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壊された世界3

「千夜、剣術で他の望月に負けたのは何回目だ? なまけすぎだ。俺に恥をかかせたいのかな」

凍夜の冷たい声が千夜を突き刺している。


「……完全に力負けを……」

「力負け? 笑わせる。本気で殺しにいかなかっただけだろう」

メグ達の耳に凍夜の感情のない声が聞こえ、渇いた破裂音が響く。


「うっ……申し訳ございません」

その後、千夜のうめき声が流れた。風を切る音と皮膚を打つ渇いた音が何度も障子扉ごしに響いてくる。


「……凍夜がお姉様を鞭で打っている。いつもの仕置きか……。凍夜は鞭が好きだ。的確に痛めつけられる上、そんなに疲れないからな」

更夜は目を細め、つぶやいた。


「あいつ、本当にクズだな」

ミノさんはいらだちを表に出していたが、なんとか抑えていた。

弾く音が聞こえる中、千夜は声すらあげない。代わりに凍夜の声はよく聞こえる。


「しかし、お前は痛みに強いな。忍としていいことだ。捕まっても口を割らない良き忍になれる。そろそろ上の拷問の練習にいくか。仕置きと訓練が同時にできるのは時間の無駄がはぶけていいな。そうは思わんか?」


「……はい。そうですね。……どうなさるつもりですか?」

千夜は恐ろしいことに平然と凍夜に答えていた。


「一段階上げよう。庭の焚き火を使おうか」

「……っ」

廊下側ではない向こう側の障子扉が開け放たれ、明るい火の影がゆらゆらと揺らめいていた。


火に照らされた千夜と凍夜の影がメグ側の障子扉に映った。凍夜は庭の焚き火に入っていた細長い棒を取り出した。肉を焼くようなにおいがメグ達の鼻をかすめる。


凍夜は熱した鉄をそのまま素手で持っていた。凍夜に痛覚がないのか平然と棒を握っている。


「さあ、これだ。仕置きが一段階上がったな。とりあえず尻辺りからいくか」

「……」

凍夜の楽観的な声とは逆に千夜の息を飲む音がした。


「まあ、痕が残るが問題はない。お前には『子を産む力さえあればいい』。その他に使えるところはないからな」

「……」

凍夜の残虐な言葉にメグ達も言葉を失っていた。


……千夜は……こんなことを言われていたんだ……。酷すぎる。


「酷すぎるぜ……。本当にあいつには人の心がねぇのか……」

ミノさんがつぶやいた刹那、千夜が初めて嗚咽を漏らした。


「……許してください……。それっ……それだけはっ……」


「諜報に失敗して捕まった忍が、謝罪すれば許してもらえると思うか? そんなわけはねぇだろ? なあ? それにこれは俺がお前にする仕置きだ。お前は俺に口出しできる立場ではない。やるかやらないかは俺が決めるのだ」


「……いやっ! やだ! 誰か……おかあさん! おがあざん!! 助けて! だずげでー!」

千夜が泣き叫びながら障子扉にすがろうとした刹那、障子扉を勢いよく開けてメグ達が飛び出した。


「……?」

急に開いた障子扉から現れた三人組を千夜は涙を流しながら見上げた。


「お姉様、助けに来ました」

「……たす……け?」

更夜は幼い千夜を素早く後ろに回すと凍夜を睨み付けた。


「……誰だ? ずいぶんと俺に似ている」

凍夜は興味深そうに更夜を見ていた。


「……未来から来たお前の息子だ」

更夜は刀の柄に手をかけながら静かに言い放つ。


「ふっ……変なやつだな。その娘は俺のだ。返していただこう」

「お前はお姉様の心から消えろ」

「……更夜、感情を抑えて」

いらだちを見せている更夜にメグがささやいた。


「すまぬ……」

小さくあやまった更夜を上から下から眺めながら凍夜は含み笑いをしていた。


「お前は強そうだ。お手並み拝見といくか」

この時の凍夜はかなり好戦的だったようだ。まだ若いからか。


以前のように退かず、当たり前のように刀を抜いた。先ほど平然と持っていた鉄の棒を再び焚き火に置くと、刀を構え直した。


「千夜、よく見ていろ。剣術は型にはまらぬ方が良いのだ。……ははは!」

狂気的に笑った凍夜は関節をならしながら更夜に攻撃を仕掛け始める。

「……っ!」

凍夜は関節を外しながら自分の間合いを広げ、更夜に斬りかかってきた。


「……」

更夜も関節を外しながら凍夜の刃を避けていく。


「なんだよ。あいつら、関節を外しながら動いてるぞ……」

ミノさんが青い顔で小さくつぶやいていると、幼い千夜が訝しげにこちらを見ていた。


「……あなた達は誰だ?」

千夜は子供らしい声の高さで背伸びするように尋ねてきた。


「え? ああ、助けに来たんだよ。なあ?」

ミノさんは尋ねられてから、慌ててメグに助けを求める。


「……ええ。あなたを助けにきた。更夜に加勢するつもり。あなたも、怖いと思うが、お父さんに立ち向かってほしい」

メグは幼い千夜の頭を優しくなでながらそう答えた。


「……立ち向かう……。お父様は怖い。私は勝てないと思う」

下を向いた千夜に、メグは目線を合わせるように腰を落とすと口を開いた。


「それは協力者がいれば別。勝てないと思っているならば、協力者に頼ること。あなたはひとりじゃない」

「ひとり……じゃない……」

メグの発言に千夜の目から涙がこぼれ落ちた。


「そう、ひとりじゃない」

「誰も助けに来てくれなかったのに……諦めていたのに」

千夜は嗚咽を漏らしながらメグに手を伸ばした。メグは千夜の痩せた体を強く抱きしめ、声をかける。


「つよくなんて、ならなくていい。あなたは、もうじゅうぶんつよい」

メグの言葉に千夜は子供らしい子供に戻っていく。千夜の涙がメグの肩あたりをだんだんと濡らしていった。


「私は男にならないといけないの。男の忍になるために……軽くなるために食事も抜いて、日々戦って強くなって、大人に勝てないといけないの。夜も寝てはいけないのよ」

「辛かったんだね」

「うん」

千夜が千夜ではないみたいだ。こちらの千夜が本当の千夜なのだろう。


「女の子の言葉を使うとお父様から叩かれるの」

「もう叩かれなくてもいいんだぜ」

ミノさんが耐えきれずに千夜の手を掴んだ。


「おたくの弟はすげぇ強い。だから、それに甘えながら、おたくが自由を掴むんだ!」

「……お父様に向き合ってみろってこと? あたし……怖いわ」

千夜の本性は弱々しい少女のようだ。


「大丈夫だ。おたくにはあの男がいるから」

ミノさんは息切れすらしていない更夜を指差した。 お互いに攻撃を仕掛けている凍夜と更夜だが刀がぶつかり合うことはない。


どちらも関節を外して、あり得ない方向から攻撃を避けている。目には見えないが、何か忍術をお互いにくり出しているようだ。


「やっぱ忍者だな。速すぎて何をしてるのかわからねぇ」


「……お父様が影縫いをかけるために針を放つが、相手が針が刺さる前に移動。お父様は次に糸縛りをかけようとするが、相手が糸を刀で斬る。お父様が催眠術をかけようとするが、相手にはなぜか効かない。みたいな感じをやりながら剣術をしている」

千夜にはすべてが見えていた。


「……見えるのか……」

「見える」

千夜が頷いた刹那、凍夜が口角を上げながら口を開いた。


「千夜、この男の隙をついてみろ」

凍夜は千夜に、更夜の隙を見つけて攻撃しろとの命令を飛ばした。


「え……」

千夜は戸惑った。助けてくれた自分の弟だと言う彼を攻撃しなければならないのか。凍夜の意図はわかっている。更夜は千夜に攻撃できない。そこを狙えと言っているのだ。


「千夜、お前に自由はない」

「自由はない……」

千夜が再び絶望へ落とされかけた時、千夜の母が飛び出してきて必死に叫んだ。


「千夜! 私も戦う!」

「……おかあさん」

「諦めないで!」

二十歳を超えたばかりの若い母は、体を震わせながら凍夜を睨み付ける。この時の彼女は凍夜という夫が心底怖かった。優しくされたことはなく、千夜が産まれたのも無理やりだった。


人数を増やすための家畜だと言われて、昼夜暴行され、泣きながら毎日を生きていた彼女には立ち上がる勇気はなかったのである。彼女達は時代により頭である男に従う以外に生きるすべはなかったのだ。


「わ、私は戦う! 千夜は?」

「……あ、あたしは……」

「千夜……こんな時代だけど、一緒に自由を掴もう?」

母はいつも優しく千夜を見守っていた。千夜が心をなくしてもずっと千夜をかばっていた。


「……自由……お父様を殺すことが自由なの? あたしはお父様を殺したくない。誰も殺したくない」


千夜の悲痛な声に皆、顔をしかめた。更夜も凍夜と死闘をしている。殺しにかからなければ殺されるのだ。凍夜には何を言っても意味はない。


「他に呪縛を断ち切る方法を考えないと。千夜は優しいから」

メグが凍夜の動きを見つつ、考える。凍夜は更夜の刀をぎりぎりで避けながら千夜を急かしていた。


「はやくしろ。忍に迷いはいらんぞ。お前はただ、操り人形のように動けばいいのだ。今動けば仕置きをなくしてやる」


「……」

千夜は凍夜の言葉に感情が揺れていた。今をとるか、絶望かもしれない未来をとるか。


「お姉様、ここでこの男を捨てなければ、後々にあなたは私達と共にかわいい妹を殺してしまうことになる。……簡単なことです。この男に逆らってください。この男を捨ててください」

更夜は刀を構え直してから、背中ごしで千夜に言う。千夜は涙と鼻水で顔を汚しながら頭を抱えた。


「望月の柱を捨てるなどできない」


「こいつは……この男は上に立てる人間などではありません。望月を背負うのはこいつではなく、『あなた』と『あなたの息子』です!」

更夜は語気を強めて千夜に言った。


「散々言ってくれるな。千夜は上には立てん。いくら男を装っていても女はどうせ女だ」

凍夜の嘲笑にも似た乾いた笑いが響く。更夜は息を深く吐くと凍夜をじろりと睨み付けた。


「そうか。あなたは後悔することになる。お姉様は俺達の上に立ち、あなたを追い詰める」

「ほう、千夜はそこまで成長するのか。いいことだ。では今後もしっかり教育せねばな」

更夜の睨みを流した凍夜は心底楽しそうに笑っていた。


……狂っている。

誰もがそう思った。


人の心は本当に持ち合わせていないようだ。


「千夜、このまま突っ立っているだけならば命令違反としての仕置きをおこなうぞ? 火鉄打ちだ」

「……ひっ」

千夜が恐怖で歯を鳴らす。更夜は我慢ならずに叫んだ。


「ふざけるな! そんなことをしたら死んでしまうぞ! 子供が死ぬか死なないかすらもわからんのか! このうつけ!」


「更夜! 落ち着いて!」

更夜の荒い息だけが断続的に聞こえ、メグは血走った目をしている更夜に鋭い声を上げる。

しかし、更夜は続けた。


「俺達はお前を『恨んでいる』ぞ。これからもずっと、死んでからもずっと! 絶対に忘れない。俺達の子孫もお前を許さない……。絶対に許さねぇぞ……凍夜ァ!」


「お前はそんなので忍なのか?」

凍夜は更夜の怒りを軽く流すとおかしそうに笑った。


「……お前が俺達を『残虐な忍にした』んだ。お兄様もお姉様も妹も、狼夜も猫夜もっ!」

「更夜……、落ち着いて! 記憶だから、これは!」

メグの言葉に更夜は荒い息を吐いて黙り込んだ。


「あたしの弟っていうあの人は、なんであんなに怒っているの?」

「それは家族だからだ」

千夜の疑問にミノさんが答えた。


「家族……近くの村に住む人間と同じような感覚なの?」

「……それはわかるんだな」

「うん」

「うらやましかったか?」

「うん」

千夜は恥ずかしそうに淡々とミノさんに頷いた。


「お父さんをどうする?」

ミノさんは千夜に優しく声をかけた。千夜は口をつぐみ、下を向いた。


「わからない。でも、争いは嫌」

千夜は悲しげに鞭打たれた背中をさすりつつ、言葉を続ける。


「でも……あたしは……言う」


言葉を切った千夜は息を吸い込み、気迫のこもる声で叫んだ。


「お父様はおかしい! あたしとお母様を傷つけても変わらない! 人間はそんなに単純じゃない! そしてあたし達を傷つけた罰を受けるべきだ!!」


千夜の声に凍夜はバカにしたように笑った。


「バカバカしい。現に俺に罰を与えられるやつはいない。俺の所有物に何をしようが関係ないだろう。飼い主に逆らいたくば飼い主を殺せばいい。そう教えたはずだが? 望月家はそうやって発展するのだ。この……俺の息子と言い張る奴も飼い主を殺しにきた。お前が男になるならば、俺を殺しにこい」


「……できません……。お父様だから……かぞくだから……」

千夜は控えめに涙をこぼし始めた。


「では従え。従えないなら死ね」

凍夜の一言が場を震撼させた。

千夜は息を飲み込むと決意のこもる目で言い放った。


「あたしたちは自由を掴む。従わないし、生きていたい。皆自由に生きたいはず」


千夜の声は震えていた。今までの常識を壊すのには勇気がいた。

千夜は目に涙を浮かべながら、歯を鳴らす。浅い呼吸と震えに言葉が出てこない。


「あ、あたしはっ……」

千夜が再び凍夜に自分の決意を叫ぼうとした刹那、何かが弾けるような音が聞こえた。


「……な、なんだ!?」

ミノさんは肩をびくつかせながら辺りを見回す。


「ミノさん、落ち着いて。千夜が自分から呪縛を断ち切った」

メグの発言に一同は目を見開いた。千夜は凍夜と戦うことなく、術を解いたのだった。

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