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第5話 とある基地で巻き起こった騒動と、巻き込まれた人々

 「ふっふっふっふっふ……」

 押し殺した様な、しかし、どうしても止められないという様な笑いが、そのドアの向こうから漏れ聞こえてきた。

 キャシー・ブライトン少尉はドアに目を遣り、軽く溜め息を漏らした。


 少尉がこの基地の医療研究所に来てから、もう三月余が過ぎていたが、彼女のボスであるDr.真柴ましばについては、未だに理解しかねる事がある。


 何を研究しているのか、研究室に籠もりっぱなしで、ろくに話さえしない。このDr.のそうしたワーカホリックな傾向は、日本人特有のものであると、彼女はそう勝手に解釈している。


 本国の研究所ならともかく、こんな極東の研究所で、何が出来ると言うのか。キャシーは皮肉めいた笑みを浮かべた。そして、自分の仕事である資料整理を中断し、気分転換にコーヒーでも入れようと席を立った。



 キャシーが棚からインスタントコーヒーの瓶を取り出そうと手を伸ばした時、ドアが勢いよく開いた。

 その音に驚いて手を滑らせてしまい、瓶が床に転がった。蓋がきちんと締まっていなかったらしく、茶色い粉末が床中にばら撒かれたのを見て、キャシーは心の中で悪態をついた。


「ふふふふふ………」


 ドア口にDr.真柴が立っていた。掌を顔の前に差し出して、まるで子供が何か宝物でも見つけた様な、そんな顔をしてこちらを見ていた。

 Dr.真柴の掌の上で、何か大豆大のものが蠢いている。キャシーがそれに目に止めたのに気付いて、Dr.真柴は、また嗤った。


「ふふふふふ………これは、ノーベル賞ものの発明なのだよ。これが何だか分かるかね?ブライトン少尉」

「いえ、分かりかねますが………」

「ふふふふふ………ここへ来て、よおく見て御覧。さあっ」

 キャシーは床に転がった瓶を爪先で蹴って隅に転がすと、Dr.真柴に近寄った。


 その掌で、蠢いていたもの。

 それは――


「これは………マウスですか、Dr.」

 実験用に飼っているマウスが、掌の上で右往左往していた。

「こんな事って………」

「ふふふふふ………細胞を縮小したのだ。どうだね。すごいだろう。ふふふふふ………もっと、も~っと縮める事も出来るんだぞ。そうして、さいごには消滅するまでにな」

「……はぁ。で、それが……?」

「分からないかね。これで、癌細胞を駆逐する事が出来るのだぞ。病原菌やウィルスを駆逐する事が出来るのだぞ。素晴らしいではないか……ふふふふふ」


 Dr.真柴は、言いたい事を言うと、再び研究室へ消えていった。


「疲れた」

 キャシーはがっくりと肩を落とすと、白衣を脱ぎ、帰り支度を始めた。


 一刻も早く、ここから立ち去りたかった。

 隣の部屋で、何か大きな物音がしたのも、無視した。

 Dr.真柴が、何かわめいているのも、無視した。

 そして、彼女は逃げるように部屋を出ていった――





 掌のミニチュアマウスが飛び跳ね、床を埋め尽くしている研究資料の山へ入り込んでしまった。Dr.真柴は、悪態をつきながら、豆粒ほどのマウスを探すために四つん這いになった。

「世紀の大発明が……?うおっ」

 突然、後頭部を殴られた様な強い衝撃を受けた。Dr.真柴の頭の中で、閃光が激しく破裂する。


 目まいと吐き気に襲われる。それに耐えられずに、Dr.真柴は、資料の中にうつ伏せに倒れこんた。

 その体が痙攣するようにひくひくと動く。

 そして、変化は訪れた――



 資料の中から身を起こしたのは、朱天神しゅてんしん翠炎すいえんである。融合した外壁がやけに重く感じられて、翠炎は眉をひそめた。


 気分が悪かった。人宮の汚染のせいなのか。考えながら立ち上がる。立ち上がった途端に、金縛りにあった様に体の自由が利かなくなった。

 自分の体が朱の色に発光している事に気付く。その光が、足先から、指先から、頭の先から、一斉に心臓に向かって縮まっていく。そこで小さな球体を形成すると、それは翠炎の体から飛び出した。


 その途端に、体に自由が戻る。だが、体の力が何かに吸い取られた様に消え失せており、翠炎はその場に膝を付いた。

 眼前に浮かぶ小さな朱色の玉の中で、聖獣がこちらを見ていた。


火翼かよく……どうして……?……」

 自分の中から出てしまった聖獣の声は、もう翠炎には聞こえない。

「戻れ、火翼。お前、保護壁がなければ、消滅してしまうんだぞ……お前は……」

 何かを言いかけたまま、翠炎の姿は唐突に霧に飲み込まれる様にDr.真柴の体の中に消えた。


 翠炎に代わって姿を現したDr.真柴が、聖獣火翼を睨みつけ、それに手を伸ばす。


『お前の力を、我に寄越すのだ』

 Dr.真柴のものでない声が、そう言った。

『お前は、この闇邪あんじゃ下僕しもべとなるのだ』

 Dr.真柴の後ろに、黒い影が張り付いていた。声はその影が発していた。


 不意に、ドアを激しく叩く音がした。

「Dr.済みません、Dr.真柴」

 ドアの向こうから、男の声が外壁となった者を呼んだ。


 Dr.真柴は、火翼をその手に包み込んだ。後ろの影がDr.真柴の中へ吸い込まれていく。

「Dr.真柴」

 ドアが開いて、青年が姿を見せた。

「失礼します。アンディ・ハウェル少尉であります。西のエリアで、大変な事が。医局の者では、対処出来ないと……」


『大変な事?』

 Dr.真柴のものでない声が、言った。

 だが、アンディは慌てているらしく、それには気付かない。

「エイリアンが、人を襲っているのです」

『エイリアン?ふふ、違うぞ。あれは、邪獣じゃじゅうというのだよ』

 闇邪の声が、言った。

「邪獣?」

 アンディが訝しげな顔をする。

 と、Dr.真柴の手の中から、朱色の光が水のように零れ落ちた。その光は、床まで落ちずに、途中で再び玉を形成した。

「何ですか、これは……」


 不意に、光の玉が跳ね上がって、問い掛けたアンディの、その口の中に勢いよく飛び込んだ。

「え……?」

 反射的に、アンディはそれを飲み込んでしまった。

『あ……』

 闇邪が絶句する。


「うえぇ?……えぇ?今の……何ですか?飲んじゃいました……けど……?」

 アンディが青ざめた顔をしている。

『吐けっ……吐きだすのだ』

 Dr.真柴がアンディに詰め寄る。と、アンディの肩を掴んだDr.真柴の手が、溶けるように崩れ落ちた。

「ひっ」

 目の前で、その顔が崩れ落ちる。

「うぁあっエイリアンっ」

 崩れた中から、化物が姿を現わした。アンディは夢中でそれを振り払い、部屋を飛び出した。


『ま、待て、聖獣の力を置いていくのだ』

 そう言いながら化物が追いかけてくる。アンディは、半狂乱になって、泣きわめきながら走った。



 その体が朱色の光に包まれたのにも気付かず、ただ、走った。

 そして、何かがスパークしたのに驚いて足を止めた時には、彼はその不思議な空間に漂っていた。


――何が起こったんだ?


 一瞬、冷静になりかけて、しかし、例の化物の姿を見た途端、またパニックに陥る。


――逃げなきゃっ、逃げなきゃっ、逃げなきゃっ……


 ただ、そう思った。

 すると、体が浮き上がる感覚があって、彼の体は空に舞い上がった。


――俺、飛んで……る……?な、んで?……


 化物の姿が小さくなっていく。

 基地の灯が、遙か下方に見えた。




 アンディを飲み込んだ光の中から現われたのは、聖獣火翼である。火翼は勢いよく空に舞い上がると、南を指して飛び去った。

 Dr.真柴が、いまいましそうに空を見上げていた。


『火翼め……この私から、逃げられると思うな』


 基地の中は、騒々しかった。

 邪獣が人を食っているのだ。

 その様を思い浮かべて、Dr.真柴は、低く笑った。


『さて、聖獣を狩りに行かねばな』

 邪獣を増殖させる為に、この身に聖獣の力を取り込むのだ。

『そして……人々の恐怖が、私の力の糧となる』

 Dr.真柴は、白衣をなびかせて火翼の飛び去った方向へと歩き出した。


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