦めたのかしばらくしたらテーブル席で酒を注文し始めた。
ホッと胸を撫で下ろす優助だったが、アメリアは頬を膨らまし、不服そうにしていた。
「んー‼︎なんで受付嬢さんに助け求めたの?」
「答えは簡単。勝てないからだ。俺を見ろ、五人も相手に勝てると思うか?」
「勝て〜〜〜〜ないっ!!」
「だろ?逃げるか助け呼ぶかが正解だろ。それにしても・・・」
そう言って、優助は前を歩く受付嬢に不安覚える。
「助け求められたのに、あんな冷たくするか普通・・・」
「まぁ、あそこまで他人行儀だったのはちょっと怖いかも」
ギルドの闇を垣間見た優助とアメリア。その後、何事も無かったように淡々と説明を受け、入りたての新人は規定で、しばらくは最低ランクFの採取とお店の手伝い、公共施設の清掃等しか受けられないようだ。しかも依頼を受注した雇用主との都合もあるので、討伐依頼とは違い、しっかりとギルドを仲介して決まった日程から仕事を始めるという流れらしい。
幸い、優助とアメリアが選んだ下水道掃除は明日の朝六時から始められるとの事。
帰り道、優助はまたさっきの五人組に絡まれないかビクビクしていたが、アメリアそんなのは気にもせず、スキップしながら嬉しそうに帰路を飛び跳ねていた。