第14話 手を貸す…という事は?
睡蓮の姿が蒼い光に包まれ、みるみるうちに聖獣飛竜に変化する。九嬢も又、これは白色の光に包まれ、聖獣剛虎に変化した。
「あのう……俺は?」
一真が飛竜に向かって聞く。飛竜の中から、睡蓮の声が答えた。
「聖獣を呼び出すのじゃ……」
「呼び出すって、どうやって?」
「心を静めて、その名を呼ぶのじゃ」
――心を静めて、名を。呼ぶ。
一真は、瞳を閉じる。
――雷麒、雷麒っ。答えてくれ……
その問い掛けに、少年の声が聞こえた。
『雷麒、ほら、呼んでるよ。僕は、もう、大丈夫だから、行って』
――麟輪?……お前、大丈夫なのか?……
『はい。済みません、今、行かせますから……さあ、雷麒』
閉じた目蓋の向こうで、金色の光が弾けた。
目を開けると、一真は、雷麒の中にいた。
――麟輪?
答えはない。また眠ったのか……いくら黄天神と言えども、あれ程の怪我を負っては、そうすぐには回復出来ないのだろう。
「転移の杖っ」
九嬢が叫んだ。
その声と共に、一真達は邪獣のいる公園へと飛んだ。
一真の眼下で、雅と隆也が化物に囲まれていた。
「あいつら、つくづく化物に好かれる奴だな……」
苦笑する一真に、睡蓮の声が掛かる。
「邪獣の中へ飛ぶぞ」
「あれは?」
「雑魚など、後じゃ」
「闇邪が火翼を取り込んでしまうと、厄介じゃ」
「……分かった」
「九嬢っ」
睡蓮が九嬢を呼ぶ。
「はい。転移の杖っ」
そして、次の瞬間、一真と睡蓮は、もう邪獣の中にいた。
頭上に飛来した三つの光球に、化物達が恐れをなす様に、後ろに下がった。雅がよくよく目をこらして見ると、その光の中に何かいるのが分かる。
「あれが……聖獣か……」
「聖獣?」
雅の言葉を聞き止めて、隆也が繰り返す。
「聖獣って事は、華麗に化物退治でもしてくれるのか?」
隆也が言う内に、二つの光が消えた。
「……あまり期待は、できないかな」
雅が苦笑いをする。
この化物に食われても、恐らくは助けてもらえるだろうが、化物に食われるというのは、あまり気持ちのよいものではない。出来れば遠慮したい所だが……
見上げると、白い光がふわふわと頼りなげに彼らの頭上を漂っている。
白は確か、白天神九嬢――聖獣剛虎の色だ。
「九嬢さん、九嬢さん」
雅が呼ぶと、白い光がすいーっと下に降りてくる。
「はぁい」
返事と共に光が弾けて、白天神九嬢が現われた。
「何、この子、知り合い?」
隆也が突然現われた九嬢に、興味深そうな顔をする。
「そう。世界を守る天神様だよ。九嬢、僕達を、どこかへ転移してくれないかな」
「はぁい。転移の……」
九嬢が元気良く返事をして、杖を振りかざす。が、そこへ、化物の触手が飛んできた。
「きゃん」
九嬢が身をかわす。しかし、触手はその手の杖に絡みつき、自分の方へと手繰り寄せようとする。
「だめぇっ」
九嬢が杖を引き戻そうとするが、如何せん化物の力の方が強い。九嬢の小さな体は、杖ごとズルズルと化物の方へ引き摺られていく。
「杖を放すんだ、九嬢っ」
雅の声に九嬢が首を振る。
「だめですぅ。杖、取られちゃったら、一真さん達、戻せなくなっちゃいますっ」
「一真って……」
「今、邪獣の中にいるんですっ……やんっ……」
九嬢が杖ごと触手に振り回される。だが、九嬢は頑として杖から手を放そうとしない。そしてそのまま振り落とされて、派手に尻餅をついた。
「いったぁ……」
九嬢のその頭の上から、化物が飛び掛かる。
「九嬢っ!」
雅の声に驚いて、九嬢は化物に気付いたが、しかしとっさには動けない。
「やだっ……」
九嬢は身を屈めて、杖を守るようにこれを抱き抱えた。
雅は、自分がフェミニストだとは思わないし、隆也のように正義感だとも思わない。
だが時として、考えるよりも先に体が動いてしまう、という事がある。後で考えても、恐らく理由など分からない。気が付いたら、そうしていた。それだけの事である。が、しかし――
この時ばかりは、その瞬間に、流石に『しまった』と思った。
雅は九嬢を庇う様にして、その体に覆い被さっていたのだ。
自分の体が溶けるという実感があった。背中に走った激痛は半端なものではない。だが、声も上げず、ただ耐えた。自分の体の下で、九嬢が怯えた様な顔をしている。その大きな目が、涙で潤んでいる。ああ、涙が落ちるなと、そう思った途端に九嬢の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「何……してる……早く……逃げろ……よ……」
雅が喘ぎながら言うと、九嬢の瞳から涙がまた落ちていった。
後ろから足を掴まれて、雅は何かに引き摺られた。仰向けに転がされた時に、目の前に化物のどアップが見えて、雅はどういう訳か笑っていた。この世の見収めかもしれないって言うのに、何て言うサービスの悪さだろう。そう思ったら無性に可笑しかったのだ。
「やだぁっ」
九嬢の悲鳴が聞こえた。そこで、雅の意識は途切れた。
「うわぁあっ」
虎丈の獣の様な悲鳴に、隆也は思わず耳を塞いでいた。
しかし、目の方は目の前の不可解な出来事に、瞬きも出来ない状態である。
可愛らしい九嬢という名の少女が突如消えて、代わりに現れた虎丈が杖を持ったままひたすらに吠えている。
「何なんだよ、一体」
化物は出るは、雅は食われるは、虎丈は出るは。隆也は、訳が分からず頭を抱え込む。不条理のオンパレ−ドである。ただ一つ確かなことは、あの化物に捕まると、『食べられてしまう』という事だ。
「冗談じゃねぇぞっ」
隆也は、うろたえながら逃げ場を探す。しかし、周囲は化物に取り囲まれている。
「万事休すかよぉ」
化物が跳ねて、隆也と虎丈に飛び掛かる。
「うにゃっ……まだ死にたくないっ」
隆也は膝を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「うわぁっ」
頭上で、虎丈の半狂乱の叫びがした。
「うわぁっ……うわぁっ……うわぁっ……」
叫び声が続く――
化物は来ない。
――化物は?来ない?
隆也は、恐る恐る顔を上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
虎丈がわめきながら、杖を振り回している。
虎丈が杖を振り回す度に、その杖先から白い光がほとばしり、化物を弾き飛ばしている。
「お?おおっ」
どうやら、それが何か効き目がある様子。隆也は、ただ感心しながらそれを見ている。
虎丈が杖を大きく振った。と、突如大きな光球が現われた。その中に人影を認めて、隆也は思わず立ち上がった。
光が薄れ、その中から人が現われた。だがそれは、半透明な人間である。隆也と目が合って、その人物がにっこり笑った。その笑い方に覚えがある様な気がする。
「……雅?」
に、面影が似ている様な?――
『玄天神速水、見参』
「げんてんしん?」
『済みませんね、人手不足なものですから。ちょっと、手、貸していただけますか?』
速水が愛想良く、隆也に話しかける。
「手?」
『右手、出してみて下さい』
「こう?」
隆也が速水に掌を差し出す。その上に速水が自分の手を置いた。
掌に僅かな熱を感じて、隆也は速水を見る。そして、再び自分の手に目を落とすと、そこに杖が乗っていた。
『これは、静止の杖。これで、しばらく時間稼ぎをしていて下さい。すぐに戻りますから』
「え?……時間稼ぎって」
『ああして……』
速水が苦笑して、虎丈を指差す。
『振り回していて下さい。頼みます』
「あぁ……なるほど」
速水の姿が陽炎の様に揺れて黒い球になり、ふわりと舞い上がる。そして、向こうで暴れている邪獣の方へ飛んで行った。
「振り回せばいいんだな」
隆也が見よう見まねで勢い良く杖を回す。すると、周りの化物が、ぴたりとその動きを止めた。
「……成程。振り回せばいい訳だな」
要領を得ればこちらのものだ。隆也は、思い切り良く杖を振り回した。
一度止まった化物は、しばらくするとまた動き出す。
隆也がそれに気付いて、そのエンドレスな作業に疲れを感じ始めた頃、ようやく速水が戻って来た。
「おい、これって、きりがないんじゃないか」
隆也の不満げな台詞に、速水が苦笑する。
『力の問題なんですが……そっちの君』
速水が虎丈を呼ぶ。
『君のその杖の力を、貸して下さい』
虎丈がようやく手を止め、肩で息をしながら頷く。
『ここへ、転移していただきたいものがあります。いまから、場所のイメージを送りますから、そこから、それを転移して下さい』
虎丈は無言のまま頷く。
『目を閉じて……』
虎丈が目を閉じる。
『では、いいですか……これ、です』
「……転移の杖っ」
虎丈が叫ぶ。
一瞬光が渦を巻き、そして、カランという音を立てて、杖が地面に転がった。
朱天神の封印の杖である。
『はい、結構です。調子、いい様ですね。もう一つ、大丈夫、ですか?』
「大丈夫、です」
虎丈の答えに、速水が笑って頷いた。
『では、今度はこちら……』
「転移の杖っ」
虎丈の声と共に、今度は地面に大きな光の円が現われた。
その円の中に、光が人間を浮かび上がらせる。
「雅っ」
隆也が、光の中に現われた者の名を呼んだ。雅が、不思議そうな顔をしてそこに立っていた。
『上出来ですね』
速水にそう言われながら、虎丈は自分のやった事に信じられないという顔をしていた。
『雅どの』
速水が雅を呼んだ。
『幻蛇から、言伝てがあります。杖は預けるので、後はよろしくと』




