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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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87 金の卵

 今日は授業のないお休みの日。僕は黒スケに荷車を牽かせて、ドクロワルさんとふたりで家畜の解体場デートと洒落込んでいた。まあ、プロセルピーネ先生のお使いである。


 タルトと先生が集めていた毒の精製が終わったらしく、後は3歳児の手による仕上げを残すのみ。それに新鮮な家畜の血が必要になるので、分けてもらいに来たというわけだ。


 解体職人のおっちゃんは女の子なのに血を怖がらないドクロワルさんがすっかり気に入って、牛の肝を丁寧に解説してくれていた。もう手遅れなくらいプロセルピーネ先生に毒されてしまった彼女は、楽しそうに歓声を上げながらほかほかの肝を撫でまわしている。


「坊主、小さいのに慣れてんな……」


 僕はといえば、処分された家畜の血抜きを手伝いながら必要な血の瓶詰めだ。ここで働いているおっちゃんが、子供がどうしてこうも手慣れているのだと首を傾げていた。


「うちの一族には必須だと母親に仕込まれましたから……」


 ロゥリング族は森の狩猟民族。獲物の解体は老若男女問わずできて当たり前だと、僕も幼いころからロリオカンにきっちり仕込まれている。プロセルピーネ先生みたいに丁寧な解剖はできないけど、食肉解体くらいはお手のものだ。


「楽しかったです。また来ましょうね、アーレイ君」


 魔導院への帰り道、ドクロワルさんが笑顔をキラキラさせて……いるかどうかはお面でわからないけど、声を弾ませながらまた来ようと言い出した。家畜解体場という恐ろしくマニアックなデートスポットを気に入ってくれたようでなによりだ。


「遅かったじゃない。我が甥のくせに解体もできないの?」

「おつかいひとつ満足にできないなんて、使えない下僕なのです」


 中央管理棟にある治療室では、ここの主とタルトがプリプリしながら僕たちの帰りを待ちわびていた。


「すいません。解体場の親方が牛の肝を説明してくれると言うので、つい……」

「おっ、胆石なかった?」

「さすがにそう都合よくは……」


 牛の胆石なんて何に使うんだかわからないけど、そういうことならと先生は機嫌を直してくれる。まだご機嫌斜めなままの3歳児は精製された毒の入れられた甕を指差して、さっさと血を注げと僕に命じた。

 正直、近づくのも嫌なんですけど……


 毒が跳ねないようにゆっくりと血を注ぎ終えると、タルトがローブの袖口からガラスの小瓶を取り出して、甕の中に一滴だけポタリと垂らす。見覚えのある小瓶だ。あれ、ヒュドラ毒じゃないか?


「後は蓋をして静かなところにおいておくのです。魔力で調合してはいけないのですよ」

「調合するな……か、その小瓶は麹みたいなもの?」


 先生、それはヒュドラ毒ですよ。麹なんてかわいいものじゃありませんよ。


「今垂らしたのはヒュドラの血なのです」

「なんですってっ!」


 プロセルピーネ先生がブルブル震えながらよく見せてくれと頼んだものの、タルトはさっさと【思い出のがらくた箱】にしまってしまった。


「バシリスクに嗅ぎつけられる前にしっかり蓋をするのです。完成する前に全部食べられてしまうではありませんか」


 なるほど、プロセルピーネ先生の研究室ではなく治療室にしたのは、研究室には黒ゴマがいるせいか。そいつぁ困るとプロセルピーネ先生が甕に木製の蓋をつけて、ずれないように上から布をかけしっかりと縄で縛る。ドクロワルさんが邪魔にならないよう物入れに納めて、いつぞや僕に採ってこさせた漬物石で重しをした。


「ヒュドラの血って、伝承には放っておくと増えるってあったけど?」

「他の生き物の血に混じると、それを毒に変えてしまうのです」


 ヒュドラ毒。正確にはヒュドラの血液らしいのだけど、増殖毒と呼ばれていて他の生き物の血を毒へと変質させる。変質した毒血はヒュドラ毒と同じく血液を毒に変える力を持つので、ほんのちょっとでもヒュドラ毒を受けると体内でネズミ算式に毒が増えていくらしい。


「調合するなってことは、あれが全部ヒュドラ毒になるまで待てってことね」

「魔力で調合してしまったら、それ以上毒に変わらなくなってしまうのです」


 他の生き物の血。つまり、自分とは異なる魔力を帯びた血を変質させるので、調合で魔力を同一化させてしまったら、そこで反応が止まってしまうということのようだ。自然と魔力が同一化するまでの間、毒血は数えきれないくらい互いを異なる毒へと変質させ合う。それが毒に深みを与えて極上の味を生みだすのだと3歳児は語った。


「なにそのバシリスク視点の解説?」

「毒を食べてくれるバシリスクにご褒美を与えようという発想が下僕にはないのですか?」


 バシリスクがいなければ、世界は毒にまみれて人族なんか生きていられなくなってしまうとタルトは言う。人族にはバシリスクへの感謝が足りないそうだ。


「それに、混ぜた毒と合わさってありとあらゆる毒に変わりますから、バシまっしぐらを口にしたバシリスクの角は大抵の毒に効く薬になるのです」

「それってっ、万能解毒薬のことですかっ?」


 ドクロワルさんがビックリしたような声を上げる。神話や伝承に登場するどんな毒にも効く薬。レシピの一部は伝承の中にあるものの、材料自体がこれまた伝承でしか知られていないようなシロモノばかりとあって、実際に調合することは不可能とされてきたらしい。


「すべてではなく、大抵なのです。ドクロビッチは早とちりなのです」


 変質の過程でどんな毒になるかはわからないので、必ずしもすべてと言い切れるものではないとタルトは首を振る。


「我が甥よ――」


 ふたりのやり取りを無言で聞いていたプロセルピーネ先生が重々しく口を開いた。


「――この子、ちょ~だい♪」

「あげません」


 タルトをプロセルピーネ先生の手に渡すわけにはいかない。このふたりは間違いなく「混ぜるな危険」というやつである。アラフォーの先生がどんなに可愛らしい素振りをしてもダメなものはダメだ。


「ちっ、まぁいいわ。バシリスク器官の研究にはまだまだ時間がかかりそうだから、大抵の毒に効く薬ってだけで大助かりよ」


 先生は万能解毒薬に変わるアプローチとして、バシリスクの臓器を人体に移植することでどんな毒も効かなくする研究を進めているらしい。なんかもう人体改造を通り越して、新人類の創造に足を踏み入れてないか?


「あえて調合しないというのも盲点だったわ。失敗した薬の中に、適用できそうなのがいくつかある……」

「なんでもかんでも調合すればいいというものではないのです」


 魔力による調合が便利だからとそれに頼り過ぎるから、時間をかけて自然に変化させることを見落とす。太古の昔に作られていた薬のいくつかは、魔力が異なるために起こる反応を利用したものだと、タルトはもう腹が立つくらい得意絶頂のドヤ顔を決めやがった。見た目が3歳児でなければパンチくれてやるところだ。


「タルトちゃんはそういう薬の作り方を知っているんですかっ?」

「それを探すのがドクロビッチの役目ではないのですか?」


 製法を丸ごと教える気はないということか。肝心なところでケチりやがって……


「いいのよ。自分で得た答えでないと、これが正解だと納得できないもの」


 どうしてそんな効果が得られるのか、なにがどう作用しているのかが理解できなければ、他の薬に応用することも、それを超える薬の可能性を模索することもできない。そんなのは御免だから製法はいらないと、プロセルピーネ先生は実に楽しそうに言い切った。もう顔がニヤけるのを止められないといった様子で、これから幾人の生徒が【魔薬王】の実験台にされるのかと不安になる。


「ご褒美は……そうねぇ、あんた中級再生薬を作ってみる気ない?」

「え、いいんですか?」

「今度、【絶叫王】の奴に仕込んでやる予定だから、ひとりもふたりも変わらないわよ」


 看護教員になった魔性レディは、せっかく魔導院にいるのだから少しでも治療士に近づこうと勉強中らしい。在学中は人を壊すのなんて簡単だとブイブイ言わせていた彼女に、人を治すということがどれほど困難なことか思い知らせてやりたいそうだ。中級再生薬が作れるようになるまでは泣いても許さないとプロセルピーネ先生は息巻いている。


 ヴィヴィアナ様祭りの後なら時間が取れるということなので、ちょっと怖いけど一緒に教えてもらうことにした。






「わたくしのおかげで薬の作り方を教えてもらえるのです。下僕はわたくしに感謝するのです」

「もちろん感謝しているよ」


 タルトのおかげで中級再生薬が作れるようになるのだ、頭をナデナデして感謝の意を伝える。


「感謝は捧げ物でするのです。言葉では誠意が伝わらないのです」


 どこで覚えたんだか、3歳児は誠意が感じられないなどと言いだした。

 クレーマーかコイツは?


「ここのところ下僕は本ばっかり読んでいるのです。今日は一緒にお昼寝をするのです」


 ここ最近、課題に時間を取られてお昼寝につき合ってあげなかったのがご不満らしい。購買でおやつを買い込んで、飼育サークルでお昼寝をすることにした。


「アーレイ君のコケトリスが卵を温め始めましたわよ」


 サークルに到着したところでヒッポグリフを遊ばせていた首席が教えてくれる。イリーガルピッチが卵を4つほど抱いて抱卵を始めたらしい。様子を見に行ってみると、ロリボーデさんたちペット部門の子たちがイリーガルピッチに野菜くずをあげている。


 ペット部門は生き物をかわいがるだけの部門ではなく、愛玩用の魔獣や狩猟犬の繁殖のさせ方なんかを学ぶブリーダー部門でもある。人族の国ではコケトリスの繁殖なんてそうそうお目にかかれるものではないので、記録に残しておきたいらしい。抱卵中のイリーガルピッチに警戒されないよう、卵を産み始めてからはチョコチョコやってきてエサをあげていた。


「伯爵ぅ~。孵った雛はどうするの~?」


 僕が来たことに気が付いたロリボーデさんが尋ねてくる。今、飼育サークル内ではコケトリスの雛を巡って内紛が勃発していた。産まれたばかりの雛を獣舎なんかに置いておけないと引き取りを申し出たペット部門に対し、騎獣が産んだのだから騎乗部門で育てるのだと、かわいいもの好きのクゲナンデス先輩が徹底抗戦を主張したのだ。


 僕の騎獣が産んだのだから僕が面倒を見れればいいのだけど、エサ代を考えるとそうもいかない。タルトとティコアに続いてヒヨコまで増えてしまったら、我が家の家計は間違いなくパンクしてしまう。


「まぁ、卵が孵るまでには決めとくよ……」


 クゲナンデス先輩と彼女の言うことにはなんでも賛成するサンダース先輩を裏で操っているのはシュセンドゥ先輩。そして、引き取りを申し出てきたペット部門の後ろにはリアリィ先生の影がちらついている。簡単に決めてしまうわけにもいかなかった。


「いくらでも足せるのですから蜜をケチるのではないのです」

「時間はあるように思えて、あっという間に過ぎてしまうものでしてよ」


 お昼寝部屋で蜜を絡めたクッキーを3歳児に食べさせていたところ、首席にいつまでも決めかねているなと言われてしまう。内紛の陰で糸を引いているふたりのことを教えてくれたのは彼女で、自分は口出ししないと早々に中立を宣言していた。蜜の精霊に命じて、減ってきた蜜を足してくれる。


「そんなにコケトリスが欲しいかねぇ……」

「アーレイ君は自分の価値というものに無頓着すぎます」


 荷馬車が牽けるような道のある所では馬の方に軍配が上がるけど、補給路の整備が追い付かない場所を駆けさせるならコケトリスの方が適している。嘴という武器を持っているのでちょっとした相手なら撃退してしまえるし、跳躍力に優れているので障害物も苦にしない。ヒッポグリフやグリフォンのような飛行魔獣と比べれば能力的には劣るものの、コケトリスが優れているのは圧倒的なコストパフォーマンスだと首席は言った。


 今、イリーガルピッチは卵を4つ抱いている。すべて孵るとは限らないけど、30日かそこらの抱卵期間で2羽、3羽と産まれてくるなら、繁殖方法を確立させれば馬よりも安価に数を揃えられるようになるだろう。魔力のない領軍の兵にも扱えるから、魔物の領域をこれまでにないスピードで駆け抜ける騎鶏部隊を編成できるようになる。

 イリーガルピッチが抱いているのは、まさに金の卵なのだそうな。


「アキマヘン家は騎獣にする方法を知りませんでしたけど……」

「僕は知ってる……」

「そういうことです。アーレイ君にとっては当たり前の知識でも、末永く領に利益をもたらしてくれるなら秘匿術式と変わりません。ドワーフの秘密も然りですわよ」


 僕が知っているということは、ロゥリング族やドワーフたちにしてみれば隠すほどのことでもないのだろう。だけど、人族の国で彼らと同じ感覚でいるのは危険だと首席が僕の頬をツンツンと突いてくる。


「あんまり無防備でいると、悪い貴族のペドロリアンが連れ去ってしまいますからね」

「金、金、金と……お前たちのような金の亡者には下僕もヒヨコも渡さないのです」


 僕のものは自分のものだと主張するタルトが、お昼寝をするから抱っこしろと膝の上に乗っかってきた。ヨシヨシと3歳児を横にしてあげると、ティコアがすぐ隣に寄ってきて、首席の蜜の精霊とカワウソがティコアの羽根に埋まる。万全のお昼寝フォーメーションの完成だ。


 秋のヴィヴィアナ様祭りが近づいてくると、木々の葉っぱも紅く色づき始める。紅葉が見ごろを迎えるシーズンで、最近は風も冷たくなってきた。タルトの体温は人族より高いらしく、ちょうどお風呂のお湯くらいの快適な温かさを保っている。

 久しぶりに湯たんぽのありがたみを感じて、僕はあっという間に意識を手放した。


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