コインランドリー
最近のアフタヌーンでは、最初の一話二話同時掲載は、常識です。
銭湯の周りを右回りにぐるりと一周しても、もしかしたらと逆回りに回ってみても、世界はそのままだった。少なくとも肉眼で見える範囲には砂しかなかった。太陽光を反射させてキラキラと、こっちの気も、不安も知らないで、無神経に綺麗さを誇るみたいに。
「いかれてる」
マジで。マジでそう思った。どうなってんだこらあよ。
ぽつねんと砂の上に立っていると、さっきまで水に水没してて糞ほど気持ち悪かったローファーもあっという間に乾いてしまった。水が瞬く間に蒸発したのか、あるいは水分が全部砂に吸われてしまったのかは知らない。知る必要がない。そんなもんどうでもいいわ。
とにかくどこだ!どこだここ!あと、それに暑くてたまらない。
「・・・うわあー!」
たまらなくなって銭湯の中に戻った。さっきは全く目に入らなかったけど、受付の近くに冷蔵ショーケースっていうの?よくそういう施設にあるやつがあって、その中に牛乳が入っていた。
「・・・」
誰もいないのはさっき確認してたけど、とりあえずもっかいあたりを見回す。それからフルーツ牛乳を一本取りだしてまず賞味期限とかを確認した。
「書いてないぞ」
しかし書いてない。賞味期限が書いてねえ。こんなんあれじゃないのか?違法なやつじゃないのか?食品衛生管理法とかそういうのに引っ掛かるんじゃないか?詳しくは知らないけど。
「・・・」
でもまあ・・・なあー冷えてるなあー。
「まあ雪じr・・・みたいなことは無いだろうな・・・多分」
試しに一口飲んでみた。おいしかった。冷えていた。
「うひいいいい」
そのまま一息にフルーツ飲んで、そのまま連戦と言わんばかりにコーヒー牛乳も飲んだ。牛乳の安全性のアピールでもしているのかっていう位に手を腰に当てて反り返って飲んだ。ピクシブで言うところの仰け反・・・アイナブリッジっていうのかな。そういう感じで。サッポロ生ビールのポスターって言ったらハイグレっていう感じで。牛乳に相談だ!みたいなニュアンスで。
「げええふ」
誰もいないからそういうのも気にしない。私気にしません(cv:佐藤聡美)。それでようやく落ち着いた。さっき風呂場で阿保ほど水飲んだのにちょっと外出て暑くてそれで汗かいたからって、またすぐに飲みたくなるんだなあ。すごいなあ。人間ってこういう感じなんだなあ。そら何度も同じ過ちも犯すなあ。
「あ」
そこで、佐々木の事を思い出した。佐々木大丈夫かな?死んでないかな?死んだかな?不安になってきた。ドキドキしてきた。私は牛乳をもう一本持って脱衣所に戻った。
「んなああああ・・・」
佐々木はマッサージチェアーでくつろいでいた。腹にバスタオルをしいたまま、目にもどっから持ってきたのかフェイスタオルを置いて、マッサージチェアを指圧モードにして全身設定にして強めにして、
「おおおおおお・・・」
くつろいでいた。がっつりくつろいでいた。見ようによっては対魔忍が感度を3000倍とかにされている所にも見えなくもない。
「・・・」
それを見たら声をかけるのもなんかばかばかしくなった。どうでもよくなった。私は洗面台の所にあった藤椅子に腰かけてドライヤーを冷風マイナスイオン設定にしてそれを顔やら体やらに当てて、それで涼みながら持ってきた牛乳を飲むことにした。
「あれ?西村さん」
私が鏡を眺めながら、ここどこだろうなー、どうしたもんかなーっ、こわいなこわいなーってなってると、佐々木が私の存在に気が付いたのか鏡の中に現れた。一応命を救った形になってる人に気が付くのにこんなに時間かかる?こんなに時間かかるもの?わかんないけど。
「おはよう」
「おは幼女」
なんだそれ。なんだその危ない挨拶。外で言ったら間違いなく捕まるタイプの挨拶。
「で、何処ここ?」
分かんねえよ。全然何にもわかんねえよ。意味わかんねえよ。意味わからないところだよここは。なろう系だなろう系。全くわからない。
「へへへ」
何へらへらしてんだお前この野郎!この野郎!!
「だって西村、ダンディズムおひげたんみたいになってるんだもん」
「Official髭男dismね!」
何度訂正しても覚えねえなお前。あとちなみにだけど、Official髭男dismは誰も髭はやしてないらしいよ。いやよく知らないけど。ウィキに書いてた情報だけどさ。
「あとこれ牛乳ね!」
「なに西村、白髭意識してんの?」
してないし!それとも何か?途中で死ねってか!?
「あと、あれ何でゴ●ラなの?」
その先には今しがたまで二人して並んで水没していた浴槽があり、佐々木の指はその上の銭湯絵、銭湯画っていうのかな、知らんけど、とにかくそれを差していた。鏡に映った●ジラの絵。逆さ富士のように逆に映ったゴジ●の絵。ビル壊すゴ●ラの絵。
「・・・」
「普通、ああいうのって富士山とかじゃないの?」
私が、
知るか!
「うおおおお!」
着替えたいんですけど。そういって渋る佐々木を無理やり外に連れ出した。説明も面倒だったので、見てもらった方が早いと思った。だって説明が超面倒だったから。超面倒だったから。
「なんじゃきょるああ!」
佐々木は、なんじゃこりゃあを噛んでた。そんで若干セルみたいになってしまった。
これはさすがの佐々木でもちょっとは何か思う事があるんじゃないか。なんか不安になるんじゃないか。そんなほの暗い感情を持って黙って後ろから見ていると、
「西遊記みたいだああ!」
何だこいつ。
「あとあと、あとあれ、西村!」
「うるせえうるせえ」
「ブレスオブファイアⅢのあれ、後半のあれ!」
知らねえ知らねえ。
「あ!最後あんなにお世話になった砂豚を殺すところみたいだああ!」
「砂漠?」
「それだ!砂漠だあああ!」
「・・・」
「SOPHIAの街だあああ!」
街なんか一個もねえよ馬鹿野郎。砂漠だよ。鳥取砂丘みたいな砂漠だよ。見渡す限り鳥取砂丘みたいな砂漠だよ。バイカル湖くらいの規模の鳥取砂丘だこの野郎。一都六県が全部入るくらいの大きさらしいバイカル湖級の砂漠だよ。
「ねえ?佐々木なんとも思わないの?」
ねえ?
「あ!あそこになんかある!」
佐々木は声を上げて、水平器で水平を計るみたいにピーンと腕を伸ばした。
「は?どこ?」
何何何?どこどこどこ?見えない見えない何も見えない。
「あれ、あっち、西村。見えない?」
「見えない。全然見えない」
いくら目を細めても、手のひらを庇みたいにして目の上の所に配置しても見えない。何も見えない。いや、見る気が無いとかじゃなくて。肉眼の限界。私の肉眼の限界。りょうおめめの限界。水晶みたいなのか筋肉か、あるいは神経か網膜か何のあれなのか知らないけど、見えねえ。
「んーっと・・・ねえ・・・あ、カエルだ!」
「カエル!?」
帰る?家に?帰れる?
「カエルの絵だ。コインランドリーだ」
「コインランドリー!?」
コインランドリーなんてどうでもいいから。他には?他になんかない?東京メトロの駅の入り口とか無い?赤羽岩淵駅口とかないの?
「コインランドリーだけだ」
何でだよ!なんで北海道の家と家の距離感で銭湯とコインランドリーしかねえんだよ。なんであと全部砂漠なんだよ。
「行く?」
っていうか、なんで佐々木見えるんだよ。私全然見えねえよ。みんな昔は子供だったの子供かよ。お前肉眼で七等星見えんのかよ。
「でもまあ、行くとしたら夜かな。日中移動するとダメージ喰らうから、ブレスオブファイアⅢみたいに」
っていうか佐々木さ、この状況に何も思わないの。あんた。ねえ?
「私も喉乾いた。フルーツ牛乳のも」
「ねえちょっと」
「あっつくない西村?うわ、私も靴とか服とか乾いたなあ、すげえ」
どうやら佐々木は何とも思っていないようだった。どういう事なんだろう?え?それとも私がおかしいのか?私がおかしいってことあるか?いや、ないだろ。そんなわけないだろ。自分を曲げるな私。ブレるな私。メンタル私。