学園のまにまに三話4
「う、うん……。えっと……君はもしかして……稲城ルルさん?」
「え?その名前てきとうに言ったんだけどもしかして広まっているの?」
俊也の質問に稲城ルルと思われる少女は首を傾げた。
「広まっているっていうか……友達から聞いただけなんだけど。」
「そう。まあ、いいや。じゃあ私はルルって名前なの。……会計してくるね。ここのエクレアおいしいから。……あ、じゃあいつものようにお願いしまーす。」
稲城ルルは俊也から目を離し、誰もいないところを見上げて後半言葉を発した。
「ど、どこに話しかけて……。」
俊也が言い終わる前に稲城ルルは消えていた。辺りを見回すと稲城ルルはすでに女性パートさんの前にいた。
「……っ!てっ……テレポート……。」
俊也が目を見開き、絶句しているといつの間にか高校生の波が消えていた。
俊也は一人取り残されており女性パートさんが俊也をいぶかしげに見つめていた。
「あ……。すみません。」
俊也はふと我に返りエクレアをレジへと持って行った。
もうパンは何一つなかった。
煮え切らない顔で俊也が時野アヤと日高サキの元へと戻ってきた。
「あー、ご苦労様。……そういえば黒髪のあの女の子、戦国期の忍の霊を連れていたねぇ。」
日高サキが俊也に頭を下げてから時野アヤに目を向けた。
「ええ。そうね。私も会った事あるけどもうすでに神霊化しているわ。私は弟さんの方に会った事があるけどあれはお兄さんね。よく私の夢に介入してくるんだけどあの人達、かの有名な甲賀望月なのよね。なんであの女の子と一緒にいるかは知らないけどなんだか仲良さそうだったわね。」
時野アヤは日高サキに向かって頷いている。
……時野さん……一体どんな夢をみてんだ!年頃の女子高生が戦国期の甲賀忍者の夢をみるなんて……ああ!そうか。時野さんは歴女なんだ!なんかかっこいいなあ。
俊也は焦りながら自己解決をし、二人の会話にそっと耳を傾けていた。
「そういやあ、あのルルって子、厄除けの神じゃないかい?闇を生きていた忍とあんだけ仲良くしてたんだからきっと付き合ってるって!忍と恋なんてルナティック!ロマンティック!」
日高サキは一人気持ちが上がっていた。
……一体彼女達は何の話をしているんだ?
俊也はさらに耳を傾けた。時野アヤはなんだかバツの悪そうな顔をしていた。
「サキ、別に彼女が忍と付き合っていようがどうでもいいんだけど……もう白状するわね。私はあの子にスペアの制服を貸してあげてるの……。」
「ええっ!何そのカミングアウト!」
時野アヤの突然の言葉に日高サキと俊也は不覚にも同時期に声を上げてしまった。
「いや……えっと……エクレアがどうしても食べたいって言っていて半額で買えるここがいいからって……でも学校だし、目立っても良くないから制服を貸してあげてて……毎日一個だけ買って行くからって言われてね。それならいいかなって思って……。」
なんだか時野アヤはいつもより歯切れが悪い。そしてかわいい。
「そしたらあの神霊化した忍の霊にエクレアを取らせていたってわけだね。あれ?でも彼は霊だよね?なんで実態があるものに触れんのさ?」
日高サキは時野アヤを別段責める風はなく首を傾げた。
「ああ、それはね……あの忍の霊は今、ルル……えーと厄除けの神と同化しているみたいで。ルルは私達同様、『人間に見える』から同化している彼も物に触れるんだって。でも彼は実態がないから彼が触ったものは見えなくなるのよ。」
「へえ。なるほどね!」
時野アヤの説明に日高サキは納得したように頷いていた。
俊也はよくわからなかったがとりあえず満足そうに頷いておいた。
つまり、当時の俊也にはよくわかっていなかったが、説明をすると忍の霊がエクレアを持ち上げたため見えなくなり、稲城ルルに渡った瞬間にそのエクレアは見えるようになった。
テレポートしたように見えたのは忍の霊が稲城ルルを抱えてレジへ向かったためであり、忍の霊が稲城ルルを下ろすと稲城ルルは見えるようになったという事らしい。
……まあ、よくわかんないけど……あの子は不思議な感じだったなあ……。
俊也がぼんやり考えていると日高サキがエクレアを三つに割っていた。
「ね、皆で食べようじゃないかい?」
「あ、いいわね。ちょうだい。」
日高サキと時野アヤは女子全開で嬉々と笑っている。
それを見ていたらなんだかどうでもよくなった。
「はい、これ。あんたのね。ごめん、クリームがはみ出てるけどいいかね?」
日高サキは俊也にクリームがこぼれ出ている部分のエクレアを押し付けてきた。ちなみに日高サキが乱暴にちぎったのでパンの部分はぺちゃんこだ。
「ありがとう。」
俊也はエクレアかどうかも怪しい酷い有り様のエクレアを受け取り、口に入れた。
濃厚なクリームと甘いチョコソースが舌をくすぐった。パンは『ふわふわだったら』をイメージして食べた。
女の子からもらう食べ物は外見はあれだったがとても美味だった。
「……甘い。」
ここら一帯が桃色に染まった気がした。そして俊也の頬も桃色に染まっていた。
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その夜、変な事を考えていたからかもしれないが稲城ルルの横にハチガネをした鋭い目の男が立っている夢を見た。
きっと昼間話していた幽霊だろうと恐怖心を抱いたところで目が覚めた。
忍の顔は思い出せないが最後に稲城ルルの笑顔を見た気がした。




