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第6話 早朝のラブコールと、その顛末

 茗梨は、夜明け前の寒さに思わず身震いをした。体の中にいる者に呼ばれて、心地良い眠りの中から引き戻されたのだ。

「五時ぃ?……勘弁してよぉ、もう」

 大きな欠伸を一つ。ベットから降り、制服のポケットから龍の指輪を取り出して、はめる。

「ふぁあ……いいよ出てきて」

 言うと、茗梨の中から睡蓮が姿を現わした。

「中で寝ておればいいのじゃ。いちいちうるさい娘御じゃの」

 睡蓮は笑って、ひとりごちる。

「さて、一仕事じゃな」

 睡蓮は、意識を集中する様に目を閉じた。


 その体が、蒼い光を帯びる。光が脹らんで、睡蓮の回りに蒼い光の球体を作った。その中に取り込まれる様に、睡蓮の姿が消える。そして、光の玉は急速に縮み、掌に乗るほどになる。

 その玉の中に、聖獣飛竜がいた。


「具合は、どうじゃ?」

 自分の中から問い掛けた蒼天神に、飛竜は体躯を軽く動かす。

『悪くはない……思った以上の小ささだかな』

「汚染がひどいせいで、防除の結界を展開するのに余計な力を取られるのじゃ。そなたの体を大きくすると、力の消費が大き過ぎて、顕現時間が極端に短くなりかねぬからの」

『……まあ、理屈は分かるが。このような体では迫力がなさすぎるというか、見映えが悪いというか、何だかなぁと思わなくもないぞ』

 睡蓮は、不満げな飛竜の様子に思わず苦笑する。この聖獣は案外、格式というか外面を気にするたちのようだ。

「此度は我慢せい……たく、白天神が見付かれば、ちゃんとした結界を張ってもらえるのじゃがな……何をしておるのやら。幻蛇が猫と一緒に探しに行っておるが……」

 と、飛竜が項垂れていた首をもたげた。


『火翼の気配を感じたぞ。この近くに来ている様だが……どうも様子がおかしい。混乱していて、呼んでも返事がない』

「うむ。朱天神がおらぬ様じゃ。とにかく、参ろう」

 睡蓮が言うと、飛竜がそれに応える様に舞い上がった。


 ふよふよと、蒼い光の玉が部屋の窓から、夜明け近い霧の街へと、飛び立つ……というより、漂い出るという体だ。確かにこれは、ちょっと微妙か。飛竜の中の睡蓮はそう思ったが、それを敢えて飛竜に告げることはなかった。




 夜の間じゅう飛び続けて、アンディは疲れ果てていた。

 初めは逃げるのに夢中で、自分の置かれた状況など気にする余裕もなかった。だが、飛び続ける内に、次第に、自分は何かとんでもない状況に陥ってしまったのだと考え始めていた。


 自分はどこに向かって飛んでいるのか。いつまで飛び続ければいいのか。そもそも、飛んでいるのは、自分の意思なのか。元に戻るには、どうすればいいのか。等々。何一つ、分からなかった――


 アンディは朦朧としながらも、朝霧の中を漂うように飛んでいた。疲労と眠気と戦いながら、ただ休みたいと、それだけを願っていた。だがその願いに反して、自分は依然として飛び続けている。自分とは別の意思によって飛んでいるのかもしれない。そう考えた時、不意に流れていた景色が止まった。


「と……止まった?」

 安堵の溜め息を漏らしかけて、しかし、霧の向こうから、何かが姿を現わしたモノに気付き、彼は思わず息を飲んだ。


―――蒼い光に包まれた、ドラゴン。


 それが聖なるものに見えなかったのは、別にアンディの心が歪んでいたという訳ではなく、単に文化の違いのせいである。西洋では、ドラゴンはモンスターの範ちゅうに分類されるのだ。


「うわあぁっ」

 アンディの悲鳴に呼応して、炎の塊がドラゴンに向けて放たれた。




 聖獣火翼の火炎をかわした飛竜の中で、睡蓮は狼狽した声を出した。

「気でも狂うたか、火翼」

『火翼はエネルギーの全てを、自らの保護膜の形成に注いでいるようだな』

「やはり、朱天神はおらぬのだな?一体、何があったというのじゃ………翠炎の奴」

『火翼の外壁が、動揺している』

「それで、この有様か……仕方がない。力を使うぞ」


 睡蓮が宣言して、右手を上げた。

 少しの間――

 その手の中に、杖があった。


『どうするのだ』

「この消滅の杖で、火翼が作っている保護膜を吹き飛ばす」

『成程。相変わらずの荒技だな』

「自己防衛本能によって、火翼は外壁の中に逃げ込むはずじゃ。手伝えよ」

『分かった』

 飛竜の返事を聞くと、睡蓮は杖を立て、気を集める。そして、それを力任せに振り下ろした。



――空気の渦が来る。

 そう思った時には、もうその中に飲まれていた。

 朱色の光が乱反射する。

 その眩しさに、アンディは目を閉じた――



「何者じゃ、そなた」

 頭の上で不意に声がした。うっすらと目を開いたアンディは、長い黒髪の女に気付いた。その女の上に、空を行く雲が見えた。

「戻った……のか………」

 そう言って、アンディは安堵した顔をして眠りに落ちていく。


 その姿を見て、睡蓮も疲れた顔でその場に寝転がった。

「だめじゃ……さすがに、人宮で聖獣を使うと……力を消耗する……」

 言いながら目を閉じると、睡蓮の姿が消えていく。

 そして、代わって茗梨がむっくりと起き上がった。


「ちょっとぉ……ここどこよぉ……」

 自分はがパジャマ姿のまま道端に寝転がっていた事に気づいて、茗梨は不機嫌そうに呟く。眠ってしまったらしい睡蓮からは、何の返事もない。


 目の前に軍服姿の若者が倒れているのを見て、茗梨は大きな溜め息をつく。

「やだもう。それで、あたしにどうしろって?」

 茗梨は頭を抱え込んだ。




 早朝、電話によって叩き起こされ、呼び出された挙げ句、力仕事をさせられて、一真は不機嫌だった。


 茗梨が電話口で、「助けて」などと言うから、慌てて来てみれば、茗梨は路肩に転がっている、怪しげな金髪男を運べと言う。


「そういう時は、虎丈を呼べ」

 と、言えば、

「だって、一真の事しか頭に浮かばなかったんだもん」

 と、返された。


 その殺し文句で、一真は、しぶしぶながらその外人を茗梨の家まで、引き摺って行ったのだった。



「……で?誰なんだ、こいつは?」

 一真が茗梨に改めて問い質す。

「えと……何だっけ?」

 茗梨が、戻って来ていた太郎丸に、聞き直す。


「物覚えの悪い娘じゃの。外壁じゃ」

 太郎丸が馬鹿にした様な口調で答える。

「何よ、そんなに威張る事?だいたいねぇ、誰のお陰で、あたし達がこんな苦労してると思ってるのよ」

「ふん。こいつのせいじゃろが」

 太郎丸が、猫手でアンディの額を、ぺしと叩いた。

「そう言えば……そうね」

 茗梨の目が、心持ち座る。

「ええい、憂さ晴らしっ」

 茗梨が、眠っているアンディの頭をぺしとはたく。

「お前ら……」

 一真がこめかみを押える。

「あはは……そうそう、この方は、外壁さんなんです」

 茗梨が慌てて、会話を元に戻した。


「こ奴は、聖獣火翼の外壁だが、この中には、内壁の存在が認められん」

 太郎丸が言う。

「どういう事?」

「朱天神がおらぬという事じゃ。『気』が感じられん………」

「つまり、行方不明?」

 茗梨が確認した。

「或いは、消滅したか………」

「消滅って?」

「文字通り、跡形もなく、なくなってしまう事じゃ」

「それって……」

 茗梨が言葉に詰まる。

「死んだって事か」

 一真が、茗梨の飲み込んだ言葉を言った。


「ともかく、こいつに話を聞くが、早かろう」

 言って、太郎丸はアンディの顔を前足で跨ぐと、顔にお腹を押し付けた。

 すると程なく、アンディの指先がぴくりと動く。

 そして間髪をいれず、呼吸困難による酸素不足に追い詰められたアンディが呻き声を上げて勢いよく飛び起きた。

 太郎丸は、涼しい顔でひらりと飛んで傍らに着地する。

「……?」

 自分を見ている二人と一匹に、アンディは狐につままれた様な顔をした。



 太郎丸が喋るのを、無気味そうな面持ちで眺めながら、アンディは、その場にいた者の、質問攻めの迫力に気圧されて、たどたどしいながらも、ちゃんとした日本語で昨夜の基地での事件の顛末を語った。


「闇邪じゃ」

 太郎丸が納得した様に言った。

「何、それ。あんじゃじゃ、って」

 茗梨が聞き返す。

「闇邪、じゃ。ふむ、どうやら、厄介な事になってきたわい……」

「何なのよ。一人で納得して」

「良いか、良く聞くのだ。闇邪は、保護壁を食うぞ」

「保護壁って、火翼の内壁……つまり、朱天神の事?食べられちゃった訳?」

「内壁だけではないぞ。外壁も食う」

「へ……外壁って。えぇ?あたし達もなの?やだぁ」

 茗梨が顔をしかめた。

「お前には、天宮一の武官、睡蓮が付いておる故、心配はなかろうが」

「だって、睡蓮さんだって、保護壁じゃない。食べられちゃうんでしょう?」

「あれは……食えん女じゃ。こ、わ、く、て、な。じゃがっ、」

 太郎丸が猫手でアンディを指す。

「問題はお前じゃ。奴は、お前を食いに来るぞ」

 アンディの顔から、血の気が引く。

「助けてください」

「助かりたければ、力を得て、戦え」

「力?」

「聖獣火翼の力。聖杖せいじょうを呼び出すのじゃ」

 アンディは、訳も分からずただただ頷いた。


 その遣り取りを見ていた一真が、唐突に立ち上がった。

「どしたの、一真?」

 茗梨が一真を見上げる。

「学校行く」

 そして、ふいと部屋を出て行く。

「あ、ちょっと、あたしも行くわよ」

 茗梨が慌てて後を追う。


 そんな二人を見送って、太郎丸はくるりと目を回し呟いた。

「……中々どうして、勘のいい奴じゃの。さてと、お前。やり方は教えるが、後はお前の努力次第じゃ」

「はい」

 アンディが心細げに答え、太郎丸は満足げに頷いた。


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