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プロローグ

通りの真ん中から、女性の悲鳴が聞こえた。

続いてざわめき、それらは少しづつ広がり瞬く間に周囲の人に伝播する。

そして、人々はすぐに、安全な場所を求めて逃げ始める。

悲鳴をあげたまま呆然と立ちつくしている彼女の事など気にも泊めない。

もちろん俺も周囲の人間に習った、即座に近くのビルに入り、屋上までかけ昇る。ドアを閉め、鍵をかける。

そこから先程の通りが見渡せた。

取り残された女性と、そして-----

全身はぬらぬらとした鱗に覆われ、ある種の爬虫類の様な赤い瞳、大きく裂けた口元には無数の牙がぎらついている、ダラりと垂れた四肢にはナイフのような鉤爪、全長170cm程の体格を誇る『人型の生き物』。

かつて、隣にいる女性と親しい中であったであろうその獣は、唸り声を上げながら女性を見つめていた。

誰かが通報していれば、もう時期政府公認の「治療班」が来るはずだが…あの様子だと、彼女はそれまで持たないだろう。

獣は、荒い息を漏らしながら女性ににじりよる。そして、ようやく正気を取り戻した彼女が1歩後ずさった瞬間、ただ獲物を付け狙うだけの殺戮者とかしたそれは、さっきまで知り合いだったはずの彼女に飛びかかり、その柔らかな腹部を研ぎ澄まされた鉤爪で穿いた。

「な…ん…どうし…て」

まだ意識のある女性が涙を流しながら言葉を漏らす。

獣はその声を全く気に止める様子はない。

やがて意識を失ったのか、彼女の四肢から力が抜け落ちると獣がその腹部から腕を引き抜く。大量の血液が噴出され、女性の死体は地面に落ちる。

雄叫びをあげながら、地面に転がる死体に向かって再び鉤爪を刺し、そして横に切る。三度刺す、切る。刺して切る、また刺す、切る、切る、切る。

繰り返される都度その体は形を変え、どろどろの血と体液とその他で汚れていく。

1分と経たないうちに細切れにされたその体は、もはや原型を留めていなかった。

「おえ…」

怖いもの見たさで最後まで見てしまったが、やはり見ない方が良かったかもしれない。

そんなことを思っていると、サイレンの音が聞こえてきた。その音は段々と近づき、大きくなっていく。

俺はそちらに目をやる。

下にいる獣も、切り刻まれた女性の遺体を捕食を中断し音の方向を警戒している。

やがてスピーカーを詰んだ装甲車のようなものが現れ、中から数人の「手術器具」-----小機関銃や自動小銃等の携行火器-----を、もった1団が降りてくる。彼らは防護服とマスクをつけていた。

「構え。」

リーダーらしき人物の号令とともに、一斉に獣に火器を向ける。

自らの危険を察した獣は、その異形の足に力を込め、彼らに飛びかかろうとするが…

「撃て」

冷静、かつ冷徹な号令があたりに響き、その一瞬後、割れんばかりの銃声と共に、大量の弾丸が打ち出される。それらは正確には獣の体を捉え、一瞬にしてその体を穴だらけにした。

その全身からは人間と同じ、赤色の血液が流れ出す。

「止め」

号令とともに銃声が止む、獣は穴だらけの体でよろよろと彼らに近づき、しかし直ぐにその動きを止めた。

それを確認すると。

「対象の沈黙を確認、状況終了。撤収。」

リーダー格の指示を受け、部下達が獣の死体と、かつて女性だった肉塊を黒い袋に回収し、車に積み込んで去っていった。

-----

日本、東京都。

大都市のど真ん中で怪物があらわれ、人が死に、銃撃戦が行われる。それはこの2025年現在においては交通事故と同じくらいにはありふれた光景だった。

発端は、普通のインフルエンザウイルスだった…少なくとも政府の発表を信じればそうだ。

劇的な感染力を誇るそのウイルスはしかし、医療の発達した現代においてはほとんどの場合、命に関わる脅威とはなりえないはずだった。

だが、幾度と、数え切れないほどの生物へ感染を繰り返したそれはそのRNAを少しづつ変化させ、やがて全く別の存在となった。

「亜人化病」2020年に発見されたその新型のウイルスは、1週間程度の潜伏期間を経た後、一定の確率で罹患者を異形の怪人、『亜人』に変化させる。

亜人となった人間は瞬く間に正気を失い、眼前の生物を殺戮し、捕食する様になる。稀に正気をたもてる人間もいるようだが、本当に稀な話なだし、彼らもすぐに正気を失ってしまうという。

その存在が発覚した時には既にウイルスは世界中に広がってしまっていた。

幸い、罹患者が変異する確率は低いので、亜人によって国が崩壊する、といった被害は防げたが、問題は潜伏期間と感染力の高さだった。

潜伏期間中、罹患者は通常の風邪の症状と大差ない症状しか示さない。その間に彼らが街を出歩き、さらに感染は拡大する。

一説には、地球上の人類の約20%はその体内に亜人化ウイルスを保持しているとも言われている。

現状の対処方法は、脳漿の完全な破壊による活動停止…殺してしまうしか方法はないのだ。

「ああはなりたくねえな…」

しばらく呆然と現場を見つめた後、俺はその場をあとにした。

血の匂いがあたりにたちこめている気がした。


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