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第13話 君子危うきに近寄らずって事で。

 元町通りを歩いていた新宮寺しんぐうじみやびは、通りの雑踏の向こうからやって来る、学校帰りの久我くが隆也たかやの姿を認めて、軽く舌打ちをした。向こうも雅に気付いたらしく、喜々とした顔ですぐに走り寄ってくる。


「よお、集団エスケープして、どこに遊びに行ってたんだ?」

 隆也が開口一番に、興味津々という顔で言った。

「ノーコメント」

 雅が面倒臭そうに答えた。


 縮んだ体は元に戻してもらったが、体の節々が痛くとにかく疲れていた。

「何だよ、怪しいな。伊敷達も、今日は妙に大人しかったし、あの後、何があったんだよ?」

 隆也がしつこく尋ねる。

「君子危うきに近寄らずって、知ってるか?」

「何だよぉ……俺だけのけものって訳?」

「知らない方が身の為、って事だよ」

 雅がそのまま歩き去ろうとすると、隆也が回れ右をして、後ろを付いてくる。

「家までついて来るんじゃないだろうな」

「ええそりゃぁもう、お供いたします」

「身のほど知らずは身を滅ぼすって、身をもって体験しないと、納得できないと、そういう事か?」

 雅の口調が不機嫌なものに変わったのに気付いて、隆也が顔を強ばらせる。雅が本気で怒れば、伊敷の比でない事を隆也は気付いている。


「冗談……冗談だよ。それはそうと……」

 隆也がさりげなく話題を変えようとした時、遠くで女の悲鳴が聞こえた。

 一瞬、二人は顔を見合わせる。そして、隆也が、嬉々として走り出した。

「隆也っ」

「何か事件の匂いがするぜっ。ほっとけますかって」

 雅は、何か嫌な予感を覚えて、隆也の後を追った。



 港の見える丘公園へ続く坂道に入った所で、隆也は上から慌てふためいて走ってくる人々に遭遇した。

「どうしたんですか?」

 隆也の声に、若い女が興奮した様子でまくしたてる。

「化け物がでたぁ?」

 隆也が、大仰な声を上げる。

「隆也、戻った方がいい」

 女の話に、雅は眉をひそめた。


「冗談だろ?現場取材しないでどうする」

 隆也が鞄から、カメラを取り出して、坂を駆け上がっていく。

「こんな、面白い事、確かめずにいられますかって」

「おい、待てよ、新聞部っ」

 公園の方から、また別の悲鳴……

「あの化物じゃないだろうなぁ……」

 雅は、しばし迷って諦めた様に隆也を追いかけた。




 公園の中は騒然としていた。逃げてくる人々をかき分け、隆也は公園の奥へと入り込んでいく。

 人の波が切れた所で、いったん足を止めた。が、林の方から新たな悲鳴を聞き付けて、隆也はそちらに降りていく。そして、目当てのものを見つけ、立ち止まった。……というよりは、足がすくんで動けなくなったといった方が正確である。

 追い付いた雅も、それを見て、がっくりと肩を落とした。案の定、またぞろ化物に遭遇してしまったのだ。


「今日は厄日だな……」

 雅は隆也を追い越して、化物と対峙する。人を食べていたらしい化物が、雅の気配に気付いて、触手を放った。

「聖杖招来っ」

 雅が叫ぶ。が……

「あ……れ?」

 杖は現われなかった。

「やばっ」

 雅は、飛んできた触手を辛うじて避ける。代わりにそれを受けた樹木が、じゅっと音を立てて溶けた。

「逃げるぞっ、隆也」

 呆然としている隆也の手を掴み、回れ右をする。と、

「あ……」

 二人の前に、白衣姿の男――Dr.真柴が立ち塞がった。


『おやぁ、ここにも、生きのいい餌が……ふふふ』

 Dr.真柴が笑う。

 笑いながら、その姿が、獣に変わっていく。

 そこに、邪獣が姿を現わした。





 睡蓮が優雅に茶を飲んでいるのを、一真はイライラしながら眺めている。

 虎丈は、一真の隣で大人しく神妙に座っている。

 太郎丸は、睡蓮の横で眠っていた。


 幻蛇が育てている内壁の様子を見に、聖宮へ戻っている為に、太郎丸は猫の本能全開で眠りこけている。

「いつ迄、こうしてるんだ?」

「九嬢が目覚めるまでじゃ。でなければ、闇邪の居場所は分からぬ。それに、そなたの雷麒にも休息が必要じゃ」

「……闇邪って、何なんだ?」

「闇邪は、強い恐怖心が生み出す魔物。宿った者の心を食い、その体を我が物とする。……朱天神しゅてんしん翠炎すいえんが、闇邪に取り込まれておったのを気付かなんだは、私の失態じゃ……」

「朱天神っていうのは、聖獣に選ばれた者なんだろう?それ程の奴が、何でそんな魔物に取り付かれたりするんだ?」

「あれは……」

 睡蓮が遠くを見る様な目をする。

「……あれは、翠炎は、選ばれるべき者ではなかった。翠炎は、火翼に食われて融合したのじゃ」

「食わ……れた?」

 一真が、眉をひそめる。

「聖獣は一度内壁を失うと、次の内壁と融合するのに必要な力を貯える為、しばらく眠るのじゃ。翠炎は、誤って聖域に足を踏み入れ、完全に目覚めていない火翼に食われかけたのじゃ……途中で、火翼が気付き、翠炎を内壁として融合して事無きを得たと……そう思っておった。だが、そうではなかったということだな」

 睡蓮はその時の状況を思い出し、深く溜め息をついた。




 あの頃、翠炎は睡連の部下であり、聖宮護衛官として、聖宮外の警備に当たっていた。

 聖獣に選ばれない者は、本来、聖宮に立ち入る事は出来ない。が、護衛官の任にあるものは、その職務上、聖宮の限られた場所であれば入ることが許されていた。


 蒼天神の位を持つ睡蓮は、聖宮内に居を構えている。その睡蓮の元へ来ようとして、どう間違えたものか、翠炎は聖獣の眠る聖域へ入り込んでしまったのだ。



 飛竜に呼ばれて駆け付けた時、睡蓮はその場の惨状に言葉を失った。

 翠炎は生きながら体の半ばまでを食われていた。気を失ってしまえば、それほど苦しみはしなかったはずである。しかし、翠炎の意識は恐怖に支配され、半ば錯乱しながらも、途切れることはなかったのだ。


「……助けて下さいっ。隊長っ。助けて下さい……どうして……こんな……うわぁっ」

 骨を砕かれた音が響く。翠炎が絶望した様な顔で睡蓮を見上げていた。その手が、救いを求める様に空を掴む。

「いや……です。俺は、まだ死にたくないっ。いやだ。隊長ぉっ」

 翠炎の混乱した精神波を感じ取り、火翼が興奮して炎の翼をはばたかせる。辺りが、たちまち火焔に包まれた。


『火翼の目を覚まさせるのだ』

 飛竜の声に、睡蓮は我に返った。


「聖杖招来っ。消滅の杖っ、乱気消滅」

 一陣の風が火翼を包んで天空に吹き上がる。その風に、炎がかき消された。

 火翼が翼をたたみ、自分の足元に転がっている翠炎の骸を見ていた。


 その口から朱色の光がほとばしり、それが翠炎の体を包み込む。その光に溶ける様に、翠炎の姿が消えていく。そして火翼は、再び眠りについた。

「……融合したのか……?」


『多分』

 睡蓮の問いに、飛竜が曖昧な返事を寄越した。


 火翼が翠炎と融合し、その力を翠炎の再生に使えば、翠炎は助かる。だが、融合できなかったのだとすれば、翠炎は火翼の栄養分として、吸収されてしまうだろう。

 眠り続ける火翼が目覚めるのを待って、睡蓮は眠れない数日を過ごした。やがて、火翼が目を覚ました時、時同じくして、朱天神となった翠炎が姿を現わした。――そうして翠炎は火翼の内壁となったのだった。





「闇邪は心に生じた恐怖心が結晶化したもの……恐らく、翠炎のあの時の恐怖心が、闇邪を生み出したのじゃろう。闇邪は火翼の力を吸い、翠炎の中で成長し、そして、翠炎を飲み込んだ……」

 睡蓮がやるせないという風に言った。

「火翼は自分の身を守るために翠炎を捨て、アンディの中に逃げ込んだって訳か」

 一真が顔をしかめた。

「恐らく、火翼の自己防衛の本能がそうさせたのじゃ。あのまま翠炎の中におれば、闇邪に飲み込まれてしまったじゃろうからな……」

「だが、どのみち火翼は、闇邪に食われちまったって訳だ」

「いや……闇邪が外壁を破るには、時間が掛かる。まだ、望みはある」


「ふあぁぁっ」

 場違いな大欠伸と共に、唐突に九嬢が目を覚ました。

「九嬢」

 睡蓮に名を呼ばれて、九嬢が、ぴんと背筋を伸ばす。

「はい。あ、火翼の居場所、ですね」

 九嬢が神妙な顔をして立ち上がる。


 杖を出し、両の手でそれを持って、意識を集中する様に目を閉じた。

 待つこと数秒。九嬢が、ぱちんと目を開けた。


「あのう……申し上げにくいんですけどぉ……」

「何じゃ、はよう申せ」

「はい。邪獣になっちゃってるみたいです」

「……邪獣?」

 一真が嫌そうな顔をする。

「闇邪め、そこまで力を……」

 睡蓮が立ち上がった。

「行くぞ」



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