96 雛、孵る
「これより、アーレイ被告に死刑を申し渡す裁判を始めます」
ヘルネスト検事が嫌疑の内容を述べ死刑を求刑すると、証拠品のBL本を改めていたリアリィ裁判長が重々しく法廷の開催を宣言した。
「ないよっ! もう判決が出てる裁判なんてないよっ!」
「アーレイ君には黙秘する権利も、抗弁する権利も、弁護人と接見する権利もありません」
これは酷い。毛虫を見るような目で僕を見下ろしながら、リアリィ先生が出来レースの裁判をすると言い放つ。タルトは部屋で寝てしまったため、真実を証言してくれる味方はどこにもいなかった。このままでは吊るし斬りにされてしまう。
「待ってください裁判長。証拠品に疑義があります」
おぉ、なんとベリノーチ判事が待ったをかけてくれた。禁書所持罪の構成要件は意図して禁書を所持していること。部屋に隠されていたことから意図的な所持であることは明白だけど、これが禁書であるならば指定番号を示すようヘルネスト検事に求める。
「これが禁書であることは内容的に明らかだっ。ホモニダスの死刑を重ねて求刑するっ!」
モデルとされたのが自分であることに気付いているのだろう。ヘルネストは僕を死刑にさせる気マンマンだ。もっとも、勢いに任せた主張に飲まれるベリノーチ判事ではなく、禁書の指定は貴族院青少年倫理委員会の専決事項。一介の生徒が決めつけて良いものではないと指摘する。
「証拠品を禁書とする根拠が示されない以上、禁書所持罪は成立しないと申し上げます」
禁書だという証拠がなければ冤罪事件になってしまうとベリノーチ判事に言われ、死刑判決を出したいリアリィ裁判長は顔を曇らせた。
「裁判長。ひとつよろしいでしょうか?」
むむっ、今度は【禁書王】か……
「この書籍は禁書に指定されるものと確信しておりますが、現時点において指定されているとは申せません。しかし、発行されて間もないこれを被告が所持していたことは憂慮すべきかと思われます」
指定される前のBL本を手に入れられるということは、僕が密売ルートを知っているということに他ならない。ヘルネストと交代した【禁書王】が拷問にかけて吐かせるべきだと訴えを改める。
「流通ルートの解明は魔導院の仕事ではありません。エロスロード判事の訴えは本法廷の目的を著しく逸脱したものであると本職は申し上げます」
生徒がルール違反を犯したならばともかく、一般犯罪に関する捜査権など魔導院にはない。それは論点のすり替えだとベリノーチ判事にぶった切られ【禁書王】は言葉を失った。
おかしな鉄仮面を被っていても、やはり教員に採用されただけのことはある。弁論で生徒が太刀打ちできる相手ではなく、続く【皇帝】たちの主張もすべて一刀両断。BL本などただの嗜好にすぎず、大衆は自分たちに理解できないマイノリティを排斥したいだけだと熱弁を繰り広げ、とうとう僕の無罪を勝ち取ってしまう。
「しかし、このようなものを院内に持ち込まれるのは……」
「主任の懸念はもっともです。クラス担任の私の方で没収しておきましょう」
忌々し気な顔で無罪を告げたリアリィ先生に、没収はしておくと請け負うベリノーチ先生。BL本なんぞ後生大事に取っておくものでもないので、もちろん僕に異存はない。
「よかった…………直前で……ていたからもう…………と諦めていたのに……」
ベリノーチ先生は鉄仮面の奥でブツブツ呟きながら僕の部屋からBL本を押収していった。冤罪を防げたことが嬉しいのか、心なしか足取りが弾んでいるように見える。
僕はいい先生に恵まれたようだ。これまで色モノ教師だと思っていたことが申し訳ない。
裁判で余計な時間を取られてしまったので、休む間もなく中級再生薬の作り方を教わりにプロセルピーネ先生の研究室へと向かう。採ってきたホタルゴケは洗って干さないと使えないらしく、今日は初級再生薬を濃縮する工程まで。鍋でグツグツ煮るとダメ草の成分まで蒸発してしまうので、濃縮には蒸留器を用いるそうだ。
「品質2、効果4か……産廃ね……」
あらかじめ作っておいた初級再生薬を検分したプロセルピーネ先生が眉をひそめる。品質はどうでもいいから、効果は4にしておくようにと言われたからそうしたのだけど、先生に言わせれば出来損ないもいいところらしい。
まぁ、蒸留器の使い方を覚える分にはかまうまいと機材の用意をさせられた。加熱の魔法陣が刻まれたヒーターの上に水を張った大鍋を乗せ、そこに蒸留器をつからせる。直接ヒーターで蒸留器を熱するのは温度が高くなりすぎるうえムラができて良くないそうだ。
大鍋に張った水が沸騰しないようにヒーターを調整しながら、同時に凝縮器という機材に刻まれた冷やす魔法陣にも魔力を流し込む。しばらくすると、蒸留器で蒸発し凝縮器で再び液体に戻された濃縮液がポタポタと滴り始めた。
「鍋がブクブクいっているのです。下僕はぶきっちょなのです」
ヒーターと凝縮器の魔法陣に流し込む魔力を同時に調整するというのは案外難しい。つい大鍋の水を沸騰させてタルトから注意されてしまう。悔しいことに魔性レディはこういったことが得意なようで、きっちりと大鍋の水を沸騰する手前で保ってみせた。
「魔導甲冑に組み込まれている魔法陣は、少ないものでも20は下らないわよ」
魔導騎士にとって、こんなことは朝飯前だと魔性レディが薄い胸を逸らす。魔導甲冑に刻まれた様々な魔法陣から必要なものだけを選択して起動させるのは、騎士には必須の技術だという。
「そういやあんた、魔導オルガンが得意だったわね」
魔導オルガンは普通のオルガンにあるような鍵盤がなく、ずらりと並んだパイプにそれぞれ魔法陣が刻まれており、魔力を流すと対応する音を鳴らすという楽器。思いどおりに曲を奏でられるようになれば魔導甲冑も使いこなせると、魔性レディは練習に励んでいたらしい。演奏サークルの生徒すら及ばない名手だったそうな。
「人は胸によりませんね」
「それはどういう意味か、後でゆっくり聞かせてもらうわ」
さすがは現役騎士だけあって、注意を散らしてやろうという僕の意図は見抜かれてしまったようだ。覚悟しておけと鼻で笑われてしまう。
ムジヒダネさんであれば、間違いなく殺気を放って追いかけてきただろうに……
瓶8本分の初級再生薬を使って出来上がった濃縮液は、魔性レディが瓶2本分。僕は3本分だった。魔力の調整が上手くいかず、水を沸騰させてしまったことで余計な水分が増えた結果らしい。
「情けないと言いたいところだけど、例の濾し布を試すのにちょうどいいわ」
プロセルピーネ先生が魔法陣を描くのに使う染料を渡してくれた。ヴィヴィアナ様の魔術書にあった術式は本来濾し器に刻むものなのだけど、これで濾し布に直接魔法陣を描いてしまえという。染料が落ちると効果がなくなってしまうものの、性能を試すには充分だそうだ。
続きは4日後。それまでに濾し布を用意しなければいけなくなった。
ホモ疑惑が持ち上がってしまったため、男子生徒たちは僕に近づいてこない。人知れず濾し布の加工をするのには好都合だと作業を進めていたところ、タルトが獣舎に行くのだと言い出した。コケトリスの卵が孵るらしい。
「急ぐのです。ヒヨコが一番最初に目にするのは、わたくしでなければいけないのです」
どうやら自分が母親であるとヒヨコにすり込みたい様子。紅薔薇寮の部屋で仕立てたばっかりのニワトリさん着ぐるみパジャマに着替えると、虫の入った桶をシルヒメさんに持たせて獣舎へと急ぐ。ちなみに、ニワトリさんにはトサカがついているので雄鶏である。
「伯爵ぅ~。コケトリスが孵ったよ~」
「下僕がグズグズしているから、産まれてしまったではありませんか」
獣舎に到着したところで、観察日記をつけていたロリボーデさんが2つほど孵ったと教えてくれた。イリーガルピッチが抱いていた卵は4つ。最終的に3羽が産まれ、タルトがすり込みに成功したのは1羽だけ。残念ながら、ひとつは孵らなかった。
「アーレイ。雄雌の見分けはつくかな?」
コケトリスには詳しくないのだと、獣医のジューイ先生が尋ねてくる。主にペット部門の飼育小屋で愛玩用魔獣たちの飼育や繁殖のさせ方を教えている先生だ。騎乗部門にはプロセルピーネ先生がいて出番がないので、こちらに姿を見せることはほとんどない。
「3羽とも雄鶏なのです」
産まれたてのヒヨコ判別法までは僕も自信がなかったけど、なぜだかタルトにはわかるようだ。立ち上がれるようになって、エサをねだり始めたヒヨコたちに虫を与えている。タルトの捕まえたでっかいムカデも、イリーガルピッチの嘴でバラバラにされて貪欲なヒヨコの胃袋へと消えていった。
普通のニワトリほどもあるヒヨコではあるものの、これから寒くなる時期。すきま風の吹く獣舎に置いておくのはかわいそうなので、布を敷いたバスケットに収め、暖房のある騎乗部門のたまり場へ移動させる。イリーガルピッチは久しぶりの砂浴びを満喫しているようだ。
「はぁぁぁ……抱っこしてはいけませんか?」
「もう数日待つのです」
虫を食べておなか一杯になったのか、ヒヨコたちはバスケットの中で丸まっておやすみを始めた。クゲナンデス先輩が抱っこしたがったけど、産まれたばかりのヒヨコに人の手は冷たすぎるから、羽毛がちゃんと生えそろうまで待てと3歳児に止められる。
「数日なんて遠すぎます。精霊さんの力で生やしてあげられませんか?」
「バカなことを言うものではないのです。クゲビッチはペトペトを抱っこしていると良いのです」
待ちきれないからタルトの力でなんとかしてくれとねだるクゲナンデス先輩。なんかもう、ハァハァ言いながら頬を上気させ、すっかりダメな人になってしまっている。これでも抱いていろと、3歳児が頭の上に乗っけていたくっつく精霊を押し付けた。
そのうち噂を聞き付けたのか、主席にシュセンドゥ先輩。アキマヘン嬢やメルエラが駆けつけてくる。モチカさんを遣いに出したらしく、プロセルピーネ先生もドクロワルさんと魔性レディを引き連れてやってきた。起こしてしまわないようにやさしく抱き上げて、1羽ずつ身体に異常がないか確かめてもらう。
「全部雄鶏ね。1羽は自分のものにして、あの雌鶏は弟子に譲るのよ」
イリーガルピッチはドクロワルさんに譲られることが決定した。同時に彼女は飼育サークルに所属することとなり、さっそくコケトリスの扱い方を覚えるようにと先生から指示を受ける。同級生に騎獣仲間が増えた主席と、同じ派閥の妹分がきたクゲナンデス先輩は大喜びして、困ったことがあったらなんでも僕に聞けと、そこはかとなく無責任な歓迎の言葉をかけていた。
「残った2羽はどうするの?」
タルトを母親だとすり込まれてしまった1羽を僕のものにすることに決めると、残りはどうするのだとロリボーデさんに尋ねられる。雌鶏ならペット部門に譲ってもよかったのだけど、雄鶏は扱える人でないと不安だ。信頼関係を築けないまま鞭で打ったりすれば、コケトリスは人族を敵だと学習してしまう。そうなってしまったら、もう野生の魔獣と変わらない。
「雄鶏でしょ~。お姉さんに任せなさいよ~」
メルエラが目をむくのもお構いなしに、後ろから抱き着いてきたシュセンドゥ先輩がほれほれとおっぱいを擦りつけてくる。確かに雄鶏を任せられるのは先輩くらいしかいない。
「先輩。1羽、雌鶏と交換していただけませんか?」
1羽は先輩に譲るとして、もう1羽をどうするか決めかねていたところにアキマヘン嬢が交換を申し出てきた。アキマヘン家に贈られたのは先端だけが白くなった茶色い羽根の雄鶏と、全身が薄茶色の雌鶏。タルトの跨っていた黒スケは素晴らしくエレガントだと、魔導院祭に訪れたおっぱい王太子が黒い羽根のコケトリスを欲しがっているそうだ。
「春の終わりに雌鶏が孵ったと聞かされております」
春まではペット部門で育てて、暖かくなったら交換することで話がついた。タルトには成長した時の体色までわかるそうで、すり込みに成功したヒヨコは首から上が白で体と尾羽は黒。残りは黒スケと同じ真っ黒と、イリーガルピッチと同じ尾羽だけが黒だという。真っ黒はアキマヘン家が、尾羽だけが黒いのはシュセンドゥ先輩が引き取ることになった。
夕刻になるとヒヨコたちが再びエサをねだり始め、女子たちがキャアキャア言いながら争うように虫を与える。いつの間にか1羽増えていると思ったら、魔性レディのグリフォンが混じっていた。ヒヨコに混じれば虫がもらえると学習したらしい。
「ああっ……ああっ……いけません……このままでは私……」
ヒヨコを抱っこしたくて堪らないクゲナンデス先輩が、くっつく精霊をギュウギュウと締めあげながら身体を悶えさせていた。




