閑話 天より来たる災厄と、幾人かの目撃者
注意:この回には、空から落ちてきた化け物に、人が襲われたり食べられたりといったシーンが含まれます。そういうシーンを不快に思われる方や苦手な方は、この部分を飛ばし読みされることをおすすめします。
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彼女は輸送機の小さな窓から地上を見下ろしていた。彼女は、地上の街明かりを眺めるのが好きだった。この任務が終われば、一週間の休暇が待っている。
「え……」
その彼女の視界に、基地に落下していく、光の玉が引っ掛かった。
「隕石?……ミサイルの誤射?……」
窓に張り付いてその行方を見定めようとするが、その光の玉は、直ぐに地上の闇に吸い込まれる様にして消えてしまった。
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頭の上から轟音が響く。古いアパートの立て付けの悪い窓が、カタカタと耳障りな音を立てたのを合図に、彼は双眼鏡を手に窓を開け放った。
轟音が耳をつんざくような音になったが、気にも止めずに双眼鏡を覗いて空を仰いだ。
「おっ……新型の輸送機じゃん」
丸い小さな視野を器用に動かして、飛来した空軍機を観察する。と、
「何だ……あれ」
翼の端を掠めて、何か光るものが落ちていった。
「流れ星……隕石かな」
その呟きは、入れ違いに離陸して行く戦闘機の爆音に掻き消された。
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基地のフェンス沿いに一列に植えられたハナミズキが見事に咲き揃った様に、軍曹は気分を高揚させながら歩く。花は盛りを少し過ぎ、時折、ハラリハラリと散り落ちる様もまた美しく、心が和んだ。
夜の見回りも、この季節だけは煩わしくない。春先に豪勢な花吹雪を見せる桜に並んで、このハナミズキの時期もまた彼のお気に入りだった。手にしたライトを振り回し、鼻歌を歌いながら軍曹は宵闇の中を歩いていた。
その時、彼は自分の頭越しに、光の玉が天を流れ落ちた事には気付かなかった。
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中尉は、その光の玉が地上に落ちるのを目撃した。
自分のとなりを歩いていた大尉の、まさにその真上に、それは落下した。
光は弾け飛ぶ様に四散し、ちょうどクラッカーを割った時の様に、その欠片は大尉の体に降り掛かった。
そして――
「たっ、大尉殿っ」
その体から……正確には、その欠片から、ドライアイスを溶かした様な煙が立ち上り、大尉の体はどろどろに溶け始めたのだ。
悲鳴もなかった。大尉の体は今や完全に溶け、気味の悪いどろどろとした塊に変わってしまっている。中尉は凍り付いた様に、その場に立ち尽くしていた。
恐怖で見開かれた目が凝視しているその前で、その塊は変化を始めた。幾本もの触手が伸び、四肢らしきものが形成される。
「エイリアン……」
中尉は、その中から顔らしきものが現われてくるのを見ながら夢中で銃を抜き、そして、撃った。
瞬間、化け物の動きが止まる。だが、次の瞬間に体液でぬめっている触手が勢い良く跳ね、中尉の足に絡みついた。
「うわぁあ……」
一本が獲物を捕えると、残りの触手が次々に延びてくる。そしてその場所から、中尉は自分の体が溶け始めたのを感じた。
恐怖で喉が詰まり声が出なかった。何かに救いを求める様に天に向けられた手の、その指の間から、着陸態勢に入った輸送機の灯が見えた。
そして、誰かの悲鳴を聞いて、彼の意識は途切れた。
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手の中のライトが、数メートル先に丸い光の円を描いていた。その光の円に飛び込んできたものを見て、一瞬、それが何なのか、彼、軍曹には分からなかった。
――こういうのは、見たことがある……
軍曹の思考が回り始める。
――そう、ムービーの中で……ムービー?……
そして、虚構と現実の境界線を超えてきた、『それ』の存在を拒絶する様に、軍曹は悲鳴を上げた。
「わあぁ……っ」
叫んだ途端、腰が抜けて尻餅をつく。
『それ』が、ゆっくりと、近付いてくる……
なめくじが這うようなその動作が、さらに嫌悪感をそそる。そして、粘着質の塊から人の腕が突き出しているのを認め、軍曹はその場に硬直した。その腕は、地面に指を立てて此方へ這ってくる。腕が、無気味な塊を引き摺って、彼の元へやってくるのだ。
その手が彼の足首を掴んだ。そして信じられない様な力で、それを握り締める。鈍い音がした。骨が砕けたのだ。軍曹は、すでに意識を失っていた。
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