第8話 何とかしろと言われても無理っ。
「何してる、雅」
一真の声が雅を呼んだ。
隆也は首尾よく一真と行き合ったようだ。
「何って、お前。この状況を見て、その言い草はないだろう……」
雅が、顔をひきつらせて笑った。
一真の声に反応したのか、邪獣が一真の方へも触手を伸ばす。
「それに触られると、こういうみっともない姿になるぞ」
雅の声に、それを掴もうと手をのばした一真が、慌てて手を引っ込める。
触手を避けた弾みでバランスを崩し、一真は地面に手を付いた。そのすぐ先で、化け物がそこに倒れている者を食べていた。正確には、化け物から分泌される体液が人を溶かしているのだが、化け物が触れた先から溶けていく体は、それに食われている様に見えるのだ。
全身の毛が逆立つ様な感覚に襲われて、一真の顔から血の気が失せた。
「おい、一真、何とかしろ」
雅が、珍しく弱気な声を出す。
「だめ……こういうのは、ちょっと……」
地面に付いていた一真の手を、化け物の足が勢いよく踏もうとするが、一瞬早く一真が避けた。
「……何ともならない……と思う……」
「そんな薄情な弟子に、育てた覚えはないぞっ」
雅が必死の形相でわめく。
「こればっかりは、いくら師匠でも、譲れないですっ」
一真が、これまた必死の形相で言い返す。
「修業の心得三原則を、言ってみなさいっ」
雅が更にわめく。
「こんな時に、何、言わせるんですっ」
一真が怒鳴り返す。
「忘れたんだなっ。なら、お仕置だぞっ」
「覚えてますって、世の為、人の為、師匠の為っ」
「言ったな、今、師匠の為って言ったなっ?さぁ、師匠の為に、何とかしなさいっ」
「出来ないものは、出来ませんっ」
「師匠を見殺しにするのかっ。七代たたってやる」
「坊さんが、そんな事、言っていいんですかっ」
「今は、休業中だっ」
「威張って言う事ですかっ、謹慎中のくせに。だいたい、師匠は、むかしっから、そうやって、調子が良すぎるんですよっ」
「うわっ、化け物が来る。死ぬぞ、たたるぞーっ」
「逃げればいいでしょう」
「虎丈を見捨てろって言うのかっ。世の為、人の為、だぞっ」
「見栄の為に死んでどうすんです」
「お前という奴は……」
「師匠、来ますよっ」
「おっと……」
後方の塀の上へ、雅が華麗に飛んだ。
「どうも、危機に体が勝手に反応してしまう……困ったもんだね。あーあ」
化け物が、虎丈に取り付いていた。
「虎丈、成仏しろよ。合掌」
「朝っぱらから、何を掛け合い漫才しておるのじゃ、そなたらは」
睡蓮が身の丈程もある長い杖を手に、呆れ顔で立っていた。その後ろに、やはり同じような杖を持ったアンディが、その場の惨状に絶句して立っていた。
「お主」
睡蓮がアンディを呼ぶ。
「その杖の使い方は、猫めに聞いておるな?」
「は、はい」
「ならば、ゆくぞ」
睡蓮が杖を頭上にかざす。
それを見て、アンディが杖を水平に構える。アンディはその状態から杖で宙に円を描き、これを十字に切った。そして、息を吸い込んで叫んだ。
「封印の杖っ!!」
バットを振る様なスイングで、アンディが杖を斜めに振り下ろす。振り下ろされた杖の先から、光がほとばしって玉となり、虎丈に取り付いた化け物を吸い込んだ。
「上々じゃ」
呟いて、睡蓮が叫ぶ。
「消滅の杖っ!」
光の中で、化け物が四散して跡形もなく消えた。その光は小さくなると、やがて小石程の大きさの玉となって、ばらばらと地面に散り転がった。
雅と一真が見ている前で、睡蓮とアンディが、そうやって手際よく化け物を次々に消していった。
「そなた、この玉を拾い集めるのじゃ」
睡蓮が雅に言う。
「……あいつら、どうなったんです?」
玉を拾いながら、雅が聞いた。
「その玉は魂の欠片。それがあれば、体は、後で再生可能じゃ。もっとも、それも聖獣雷麒が見付からねば出来ぬ訳だが」
「聖獣雷麒?」
「再生の杖は、雷麒が持っているのじゃ……」
「うわぁっ」
アンディの悲鳴に睡蓮がそちらを見ると、虎丈の体が無惨に溶け始めていた。
「あれも、何とか……してくれ」
一真がいかにも気分の悪そうな顔で口に手を当て、弱々しい声で言う。それを受けて、すかさずアンディが杖を構える。が、睡蓮がそれを止めた。
「……心配はいらぬ。化け物に襲われて、ようやく目を覚ました様じゃ」
虎丈の体が溶けて縮んでいく――そのどろどろした中から、小さな体が形を成していく。
「遅かったではないか」
「ふうぅー」
虎丈の中から現われた少女が、大きく息を吸い込んで、そして言った。
「お待たせしましたぁ、聖獣剛虎の守護者、白天神九嬢っ、ただいま見参でございますぅ〜!」
「九嬢、頼むから……朝から、その声は……」
相変わらずのきんきん声に、堪らず睡蓮がこめかみを押えた。
「えぇっ?!睡蓮姐さまっ、何ですかこれっ」
九嬢が言われたそばから、すっとんきょうな声を上げた。その小さな指が、アンディが封印した、化け物と化した伊敷を指差している。
「それは……邪獣じゃ」
睡蓮が困惑した様に答えた。
「こいつは、消さないのか?」
一真が早く片付けて欲しいとばかりに、言う。
「これは邪獣というもので、他の化け物とは、訳が違う。このままでは、消すことは出来ないのじゃ……ともかくっ。九嬢、結界を頼む」
「ふぁい」
睡蓮に言われて、九嬢が右手を上げる。
その手の中に光の玉が現われ、棒の様に長細く伸びると、そこに杖が現われた。
「白天神九嬢、結界作りまぁす」
九嬢が杖でトントンと地面を叩き、杖を垂直に投げ上げた。落ちてきた杖の下の端を掴むと、これを勢いよく頭の上で振り回す。
「転移の杖っ、聖域結晶っ!」
九嬢の声に光の円盤が頭上に広がり、光はドームを作るようにして一同を覆った。




