第12話 破壊と再生と師匠の災難
キャシー・ブライトン少尉は、基地の化物騒動から逃れて研究所へ立て籠もっていた。
肝心な時に、Dr.真柴はいない。キャシーは、Dr.真柴の研究室に踏み込んで、書類を掻き回し、例の細胞縮小の資料と、その怪しげな溶液の入った瓶を見つけ出した。
「これを使えば、何とかなるかも……」
その怪しげな溶液をシリンダーに移し替え、噴霧器に接続する。
その時、ガラスの割れる音がして、隣室に何かが侵入してきた音がした。ぴたん、ぴたん、というその音は、到底人間のものとは思えない。
隣のオフィスを徘徊し、それはやがて、Dr.真柴の研究室のドアに近付いてきた。何かがドアを引っ掻いているのか、ドアの向こうで、かさかさという音がしている。
キャシーは、噴霧器を持つ手の感覚を確かめる様に、これを軽く握り直す。
「……こんなんだったら、ハブが出てもいいから、沖縄にしておくんだったわね」
ドアがみしっと音をあげ、内側に歪んだ。その途端、バズーカーでも打ち込まれた様に、ドアが吹き飛んだ。同時に、目のくらむ様な光が部屋を照らす。
キャシーは意を決して目をつぶり、ドア口に突進すると、噴霧器を構え薬品を勢いよく噴射した。
「うわっ」
人の叫び声。
「えっ」
キャシーが目を開けると、妙な杖を持った学生服の少年達がそこに立っていた。その足元に、彼女の同僚が横たわっている。
化物は、どこにも居なかった。キャシーは、恐る恐る自分の足元を見る。何か、黒いものがそこにいた。よくよく目を凝らしてみると学生服の少年、である。
「え……っとぉ……」
キャシーが顔を強ばらせる。どうやら人間を縮めてしまったようだ。
――ええと……これ、元に戻す薬はない……わよねぇ……
「師匠……っすか?」
一真はテーブルの上に引き揚げられた、体長数センチの雅をまじまじと見る。それから、目の前の金髪美人に向かって言う。
「これ、戻せますよね?」
聞かれたキャシ−は、顔を引きつらせて笑う。即ち、否定の答え……である。
「これは、これで、面白いけど……おい、太郎丸、どうする?」
「杖を使えばよい」
「ああ、これね、再生の……」
「……が、お前一人では、出来ん」
「へ……?」
「力が足りん。雷麒は、麟輪の怪我の治癒に力を注いでおる」
「ああ……あれ、ね」
「あれには、もう少し、時間がかかる」
「だろうな。腕一本戻すんじゃ……」
「仕方ないの。後はお前達、三人でやってくるのじゃ」
「師匠の杖は?」
「こんな針の様になってしまっては、使えん」
「ちぇっ、仕方ないな。行くぞ、虎丈」
虎丈が心配そうに雅を見ながら杖を振った。
「茗梨、後ろだっ」
一真の声に、茗梨が叫ぶ。
「消滅の杖っ……え、あれ?」
放出された光が、みるからに弱かった。化物は動きを緩慢にしているが、消えずにそこに残っている。
「消滅の杖っ」
茗梨が再び叫ぶ。が、光は更に弱くなっている。
「どうして」
「再生の杖っ」
一真が叫ぶ。金色の光が化物を飲み込んだ。人間の姿が現われたが、その体からは化物の触手が生え、一真達を見据えた目は、尋常な人間のそれではない。
「邪気が消えてない……」
戻ったのは、姿だけ。中味は、化物のままということか。
「やばい、虎丈、逃げるぞっ。杖、振れ、杖」
その化物がこちらに向かって来るのを見て、虎丈が慌てて杖を振った。
安全な場所に転移。
と思いきや、廊下の向こうに、その化物がいる。
――力が、弱いと、短い距離しか飛べない。
一真は、太郎丸の言を思い出す。
「お前も、なのか、虎丈」
「一真、来る」
茗梨の声にそちらを見ると、化物がこちらに向かってくる。
「どうするんですか、一真さんっ」
虎丈が怯えた様な声をあげる。
「どうって……逃げるしかないだろ。走るぞ」
一真は茗梨の手を掴み、廊下を走った。虎丈もその後に続く。
「虎丈っ、太郎丸、呼び出せっ」
一真が走りながら言うと、
「やり方、分かんない、ですっ」
と、虎丈の半泣きの声が返って来た。
「ちっ」
肩越しに振り返る、化物の数が増えている。何か生き物を察知する能力でも持ち合わせているのか、そこここの廊下や階段から、わらわらと際限なく出て来る。
「一真、前っ」
茗梨が不意に立ち止まって、一真を引き戻す。
前からも化物がやってきていた。咄嗟に目に付いた部屋に飛び込んでドアを閉め、鍵を掛ける。
「だーーーーっ」
ドアがいつまでもつのか分からない。だが、とりあえずの安堵に、一真は膝をついて肩で息をした。
「虎丈くん、虎丈くん……」
茗梨が座り込んだ虎丈を揺さ振っている。
「気絶したのか?」
聞くと、茗梨が頷いた。
廊下をひたひたという音がやってくる。
一真は部屋の中の机をドアの前に積み上げて、簡単なバリケードを作った。
どん、と何かがぶつかる音がして、ドアがぎしぎしと頼りな気にきしむ。
――あまり、もちそうにないな……
一真は部屋の奥に虎丈を引き摺っていき、壁に寄り掛からせた。戻ってくると、軋むドアを見据えた茗梨が泣きそうな顔をしていた。
「ごめんね……あたし……足引っ張っちゃって」
「恐かったら泣いてもいいぞ。あんまり、無理する事はない」
「いいよ。泣き顔、ブスだから……」
茗梨が俯く。
その顔を、一真はそっと上向かせた。
刹那、涙が一粒落ちて、床で弾けた。
「お前が、フォワード……なんだもんな。一番大変なのに……ろくに援護できなくて……俺は……」
「そんな事……ないよ。一真いなかったら、あたし一人じゃ、恐くて、こんなのぜんぜんダメだもん……」
茗梨が目を潤ませたまま、無理に笑おうとする。
一真は茗梨を抱き寄せると、そっと唇を重ねた。
唇を離すと、茗梨が少し驚いた様な顔をしていた。
「ごめん……」
咄嗟に謝った一真に、茗梨が笑う。
「……何か、少し、元気が出た」
その時、ドアが破れた音がした。その振動で、積み上げた机が派手な音を立てて崩れ落ちた。
壊れたドアから化物がわらわらと部屋に入り込んで来る。何時の間にそんなに集まったのかという程、大挙して崩れた机の山を這い上がって来る。
一真は茗梨を抱き寄せ、その腕に力を込めた。
「いつまで抱きついておるのじゃ」
頭の上で声がした。
「え……」
睡蓮が迷惑そうに、一真を見下ろしていた。
「うわっ」
一真は、慌てて飛び退く。
「何ですか、いきなり……」
「なんじゃ、その態度は。せっかく、助けに出てきてやったものを。全く、この非常時にデレデレしおってからに」
「あのっ、ですねぇ」
「消滅の杖っ」
睡蓮が杖を振った。現れた巨大な光球が、そこにいた化物をまとめて吹き飛ばす。
「自慢ではないが、寝起きが悪いのでな。力の制御には責任は持てぬぞ……消滅の杖っ」
化物ごと壁が吹き飛んだ。
「ぼけっとするでない。光が消えるぞ」
「おっ、おお。再生の杖っ」
一真が慌てて杖を振る。瓦礫の中に元の人間が現われた。
「次、行くぞ」
睡蓮が杖を片手に崩れた壁を乗り越えて、すたすたと歩いていく。
一真は言葉を失ったまま、あたふたとそれに従った。
その日――
正体不明の『モノ』によって、基地内は、その施設の約六割が破壊状態になり、しばらくその機能を麻痺させられた。瓦礫の中から目を覚ました人々は、何が起こったのか訳が分からなかった。
幾つかのエイリアン目撃証言も、そのエイリアンが跡形もなく消えてしまっていた為に、不可思議な出来事として、記録にも残されなかった。
唯一、事件の真相を目撃していたキャシー・ブライトン少尉は、何も語らず、本国への異動を申し出て、これを承諾された。
数日後、彼女は機上の人となり、不思議の国、日本を後にした。
触らぬ神に祟りなし。
その言葉を彼女が知っていたかどうかは、定かではない――




