第六話 僕の親友
僕の友達紹介が終わり授業モードに変わって
昼休みになった。
「ねぇ、今日はみんな揃ってるし、天気もいいから中庭で歓迎パーティーしようよ」
有城からの提案だ。
「それいいね~ここの学校の中庭すごいんだってのも教えないとな」
「凄かったけ?」
「とにかくいこうぜ! 圭吾も来るだろ?」
「…ああ」
ん? 富井がなんだか覇気がない。どうしたんだろう?
「トミー、大丈夫?」
僕より先に弥高さんが心配の声を掛けた。
「ちょい眠いだけだから大丈夫。行くぞ」
また弥高さんの頭をぽんっと叩く。
富井の癖。なんだよな~僕にもするし、ユタにも時々する。有城はまぁなんか例外でしたことはない。というか見たことがない。そもそも富井は感情表現をあまりださない。何を考えているんだろうって思うことがある。でも僕の話を否定せずに聞いてくれることに居心地よさを感じていた。
あれは入学式の当日だった。
式が終わって、教室でのあいさつも終わり帰ろうと靴を履き替えていたときに声を掛けられたのが最初だった。
「あのさ…お前名前なんていうの?」
「…えと、吉岡透だけど? …だれ?」
「よ、吉岡さ、入試の時、ありがとな。ずっとお礼言えなくて」
お礼をいうような見た目ではなかった。右側の前髪がながくて片目を隠しているまるで鬼太郎のような奴だった。ピアスも何個かしている。こんな奴知り合いにいたかな~と考えていたら、そういえば同じ容姿の奴をうっすらと思いだした。
「あ!! 道に迷ってたあいつか! いやいやいいんよ。ていうか僕ら二人とも合格してたんだな! よし、改めて、よろしく!………えーっと」
「富井、富井圭吾」
「よろしくっ富井!」
僕は富井と友情の握手を交わした。
そこからクラスが一緒だとしり、ユタと有城とはクラスが違っていたから富井といる時間の方が多くなっていた。もちろん時々四人で遊ぶこともあったけど、よく二人で遊ぶようになった。
富井は最初から何を考えているのか解らないやつで、ピアス穴を増やしはじめたり、髪を染め始めたりして、家庭事情が複雑なのか? と心配したら笑われて、そこから富井の素を見てみたいと思って今に至る。
富井は僕以外の友達はいるけども、僕といるときの砕けた感じはなかった。
「なぁ、富井さぁ笑ったら友達増えるんじゃね? 僕といるときは爆笑するときあるじゃん?」
「面白くないのに笑えないよ」
「まー、確かにそうだけど」
「俺はお前といるときが面白いし楽だから笑う。というか表情筋が緩む…んだと思う」
「あはは、なんだそれ」
そんな会話をしたことあるよな~と弥高さんと富井が並んで歩いている後姿を見ながら思いだしていた。弥高さんと話している時の富井は笑っていたからだ。
「さーてさて~姫はこちらにどうぞ」
有城は弥高さんを誘導させて座らせた。
「空中庭園みたいなところですね…」
鳥たちのさえずりとかすかに吹く風が葉っぱを揺らす。
「この学校の理事長の趣味らしいよ~。職権乱用じゃんね?」
「奥には薔薇がたくさん咲いてるんだって。まさにワタシの楽園…」
「やめい。なんかR指定されそうだからやめてくれ」
「やだートールクン、いやらしい~~~」
「ちげぇーーって!」
言い合っている時ふと富井のほうに視線がいった。
全然笑ってない。それに弥高さんも気付いて富井の顔を覗き込む。
「ねぇそーいえば、圭と姫はどんな関係なの?」
ズバッと聞くね~さすが有城、KY線があるだけあるわ
「幼馴染なんだよ。家が隣同士で親同士も仲良くてな」
「はい! 小さいころからずっと一緒だよね?」
「ふーん。恋に発展せんかったの?」
ズバズバッと聞くよね、ユタカくん。それ僕も知りたい情報、GJ
「恋には発展しないよね~兄妹みたいな関係だもんね」
「よく言われるけど、お互い好きな奴いるし」
は?
え、は?
いま、富井なんつった??
「私は好きっていうか、本当に透くんが心の支えになっています! 琉衣くんみてくださいこれ」
「ちょ、姫、すごいじゃん。透のフォルダー500枚っ凄すぎる」
女子トークか遠くから聞こえてくる。僕の思考は停止している。
「おーい、透? どした?」
ユタが僕の顔の前で手をかざす。
「………んだよ」
「ん? なんか言ったか?」
「富井に好きな奴がいるなんて、僕なにも聞いてないんだけど!!」
みんな驚いて僕を見る。その視線で我に返る。
「なーにー透、ヤキモチかー?」
ユタが茶化す。そんなんじゃない。そんなんじゃないんだけど。
「…なんでそんなに怒るんだよ。俺にだって好きな奴ぐらいいるわ」
富井は黙々と惣菜パンを食べている。
「そんな話、一回も出てない! 僕たち親友じゃないのかよ! 幼馴染のことだって、弥高さんがここへ来てから知ったし、僕は富井のことなんでも知ってるつもりだった…親友だと思ってたのに!」
口から勝手に言葉がでるこんなの八つ当たりだ。ユタより、有城より、信頼できると思ってた、親友なんだと思ってた。
高校入ってからこの一年と少し。一緒にいた時間は、僕たちが過ごした時間は何だったんだよ。
僕は悔しくなってその場から逃げた。
「あーあ、こりゃ誤解されてんじゃね?」
「というか本人なんであんなにキレているのか把握していないかも」
「トミー、追いかけてあげて!」
「は? あいつが勝手に席外しただけだろ?」
「「「いいから早く!」」」
なんで何も話してくれないんだろう。
そもそも僕が、僕だけが富井のことを親友だと思っていたんだろうか。
富井にとって僕はただの友達なんだろうか…。
僕より弥高さんのことを………
なんか考えだしたら悔し涙がでてきた。僕が一番富井のことを知っていたかったのに。
「待てって、おい!」
後ろを振り返ると富井が追いかけてきていた。
「なんで追いかけてきてんだよ!」
僕は振り向かずに出てきた涙をふき取った。
「お前こそなんで逃げるんだよ! あんなこといって…」
やばい、行き止まりだ。逃げ道がない。後ろを振り返ったら汗だくの富井がいた。
「富井が、何も話さないからだろ! 親友なのに…」
富井がゆっくりと近づいてくる。汗だくな上に少し怖い顔をしていた。
「俺は自分のことあんましゃべらないの、お前なら知ってるだろ?」
「知ってるけど! けど、幼馴染がいるなんて知らなかったし、好きな奴がいるなんてそんな話しないし、もっと富井のコト知りたいって思ったんだもん!」
…だもんってなんだよ、ガキじゃないのに、僕どうしたんだろう。
「………お前にはいらない情報だと思った。だから言わなかった」
「何それ…。でも弥高さんには僕の話したんでしょ?」
「それはあいつが聞いてくるから」
「じゃ僕が富井に質問したら答えてくれたのかよ!」
「答えたよ」
これは八つ当たりだ。優越感を奪われた、八つ当たり。
どんなに言ったって、効果はない。解ってる。でも、なんだろうずっとモヤモヤしている。
富井の好きな人はもしかしたら弥高さんかもしれないと思ったから?
弥高さんは僕への思いは違うと知ったから?
富井が何も言わないから?
「お前はなんでそんなに怒ってるの?」
富井はだんだん距離を縮めてくる。気付いたら真正面に顔があるぐらいの距離になっていた。
「………知らない」
「俺だって、お前のこと知りたいんだよ。だから教えろって」
「わ、わっかんねーよ」
富井が右腕を壁ドンした状態になった。怖い。知らない富井がそこにいる。
「…………透、教えて」
名前を呼ばれて僕はハッとした。……そうだ、これだ。
「……やっと、名前…呼んでくれた」
「は?」
「弥高さんのことは友里乃って呼ぶ。ユタのことも豊って呼び捨て。有城は例外だけど…。いつも僕を呼ぶときは【おい】とか【お前】とか…じゃん。僕のこと名前で呼ばれたことなかった!」
そうだ。親友と思いながら、でもどこか壁があるなって思ってた。
話聞いてくれるし、褒めてくれる、時々笑ってくれるし楽しそうにしてくれるけど
四人でいるときに浮彫になる。弥高さんと三人でいるときは特にそうだ。
僕は親友に名前で呼ばれたことがなかったんだ。
「はぁ………」
「な、なんだよ」
富井は僕の左肩に頭を置いた。すこし距離が近い。
「今更、何て呼べばいいのか解らなかった。解らなくて一年経ってしまったんだよ」
「ふふふ、何それ」
「笑うな」
富井が僕の方をみる。富井の顔が赤い。
「そんなこというなら、お前だっていまだに俺のこと苗字呼びじゃん」
「今更……っあ! こういうこと?!」
「そういうことだよ。バカタレ」
富井は僕の頭ポンっと優しくたたいた。
「じゃ、これからは富井のこと、名前で呼ぶことにする…」
「ん。呼んで」
「け…………けけけけ」
「は? 何それ」
「毛………けけけけけけけ」
「いや、ちょ、まて、腹いたい」
声を押し殺すように富井は爆笑している。
腹を抱えて片手は口元を抑えて爆笑している。
僕はというととても体温が上がっているように思えた。
親友の名前を呼ぶだけで、何を緊張してるんだよ僕は…。
「その気持ちわからなくもないんだけど、どんだけ緊張してんだよ、透」
「は! なんでそんなすんなり言えるんだよ! け、けけけけけけ」
「はいはいやめろってもう富井か友里乃みたくトミーでもいいから」
まだ笑いのツボから出られていない富井をみて少し悔しくなった
こうなったら意地だ!
「そんなの嫌だ! だから、名前で呼ぶ! 絶対!」
「だから、どうぞ?」
僕は深呼吸をする。心拍数を整える。なぜか解らないけども。
スゥーーー
「………ケイ」
「ふふ、そう来たか」
富井改め、ケイの顔がきちんと見れない。
でもちらっとケイの方を向いたら今まで見たことない笑顔だった。
弥高さんのそばにいるときとは違う、初めてみた笑顔だった。