98 ドクロ塾へようこそ
「伯爵ぅ~。見てないで助けてよ~」
クセーラさんが十字架にかけられていた。彼女にそんなことができるのは双子の姉を置いて他にいない。発芽の精霊と一緒に罪人を棒で突いていた次席に尋ねてみたところ、盗人に罰を与えているところだという。
「鋼でも盗んだの?」
ムジヒダネさんの装備を作るために再製鉄を製錬したのだけど、結構余ってしまったので一部はクセーラさんへと渡されていた。もちろんオール鋼のゴーレムを作るには程遠いので、足りない分を盗もうとでもしたのだろうか。
「鋼程度では済まない……このバカは……サークルの貴重な労働力を盗もうとした……」
「は? 労働力?」
そんなものどうやったら盗めるのだろう。まさか人さらいか?
「姉さん。ミミズくらいでそんなに怒らなくっても……」
「黙りなさい。堆肥ができなかったら……どれだけ収穫が落ちると思ってるの……」
いったい何を思ったのか、クセーラさんは園芸サークルの堆肥化施設に忍び込んだ。植物廃材なんかを埋めた穴を水攻めにして、這い出てきたミミズを捕まえていたという。
「だってタルちゃんが~」
「ミミズを盗んでこいと命じた覚えはないのです」
どうやら、ヒヨコを抱っこしたければエサとなる虫を捕まえてこいとタルトに言われたらしい。堆肥化施設はエサが豊富だから、丸々と太ったいいミミズが手に入ると考えたそうだ。冬の間に良質な土を作ってくれる大切な労働力に手を出すとは何事だと、次席はおすまし顔に青筋を立てて怒っている。
「つまり、全部クセーラさんが悪いんだね」
「伯爵っ! 私を見捨てるのっ?」
残念ながら、次席に借金がある僕にはどうしようもない。
「虫も捕ってこれないクソビッチにかかわっている暇はないのです」
「コレヲ、ヒヨコニ……」
発芽の精霊が何やら箱を持ってきてタルトの前で開いて見せた。中にいるのはもちろんミミズ。ヒヨコに食べさせようということのようだ。
「【萌え出づる生命】はわかっているのです」
「そっ……それは私が捕まえたミミズだよっ」
黄色い綿毛が生えてフワフワの毛玉のようになったヒヨコを発芽の精霊に抱っこさせ、次席がミミズを与え始めた。クセーラさんが「がおぉぉぉ……」と吠えながら乙女ソウルを爆発させていたけど、いくら魔力を放出したところで拘束が解けるはずもない。
「フワフワ……カワイイ……」
「よかったわねクスリナ……」
幸せいっぱいといった様子で無邪気に微笑む発芽の精霊を次席がナデナデしている。
「よくないよっ。全然、よくないよっ!」
それは自分が捕まえたものだ。このミミズ泥棒めと磔にされた盗人が抗議の声を上げたものの、押収品の一部をどうしようと文句を言われる筋合いはないと次席は取り合わない。堆肥化施設から盗むのは許せないけど、取り返したものを利用する分にはかまわないという理屈のようだ。
「わたくしたちもお昼にするのです。シルヒメが焼きリンゴパイを作っているのです」
園芸サークルが収穫されたリンゴの販売を始めたので、紅薔薇寮の厨房を無断使用してパイを焼くようタルトが命じていた。お昼になったら、飼育サークルのお昼寝部屋まで持ってきてもらう手筈になっている。
「ご一緒しても……」
「おっきなミミズをくれたはなまるビッチにはその権利があるのです」
飼育サークルのみんなで食べようとたくさん焼いてもらっているので、次席と発芽の精霊が増えたところで問題ない。
「ああっ、いかないでっ。タルちゃんカンバァァァクッ!」
「役立たずなクソビッチにあげるものなんてないのです」
クセーラさんが自分にもヒヨコを、シルキーの焼いたパイをくれと泣き叫んだものの、ヒヨコにあげるエサを捕まえてこなかったのだからご褒美はなしだと3歳児は無情だった。
「アーレイ君。課題の方は進んでいますの?」
飼育サークルのお昼寝部屋でシルヒメさんの焼きリンゴパイをいただいていたところ、主席が課題の進捗状況を尋ねてきた。集まっているのは主席、次席、クゲナンデス先輩にアキマヘン嬢とメルエラ。男子生徒やアキマヘン嬢の取り巻きたちの視線が厳しいものの、クゲナンデス先輩がいてくれるので不躾な行為に及ぶものはいない。
「魔導器なら、もう出来上がってるよ」
積層型魔法陣の魔導器はすでに完成していた。コケトリスのお礼にと、シュセンドゥ先輩が加工する順番や、加工機の扱い方をつきっきりで指導してくれたのだ。
「いつの間に……このところ工作室の加工機が空いていないのに……」
「いや、工作棟の加工機を使ったから」
「よく使わせてもらえたわね……」
工師課程の先輩たちだって課題の提出期限が迫っているはず。教養課程の生徒が使わせてもらえるほど空いているのかと、次席は不思議そうに首をかしげている。
「姉も魔法薬が作れないと嘆いていました。なんでも、毎日同じ人が使っているのだとか」
「なんですって?」
メルエラの言葉を耳にした主席が目を細めた。それが本当なら、悪質な妨害工作の可能性があるという。後で様子を見にいこうということで話がまとまり、女子たちは焼きリンゴパイを頬張る作業に戻った。
精霊たちが気持ちよさそうにお昼寝を始めたところで工作室へと向かう。十字架にかけられたまま放置されていたクセーラさんはすっかりふて腐れてしまっていた。シルキーの焼いたパイは大変美味しゅうございましたと、次席が容赦のない追い討ちをかける。
「妨害工作ぅ? そんなことをするバカには天誅をくらわせてあげるよっ」
さっそくゴーレム腕の砲口に焙烙弾を装填するクセーラさん。
だから、室内でそれを使うのはやめなさいって……
教養課程の校舎に入り、工作室や調合室が並んでいるエリアに到着すると、なにやら生徒たちが集まって言い争いをしていた。ヘルネストを筆頭に、ロリボーデさんやアンドレーアの姿も見える。
相手は……バグジードの奴だ。
「てめえら、いい加減にしやがれっ。さっきから全然作業を進めてねぇじゃねぇかっ!」
「大事な課題なんだ。慎重に進めるのは当然だろう」
どうやら、バグジードの一党が加工機や調合台を占領して、他の生徒たちはいつまで待っても順番が回ってこないらしい。わざとグズグズ作業をして自分たちに使わせないつもりだろうとヘルネストがキレている。
「調合台を使いもしない素材でいっぱいにしてっ。ふたりで使えばいいじゃないっ」
珍しくロリボーデさんまで声を荒げていた。調合室の中に目をやれば、ふたりでも充分作業ができる調合台をひとり一台ずつ使っている。調合台の上に大量の素材を並べて、他の生徒が使えないようにしてやがるのだ。
「素材を厳選するのは当たり前のことだ。そんなことも理解できないとは、さすがはCクラスだけのことはある」
調合台を使っている生徒は、素材の詰められているカゴから少量の葉っぱを取り出すと薬研でゴリゴリとすり潰し、しばらくそれを眺めた後、なにが気に入らなかったのか捨ててしまった。再びカゴから葉っぱを取り出して作業をやり直す。よくよく見てみれば、すり潰しているのはクサ草。あれは適当な大きさに千切って入れればよく、細かくすり潰したところで不純物が増えるだけである。
「クサ草をすり潰しているよ。真面目に調合する気ないんじゃないかな……」
「あからさまな時間稼ぎ……他の生徒たちに……課題をやらせない気ね……」
バグジードに従っている奴らの多くはBクラス。Aクラスの生徒は授業が進む前に終わらせているので、妨害されているのはほとんどがCクラスの生徒たちだ。こんな手段を使わなければ今の順位を維持できないのかと、次席が嫌悪と侮蔑の入り混じった魔力を放つ。
「これは、いったい何のつもりですの?」
「もちろん、自分の課題をこなしているのさ。邪魔してくる落ちこぼれどもを解散させてくれると嬉しいんだけどね」
課題を進める気がないことは一目瞭然なのだけど、主席に問い質されたバグジードはすっとぼける。ヘルネストたちが言いがかりをつけて妨害してくるから、追っ払ってくれと逆に要求してきやがった。
「てめえらが毎日毎日居座って、場所を開けねえからじゃねえかっ」
「成績に反映されるんだ。満足のいくものを作りたいと思うのは当然だろう」
どうせロクな魔法薬も作れないのだから、Cクラスの生徒には場所を使わせるだけ無駄。真面目に研究する気のある生徒を優先して然るべきだとバグジードは主張する。まったくの詭弁ではあるのだけど主席は口ごもった。Bクラスの生徒たちはルール違反をしているわけではないし、彼らのやる気を頭ごなしに否定したくないのだろう。
「君も調合したいというのなら、特別に僕の調合台を使わせてあげるよ。わからないところがあったら僕に相談するといい。そこにいるゴブリンなんかじゃなくね」
主席ならば自分と一緒に使わせてやろうと尊大に言い放つバグジード。主席にわからないところが奴に答えられるとは思わないのだけど、どうしてコイツは自信満々なんだ。
「そのような気遣いは無用ですわね」
「君はつき合う人間をよくよく選ぶべきだ。特別な人間には相応しい相手というものがある」
自分であれば相応しいとでも言いたいのだろうか。ゴブリンなんかと一緒にいては、侯爵家の品格を貶めるだけだと忠告めいたことを口にした。つき合う相手を選べるだけの余裕もないくせに、よくもまぁ虚勢を張れるもんだと感心する。
「もちろん選んでいますわよ。特に相応しくない相手は慎重に……」
「嫡子でもないくせに、あまり大口を叩くと後悔することになるぞ……」
なんだか話が逸れてきてしまったし、このままでは埒が明かない。ちょちょいと主席のスカートを引っ張って、いったん引こうと目で合図する。僕のサインに気付いた主席は、調合台が空いていなくて残念だと言い残してその場を離れた。
「聞かせてもらいましょうか」
校舎から出たところで、不機嫌そうな顔の主席がさぁ聞かせろと僕の頭をグワシと掴む。「いい考えがあるのか?」と尋ねる手間もかけたくないとは、バグジードの態度がよっぽど腹に据えかねているに違いない。
「それほど魔法薬を研究したいのなら、その望みを叶えてあげようと思ってね……」
僕の思い付きを耳にした主席と次席は、さすがはいたずらの精霊と契約しているだけのことはあると冷酷そうな薄笑いを浮かべた。材料は用意しておくからとふたりが請け負ってくれたので、僕は塾長を呼びに行く。
そう、ドクロ塾の塾長を……
今、ドクロワルさんは新しいおもちゃに夢中。プロセルピーネ先生の研究室に行ってみれば、案の定、濾し布を使った魔法薬の新製法をアレコレ試している。事情を伝えて先生役をお願いすると、わかりやすくゆっくりやる必要はないから、いつもどおりの手つきでやるようにとプロセルピーネ先生から指令が下された。
「まだ調合台が空かないのですか。困りましたわねぇ。せっかくドクロワルさんが初級再生薬の作り方を手ほどきしてくれると言いますのに……」
調合室に戻った主席は部屋の一番隅っこにある調合台を使っていた生徒に声をかけ、せっかくの機会がフイになってしまうと大仰に嘆いてみせる。初級再生薬を課題評価に提出すれば高評価が得られるから、よければ一緒にやらないかとその生徒を誘った。もちろん、競技会で活躍できそうもない生徒を選んでのことだ。
なんでも人並みなBクラスには、突出した技能を持たない平凡な生徒が揃っている。競技会で確実に勝てるという保証はなく、課題評価で優れた評価を得る見込みもない。そこに、標準的な出来上がりで高評価が期待できる初級再生薬というエサを吊るす。
「どうしてそいつだけに……?」
ひとりだけ抜け駆けできるようにお膳立てすれば、人族は猿のように踊る。いつだったか、タルトが口にしていた言葉を証明するかのように、調合台を占領していた奴らが我も我もと集まってきた。
「皆さんは大切な研究がおありなのでしょう。邪魔をするのは申し訳ないですから……」
「いえ、主席や次席の研究に参加させていただけるのであれば……」
隅っこにある調合台を一台使わせてもらえれば充分だと言う主席に、大切な研究とやらをほっぽり出して、ぜひご一緒させてくださいとBクラスの奴らがお願いする。目の届く範囲であればと次席に告げられ、指定された調合台で我先にと椅子取りゲームを始めた。
バグジードがCクラスの連中に調合台を明け渡す気か。自分の持ち場に戻れと命じるものの、クサ草をすり潰すだけの退屈な作業に戻る生徒はいない。自分だけ初級再生薬が作れなければ、他の生徒に出し抜かれることは明白なのだから当然だ。隠れて様子をうかがっていたヘルネストたちが、使う者のいなくなった調合台を取り返す。
クックック……予想どおりだ。ドクロ塾は諸君らの入学を歓迎する。
終わりなきしごきでね……




