妖精
秋田でかおるといえば、かおる堂。ぬれ小町から小町薫にしようと思ったが、あまりにも狙いすぎかと、綺麗すぎるなと思い、お国ぶ里に変更。小国分薫。
あれ?
迷ったんじゃね?
やべ。
やべくない?
そもそも、道なりですぐって言われたはずのキャンプ場なんだけど全然つかない。あと佐々木が迷いなく先をずんずんと歩いていくからもう全然わからない。っていうかとっくの昔に私にはわからなくなっていた。まるでブラックフットみたいだった。彼氏の方が食われちゃう奴。それに地面だってこれが道と言えば道に見えるし、道じゃないと言えば道じゃない感じにも見えた。
森の木々だって何が生えてるかとか全然わからないし、これが松だと言われたら松かーってなるし、竹って言われたら竹かーってなるし、梅だって以下同文。
「ん?」
っていうかなんか暗くね?
空を見上げると薄暗くなっていた。
え?知らないうちに薄暗くなってるなにこれ?砂漠の頃は全然変化なくて時間止まってるのかっていう感じだったのになにこれ?
いつの間にどうなってんだ?
「ねえ?佐々木暗いよ!」
空。どうなってるのこれ?
「馬鹿言えよ!私は明るいよ!元気だよ!」
佐々木は振り向きざま馬鹿みたいにすごい勢いでブチ切れたみたいになった。そんで背負っていたカバンをその辺に放り投げ、それから馬鹿みたいにその場で、飛んだり跳ねたり、ラジオ体操第二の最初のやつをやったりした。あと馬鹿みたいに蹲踞みたいな姿勢から両手をいっぱいいっぱいまで左右にピーンってしたりした。馬鹿みたいだった。動物園から脱走したヒヒの様だと思った。あるいは人間の可能性を追求したという触れ込みのコンテンポラリーダンス。いやコンテンポラリーダンスやってる人にはごめんなさい。ホントごめんなさい。もしくは儀式。何かを召還する的な儀式。儀式の踊り。サイレントヒル系の禄でもないものを召還する類。
「そうじゃなくってよ!」
佐々木さん。わかるじゃん佐々木さん。わかるでしょ?あんた。そういう機微。
「ほら、西村も」
しかし佐々木はその儀式めいた何かをやめなかった。
「動きこう、こうでこうでこう」
あげく私の事もその新興宗教に勧誘する始末。やりたくない。絶対にやりたくない。なんでそんなことをせにゃならんのだ私が。やらない絶対にやらない。
「ほら!」
しかし佐々木はやめなかった。一向に。
「・・・ねえ佐々木、私が悪かったから。謝るから」
私の聞き方が悪かったんでしょ?謝る。ごめん。ごめんなさい。頭下げます。だからその儀式やめて。っていうか、私をそれに、その奇妙なものに勧誘しないで。
「はい!」
私をその見るものを嫌悪感とか汚物感とか憎悪感とか、養豚場の豚を見るような目にさせるようなそれに。いや、目だけじゃないなそういう顔にしてしまうような、その儀式に。新興宗教に。私を誘わないで。勧誘やめて。踊りをやめて。もし私がここでそれをやったら、教祖とそれの一番最初の理解者みたいになるじゃない。ダリア・ギレスピーとクローディア・ウルフみたいになるじゃない。1と3みたいになるじゃない馬鹿野郎。遺志ついで今度こそやってやるぜみたいになるじゃない。なりたくない私。そういうのちょっと。
「ハリー!」
ハリーじゃねえよ。あ、hurry upのハリー?ハリー・メイソンじゃなくて?いや、だから!
しかし佐々木は一向に止まるそぶりを見せなかった。一向に。色即是空止まらない。止まるそぶりを見せない。そんな感じ少しだって見せなかった。緩めてあげようかなっていう気もないみたいだった。むしろアクション要素が増えてすらいた。QTEが多い感じ。イベントシーンと言っても安心できない感じ。イベントでもコントローラー置いておけないタイプの。
現にさっきまでは気のふれたヒヒの様だったのが、今はそれに四回転半のスピンが加わってその後なんか世界フィギュアとかでもよく見る二回半の緩いスピンみたいなのが追加されており、あれだった。
「こいつ、バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生の敵か!」
って思った。ダメージを与えたら与えただけ強くなるタイプの。面倒なタイプの。ゲームとかで出てきたらイラつくタイプの。
そして、佐々木は本当にいつまでもやめなかった。
ガチで、夢かと思うほどにやめなかった。
しかもそうしている間にも佐々木の気のふれた儀式は加速していった。
まるでジャンプのキャラクターみたいだった。色々な物事をすぐに吸収してモノにして、そんで敵出るたびに新しい技覚えていって、スランプとかなさそうな、体力無尽蔵系の。修行とかしたらすぐ強くなるタイプの。出来ないって言ってるのに出来ちゃうタイプの。出来なきゃ死ぬって言われても出来ちゃうタイプの。
「私がやらないと止めない?」
背負っていたカバンを傍らに置いた。
「んーふーん?」
佐々木は踊り狂いながら、一心不乱に恍惚を混ぜたみたいな表情でアマンダさんみたいな声音でうなずいた。
「まじかー」
ちょっと一言、暗いって、空暗いって言っただけなんだけど私。それがどうしてこんな事になるの?そんな悪い事した私?いや、たとえ悪い事したとしても、ちゃんと謝ったし。頭下げたし。膝に着くくらい頭下げたし。それでもやらないといけないの?世界人口の8割くらいがやれない事やったよ私。頭下げて謝ったよ私。それでもやるの私?何この強制ダンスイベント?なんで?おかしいよ。意味が分からないよ。例えば、普通のゲームやってて、急にダンレボの下に敷く奴が無いとできませんっていう感じだよこれ。たけしの挑戦状だってここまでの理不尽はなかったんじゃない?よく知らないけどさ。
そうしてる間にも佐々木の暴れ猿は進化を止めない。全く止まらない。留まることを知らない。どんどん回を追うごとに主人公の事を好きになる人が増えるみたいに、動作が増えていく。
もうこれ以上は。私は恥ずかしさに堪えて、泣きそうになりながら、意を決して、唇をきゅっとして、服の裾とかを掴んでいた手を放して、
「うわー!」
ってもう捨て鉢な感情で、その儀式に参加したら、
参加したら、
それに参加した瞬間に、
「あ!」
って言ってちょうどスピン中だった佐々木が向こうを見た状態で止まった。私に背を向けた状態で止まった。
ピタッと止まった。まるでそれまでが嘘だったかのように。夢だったかのように。ピタッと。衝撃吸収シートに卵落としても割れないみたいにピタッと。
もう!
何だよ!
お前!
もう!
私は踊ってもいないのに、おでこのあたりにべとべとする汗をかいていた。大量に。璧。珠みたいな汗を。
それを出来るだけ手でぬぐって、深呼吸。心からの深呼吸をして、それから、
「どうしたの?」
すると佐々木が、
「妖精だ!」
と言って、道の先を指さした。例によってまたあのぴんぴんの腕手指を使って。
「嘘だろ!?」
妖精ってあれか?ティンカーベル系のあれか?聖剣伝説3で言えば、内田真礼嬢のあれか?いや、でも嘘だろ?いるわけねえだろそんなの。
「信じないの!?西村!」
佐々木は振り返って言った。
いやいやいや、そういう訳じゃないけど。でも、妖精とかさ。いたらどうなのそれ。いよいよじゃない?この世界観とかがさ。
「薫さんが戦ってる敵は居たのに!?」
ああ、あれはね。まあ・・・。
「あとこんな世界に居るのに!?」
ああ、そういえばそうか。まあ、そうだな確かに。
でもさ、私には見えないからさ。
「それは西村の肉眼が脆弱だからでしょ?」
それも否定できませんよ。コインランドリー見えなかったし。
「ほら、いるじゃんあれ!」
佐々木の指さす方向を必死になって見てみた。超目を細めて見てみた。でも見えない。それに薄暗いし。
あ、
「薄暗いよ。佐々木!」
そういえば そう、それ。それが言いたかったの私。ずっと。最初から。
「ああ、行っちゃう!」
しかし、佐々木はそんなの構わねえっていう感じでリュックを一つ持って走り出した。
「ちょ、待てよ!」
だもんで、私も急いでそれを追った。リュック持って。いやあリュック持って走るとかなあー。ないわー。山縦走してる人みたいじゃん。ないわー。