幼少期、ラヴィアンローズ!6
「やあ、よく来てくれたね。野菊のために、ありがとう」
「いやいや、息子の大事な婚約者の見舞いだからね」
我が家に到着した一ノ瀬親子を玄関で出迎える。父と一ノ瀬当主は挨拶もそこそこに二人で話し込んでしまったので、子供は子供だけで仲良くしていろということらしい。
所在なさげに立っている冬威に向かって微笑みかけると、控えめにだが笑みを返してくれた。
「こんにちは。野菊さん、お加減はどうですか」
「ご機嫌よう、冬威さん。この間はごめんなさい。少し緊張してしまっていて、迷惑をかけちゃったわ」
「い、いやそんな…。僕こそ、気の利いたことも言えなくて」
「それこそ気にしなくてもよろしいのに。って、このままじゃ話が進まないわ。冬威さん、私の部屋に飲み物とお菓子を用意させるから行きましょう。何か飲めないものとかある?」
少し強引に腕を攫って、自室に誘う。父達の話はなんだか長くなりそうな感じだ。
「お父様。私達は子供だけで遊んでいるから、大人の話はリビングに行ってからなさったら?」
「ああ、そうだね。行ってきなさい。私達もちゃんとリビングに行くよ」
「ええ。野菊さん、冬威をよろしくお願いします」
「はい、もちろんです。私の部屋にボードゲームがいくつかあるから、冬威さんにお相手をしてもらいます」
これから大人の目の届かないところで冬威の状況を見極めようという魂胆だ。冬威は困惑した様子だが、嫌がっている感じではないので彼としても向けられる視線から逃れられるのは願ったり叶ったりなのだろう。
部屋に向かう途中、お手伝いさんに紅茶とクッキーの用意をしてくれるように頼む。これで、準備はばっちりだ。
〇×
「―それじゃあ、冬威は今まで休みの日がなかったの?」
「うん。毎日何かしらの稽古事が入っていたし、空いた時間は語学学習に充てていたよ」
私たちは一時間ほど話し込んでいた。子供というものは驚くほどあっさり仲良くなってしまうもので、緊張していたのは最初の10分だけで、気が付いたら『冬威』『野菊』と呼び合う仲になっていた。
「そんなに何でもかんでも詰まっていたら、気も休まらなくて疲れてしまうでしょう」
「正直、疲れる。でも、僕は一ノ瀬家の嫡男だから、頑張らないと」
話をしていて驚いた。私が予想していた以上に彼は努力家だったのだ。原作でも高スペックだったが、それはこんな基盤があったからなのだろう。しかし、遊びたい盛りの6歳児にそんな生活は無理がある。というか、大人でも無理だと思う。ご両親、特に母の意向なのだそうだ。
原作の冬威は忙しさがそのまま期待の大きさに繋がって、そして潰れて尊大な態度を取るようになってしまったのだろう。
「…にしても、久しぶりだ」
「何が?」
「こうやって、大人の目がない状態が。幼稚園でも、一ノ瀬家というだけで先生たちが腫れ物に触るみたいな扱いをするんだ」
少し眉をしかめて俯く姿に、思わず同情してしまう。我が上条家では、子供は遊ぶものだとして幼稚園の間はピアノしか習わない。それもお遊びに近いスタンスだ。英語、社交ダンス、その他諸々の習い事は、小学校に入ってからという約束になっている。
「じゃあ、これからは週に一度、私の家に遊びに来てよ」
「えっ、それじゃあ迷惑じゃない?それに両親が許してくれるかな…」
「あら、婚約者が遊びに来てって言っているのにそれを無視する親はいないわ。毎週幼稚園からの帰り、冬威の習い事が始まる前の数時間は私の家に遊びにいらっしゃい」
突然私から飛び出した我が儘に頷かせ、様子を見に来た両親に仲良くなったこととこれから週に一度は遊びに来てほしいことを伝える。父はなんだか苦い顔をしていたが、母は嬉しそうに必ずとりつけるわ、と約束してくれた。
「じゃあ、またね野菊」
「ええ、またね冬威」
「野菊さんとすっかり仲が良くなったみたいで良かった。これからもよろしくね」
「はい。一ノ瀬家のご当主様も、ご機嫌よう」
それからすっかり話し込み、気付いたら外は暗くなってしまっていた。玄関先まで一ノ瀬親子を見送る。これだけでは十分とは言えないだろうが、冬威の息抜き場所を確保できたのは収穫だ。
彼らの見送りをした後は、ピアノを練習することにしよう。
せっかくの婚約者なのだ。幼稚園は違うが、瑞雲学園初等部からはずっと同じ学校になる。釣り合って見えるように、少しでも努力をしなければ。
グッとこぶしを握り、やる気が逃げないうちに急いでピアノへ向かった。