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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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94 パクられた魔法陣

 約束の魔術書を持って紅薔薇寮にある僕の部屋を訪れたヴィヴィアナ様の遣いはヴィヴィアナ様だった。タルトに言わせれば、即売会にいた微美穴先生も僕の部屋を訪れたのも湖の水を依代にした分体なので、遣いと言っても間違いではないそうだ。


「わたくしの元に分体を遣わすとはいい度胸なのです」

「端女が湖から動けませぬことは、【忍び寄るいたずら】様もご存じでしょう」


 なんでも、ヴィヴィアナ様は元々天上にいらしたのだけど、【神々の女王】の怒りに触れて地上に落っことされた。その際、邪教を広め歩くことがないようにと湖にくくられてしまい、本体は湖から外に出られないのだという。そんなヴィヴィアナ様をお祀りして大丈夫なのかと思ったけど、人々の信仰を集めて天上にいる神々に捧げるのは罰として与えられた労役であるらしい。


「端女は課されたノルマを大きく上回る信仰を捧げておる。そのような心配は無用じゃ」


 ノルマあんのかよ……


 まるで営業マンである。いったい精霊とはなんなのだろうと頭を痛めている僕の前に、ヴィヴィアナ様は抱えてきた箱を差し出した。中に詰め込まれているのは数冊の本。一冊ごとに布で包まれているので、一番上にあった本を取り出して目を通してみる。


 これ……工業的にはとんでもない価値のある魔術書じゃないか……


 建国王が使い道を思いつかなかったという魔術書に書かれていたのは、水だけを通す。若しくは、水だけを通さない能力を布に付加する術式だった。普通の濾し布は水に混じっている固形分の内、布の目より粗いものしか濾し取ってくれないけど、この術式を使うと水に溶けている成分まで濾し取ってくれるという。


「せっかく教えてやったのに、あのアホウは水が美味くないなどと突っ返してきおった」


 水の味は溶けているミネラル分によるもので、完全に無味無臭な水が美味しくないという話は前世で耳にした記憶がある。これで飲用水を作っても、そりゃぁ美味しくないだろう。これはむしろ、水に溶けている成分を抽出するのに使うものだ。


 ドクロワルさんが喜びそうだな……


 建国王と同じく、僕にも具体的な活用方法は思いつかない。でも、薬を研究するのに成分を分離するための器具や混じりっけのない水は必要不可欠なはず。彼女であれば、この濾し布を有効利用できるだろう。秋の終わりには12歳になるはずだから、お祝いとしてプレゼントすれば、感激してチュウしてくれるかもしれない。


「飲み切れないほど持っておるのですから、わけてくださってもよいではありませぬか」

「春に与えた分はどうしたのです?」

「あまりにもご無沙汰だったゆえ、その日のうちに飲み干してしまい……」


 魔術書から目を上げると、ヴィヴィアナ様がタルトにネクタールなるお酒をおねだりしていた。よっぽど美味しいのか、もらったその日に飲み切ってしまったらしい。我慢することを知らないのかと、3歳児にお説教されている。


 タルト、僕はその台詞を君に伝えたいよ……


 半年の間待ち続けて、お供え物まで奪われたのにおあずけなんてあんまりだとヴィヴィアナ様に泣きつかれ、しぶしぶと【思い出のがらくた箱】からふた瓶ほど取り出すタルト。ネクタールを大事そうに抱えたヴィヴィアナ様は、愛おしそうに瓶に頬擦りしながら湖へと帰っていった。






 秋のヴィヴィアナ様祭りが終わり、魔導院の授業も再開された。Cクラスは今、『調合』の授業を受けているはずだけど、僕は製図室で魔法陣を描いている。授業をすっぽかして作業を行う理由は唯ひとつ。授業時間外だと課題を終わらせていないクラスメートどもによって、製図台が占領されてしまうからだ。


 同じ理由でクセーラさんと、僕たちから少し離れたところでダエコさんが魔法陣の描画に精を出している。Aクラスは明日、Cクラスは明後日に『工作』の授業が予定されているので、それまでに魔法陣を仕上げなくてはならない。


「なんだモロニダス。姿が見えないと思ったら、ちゃっかり自分だけ課題を進めてたのかよ」


 お昼の時間になると、予想どおりCクラスの連中が連れ立ってやってきた。授業をさぼって抜け駆けかとヘルネストが僕を責めやがる。時間はいくらでもあったはずなのに、ギリギリになってから大挙してやってくる誰かさんたちのせいだと言ってやりたい。


「とっくに提出期限は過ぎてるはずだよっ。どうして課題を終わらせていないのがこんなにいるのっ!」


 今日中に仕上げなければならないクセーラさんが堪らず声を上げた。自分達は工師課程の技法を使うという条件で期限を猶予してもらっている。Cクラスは10日以上前に期限を迎えているはずなのに、半数以上がやってくるとは何事だとゴーレム腕から手首を引っこ抜く。


「クセーラさんダメだよっ。製図室を火事にしたら課題ができなくなるよっ!」


 クセーラさんが棒の付いた弾頭を鞄から取り出すのを見て、慌ててストップをかける。あれは棒の部分を砲口に挿し込んで、エアバーストを薬室内で炸裂させることで飛ばす焙烙弾。中には細かい木くずに灯り用の油を吸わせたものが充填されていて、着弾すると炎を撒き散らす。


「私の邪魔をする者はすべて焼き滅ぼすんだよっ」

「待てっ。落ち着くんだクセーラッ。邪魔はしないっ。しないからっ」


 焙烙弾を向けられたヘルネストが必死になってクセーラさんをなだめていた。Cクラスの連中は、わからないところがあるとすぐ人に聞いて済ませようとする。尋ねる側にとっては短い時間でも、入れ代わり立ち代わり来られては答える側の作業が進まなくなってしまうから、クセーラさんの苛立ちも理解できなくはない。


 床にチョークで線を引き、足を踏み入れた者は覚悟せよと言い残して自分の作業に戻るクセーラさん。僕の使っていた製図台も線の内側に含めてくれたから大助かりだ。これで邪魔されずに済む。


 と思ったのもつかの間、やすやすとデッドラインを踏み越えてくる命知らずが現れた。


「下僕~、お昼ご飯を食べさせるのです~」


 タルトである。今日は一日製図室なので、来る途中でお昼とおやつを購入しておいた。時間になったのだから食べさせろと僕の上着を引っ張って催促してきたので、ちょうどいいかとランチタイムにする。


「伯爵……伯爵まで私の邪魔を……」


 クセーラさんがブルブルと肩を震わせながら僕を睨みつけていた。おかしい。僕は邪魔なんてしていない。膝の上であ~んの構えを取る3歳児に菓子パンを食べさせているだけである。


「いや、僕にかまわず作業を進めてくれていいんだよ」

「ぐぎぎ……これだから精霊のいる人は……」


 なぜだろう。クセーラさんが【ヴァイオレンス公爵】にも劣らない殺気を叩きつけてくる。なにをそんなに怒っているんだ。わけがわからないよ。


「そんな風に見せつけられたらっ、落ち着いて作業なんかしてられないんだよっ」


 精密な作業が要求されるのに、心を乱されて手元が狂ったらどうしてくれるのだとクセーラさんが僕から菓子パンを取り上げた。小さく千切ってタルトとティコアに食べさせ始める。


「伯爵も姉さんもっ、いつもいつも精霊を見せびらかしてっ……」


 自慢しているつもりはまったくなかったのだけど、クセーラさんにはそうは見えないらしい。膝の上に抱き上げたティコアをナデナデしながら、気になって作業に集中できないではないかとプンプン怒っていらっしゃる。

 それは僕のせいではないと思うのだけど……


「クセーラとモロニダスは終わったのなら製図台を空けてくれ。後がつかえているんだ」

「全然、終わってないよっ。こんちくしょうっ!」


 ランチを食べ始めた僕たちを見て作業が終わったのだと勘違いしたらしい。場所を空けろと言ってきたヘルネストにクセーラさんがブチ切れた。


 夕刻、東の空に星が輝き始める時間までかかって課題を終わらせる。タルトに見てもらったところ、間違いはないと請け負ってくれた。裏側用に反転させた魔法陣はパッと見ただけではわからないので不安だったけど、児童チェック機能は実に便利である。


「タルちゃ~ん。私のも見てくんないかなぁ~」

「これならちゃんと精霊にも伝わるのです」


 クセーラさんもなんとか間に合ったようだ。二層の魔法陣だというのに、タルトは一瞥しただけで読み取ってしまい、魔術が正しく発動すると答える。


「待ってくれチミッ子。あと少しなんだっ」

「待たないのです」

「単層の魔法陣くらい自分で確認するんだねっ」


 まだ完成させていないヘルネストが待ってくれと引き留めてきたけど、タルトには断られ、ちゃっかり自分は見てもらったクセーラさんには自己確認しろとアッカンベーされる。あの男はまだタルトのことがわかっていないようだ。

 首席や次席であれば、お菓子か果物で3歳児の気を引いただろうに……


 荷物を片付けて製図室を後にしようとしたところで、ダエコさんの後ろを通りがかる。チラリと目に入ってきた魔法陣は、僕の描いていた魔法陣によく似ていた。細部に違いがあるものの、構造はまったく一緒だ。


 これは……


 製図台の隅にクリップで留めてある下書きの魔法陣に目をやる。間違いない。僕が失くしてしまったと思っていた魔法陣を、どうしてか彼女が持っていた。


「あれっ、ダエコの魔法陣って……これ伯爵のっ?」


 僕が足を止めてしまったせいで、ダエコさんの魔法陣が僕のにそっくりだということにクセーラさんも気が付いた。


「彼の魔法陣なんて私は知りません。言い掛かりは止めてください」


 自分は僕の魔法陣を目にしたことがないのだから、マネなんてできるはずがない。おかしなことを言われては困るとダエコさんが主張する。


「その下書きは自分で?」

「さる生徒から譲っていただいたものです。どこで入手したのかは私も知りません」


 持っていた生徒が自分にはちんぷんかんぷんな魔法陣だと言うので引き取ったらしい。過去に先輩が書き残したメモではないかと、薄笑いを浮かべながら推測を口にした。


 しらじらしいな……


 彼女の魔力から感じられるのは愉悦。それが僕の描いた下書きだと知ったうえで、自分は譲り受けただけだとシラを切っているのだと思う。彼女をCクラスの教室で見かけたことはないから、おそらくは人を使って僕の下書きを入手させたのだろう。

 次席の人物評にあった、ルール違反は他人にやらせるというのはこういうことのようだ。


 すると片方の魔法陣だけを入手させたのは、自分が手に入れた魔法陣は不完全なものだったと主張するためか……


 二層の魔法陣なのだから、片方にない部分はもう片方にあると決まっていた。片方の魔法陣が手元にあれば、術式からもう片方の形は自ずと定まってくる。実質、丸パクリも同然なのだけど、完成させたのは彼女ということになるだろう。


 なるほど。首席を苛立たせるわけだ……


 僕は二層の魔法陣を組むノウハウのようなものを見つけていた。それが優れているとは思わない。シュセンドゥ先輩や先生たちは、もっといいやり方を知っているに決まっている。それでもこれは、僕が見つけた僕だけのやり方だ。


 ダエコさんは知識も技能もなにひとつ身に付けることなく、ただ結果だけを手に入れて順位を上げようとしている。初級解毒薬の裏技を知った時に、裏技そのものに価値を見出さなかった首席とは真逆と言っていい。


「まあ、二層の魔法陣なんて、たまたま似ていることだってあるだろうからね」


 稀によくある偶然だろうと、僕はあっさり引き下がる。それが意外だったのか、キョトンとした顔をしているダエコさんを残して製図室を後にした。


「伯爵っ。いいのっ?」


 後を追ってきたクセーラさんが、あれは明らかにパクリだ。放っておいていいのかと尋ねてくる。全然かまわない。あの魔法陣で魔導器を仕上げることができたなら、僕は素直に負けを認めよう。


「彼女の魔法陣は僕の魔法陣と同じだけど違うんだ」

「下僕もなかなかに面白いいたずらを思いつくのです」


 タルトは僕の意図に気付いたようだ。クシシシ……と意地悪そうに笑っている。


「どういうこと?」


 クセーラさんには種明かしをしておこう。何のことはない。ダエコさんが手に入れたのは、ひっくり返す前の裏側用魔法陣。あれをそのまま使ったのでは、両面焼き法は使えない。ドーナツ法を使うための穴も空けていないので、必然的に一番加工が難しいシリンダー法で作るしかなくなる。


「それだけの精密加工技術があるなら、実力的にも僕の方が下だったというだけさ」


 積層型魔法陣では、魔法陣の構築力よりも工作精度が要求される。最終評価の時間に不具合が出てしまったら即落第とリスクも高い。だから、首席も次席も迂闊に手を出さないのだ。あっさり引き下がったのは、魔法陣を比べるなんて話になってはバレてしまうからである。


「……あれ、どうしたのクセーラさん?」


 なぜだろう。クセーラさんが固まっていた。目の前で手をヒラヒラは身長が足りなくて難しいので、代わりにスカートをヒラヒラめくってみたのだけどまったく反応がない。いや、なんか油汗を流し始めたぞ。


「うあぁぁぁっ! 騙したんだねっ。伯爵は私をハメたんだねっ!」


 突如として絶叫を始めたクセーラさんが僕の首を絞め上げてくる。この反応はまさか……


「魔法陣をひっくり返さなきゃいけないって、伯爵は知っていたんだねっ。気が付かない私を笑っていたんだねっ!」


 クセーラさん、やっちまったのか……


「もう直してる時間なんてないよぉぉぉ――――っ!」


 その場に膝を突き、おぃおぃ涙を流しながら床をペシペシと叩くクセーラさん。隣では、とっくに気付いていたであろう3歳児がお腹を抱えて笑い転げていた。


 クセーラさんの加工技術があればシリンダー法でも大丈夫だよ……多分……


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