第十五話 曇りガラスの夏
8月終わり。夏休みも佳境に入ってきた。
夏休みの課題もぼちぼち終わって、あとはみんなで旅行に行くだけになっているはず、なのだが…。
「課題が終わってないと連れて行かないから!」
有城が強気でユタとケイにいう。旅行先の宿手配は有城がしてくれたので、その辺は融通を利かせないといけない。ていうか、夏休みも二週間しかないのに課題が終わっていないのもどうかと思うけど。ちなみに僕と弥高さんはすでに終わっていて、有城はこの日のために昨日で終わらせていた。今日はユタとケイの課題を終わらせるためと明日の旅行スケジュールの最終打ち合わせのためにいつもの喫茶店に五人で来ていたのだ。
「そんなこというなよ~有城~なんでお前もう終わってるんだよ~」
「そんなの、がっかりされたくないからよ!」
誰にだよ。
「豊だって、好きな子にがっかりされたくないでしょ?」
「はぁ?! 俺がいつ、好きな子ができたってお前にいったよ?!」
その動揺が「います」といっているようなもんなんだがな…。
「え、ユタくん好きな子いたんですか?」
「い、いいいいねぇよ、だってこいつら合コンしようぜっていってもついてこないし」
「不純だな」
ぼそっとケイがいう。そんなお前だって課題終わってないし、というか好きな奴って誰なんだよ。
「なんだよ、にらむなよ透」
「別ににらんでねぇし。ケイはどこまで終わってんの? 言ってくれたら僕んちで課題したのに」
「お前んちにいったら結紘さんにイジられるだろ」
「圭吾、いじられてるの?! うらやましい!」
有城、どうしてそうなるんだよ。ケイ自身結構ストレスになってるみたいなんだけど。
「ユタくん、もう少しです! 頑張ってください」
「お、おお」
「で、どうやっていじられるの? その時の結紘さんかわいかった?」
「いや、あの人かわいいってより、怖いだろ」
会話が脈略なく飛んでいる。これじゃいつまでたっても課題は終わらないし、店の人の視線も痛い。ここはツッコミ担当の僕(とは決まっていないけど)がこの場を沈めないと。
「はーいはい、お口チャックー。ケイとユタは手を動かす~」
パンパンっと手をたたいて空気を換えた。こうしないと全然前に進まないから進行役を買って出ている。
「あと、弥高さんと有城は明日の打ち合わせ、買い出ししとくものとか話あって。僕はケイとユタの課題見ておくから」
「了解ですっ!」
弥高さんは敬礼し、席を移動した。
有城と弥高さん、僕を真ん中にして、右にユタ、左にケイを座らせた。
なんだかんだで弥高さんが転校してきてから色々なことがあった。
好きだと言われたことも初めてだった僕は、自分がどうして恋愛したくないのか少し理解し始めている。今みたいな空間がずっと続けばいいと思う反面、やっぱどこか離れてほしくないとおもうこともある。もしもみんなにそれぞれ好きな相手ができて、その人と一緒にいる時間を優先していけば、きっと僕は一人になる。別に構わないとすら思っていた。でも、弥高さんが「好き」だと言ってくれた言葉が凄くうれしかった自分もいたんだ。だから、恋も悪くないのかもなんて思い始めている。独りはやっぱり嫌だなって思う。でも僕は大切な人を傷つけたくないし、傷つきたくない。心の中で凄く矛盾が生じている気分だ。
「なぁ、透、これどういうこと?」
「ん? これはこうで……ってやれば答えにたどり着けるはず」
「……なるほど」
「なーなー透、ここ教えて~」
「は? 自力でなんとかしろ」
「えーー? 圭吾と対応が違う~」
「はいはい、甘えない、そこ前のページに似ているのあったからそれ見てやりな」
会話を聞いていた弥高さんがクスっと笑った。
「透くんってホント、解りやすいですよね、ふふふ」
凄く楽しそうに笑う。何が解りやすいんだ?
「やっぱ姫もそう思った? 解りやすいんだよね~結紘さんに似てて~」
「ゆづ姉を出さないでくれ、似てるの嫌なんだよ。ていうかわかりやすいってなんだよ」
「言葉通りだよね? 姫~」
「はいっ。さ、お二人に教えてあげてください透くん」
二人してクスクス笑う。ふと横をみると、ケイも少し笑っていた。
「な、なんだよ」
「本当に解りやすい、……お前の教え方」
そういうことかと納得はしたけど、周りの思う「解りやすい」の解釈が違うのは雰囲気で察した。でもそれが何なのかは敢えて聞かないことにした。
「はーー終わったー! 海行けるー!」
ユタは両手をあげた。バキバキ肩と首がならしている。相当頑張ったみたいだ。
「ケイは?」
「俺はもう終わった」
「よーし、では明日、海旅行決行ってことで! 持ってくるものと現地にあるものはリストに書き出してみたから明日忘れ物ないように~。枕投げ楽しみだな~」
「いや、やらないから、枕投げやらないから」
「すっごいたのしみです! やってみたかったので!」
「いや、弥高さん? やらないよ? 枕投げしないよ?」
「友里乃ちゃんと俺で有城をメタメタにしようぜ~」
「はいっ!」
いや、だから、やらないってば。ていうかこの話の流れだと……。
「ていうことはさ、五人おんなじ部屋に寝るってこと?」
ケイが有城に聞いた。
「そうだよ~。古民家をリフォームした別荘なんだよね~なんかジブリ感あっていいんだよ~」
「それは楽しみだな」
ケイから楽しみという言葉が出てきた。凄く意外すぎて僕はびっくりした。
「ケイ、楽しみなの?」
「そりゃー、まぁ。去年いけれなかったし、母さんに話したら楽しんでこいって言われたし、羽目でも外そうかなと」
「そっか、じゃ思いっきり楽しもうな」
ケイが楽しみにしていることなら楽しい時間にしよう。そう思うと僕まで嬉しくなる。自分の好きな仲間と学校以外の場所で一日いれるなんて、楽しい以外何もない。ユタもワクワクしていてスイカ割りするだの、手持ち花火を買ってみんなでやるだの提案していた。その話を聞いて弥高さんは嬉しそうに頷いていた。
「私、一眼レフカメラ持っていきます! 覚悟しててください! 透くん!」
そうだった、彼女は僕を推しているんだった。きっと彼女のコレクションが増える喜びもこの旅の一つなのだろう。
明日の旅行の計画が大方固まってきたところで解散した。
家に帰って、荷物チェックをする。忘れ物がないように荷物の確認をしないとな。有城と弥高さんが作ってくれた持ち物リストを見ながら僕は確認する。ちゃんとまとめてくれているし、少ない荷物で住むようにまとめてくれていて凄く助かる。
ピロン
ラインの受信音がなる。
『楽しみ』
ケイからだった。彼からこんなラインがくるのが珍しくて、僕は嬉しくなる。
『僕も楽しみだよ、ケイとどこかいけるの初めてだしな』
『うん。俺も』
いつもながら淡々とした文章だけど、なんとなくわかる。そわそわしているんだろうなって。
『楽しみ過ぎて寝れそうにないから、明日起こして』
いやいや、小学生かよ、かわいいな
『わかったー。何時がいい?』
『……7時?かな』
『りょ』
僕は明日ケイにモーニングコールをすることになった。
『ラインでスタンプ連打じゃなくて、ちゃんとコールしてな』
『なんだよ、電話かけてほしいのかよ(笑) わかった~ちなみに寝声だったらすまん』
『大丈夫、俺も寝声だと思うから』
おやすみのスタンプを送ってやり取りを終えた。
僕はベットに仰向けに大の字で寝転ぶ。
本当にこの五人は居心地がいいな、凄い楽しい仲間に恵まれたと思う。だったらこの瞬間を大切に過ごそう。みんな笑って過ごせる二日間になりますように。そう考えていたらいつの間にか眠りについていた。
朝6時
僕は自分のアラームで目を覚ます。
「7時にケイにモーニングコールしなきゃ」
その前に顔を洗って歯磨きをする。夏休みだし、ゆづ姉は遅番だから朝ごはんはみんなバラバラになる。なので自分でトーストを焼いて食べる。テレビで天気予報をみて、雨の心配はないのを確認していたら、7時になりかけていた。
「ケイ、起きてるかな~」
プルルルルルルル
『はーい?』
聞こえてきたのは女性の声。え、だれ。…女の人? …もしかして、好きな人?
「あ、朝早くにすみませんが、それケイの携帯では…」
『そうよ~けいくんの携帯~あなた誰? けいくんのお友達?』
「そ、そうですけど、貴女だれですか?」
『けいくんー起きてー電話なってたからでちゃったよー起きてー』
「あのー、貴女はー………」
なんだろうむしゃくしゃする。ケイの隣で寝ていたであろう女性がケイの携帯の着信に勝手にでて、今ケイを起こしている、状態だと思う。ていうか誰?
『んー……何時~……、は? 何勝手に電話でてんだよ!』
電話越しにその女性とケイが口論しているのが聞こえる。ていうか誰?
『ごめん、透。勝手に電話でたみたいで…おはよう』
「起きたならいいけど、その、さっき電話でたの、誰」
『あー…えーっと……ちょ、ま、俺が話してるんだよ…』
『貴方が透くんなのね! 私、圭吾の母です! 今日から二日間、どうぞけいくんをよろしくね』
「………おかあ、さん?」
『ちょ、まじ、ごめんな母さんが勝手に電話でたみたいで、驚いたよな』
いや、驚く以前に目が覚めたわ、すっごく。
「いや、大丈夫、そっちも目が覚めたみたいだし、切るぞ」
『まって。一緒にいこう、待ち合わせは近くの公園で』
「わかった」
電話は僕から切った。茫然とする。ケイから連想できないほどの明るい母親だった。声も若かったからてっきりケイの好きな人もしくは彼女かと思った。そうか母親か。そう思ってホッとしてい自分がいる。なんだろう、この気持ち。解んない。解らないけど、ケイのコトまだまだ知らない事ばかりだ。親友のくせにケイの母親を知らないと気づく。家に行った時もいない時がほとんどだった。まさかあんなに若い声の人だって思わなくて、驚いている。僕の心臓がいつもより早く鼓動する。僕は深呼吸をして、呼吸を整えて、荷物の確認をして家を出た。