閑話 眼下の愛弟子
今回は、プロローグの師匠(雅)視点です。
雅は黒板消しを両の手に手袋の様にはめこんで、窓辺へと立った。ほうきを手にしていた隆也が、それを認めて近寄って来る。
「お前のそういう姿、つくづく似あわねぇよな」
「そうかな」
雅が、パンっと手を合わせる。黒板消しから白煙が立ち上った。
「一真の奴、午後まるごとフケやがって、また、屋上で昼寝でもしてんじゃないか、あいつ」
言いながら隆也は女子生徒の視線に気付いて、お座なりにほうきを動かした。
「茗梨さんと虎丈くんも、いませんでしたよ」
「そうだよなぁ……三人仲よく昼寝ってことはないもんなぁ」
事実はそうなのであるが、それを知らない隆也はすぐにそれを否定した。
「ああ……あんな所にいますよ」
雅が、窓から下を見ていた。
「あん?」
隆也も窓辺に寄って下を見る。校舎裏の用具置場の横で、十人程の男子生徒が、一人の生徒を取り巻いている。その一人が、一真だった。
「何だ、あいつ。袋になってるのか」
「とも限りませんよ」
雅が面白そうな顔をしている。二人が見ている間に、一人、一真に殴り掛かったが、あっけなく逆に殴り飛ばされた。
「ほへー。こりゃ、いけるわ」
隆也は窓から首を引っ込めると、ほうきを放りだして、慌てて自分の座席に飛んでいって、スマホを手にまた駆け戻って来た。
「仕事熱心ですねぇ、新聞部員。乱闘の記事でも書くんですか?」
雅が言う横で、隆也は続け様にシャッターを切った。
「これは、小遣い稼ぎ。一真の奴、あれで結構ファンが多いからな。女どもに売り付ける」
「ははあ……」
雅が呆れと感心とを交ぜ合わせた様な相槌を打つ。それすらも、隆也はすでに聞いていない。すでに、下の見世物に入り込んでしまっていた。
雅には下の結果が容易に想像出来ていた。あの一真が負けるはずなどない。何しろ、自分が鍛え上げた弟子なのだから。雅はそう考えて含み笑いをすると、窓辺から離れようとした。
「お……い」
スマホの画面を覗いたままの隆也が、その雅の上着の裾を掴んで窓辺に引き戻した。
「何だあいつ……」
隆也は真下の乱闘騒ぎではなく、少し離れた場所を見ていた。
雅がその視線の方を見ると、女がいた。
色白で腰に届きそうな程、髪が長い。制服のセーラーを着ている所を見ると、うちの生徒なのだろうが、あまり見かけない顔である。
「えれえ、美人だな。おおっ、すげぇ……ナイスバディ」
スマホの画面の中で拡大された姿に、隆也が嬉しそうな声をあげた。
その女を遠目に見て、雅は何か違和感の様なものを感じた。何だろう。少し考えて、服がやけに小さいのだと気付く。
スカートは膝丈よりかなり短い。それに、上着もこれまた短く、その下からチラチラと白い肌が見え隠れしている。サイズも見るからに合っていない。胸元がきつそうで、隆也が喜んでいたのもそのせいらしい。
女は、乱闘の現場へ近付いていく。それに気付いたのか、乱闘の動きが止まった。
女がくるくると舞いでも舞う様に優雅な動きをすると、そこにいた数人がなぎ倒され、残りは怯えた体でボスである伊敷を置き去りにして逃げていく。
「やっぱり、私の弟子は強いなぁ」
雅が満足げな笑みを浮かべる。その横で、隆也がげんなりした顔をしていたのには気付いていない。
一真は女と何か言葉を交わし、女に誘われるままその後を付いて行く。
「……くーっ。茗梨ちゃんていう彼女がいながら、あいつばかりがなぜモテる」
隆也の戯言を聞きながら、あの不肖の弟子は、また何か厄介事に巻き込まれたのだなと思う。
「何?何か楽しそうじゃん?」
隆也が雅の妙に緩み切った顔に、不審な目を向けて来る。
「いや~下手したら、軽く修羅場かな~と思ってさ。ワクワク?」
「……お前。性格悪いよな?」
「え、そうかな?そういいつつ、二人のツーショット撮ってるキミも大概だよね?ふふっ」
「いや~これはもう、条件反射みたいなもんで。スクープになるかも知れないと思ったらね、体が勝手にね、反応してしまうだけでね」
「だけ、ね。ふふ、まあ、いいけど」
呑気に高みの見物をしていた二人だが、後に自分たちもその厄介ごとに巻き込まれることになろうとは、夢にも思っていないのだった。