銭湯
「うばああ!」
気が付いて目を覚ますと水の中に上半身が水没していた。鼻や口あと耳なんかにも水が入ってきていた。容赦なくガンガン入ってきていた。口や鼻を経由して喉とか胃、肺方面に向かう水の勢いはどこぞの旧王国軍みたいな勢いだった。まるで無尽蔵の様に感じられて自分の意志とは関係なくがばがばがばってなった。げほげほげほってなった。ウルトラマンのカラータイマーのようなものが頭の中でピコンピコンってなって、私は反射的に、というよりも半ば強制的に、カタパルトで射出される石とか岩みたいに、ビーン!ってなってその場に立ち上がっていた。
「なんだこれ、SAW1のアダムか?」
ちなみに下半身は浴槽のヘリみたいなところにあがっていたらしく、濡れてない完品の状態であったのだけど、その場にピーンってなったことでまあ見事に水没した。どぽんっていった。ぼちょんって。新中古を通り越して美品ただし使用感があります。みたいになってしまった。いや、そもそも足が体よりも上に上がってる感じがして狼狽したんだし、パニックを引き起こしたのではないか。その結果、濡れてない下半身も水没し、全身が濡れ鼠のようになってしまった。あるいは洗った後の猫とか犬とかみたいな感じ。なんというか貧相な感じ。漫画とかで言うと、ちーんっていう感じの効果音が付くような。ちーんとかちょーんとか、そういうの。
「何?何で?」
とにかく濡れた顔を手でぬぐい、顔に張り付いた髪の毛を手でしっ!ってやった。意味が分からない。ただ咄嗟に「あっ!」ってなってあたりを見回した。想像したくない事だけど、もしもこれがガチのSAW1だった場合、大事な足枷の鍵がこのタイミングで排水溝に流れていくのである。それを阻止しなくては。それを怠ると結局、足を鋸で切り落とす人を間近に見ることになるし、毒の入ったタバコでけっ!けかっ!ごへげっ!っていう様な演技をして死んだふりをしなくてはいけないことになる。そんで更にその猿芝居のせいで電気ショックをかけられたりする。酷い目に合う。あと最終的にビニールをかぶされて殺される。酷い。ドイヒー。トイレの蓋で犯人だと思っていたやつの頭をガンガンやったり、ノーノー言いながら最後ドア閉められるのとかはやってみたいと思うところがあるが、でもまあ、結局あんなリアクションとか驚愕の表情が自分に出来るのかというと、自信がない。
ただ、とにかく急いで顔に残った潤い成分を払い飛ばし、あたりを見回した。しかし私が立ち上がったことによって、何か、だから所謂、そういうアクションを起こしたがゆえに私の体のどこかにワイヤーとかが繋がっていて、それによって何か、死に向かう何か、電動の子・・・電動ノコとか、口ががばっと開かされるヘッドギア的なものとかが発動したとか、その場に溜まった水が排水溝から流れていってそこに何か鍵が含まれていてとか、そういうことはなかった。ないようだった。
「あえー?」
あと少しの間、水をばしゃばしゃさせて、自分のしっぽを追いかける犬みたいぐるぐるしてたから気が付かなかったんだけど、落ち着いてあたりを見るとそこは銭湯のようだった。明確な銭湯がどういうものなのかはわからない。ただのイメージ。大きな浴槽があって、蛇口の並んだ洗い場があって、壁に大きな絵が描かれていて。
「ゴ●ラだ」
ちなみにその大きな絵にはゴジ●が描かれていた。●ジラがちょうど何かのビルを壊すようなシーン。普通こういうのって富士山とかじゃないんだろうか?わかんないけど。
ただ、とにかくそこは銭湯のようだった。今もうすっかり少なくなったと言われているらしい銭湯の類であった。天井近くにすりガラスの窓があり、全部閉まっていたけどでもそこから外の光が見えた。
「どこだ、ここ?」
それからもっと注意深くあたりを見回すと、それまでガチで全然気が付かなかったんだけど、隣の浴槽に佐々木が自分同様の態勢で沈んでいるのを見つけて、それでまた、わーってなった。
「わー!全然気が付かなかった!わー!」
急いで水から、浴槽から上がり隣の浴槽のヘリにかかっていた佐々木の足を掴んで引っ張ってあげた。全力で引っ張り上げた。所謂、水揚げした形。佐々木の水揚げ。しかし履いているローファーが水でぐじゅってて気持ち悪い。あー気持ち悪い。陸地にあがると気持ち悪いのがすごいなあ。佐々木の水揚げのために足を踏ん張る。踏ん張るとしみ出してくる水がすごい。すごい気持ち悪い。モモやらオレンジやらグレープフルーツを絞ったみたいに出てくる。履いているローファーから水が染み出てくる。
「んあー!」
そのんあー!で、水もんあー!って出てくる。気持ち悪い!
「気持ち悪い!」
その気持ち悪いという感情で佐々木を引っ張り上げた。緊急事態という事もあってやさしくは出来なかった。ほぼほぼ水揚げが終わって風呂のヘリから地面に下ろす際も優しく、そっとなんてできなかった。佐々木の体が地面に落ちた際、どんって言った。
「げへえ!」
でも、それで彼女の口からげへえが出た。水も出てきた。田舎の、トトロに出てきた井戸水みたいに、一定の間隔で、ちゃぽちゃぽと出てきた。セーフ!
「セーフか!」
どうやらセーフのようだった。頭から滑り込んで土がついて汚れているのも構わず審判を見ると、手を水平にしてるみたいな感じのセーフ。
「大丈夫、佐々木?」
「ううん・・・」
しかし昏睡してるのか、あるいはまどろんでるのか、佐々木の反応は薄い。あるいは寝ぼけているのか。何度か頬とかもぶっ叩いてみたが、
「うあん」
っつって、はっきりしない。はっきりしろこの野郎!
仕方なく佐々木を肩に抱えて、とにかく銭湯にある脱衣所に向かった。
「誰か―!」
叫んでみたが、誰も来ない。全然来ない。誰もいない。自分達以外。誰も。
「なんだこれ」
ホントになんだこれ?どうなってんだか全然わからないけど、でもとにかく。今はとにかく。
脱衣所への引き戸は最近レールに蝋でも塗ったのかと思うほどスムーズに開いた。からからからという音もしないでスーッと。エアーホッケーみたいに。電気はついていた。扇風機も回っていた。マッサージチェアーもあった。とりあえずそこに佐々木を置いて、再度安否確認をした。手をかざすと息はしていた。しかし、
「びしょ濡れだな」
こいつよ。いや、私もだけど。でも佐々木も私に負けず劣らずびしょ濡れている。髪の毛とかが顔に張り付いている。いや私もだけど。
棚に入っていた脱衣かごの一つにバスタオルが入っていた。使用感はないが、どうだろう?顔に当ててにおいを嗅いだ。衛生面が超気になった。でも、酸い臭いなどはしない。
それでまず自分の顔を拭いて、それからマッサージチェアーで寝てる佐々木の腹のあたりにかけた。
「誰か―!」
それから私は脱衣所を出て他人を探した。脱衣所から受付に通じる扉もすーっと開いた。まるで新品のようだ。
「誰かいませんかー!」
しかし、受付にも誰もいなかった。カウンターの下に隠れているのかと思って注意深く探したがそこにも誰もいない。
「えー・・・」
居たらどうしようと思いつつ男湯の方も開けてみたが、やはり同様に無人。良かったようないや、そんな場合じゃないというか、なんというか。
でも、とにかく誰もいなかった。その銭湯には自分と佐々木以外誰もいなかった。電気はついていたがでも誰もいない。
埒あかねえ。と思って外に出てみると、周りには何もなかった。
そこには今いる銭湯の建屋しかなかった。
あとは砂。砂漠だった。
見渡す限り。
どこまでも。
世界には。
世界は。
ここしか。
「どういう事よ」
これは。
「嗚呼」
こんな時、私が天河のユーリだったらなあ、ユーリだったら背後に四角で作者の解説が出てるのになあ。一巻の最初の。城壁から叫んでるところ。それでここがどこか教えてくれるんだけどな。