視界の月夜一話1
湖に、輝く月が鏡のように映っている。初夏の満月はなんだか怪しく輝いていた。
二人の青年が月を眺めながら、湖畔に静かに押し寄せる水の音を聞いていた。
「俺は知らないよ。俺はただの歯科医で厄除けの神だ。今は厄神じゃないよ。」
男の内、優しさが顔から出ている男が重い口を開いた。
「歯科医と視界か、ダジャレ言ってるんじゃねぇよ。」
優しそうな男に並ぶように立っているもう一人の男、タカのように鋭い目を持つ男が不敵にほほ笑みながらつぶやいた。
「本当に何も知らないんだよ。」
「俺が何者かお前はわかるか?」
鋭い目の男が湖畔の柵に腕を乗せ、もう一人の男を見据える。
「……TOKIの世界の使いだろう?」
「その通りだ。お前は他の神と違い、Kの事を知っているようだな。」
男の目がさらに鋭くなり、優しそうな男に威圧をかけた。
「あんた達の事はほとんど知らないし、Kの事も知らない。それから今回の件は俺じゃない。何度も言っているだろう。しつこいぞ。」
「そうかよ。まあ、いいや。疑って悪かったな。」
タカのような男は優しそうな顔の男を一瞥すると、その場から消えた。
その場に残された男が最後に見たのは、輝く月に照らされた銀色の髪だった。
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月は出ているが暗いはずの道、でも今は街灯がついていて明るい。最近の街は街灯がつき、どこへ歩くにも安心して歩ける。
その明るい夜道を一人の少女が焦った表情で走っていた。夜でもまあまあ車の通りが多い道を駆けていく。目指す場所は近くにあるスーパーである。
「タイムセール……タイムセール……。」
少女は閉店間際のセールを狙っていた。
少女は赤いパーカーに短いズボンという格好でスーパーに駆けこんだ。そしてギリギリで野菜オンリーの半額のお弁当を買った。
「よし……。今日も危なかった……。」
少女はほっとした顔でスーパーを出て、お弁当の入っている袋を大事そうに抱え、家への道を足早に進んだ。
……お腹すいたし、ちょっと暗いけど裏道使おうっと。
少女は道をショートカットするため、人通りがほとんどない暗い道に足を踏み入れた。
その途中、変な男に出くわした。
銀髪のタカのように鋭い目をした男。
そしてその男はなぜか着物を着ていた。
……やだ。こわい……変な男の人がいる……。どうしよう……。
少女は裏道を使った事を後悔した。
「おい。お前、厄神だな?ちょっと聞きてぇ事がある。」
銀髪の男は鋭い目に鋭い声で少女を呼び止めた。
「ご、ごめんなさい。私急いているんで……。」
少女は震える声で精一杯の言葉を発した。
「ああ、大丈夫だぜ。怯えんな。何もしねぇよ。俺の名は逢夜、望月逢夜だ。お前の名は?」
銀髪の男、逢夜はなるだけ表情を和らげて少女に話しかけてきた。
少女は震えながら名を名乗った。
「え、えーと……ルル。」
「そうか。ルルって言うんだな。まったく、さっきの歯医者の男もそうだが、厄神はこうやって人に溶け込んで生活してんのか?」
逢夜は呆れた顔で戸惑っているルルを見つめる。
「え……あの……なんで私が厄神だってわかったの?」
「そりゃあ、わかるぜ。神力でな。」
逢夜は近くの電信柱に背中をつけると軽く笑った。
この少女、ルルは人間ではない。昔からこの世界に存在している神々の内の厄神である。通常、神は人間の目に映らないが、彼女はなぜか人間の目に映る神のようだ。故に人間と同じ生活をしているらしい。
「じゃ、じゃあ、あなたも神なのね?」
「いんや、俺は神じゃねぇ。そうだなあ……俺は神の管理をしてるって感じか? んん……そりゃあちょっと言いすぎか。」
ルルの質問に逢夜は少し言葉を濁して答えた。
「は、はあ……ま、まあとりあえず、人間ではないって事?」
「人間だった……が正解だぜ。今は魂でもなく人間でもなく神でもない。この世界の神や魂は電子化されたデータなんだろう? 俺は何者でもないというデータを持っているってだけだ。ちょっと訳ありでな。」
「は、はあ……。」
友好的に答えてきた逢夜にルルはその場で固まりながら辛うじて返事をした。
話の内容はほとんどわからなかった。
沈黙になるのを防ごうとルルが話す事を考えている最中、何か黒いものが落ちてきた。
「ん?」
刹那、逢夜の瞳が鋭く動いた。
突然、逢夜は走り出し、目に映らない速さでルルを抱き上げた。
「きゃあ!何?」
「出やがったな……。」
逢夜はルルを抱きながら軽く笑った。
ルルが逢夜と同じ方向に目を向ける。先程、ルルがいた場所に、沢山の黒い塵のようなものが何かの形に変形しながら集まっていた。
「なっ……何あれ……。」
「……厄だ。」
目を見開いて驚いているルルに逢夜は静かに答えた。
「や、厄? そんなのこんなにたくさんあっちゃダメなんじゃ……。」
「そうだ。あれは最近、突然に現世である壱の世界に現れるんだ。原因は不明だ。俺は今、それを調べている。とりあえず、あれは危険だ。俺が消すから待ってろ。」
逢夜はルルを優しくその場に下ろすと、黒い塵の塊に八方手裏剣を投げつけた。
「あ、あれ、塵だけど……手裏剣投げるの? ……なんか塵が固まってすごい動いている! こわいよ! 助けて!」
「喚くな。黙ってろ。俺はうるせぇ女が嫌いなんだ。」
逢夜はルルに鋭く声を発すると、黒い塊にクナイを五本ほど投げた。
「……世界のシステムを書き換える……『消えろ』。」
逢夜がそう一言発すると、円形に地面に刺さったクナイと、黒い塊に取り込まれた手裏剣から電子数字が現れた。
「コード……0240。二時四十分か。やはり全部二時台だな……。丑三つ時か。」
逢夜が手を前にかざすと、黒い塊は電子数字となり砕け散った。
「へ……。き、消えた……。な、何なの……?」
ルルは目の前で起きた事の何一つとしてわからなかった。




