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壊された世界13

國一は静夜に連れられて、ある漂う魂の世界に入った。


例の赤子は真っ暗な世界で浮いていた。暗い世界は海のような水で満たされ、どこか安心する空間で、不思議と息ができる。


「ここは……なにもないのですかね?」

「ええ、まあ。赤子は母の胎内以外、想像できませんから」

静夜に言われ、國一は納得した。


「ここは赤子が感じる母の胎内なのか。暗いが心地よいですな」


「……女はなぜ、死と隣り合わせで命を産まねばならぬのでしょう。子供もなぜ、死と隣り合わせで暗い道を抜けねばならぬのでしょう? 私は赤子の世界に来ると、いつも思うのです」

「……考えたこともなかったです」

國一は素直な気持ちを口にした。

静夜はなんだかせつなげな顔をしていた。


「産む前もつわりや腰の痛みに耐え、死ぬほどの痛みに耐えて子を産み、産んだ後は睡眠を削り、精神的におかしくなりながら子を育てる。私達女が、なにか悪いことをしたのでしょうか? これは何かの罰なのでしょうか」


「……俺が言うのもなんですが……そういう考えは好きではないです」

國一は目を伏せると静夜に静かに答えた。


「……ええ、そうですね。産まれた時から罪を背負うなんて考えたくないですね」


「俺だって死にたくなかったですよ。愛してる妻と子を置いてなんて。息子の成長が見たかったです。戦闘機に乗って死ににいくなんて、なんの罰だよって思いました。せっかく産まれた命を、こんな形で無駄に散らしたくはなかったです」


「……ごめんなさい」

静夜はあやまった。國一は目を伏せると、先を続けようとする静夜を「いや」と遮る。


「平和な時代になってくれるとよいですな。俺はもう、この子の行くべき世界のことはわからない。だが、男女が共に……、どちらにも負荷がかからぬような助け合いの時代になれば、良いなと」

國一は、眠っている赤子を優しい目で見つめた。


「……ええ。本当に。そのとおりで……。……あなた達、時代は変わりました。安心して彼女に入ってください」

静夜は赤子に向かい、そう声をかけた。赤子から、三人の魂が回る。


華夜(はなや)竜夜(りゅうや)雷夜(らいや)……」

一方で、サヨは赤子の世界全体を眺めていた。いや、世界そのものがサヨだった。元人間の、エネルギーになった魂を、サヨは手に取るようにわかった。


あれは、華夜と竜夜と雷夜だ。

彼らはサヨに希望を託して、サヨの魂になることを決めた。


……人を殺したいと思ったことなどない。人のために誰かを殺したいと思ったこともない。

……俺は死なない家族がほしかった。誰も命を落とさない時代が良かった。だから、託すのだ。

この子に。

俺達が見ることのできなかった平和を見せてくれ。

俺達を太陽のもとへ連れ出してくれ。

家族が平等でいられる世界を見せてくれ。

頼む。


誰かの思いがサヨの脳内を流れる。魂に語りかけると、それは雷夜の考えだったということがわかった。あの冷徹そうな雰囲気だった彼は心の中でこんなことを思っていた。


人の魂は次の世代へ希望を乗せ、何度もリサイクルされる。


「私に希望をのせて、私になったと」

サヨは茫然と立ち尽くした。

静夜は赤子を見ながらつぶやく。


「……彼らの魂だけでは、彼女を人間にするための魂が足らないのです」

「……そういうことでしたか。後悔のない魂でないと、新しい魂として生まれ変われないと。俺はもう後悔はない……」

「はい、ですので、あなたを呼びました」

静夜の言葉に國一はやや悩み、やがて頷いた。


「わかりました。いい未来を作ってくれることを願い、エネルギーをわけましょう」

「ありがとうございます……」

静夜は頭を下げてお礼を言った。


彼は魂の半分を彼女に分け与えた。魂は完成し、やがてサヨとして(いち)の世界に出ることになる。


「あたしのっ! 魂の記憶を! 凍夜ァ! あんたが見ていい記憶じゃねぇんだよ!」

サヨは恐ろしいほどの気迫で黒い渦に叫ぶ。


「返せ! お前に関係ない記憶だ! 触るなァ!」

何度も叫んだ。

凍夜がこの記憶をみて何をしようとするか、サヨは考えて青くなる。

「望月……いや、木暮静夜に何かするつもりか!! あたしを……追い詰めるために!」



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