望月の世界最終話
……クソ……。
逢夜は舌打ちをした。
……帰る最中に人形が……
逢夜は拠点に戻る最中に三人組の人形に襲撃された。
おそらく「Kの使い」であり、特殊能力を持つ、あのワープができる人形達だと思われた。
……まずいぜ……どこだ……
逢夜は全く知らない世界にいた。
黒い砂嵐に黒い砂漠、赤い空の不気味な世界だ。
「いらっしゃい。お兄様」
「っ!?」
突然声をかけられ逢夜は振り向き、刀に手をかけた。
「……逢夜お兄様……」
「お前は……」
声をかけてきたのは銀髪の少女、望月猫夜だった。
「お前が猫夜か?」
「ええ……」
「少し前にも聞いたが憐夜はどこだ?」
逢夜は感情を押し殺し尋ねる。
しかし、猫夜はケラケラと笑っていた。
「お兄様はほんと……怖いわ」
「いいから答えろ……」
「それよりもお兄様は『Kの使い』みたいね」
「だからなんだ!」
逢夜はだんだんと怒りを抑えられなくなってきた。
少々荒っぽく言い放つ。
「おー、怖い怖い。……じゃあ、私と契約しない?」
「するわけないだろ……」
逢夜は微笑む猫夜を見、再び感情を押し殺す。
「……そう。私、稲城ルルを知っているわよ。私は曲がりなりに『神様』だったから……」
猫夜の一言に逢夜の体がわかりやすく怒りに震えた。
「おい……ルルには手ぇ出すな。殺すぞ……」
「お父様が『持っている』とするなら私を殺す?」
猫夜の言葉に逢夜が今度は真っ青になった。
「……ど、どういう……」
「どうもこうもないさ」
突然、圧倒的な威圧と悪寒が逢夜を襲う。
「お……おとう……」
逢夜が最後まで言い終わる前に凍夜が逢夜を拘束した。
逢夜の手を捻るようにして地面に押しつける。
「……っ!」
「やあ、久しぶり。あの子とは知り合いか?くく……」
凍夜のなめるような視線が逢夜に底のない恐怖心を植え付ける。
体が望んでもないのに震え始めた。
「お……おとうさま……るっ……ルルは関係なっ……」
言葉も何かに縛り付けられているように出てこない。
「ほー、関係ないなら関係ないかー」
「……ルル……」
逢夜は大切にしていた妻を人質に取られた事に気がついた。
「じゃあ、猫夜、捨ててこい」
「……はい」
猫夜が目を伏せて頷いた刹那、逢夜の目の前に紺色短髪の少女がまるでゴミか何かのように捨てられた。
「……ひっ……」
逢夜は小さく悲鳴を上げ、血にまみれて動かない少女を見つめる。
ガクガクと震えながら逢夜は呼吸をするので精一杯だった。
「るっ……ルル!!そんな……しっかりしろ!ルル!」
逢夜は手を伸ばすが凍夜に押さえつけられて残酷にも最愛の女の元へ手が届かない。
「そ……んな……」
「猫夜」
「……はい」
凍夜に名前を呼ばれ震えながら猫夜は声を上げる。
「あの女になんかやれ」
「……はい……」
猫夜は震える体でルルを軽く蹴った。
「なんだそれは?」
「け、蹴りまし……た」
「腕をあちこち折るくらいやれよ。使えねぇな」
「そ、それは……」
凍夜は逢夜を離すとルルに向かっていった。途中、猫夜を殴り蹴り踏みつけるとルルの前で刀を抜いた。
「サァ……神を刀神で斬ったらどうなるかな……」
「まっ……お待ちください!」
決死の覚悟で逢夜は叫ぶ。
「アァ?なんだよ。これから楽しいとこなのに」
凍夜はわざとおどけて見せる。
「……ルルには……ルルにはこれ以上……お願いです……もう……やめてください。私が代わりに受けますから」
逢夜は凍夜に必死になって土下座をした。
「いいだろう。じゃあ、あの目障りな時神アヤを瀕死寸前まで痛め付け、従わせてこい。何をしても構わん」
「そ……そんな……」
「この小娘は俺の術にかかっている。命令すりゃあ、お前にも襲いかかるぞ。愉快だろう?」
凍夜はルルの髪を掴んで引きずるとニヤリと笑い、去っていった。
「お願いです……ルルを……ルルをカエシテ……クダサイ……ナンデモヤリマスカラ……」
逢夜はか細く消えそうな声で静かに泣きながら項垂れた。
同じ言葉を何度も何度も繰り返す。凍夜がいなくなってもずっと懇願する。
現世は安全だと思い込んでいた逢夜の後悔と守れなかった苦しみとルルが泣き叫んだであろう痛み、悲しみ、絶望感……すべてが混ざり逢夜は声を上げて泣いた。
……ルル……すまねぇ……
逢夜は凍夜に従わざる得なくなってしまった。
見えない鎖を巻かれた逢夜は抵抗するという選択肢を消された。
望月猫夜は黙って泣き叫ぶ逢夜を見つめていた。
……泣いてる……。
……本当に悲しそうに……。
……ずっと……泣いてる……。
ずっと……。
……本当に大切な子だったんだ。
胸が張り裂けそうだった。
かける言葉は見つからない。
……女はいつでも残虐行為の対象になる……。
……女に言うことを聞かせる術はいくらでもあるから……。
男は卑怯だ。
……でも……
大切なモノ……愛した女が壊れた時……酷く傷つき、守れなかったことを悔い、永久に落ち込む。
……男は感情に忠実で……純粋すぎる。
……逢夜お兄様……。
時神アヤは守りましたよ。
あなたの愛した女性は守れませんでしたが……。
猫夜は嗚咽をもらす逢夜に背を向け去っていった。
黒い砂漠は逢夜の涙を飲み込んでただ無機質にそこにあった。
※※
逃げた……。
私達「K」をどうするつもり?
わからない……。
望月……猫夜……。
この競技大会で一番になるんじゃなかったの?
目的はハッキングだったの?
原因を究明しなくちゃ……。
あやは誰もいなくなった黒い砂漠をかなしそうに見つめた。
凍夜達は逃げた。
サヨを追うように。
猫夜も更夜もいなくなった。
とりあえず……
この世界を復旧させないと。
そこまで考えたあやは気がついた。
「……そうか……」
『強い力のK』が皆システムエラーで消えているじゃないの!
あれはやりたい放題できる……。
それを狙われたのか。
オオマガツミと『K』を使ってハッキングするなんて……どこでそれを知ったのかしら。
あやはデータを復旧させるべく、ひとり集中を高めた。




