霊能力者の不在証明
中年の男が無遠慮に私の前に定点カメラを設置する。
若造が私の周りを小走りに移動し、許可も取らずに床にガムテープを貼っていく。
本当にテレビ局の奴らにはうんざりする。
ろくに挨拶もせず、撮影の準備を急いで始めおった。
まあ、良い。
これからお前らを利用して、お前らと霊能力者共がやっているインチキ・詐欺の証拠をたっぷりと全国に向けてぶちまけてやろう。
撮影の準備が終わったのかスタッフ達の慌ただしさは消え、あたりを静寂が包んだ。
それを開始の合図と判断したのかカメラの前に立っていた初老の男は不敵な笑みを浮かべたかと思うと重々しく口を開いた。
「皆さんこんばんは。
今夜は、霊能力者とそれをあたかも本物として紹介するテレビの欺瞞を皆さん
に知ってもらおうと考えている。」
初老の男は、一旦言葉を切り、勝ち誇ったような表情でスタッフ達を一瞥する。
周りのスタッフ達は「憑かれたらどうしよう」などと無駄な心配をしている。
初老の男は、そんなスタッフ達を鼻で笑うと言葉を続けた。
「私は、霊能力者という人間は絶対にいないと考えている。
今からその理由をご説明しよう。」
初老の男は、咳払いを1つはさむ。
「物を見るという行為には光が密接に関係している。
光の反射・屈折・吸収。簡単に言うと、この3つを経て光が眼球奥にある網膜
に到達することで物が見える。つまり、特定の物体について「見える人間」と
「見えない人間」がいる場合というのは、「見える人間」が網膜の細胞を多く持
っているか、「見えない人間」にはない細胞を持っているかのどちらかというこ
とだ。
しかし、私は300人もの幽霊が見えるという者を調査したが、全員常人と変
わらない目だった。物を見るというメカニズム上、こいつらが他人には見えない
モノを自分だけ見るということは不可能なのだ!」
一気にまくしたてた初老の男は肩で息をしている。
息が整った初老の男はカメラに向かって不敵な笑みを浮かべる。
「わかっているぞ。君らは決まってこう言う。『目で見てる』のではなく、『霊
感で感じている』とな。
何だそれは? どこにある器官なんだ?
何かを感じるというのは、突き詰めれば対応した脳の部位が働いているはずだ。
物を見る。匂い、暑さ寒さを感じる。
これらも突き詰めれば脳での処理に行き着くからな。
そこでだ、先の幽霊が見えるという300人の幽霊を見た・感じた時の脳を調
べた。
そしたら、脳のどこの部分を使っていたと思うかね?
前頭前野だよ!
嘘を吐くときに使う箇所だよ!
つまり、霊能力者共の言う幽霊というのは、こいつらの嘘・妄言に過ぎないと
いうことだよ!」
唾を飛ばしながら持論を展開した初老の男は高笑いを始めた。
その姿を見ていた俺は深々と溜息を吐いた。
そんな俺に番組のプロデューサーが声をかけてきた。
「すいませんね、久保さん。怖がり役のタレントの娘が遅れてまして……。とこ
ろで、こんなに暗いのにサングラスして平気なんですか?」
いつもされる質問だ。
「光過敏症なんですよ。」
といつもと同じ答えを返す。
プロデューサーは「そうですか」と興味なさそうに言った後、興奮気味に本題に
入ってきた。
「それより、どうです?ここ。スゴいらしいんですよ。」
スゴい。
確かにスゴいが、番組的にどうなんだろう……。
だって、この人……自分が死んでることに気付いてないんだもの。
自分が生きてると思って、好き勝手喋ってるだけ。
だから、霊障なんて起こりようがない……。
この高笑いが聞こえて怯える人はいるかもしれないが、皆が聞こえるわけじゃな
い。
視聴者を怖がらせるためには、話を盛らなければならないだろう。
俺は、プロデューサーに必死で考えたそれっぽい幽霊話を話し始めた。