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プロローグ おい、またかよ。

――ああ、めんどくせー……


 目の前に立ちふさがった奴の姿を見て、一真かずまは大きなため息をついた。


 どうしてこいつは、飽きずに自分に絡んでくるのだろう。普段の自分の生活態度を棚にあげてそんなことを思う。この学校で、不良たちのボスとして君臨している伊敷いしきマサトが、やる気満々といった感じで下卑た笑いを浮かべながら、こちらをロックオンしている。


 一真が訳あって学校を抜け出していた数時間の間、授業にも出ずに、この近辺を探し回っていたらしく、それをまた、苔にされたと勝手に思い込んでの登場であった。

 一真にしてみれば、それがどうした、といった所である。


 だが、ここまで拗れてしまうと、一戦交えなければこのトラブルは回避できないと思われ、一真は何も言わず、ただ伊敷の誘うままに、校舎の裏へと付いていった。相手がもう臨界点に達してしまっている以上、どういう受け答えをしても、多分、結果は同じなのだろうし、それが避けられないものならば、厄介事は、早く終わらせてしまいたかった。



 校舎の裏では、伊敷のいつもの取り巻き連中がたむろしていた。一真の姿を認めると、彼らは交戦的な笑みを浮かべ、一真を取り囲むようにゆっくりと辺りに散った。

 一真は、それを無表情な顔で見ている。


「今更、泣き言言ったって、とりあやしねぇけどな。まあ、泣いて頼めば、そのお綺麗な顔は、避けてくれるかもしんねぇぜ……」

 伊敷が後ろの方で言った。自分自身は、これから始まる乱闘騒ぎを、高みの見物するつもりでいるらしい。


 一真は、ふと笑った。

 元より、高みの見物などさせてやるつもりなどない。


 その微笑に気付いて、伊敷は眉をひそめた。

 だが、その笑いの意味を考える間も与えず、一真が言った。

「早いとこ、片付けようぜ……」

 それを合図に、数人が一真に襲い掛かった。



 続けざまに三人を殴り倒し、四人目の胸倉を締め上げていた一真は、その相手の肩越しに妙なものを見て、思わず手の力を抜いた。

 締め上げられていた奴はよろめいて激しく咳込んだが、一真はそれを気にも留めずに、あらぬ方を見ている。一真につられて、その場の者達も一斉にそちらへ目をやる。


 その集まった視線の先に、女がいた――


 明らかに体のサイズに合わない制服を着、手に、どこかで手折って来たらしい桜の一枝を下げている。瞬間、その佇まいの違和感の理由を探して、胸が大きすぎてセーラー服がぱつんぱつんなのだと気付く。あと、丈も短く、軽くヘソ出しになっているのだ。


――ないすバデ―ないす。つーか、桜折るとか、軽く環境破壊だろー。


 内心そんなツッコミをしつつ、その足元を見れば、そこにちょこんと白い猫が従っていた。

「お前、太郎丸……」

 先刻、茗梨めいりんが『しゃべる猫』だと大騒ぎをしていた奴だ。この辺を縄張りにしている野良だが、当然ながら、しゃべっているのを聞いたことはない。

 

 誰かを探す様に視線をさ迷わせていた女が、一真の呟き声に、つと、視線を止めた。

「そなたか……」

 女が言った。


 女の姿をもう一度、頭から足先まで見て、一真は眉をひそめた。

「その制服の持ち主は、どうした?」

 制服の胸の名札を見ながら一真が問う。それは、茗梨のものだった。

「ちと、訳ありでな」

 女が笑う。

「ここでは、ゆっくり話も出来ぬ。……参ろうか」

 女が一真を促す。


 一真が女の方へ一歩足を踏み出すと、

「待てよ。こっちの用事は、まだ済んじゃいないぜっ」

 妙な事の成り行きに、伊敷が慌てて口を挟んだ。

「ああ……そうだな」

 一真が面倒くさそうに呟き、足を止めた。

「取り込み中の様じゃな」

 女が笑いながら言った。

「迷惑でなければ、助太刀いたすぞ」

 その発言に、伊敷が眉を釣り上げる。

「ナマいってんじゃねぇぞっ」

 伊敷が、女に詰め寄る。


 一真を相手にする度胸はないが、女なら余裕だと思ったらしい。が、女と向かい合って、自分が見上げる立場にある……つまり女の方が背が高い事に気付いて、伊敷は言葉を失った。


 不意に、女が不敵な笑みを浮かべた。

「うっ……」

 思いがけない威圧感に、伊敷がたじろいで及び腰になる。


 その刹那――

 ひゅうと風が鳴った。


「うわぁっ」

 伊敷が顔を押えて、地面に転った。その上に、桜の花弁が優雅に舞い降りる。


 どうやら女が手にしていた桜の枝を、鞭の様に振ったらしい。その姿は優雅でありながら、一分の隙もない。そして、女が舞う様に通り過ぎた後には、敵意を持つ者は消え去っていた。一真が何もしないうちに、女が数人を薙ぎ倒し、残りは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していた。


「では、参ろうか」

 女が乱れた髪を掻き上げる。

 その指の、龍の指輪に気付いて、一真は女の顔を見た。それは、紛れもなく、ついさっきまで茗梨の指にはまっていたものと同じ物だ。

「お前……何者だ?」

「我は、蒼天神そうてんしん睡蓮すいれん。天上は聖宮の護衛官にして、聖獣飛竜(ひりゅう)が守護者じゃ」

「は?」


――茗梨っ、お前今度は何したーーーっ


 もうこれは、厄介事の匂いがプンプンな案件だ。どうやら自分は、また否応なく新しい厄介事に巻き込まれたらしい。


――勘弁しろよ。


 



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