90 国王の名代
「ぬぐわぁぁぁ――っ!」
ロミーオさんが荒れていた。両手で僕の頭をバスケットボールのように掴み全力でシェイクしてくる。
やめて……首取れちゃう……
舞台劇「ポルデリオンの竜殺し」は予想以上の好評を得ることができた。客席に潜んでいたお客さんの反応を確かめる係によると、総立ちとまではいかないものの、7割くらいのお客さんがスタンディングオベーションを贈ってくれたという。
がんばって稽古したかいがあったと和やかな雰囲気でステージの片づけを終えて引き上げてきたのだけど、楽屋へと一歩足を踏み入れた途端、それまで微笑んでいたロミーオさんが鬼の表情になった。
「あんたはっ。あんたわぁぁぁ――っ!」
絶叫を上げながら僕の腰を両脚でカニ挟みにすると、パンツが見えるのもお構いなしに床をゴロゴロと転げまわる。
助けてっ。首席ぃぃぃ――
「ふんぬぅぅぅ――っ!」
「これは仕方がありませんわねぇ……」
首席が手の施しようがないとでも言いたげな諦め顔でため息を吐いた。
どうも、僕の最後のひと言がマズかったらしい。カーテンコールは役を演じるところではなく、演者自身を見せるところ。それなのに、幕が下りきる寸前に僕は役を演じてしまった。
ホラー映画なんかでよくある、クレジットが流れ終わった最後に一発かますアレである。
それをやったのがハフニール役の首席であれば、ロミーオさんの演出にちょっとしたスパイスが加わるだけで済んだ。だけど、僕の役が【道案内の少女】であったがゆえに、ロミーオさんのシナリオをすべて塗り替えてしまう強烈な印象を観客に与えてしまったと首席は言う。
そう、【道案内の少女】こそすべてを陰から操っていた黒幕なのではないかと……
「わたしのっ。わだしの自信作だったのにぃぃぃ――っ!」
巻きつく精霊にグルグル巻きにされたうえ、天井から吊るされてしまったロミーオさんが怒りの咆哮をあげる。これまで邪悪の代名詞、説明不用の悪役とされてきたハフニールに哀しき復讐者という立場を与えたことは、演劇界に一石を投じるはずだった。ところが、よりバカでかい石が放り込まれ、自分の起こすはずだったニューウェーブがかき消されてしまったと、今度はさめざめと涙を流す。
「バカでかい石って……」
「人も竜も、神々すら欺き歴史を陰から操る存在……これは売れるわよ……売れないわけがないわ……」
【道案内の少女】が登場するお話はいっくらでも転がっている。ハフニールの比ではない。今日の話を耳にした脚本家たちがいっせいに飛びついて、今年の冬に王都辺りでビッグウェーブを巻き起こすだろう。その引き金になるのが練りに練った自分のシナリオではなく、僕のアドリブだということが許せないらしい。
「でもほら、脚本と演出はロミーオさんってことになってるんだし……」
「だからよけい気に入らないのよっ!」
舞台劇を観た人たちが気付かなくても、それは自分の考えた演出ではないと、誰よりも自分が知っている。舞台劇の評判を耳にするたびに、自分だけは惨めな気分を味わわされなければならない。これはゴブリンの呪いだ。呪いをかけた悪いゴブリンを折檻しない限り解けないと、ロミーオさんは無茶苦茶な言い掛かりをつけ始めた。
「ドクロワルさん。呪いを解く薬って知らない?」
「今、ちょうど先生が新薬の被験者を探して……」
「これは怪我の功名ってものねっ。さっすがモロリーヌ。よくやってくれたわっ」
プロセルピーネ先生が実験台を探していると耳にした途端、掌を返したように僕を褒めちぎるロミーオさん。どうやら【魔薬王】の薬は、ゴブリンの呪いより恐ろしいもののようだった。
秋も深まり日も短くなってきているので、ゴールデンタイムが過ぎるともう日は山に隠れてしまう。空はまだ明るいけど、そろそろ来場していた人たちも引けていく時間だ。と思っていたら、園芸サークルのフルーツパーラーでは大盛況が続いていた。
タルトのヤツ、見せびらかせすぎだ……
外から良く見えるところに陣取っているタルトは、果物が山盛りになったお皿からメロンをフォークに突き刺すと、外から眺めている人たちに向かってヒラヒラと見せびらかし、おもむろに口へと運ぶ。この時期にあんな瑞々しいメロンというだけでも心惹かれるのに、満面の笑みを浮かべながらモッチャモッチャと咀嚼する3歳児の姿を見せつけられては我慢できなくなる人も多いだろう。次席の狙いは大当たりである。
「お帰りなさい……舞台劇の評判は……上々のようね……」
しばらく前から、「ポルデリオンの竜殺し」を話題にしているお客さんが増えてきたと次席が教えてくれた。
「ここほどではないと思うけどね……」
舞台劇は7割喝采だったけど、フルーツパーラーは満員御礼だ。人が減っていく時間だというのに、待合席で席が空くのを待っている人までいる。
「下僕のことを話している者が多いのです」
「首席ではなくて……? アーレイ……なにをやったの……?」
ハフニールが悲劇のヒロインであるかのようなラストなので、話題に上がるとすれば首席のはず。あっちこっちのお話に節操なく登場する【道案内の少女】が話題になるのはおかしいと、ジト目になった次席にさぁ説明しろと睨まれてしまう。
「いや、実はね……」
事情を説明したところ、台本にない演技なんてするからだと次席には呆れられ、ロミーオさん渾身のシナリオを自分のモノマネがジャックしたと知ったタルトには大喜びされた。
「実に良いのです。わたくしの下僕に相応しい働きをした下僕にはご褒美をあげるのです」
ご機嫌になったタルトにアレを持ってくるようにと言いつけられた次席が、パンパンと手を叩いてウェイトレスの先輩を呼び注文を伝える。
「ピンドン入りました~」
「ありがとうございますっ。ありがとうございますっ」
なにいぃぃぃ――っ!
「ちょっ……なにっ? マジでぼったくりの店なのっ?」
「価格は適正だと……自負しているわ……」
そんな薄笑いを浮かべながら言われても全然安心できないぞっ。
「魔導院祭でお酒なんか出していいのっ?」
「なにを言っているの……そんなもの出すはずないでしょう……」
「お酒じゃ……ない?」
出されたのは大きなガラスの器の真ん中にプリンが乗っかって、その周りにクリームやシロップでトッピングされたフルーツがこれでもかと盛られた、前世で言うところのプリンアラモードだった。「プリンに果物をドンと盛ったもの」をどう略したのかピンドンと呼ぶことにしたという。
まぎらわしいんだよっ……
「これはとっても美味しいのです。下僕に食べさせてあげるのですよ」
プリンをスプーンですくったタルトがあ~んしろと差し出してきたので食べさせてもらう。確かに美味しい。クリームの乗っかったバナナもほどよく熟していて食べごろだ。これで、代金を支払うのが僕でなかったらご褒美と喜べただろう。
「ピンドン入りました~」
「こちら、ピンドンふたついただきました~」
「ありがとうございますっ。ありがとうございますっ」
なんだかよくわからないけど、周りはピンドンフィーバーに突入していた。あちらこちらのテーブルにピンドンが運ばれてくる。まだ入学年齢に達してなさそうな子がお母さんに食べさせてもらって実に幸せそうだ。そんな微笑ましい光景を次席が満足そうに眺めていた。
薄笑いを浮かべながら……
魔導院祭2日目。本日は飼育サークルの出し物、ふれあい体験乗馬で馬を曳く係をやっている。まあ、僕が曳いているのはイナホリプル。首席はヒポリエッタでどちらも馬ではないのだけど……
「もう、タルトったら次席のフルーツパーラーで3周も食べたんだよっ」
「アーレイ君。食べた量を表すのに周という単位を用いるのは不適当ですわよ」
次席から受け取ったお品書きを上から下まで3回も注文しやがったと言いたかったのだけど、勉強が足りないとお小言をもらってしまった。ドワーフ国ならこれで通じるのに……
当のタルトは展示中の黒スケに跨っている。気位の高い雄鶏は子供も来る体験乗馬には向かないので見せるだけ。イナホリプルは雌鶏の中でも人懐っこい性格のようで、あっという間に人を乗せることに慣れてくれたので助かった。
「なんかすごい団体さんがきたよ。大人ばっかりだから、きっとヒッポグリフ目当てだね」
飼育サークルの騎乗部門は人通りの多い場所からは離れていて、やってくるのは体験乗馬が目的で足を運んでくれた人に限られる。飛び込みのお客さんはまずこないので、それほど忙しくないはずだったのだけど、なにやらもの凄い団体さんがいらっしゃった。
「いいえ。きっとイナホリプルにお声がかかりますわよ」
上流階級の人にとっても飛行魔獣は憧れのようで、成人男性のお客さんはヒッポグリフに跨ってみたいという人がほとんど。首席は忙しくなるねと声をかけたら、呼ばれるのは僕の方だとなにやらわかっているような顔つきでフフンと鼻を鳴らす。
団体さんを案内してきたクゲナンデス先輩が声をかけたのは、首席の予想したとおり僕の方だった。
イナホリプルを曳いて団体さんのところに行くと、金糸を編んだ肩飾りから胸元に飾り紐を垂らすという、どっかのお芝居から出てきたような格好の男性がいた。20代半ばといったところで、魔性レディよりも年上に見える。周りにいる人たちの魔力から感じるのは警戒心。団体客ではなく、この男性の護衛のようだ。
「イーナは本当に大丈夫なんだろうね?」
イーナ? イーナってアキマヘン嬢のことか?
アキマヘン嬢のファーストネームはソナイーナという。公爵家の令嬢を愛称で呼ぶってことは、この人がリアリィ先生の言っていた王様の名代なのか?
「もう院内の散歩コースに出ても大丈夫なくらいです。ご心配には及びません」
クゲナンデス先輩が大丈夫だと請け負う。イナホリプルはまだ騎手からの指示で翼を使わせることこそできないものの、平地を駆けさせる分には問題ないくらいまで訓練済みだ。アキマヘン嬢も障害飛越は危なっかしいけど、スラロームくらいはこなせるようになってきた。
この人の前で、アキマヘン嬢が腕前を披露して見せることになったらしい。
「先輩、この方は……」
「きっとアキマヘンさんがご紹介してくださいますよ」
アキマヘン嬢が紹介するまではと先輩は教えてくんなかった。そうこうしている内に、騎乗用の服に着替えてきたアキマヘン嬢がやってくる。どことなくご機嫌斜めな様子だ。
「兄様っ。もう振り落とされたりはいたしません。ご覧になっていてくださいっ」
さては、コケトリスに乗れるようになったと信じてもらえなかったのだな。アキマヘン嬢は障害飛越をと言うけれど、感情的になっている今は確実にできるものの方がいい。馬場の中に数本の旗を立てて、正しい道順でたどる演技をさせる。
「思った以上に鋭い動きをするね……」
「コケトリスは馬よりも小回りが利き、木立の中のような場所が得意と聞いております」
馬であればS字の動きとなるところを、Z字を描くような鋭いターンを見せるアキマヘン嬢とイナホリプルに男性が感心したように呟いた。隣にいるクゲナンデス先輩がすかさず解説を加える。
「どうですっ。これで信じてくださいましたかっ?」
演技を終えて男性の前に戻ってきたアキマヘン嬢がえっへんと胸を張る。普段のおしとやかな態度からは想像できないクセーラさんのような振る舞いだ。家族の前だからだろうか。
「素晴らしい動きだったよイーナ。だけど、減点だね」
「どっ、どうしてですかっ?」
減点をつけた男性がスッと僕を掌で示す。
「コケトリスを調教してくれたのは彼なのだろう。私への紹介を後回しにするなんて、いささか不作法ではないかな」
「しっ、失礼しました。先輩……」
公爵家の者として他人にへりくだっては見せられないけど、だからといって不作法が許されるとは誰も教えていないはずだとお叱りの言葉をもらってしまい、アキマヘン嬢が慌てて僕を紹介する。この男性はエフデナイト・アキマヘン・アーカン。家名の後に国名でもあるアーカンをつけるのは、王太子や王子に任命されている証。なんと王太子殿下だという。
「お目通りが許されましたこと、恐悦至極に……」
「気持ちはありがたいけど、それは公式の場で拝謁する時に使う挨拶だよ」
謁見の間や式典の壇上で使われるもの。普段からそんな仰々しい挨拶を交わしていては、仕事が進まなくて困るそうだ。
「まあ、大使館の職員であれば使う機会も多いか……」
「父のことを……」
「もちろん、君のことは調べさせてもらった。イーナがいきなり騎獣として調教してもらうからコケトリスを送れなんて手紙を寄越してきたんだ。気を悪くしないで欲しい」
こんなやんごとなきお方が魔導院祭に来たのは、アキマヘン嬢の顔を見るだけでなくお叱りのためでもあるそうな。ロゥリング族というひと言を添えておけばよかったものを、調教してもらうとしか伝えなかったものだから、いったいどこのペテン師に引っかかったのだと調査を命じるはめになったらしい。
「ロゥリング族の血を引くアーレイ準爵の息子だと伝えられた君の母君は煤けていたよ。どうして一番肝心なことを伝えて寄越さないのだと」
文句のひとつも言ってやれと言付かってきたと王太子様が笑う。密入国者を除けば、国内にいるロゥリング族は僕ひとり。アキマヘン嬢が伝えなければ思い当たる方がおかしく、彼女に取り入ろうとするペテン師を疑うのも当然だと思う。
「それは……ご心配をおかけして申し訳ありません」
「もっとも、そのおかげで素晴らしい出会いもあった。私はイーナに感謝しているよ」
そう言って、王太子様は僕に向き直った。
「君に答えてもらいたいことがある」




