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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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95 微美穴先生の贈り物

 明日は授業のないお休みの日。安心して夜更かしできるので、今夜は朝までドクロワルさんと夜のドライブだ。ただ、星空の下でふたりっきりというわけにもいかず、プロセルピーネ先生と魔性レディにタルトも一緒である。

 中級再生薬の素材採集が目的だから、保護者同伴なのは仕方がない。


 採集するのはホタルゴケという渓流の岩に生えているコケなのだけど、薬の材料になるのは雄株のみ。雌株は使えないので、便宜上ハズレゴケと呼ばれている。真っ暗闇の中でオレンジ色に淡く光るのが雄株で、見分ける方法はそれだけだから夜間に採集するしかないという。


「商店で売られているホタルゴケには相当なハズレゴケが混ぜられています。絶対に買ったものは使わないでください」


 雄株が光るのはしっかり着床している時だけで、岩から剥がすと光らなくなる。店頭で見分ける方法がないのをいいことに、ハズレゴケで嵩増しする商人が後を絶たないらしい。自分で採集したものしか信用してはいけないと、ドクロワルさんがプンスカしながら教えてくれた。


「あれがそうです。淡く光っているのがわかりますか?」


 採集場所の渓流に到着してみると、あちこちの岩がオレンジ色にぼんやり光っていた。もの凄く弱々しい光なので、明かりを灯してはわからなくなってしまうだろう。月明りだけを頼りに採集するしかない。


 目が慣れてもなんとなくモノの輪郭がわかる程度といった暗闇の中、丁寧にホタルゴケだけを剥がして布を敷いたカゴに詰めていく。僕はほとんど手探りに近い状態なのだけど、お面を外しているドクロワルさんにはしっかり見えているようで、ちょっとでもハズレゴケが混じるとお叱りが飛んでくる。


「ここで妥協してしまったら、まともな薬に仕上がりませんよっ」


 材料にそもそも不純物が混じっていたら、どんなに気を付けて作業をしても結果は知れているという。それはそうなのだろうけど、ドクロワルさんの言う「まとも」の基準がそもそもまともではない。プロセルピーネ先生の影響を受けまくった彼女は、品質、効果ともに最大を標準だと考えているのだ。


 常に最高を目指すというその姿勢は称賛に値するものの、自分にまで求めないでくれと言いたくなるのは僕だけではないと思う。


 僕はドクロワルさんに、魔性レディはプロセルピーネ先生に叱責されながらチマチマとホタルゴケを集めてゆく。このペースでカゴをいっぱいにするなんて気が遠くなるような作業だ。採集した人がハズレゴケで嵩増ししたくなる気持ちもわかる。痛くなってしまった腰を立ち上がって伸ばしていたところ、なにやらスコップで地面を突いている3歳児の姿が目に入った。


 タルトはカゴではなく、わざわざ蓋のできる木桶を僕に用意させた。バシまっしぐらに必要な毒は集まったので、今さら毒キノコでもないだろう。いったい何をと桶の中に手を入れてみたところ、指先に感じたのはゴソゴソとナニカが蠢く感触……


「うえぇぇぇっ! 虫っ? これ虫っ?」


 3歳児が集めていたのは、ゲジゲジとかムカデといった虫たちだった。


「まさかっ! サソリもいるのっ?」

「こんなところにサソリはいないのです。ヒヨコにあげる虫を取っているのですよ」


 反射的に『タルトドリル』の魔導器を構えた僕に、鳥の雛が丈夫に育つには虫をたくさん食べなければいけない。まもなく孵るコケトリスのヒヨコのためにエサを集めていたのだと、タルトは体長が20センチ近い大きなムカデを見せびらかす。


 そういやそうだった。成長したコケトリスは植物性のものを好むけど、ヒヨコのうちは生餌を欲しがる。イリーガルピッチも孵ったばかりのころはミミズとか芋虫を喜んで食べていたものだ。


「もう孵るころね。あんた、雄鶏が産まれたら乗り換えなさいよ」


 ロゥリング族の中で雌鶏に乗っているのは雄鶏を扱えない者だけ。僕はもう黒スケにも乗れるのだから、雄鶏が産まれたら訓練して自分の騎獣にしろとプロセルピーネ先生が言ってきた。


「というか、よくあの娘が雌鶏に乗ることを許したわね」

「孵ったコケトリスが全部雌鶏だったんですよ。母は、こんなバカな……と項垂れていました」


 イリーガルピッチの父親はロリオカンが手塩にかけて訓練した自慢の雄鶏である。2羽の雌鶏に卵を産まさせて7つほど孵したのだけど、雄鶏は1羽も産まれてこなかった。


 弟子にコケトリスがいないのは不便で仕方がないから、雄鶏を育ててイリーガルピッチをドクロワルさんに譲れと先生はいう。その間のエサ代も負担してくれるそうだ。自分の騎獣に思い入れがないわけではないけれど、そうなればドクロワルさんも飼育サークルに所属することは必然。一緒にいられる時間が増えるに違いない。


 フヒヒヒ……ありがとうイリーガルピッチ。君は最後まで最高のパートナーだったよ……


「公爵様がコケトリスを欲しがっているのだけど、どうしたもんかしらね?」


 ペット部門を裏で唆しているのはリアリィ先生。その背後には、魔導院でコケトリスを繁殖させたいというホンマニ公爵様の思惑があるとプロセルピーネ先生が教えてくれた。例によって先生が黒スケを自慢しまくったらしく、公爵様は脱皮する革と並んでコケトリスのつがいを欲しているという。


「どうして僕に言ってこないんです?」

「公爵様に禁止されてんのよ。あくまでも生徒同士の取引で済ませろって」


 補習の時もリアリィ先生は僕の前でコケトリスのことをひと言も口にしなかった。ずいぶん遠回しなことをと思ったら、公爵様から直接引き取りを申し出ることを禁じられているそうだ。魔導院の独立性を保つためにも、院長が恣意的な干渉をするわけにはいかないらしい。


「そんなコケなんかより、下僕も虫を集めるのです」

「コケは光るからわかるけど、明かりもなしに虫を捕まえるとか無理だから」

「虫はわたしが集めますね」


 ドワーフにとっては月明りが普通の明るさ。ほかほかの牛の肝を喜んで撫でまわしていたドクロワルさんは虫にも動じることがなく、岩をひっくり返しては下に隠れていた虫をヒョイヒョイと捕まえてゆく。ガラガラの魔導器を鳴らしておいたので獣が寄ってくることもなく、東の空が白み始めるころにはカゴにいっぱいのホタルゴケと、桶にいっぱいの虫が集まった。






 魔導院に帰り着いたのはちょうど朝ご飯の時間。お昼まで休んだら、プロセルピーネ先生の研究室で中級再生薬の作り方を教えてもらう予定だ。休む前に汗を流しておこうとお風呂場へ向かう。


 寮のお風呂は指定された時間しかお湯が流れないのだけど、そこはシルヒメさんが勝手に沸かしてくれる。シルキーは家に宿る精霊で、紅薔薇寮はすでに彼女の手に落ちた。すべての機能は使いたい放題。管理人さんであってもメイド精霊を止められない。


「いや~。朝風呂なんて生徒の寮はいいわね~」

「御子は精霊に恵まれているわ。羨ましいくらい」


 そして、お風呂場には女性たちの姿もあった。


 シルヒメさんに命じてお風呂にするのだとタルトが口にするのを耳にした3人は、こともあろうに男子寮のお風呂場へと押しかけてきた。自分たちを差し置いて僕だけお風呂に入るなんて許せないという。教員宿舎も時間指定らしく、こんな時間にお風呂に入れるのは主席みたいにコテージを丸借りしている生徒だけらしい。


「モロリーヌちゃん。お姉さんが洗ってあげますからこっちへ」


 完全にお姉さんモードになってしまったドクロワルさんに髪を洗われる。彼女だけは水着姿なのだけど、先生たちは何も着けていない。恥じらいというものがないのだろうか。ついつい魔性レディの残念な胸元に視線が向いてしまう。


 そこに、本来いるはずのブタさんの姿はなかった。


 これまで鉄壁のガードで肝心なところは決して見せてくれなかったブタさんだけど、あまりにも残念すぎるのでおっぱいと認めなかったようだ。


「どうしてソコツダネ先生ばっかり見ているんですか?」

「目がっ。目がぁぁぁっ!」


 おっぱいばかり見ようとする悪い目は綺麗にしてやると、ドクロワルさんの泡だらけの手で両目を洗われる。


「御子も我が魔性のとりことなったようね……」


 魔性レディはウフフ……と妖しげに微笑んでいた。残念とわかっていても惹かれてしまうのが男の子の悲しい性である。もっとも、不自然に視線を逸らし続けてブタさんがいないということを覚られるわけにはいかない。


 精霊にまで対象外認定されていると知れたら、封じられし太古の邪神【矩粗微津乳くそびつち】が甦ってしまう。その荒ぶる魂を鎮めるためにはヘルネストを生贄に捧げるしかない。親友とものために、僕は凝視することも目を逸らすことも許されず、何事もないかのように振る舞うしかなかった。


 そう、これはヘルネストのためだ。決して僕が見たいわけではないぞ。デュフフフ……


「悪いモロリーヌちゃんにはサソリの尻尾を生やしちゃいますよっ」


 ヤバイ……本気で怒り始めたらしく、ドクロワルさんが殺気を放っている。

 なんとか話を逸らさなければ……


「そういえば、ドクロワルさんは水だけを通す濾し布に興味はあるかな?」

「普通の濾し布と、どこが違うんですか?」


 この話題なら喰いついてくるだろうと、ヴィヴィアナ様の魔術書にあった濾し布の話を持ち出してみたものの、上手く伝わらかった。いぶかし気に尋ね返してくるので、液体を通すではなく、水だけを通して溶けているものまで分離してくれる便利な濾し布だと説明する。


「そんな夢みたいな濾し布、あったらいいですね」


 あまりにも突飛すぎて本気にされなかったようだ。モロリーヌちゃんは想像力が豊かですねと膝の上に抱っこされる。


 ふおぉぉぉ…………背中に柔らかい感触が……


 水着越しではあるものの、ぷにっとした感触と石鹸のいい香りに包まれてもう堪らない。背中から伝わってくるドクロワルさんのぬくもりに脳がとろけそうだ。

 保護者モードも悪くない。もういっそヒモになってしまおうか……


「先生。アーレイ君の捕獲完了しました」

「さっすが我が弟子。洗いざらい全部吐かせるのよ」


 ふぁっ? 罠かっ? 罠だったのかっ?

 僕をやさしく抱きしめていたはずの両腕が万力のように締め上げてくる。


「タルトちゃんに何か教えてもらったんですね。隠し事はアーレイ君のためになりませんよ」


 なんてこった。喰いつかれすぎだ……


 ドワーフパワーでギュウギュウされては柔らかいおっぱいも拷問具と変わらない。感触を堪能する余裕もなく、僕は魔術書のことを吐かされ自室へと連行される。女性とお風呂に入った挙句、堂々と部屋に連れ込むのかと【皇帝】が青筋を立てていたものの、魔性レディにひと睨みされると尻尾を巻いて逃げていった。


「あいにくと、あたしゃこっちの方面は専門じゃないのよねぇ」


 ヴィヴィアナ様からいただいた本に目を通していたプロセルピーネ先生がむむぅと唸る。


「モロリーヌちゃんにこんな趣味があったなんて……」

「さすがの我もこれは引くわ……」


 はて? なぜ魔術書に趣味?

 どうして魔性レディまでドン引きしているのだ?


「それは邪教の聖典なのです」

「なんでそんなものがっ?」


 確認するのを後回しにしていたけど、ヴィヴィアナ様がくれた箱に収められていた魔術書は1冊だけで、残りは全部微美穴先生のBL作品だった。プロセルピーネ先生が手にしているのは最新作。すなわち、モロネストとヘルニダスの汁的関係を描いた作品である。


「違うよっ! これは僕の趣味じゃなくてヴィヴィアナ様の趣味だよっ!」

「まさか、御子に宿りし闇がこれほど深いものであったとは……」

「1冊ごとに布で包んでおくなんて、我が甥はよっぽどこの本が大事なのね……」


 ダメだ。この人たちは生のヴィヴィアナ様を知らないから、精霊がBL本を描いているなんて言っても信じちゃくれない。もう汚物を見るような視線を僕に向けてくる。タルトはベッドの上で笑い転げており、ドクロワルさんは無言のまま邪教の聖典をめくっていた。


「モロニダスッ、女性を3人も連れ込むとはいい度胸だっ!」


 そこに、この不埒者めとヘルネストが扉を開けてやってくる。後ろに続くのは紅薔薇寮の寮生たちだ。魔性レディに追っ払われた【皇帝】が、ひとりでは分が悪いと仲間を求めてふれ回ったらしい。


「おいっ! これは禁書じゃないかっ?」

「なんだこれはっ? これも禁書なのかっ!」


 邪教の聖典を目にした寮生たちが色めき立つ。こんな汚らわしい書物を寮内に持ち込むとはけしからんと僕は縄をかけられ、禁書所持の現行犯としてリアリィ先生の前に引っ立てられることになった。


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