85 それは使い回されキャラ
Aクラスは魔導院祭で舞台劇「ポルデリオンの竜殺し」を披露するらしい。ドクロワルさんのオムツシリーズを却下するだけの良識はあったみたいでなによりだ。
「最初からモロリーヌが協力してくれていれば話は違ったんだろうけどね」
ポルデリオン役の【皇帝】がニヤニヤしながら首席とドクロワルさんにメイクされている僕に声をかけてきた。彼はタルトに命じられて「オムツ戦隊モレルンジャー」なる台本を書いたのだけど、やっぱり却下されてしまったらしい。
オムツ教の開祖である3歳児は、物販ブースを設けてオムツを売らせたかったようだ。
僕が演じることになる「道案内の少女」というのは、多くの神話や英雄譚に幅広く登場するキャラクターで、物語の主人公を目的地まで導く役割を担っている。名前や正体について言及されることはなく、唐突に登場して道を示した後は彼女がどうなったのか語られることはない。
ただ、どの物語においても幼い少女であることだけは共通していた。
創世神話において、かつていたとされる暴虐な「古き神々」に囚われた11柱の女神たちを救い出しに行く後の【絶頂神】。人族を滅ぼさんとした魔竜ハフニールの討伐に立ち上がるポルデリオン。魔女に連れ去られた姫を追う騎士や古代の遺跡を探す魔導師のお話と、道案内の少女が登場する物語は枚挙にいとまがない。
神々さえ抜け出せない地下牢獄。ドラゴンの跋扈する魔竜のねぐら。世界の果てにある魔女の塔から、変わったところでは【神々の女王】の寝室や【愛の女神】の浴場まで、ありとあらゆる場所に通じる抜け道のスペシャリストとされている。
大昔に実在していた主人公と異なり、誰もたどり着けないはずの場所に主人公はたどり着けるというシナリオ上の矛盾を解消するために創作されたキャラクター。それが長く語り継がれる間に少女という共通の形を持つようになったというのが歴史家や研究者たちの見解だ。
つまりは、使い回されているご都合キャラと言えるだろう。
「こ、これがモロリーヌ……」
「嘘でしょ……ゴブリンがこんな……」
「マイハートに創作の炎がバーニングアゲンッ!」
かつらを被ってモロリーヌに変装を終えると、これが本当にCクラスのゴブリンなのかとAクラスの女子たち息を飲む。首席は得意げにクスクスと笑っていて、一部の女子グループは妙に鼻息を荒くしていた。
「衣装は……時代背景を考慮して……オムツ一丁でいいかしら……」
「よくないよっ!」
当日は参加できないので衣装係をしている次席が勝手なことを抜かす。
どういう時代考証だよ……
「いい出来ね。これで余計な演出を付け加える必要がなくなったわ」
舞台演出を担当するのはこういった舞台演劇に詳しいというロミーオさん。道案内の少女は10歳にならないくらいの女の子が演じるものと相場が決まっていて、それはもう観る側の共通認識になってしまっている。女子生徒が演じるなら、それが道案内の少女だと観客に理解させるための演出を考えなければいけなかったそうだ。
「ダンスシーンもありますから、モロリーヌちゃんは女性の衣装に慣れておいてください」
この国の舞台劇は半分ミュージカルのようなもので、劇中にちょこちょこと踊りが入れられて、最後は出演者全員が登場してカーテンコールというのが一般的であるらしい。女性の衣装、とりわけ靴に慣れていないと危ないので、しっかり練習しておくようにとドクロワルさんから言い渡されてしまう。
「ラッ、ラッ……ラヴシーンはありませんのっ?」
「【皇帝】と禁断のオムツプレイッ。はうぅぅぅ……」
「そういう妄想は自分の作品でやんなさいっ!」
なにやら腐った言動をしていた女子たちが、ロミーオちゃんに頭を引っ叩かれていた。
「タルトォォォ……そんなに早く歩かないでよぅぅぅ……」
「なにをぐずぐずしているのですか。お昼ご飯が逃げてしまうではありませんか」
今日からこれを履いて生活するようにとドクロワルさんから渡されたのは、プロセルピーネ先生が使わなくなった古い靴。ハイヒールほどではないものの、夜会服に合わせて履く踵の高くなった靴はむちゃくちゃ歩きづらかった。
3歳児よりも歩みの遅くなった僕を、早くしろとタルトが急かしてくる。
「お昼ご飯はバナナと違って逃げないよ」
「今日はあの油で揚げて砂糖をまぶしたパンが売られるはずなのです」
お気に入りの揚げパンが品切れになってしまうと3歳児は容赦がない。急げ急げと僕の手を取ってグイグイ引っ張ろうとする。やっぱり揚げパンが気に入ったらしいティコアが、僕の後ろでサソリの尻尾を振り上げた。
「塗り物をケチるのではないのです」
首尾よく手に入れた揚げパンをタルトに食べさせようとしたところ、もっとたっぷりバターを付けろとイヤイヤしやがった。まったく注文の多い3歳児様である。ティコアまでマネしてイヤイヤをするようになってしまったじゃないか……
「マンティコアのくせにパンなんて食べるの?」
「そう言えば果物も食べていましたよ」
僕たちのテーブルの前を通りがかったアンドレーアとメルエラが、人喰い魔獣がなんでパンを食べているのだと首を傾げていた。オオカミに食べさせるのであろうスペアリブを手に、安上がりでいいわねと言い残して去っていく。
君は知らないんだよ。安上がりで済まないのはこの3歳児の方だってことを……
タルトは魔導院祭で園芸サークルが開くフルーツパーラーに入り浸る気マンマンなのだ。道案内の少女役はタルトにもオファーがあったのだけど、そんなものにつき合っていたらバナナがなくなってしまうと話すら聞こうとしなかった。
次席も次席だ。タルトがバナナを楽しみにしていることを知ったうえで、バナナは春と秋のヴィヴィアナ様祭りに合わせて実を生らせるよう栽培しているから、秋バナナの初お目見えは魔導院祭だとわざわざ3歳児に教えるなんて……
初級再生薬が作れるようになって少しは余裕ができるかと思ったけど、タルトは僕の懐具合を熟知しているかのようにギリギリ手が届くラインを要求してくる。シルヒメさんに淹れてもらうお茶も、最初のころに比べてずいぶんと高級なお茶っ葉を使うようになったし、つい先日もニワトリさん着ぐるみパジャマをオーダーメイドしたばかりだ。
蓄えなんて全然ないのだから、次席のフルーツパーラーなんかで好き放題注文されたら僕は破産してしまうというのに……
「手が止まっているのです。パンはまだ残っているのですよ」
僕の心配をよそに、タルトはあ~んの構えで続きの揚げパンを要求してきた。
魔導院祭に向けて準備に余念がないAクラスとは対照的に、未だ出し物すら決まっていないクラスもあった。そう、我らがCクラスである。
「ホラーハウスなんてどうだ?」
「今から準備して間に合うわけねえだろ」
「文句ばっかり言ってないで、あんたらも何か考えなさいよ」
誰かが何かを提案する度に、別の誰かがあれこれと問題点を挙げてポシャらせるので、いつまでたっても何も決まらない。あ~だこ~だと言いあうクラスメートをよそに、Aクラスの出し物に参加することになった僕と、そしてヘルネストは課題を進めていた。
ヘルネストの役どころは首席の演じる魔竜ハフニールの手下ドラゴンB。手下ドラゴンAを演じるムジヒダネさんに強制されての参加である。まあ、「イーッ!」しか台詞はないらしいので、ヘルネストでも問題なくこなせるだろう。
「伯爵たちも何か言いなよ」
「俺たちはAクラスの舞台劇に出るから、こっちには参加できんぞ」
「「なんだとっ!」」
自分の課題なんてやってないで、少しはクラスの行事に協力しろとロリボーデさんが話を振ってきた。何も考えてないヘルネストが迂闊な答えを返したせいで、また俺たちを裏切ったのかとクラスメートたちが騒然となる。
「首席とムジヒダネさんに無理やり出演させられることになったんだ。ふたりを説得してくれれば喜んで協力するけど……」
「オーケィ。Cクラス代表として恥ずかしくない舞台にしてくれ」
以前、Aクラスのお仕置きを目の当たりにさせられているクラスメートたちは、首席と【ヴァイオレンス公爵】の名前を出した途端、まるで僕たちが触れてはいけないものであるかのように後ずさった。下手なことを口にすれば、罪人として折檻されるのは自分の方だとさすがにわかっているようだ。
「まあ提案だけなら。研究発表として、今はない刑罰を再現するなんていいんじゃないかな」
そう言って、チラリと底辺ズへ視線を向けた。文句ばっかり言って他人の提案をポシャらせている張本人たちである。
「ゴブリンにしてはいい提案だわ」
ロリボーデさんはキョトンとした顔をしていたけど、まとめ役をしていた女子生徒には僕の言わんとするところが伝わったようだ。このまま決まらない場合はそれでいこうと、底辺ズたちにそれぞれ磔、釜茹で、石抱きの刑を申し渡す。
「リアリィ先生が吊るし斬りって刑罰を知ってたぜ」
「それはマズイ。【魔薬王】に知れたら解体ショーにされちまうぞ」
「元に戻してもらえんなら別に問題なくね」
刑罰を加えられるのが自分ではないと決まったクラスメートたちには、ムジヒダネさんほどの慈悲すらなかった。車裂きや鋸挽きから、尻の穴に魔導器を突っ込んで発動させるといったものまで、次々と残酷な刑罰を提案する。
「なんだよそりゃあっ! 勝手に決めんなっ!」
「決まらない場合は強制執行します。嫌なら実現できそうな提案をしなさい」
あれだけ問題点ばかりあげつらっていたのだから、さぞやいい腹案があるのだろうと女子生徒が黒い笑みを浮かべた。Cクラスの出し物をめぐる議論は攻守ところを変えて再開され、鬱憤を溜めていたクラスメートたちが底辺ズのいかにもありがちな提案を次々と棄却していく。
「休憩所を兼ねて喫茶なんてどうだ?」
「何カ所目だよ。各学年ひとつはあるぞ」
「次席の園芸サークルはフルーツパーラーだそうよ。太刀打ちできるわけないでしょう」
金払いのいいお客さんは全部持っていかれることがわかりきっている。赤字覚悟で粗末な茶器とお茶菓子を出しても恥をかくだけだと女子生徒が机をバシバシ叩く。
「ウェイトレスがメイドの格好で給仕するのはどうだ?」
「お客さんは上流階級の方々ばっかりよ。メイドなんて珍しくもないわっ」
この魔導院を訪れるような人たちにとって、メイドに給仕されるのは当たり前のことだ。メイドさんにプレミアムな価値などなく、どこにでもいる使用人にすぎない。そこに価値を見出すとは、もしかして底辺ズも転生者なのか?
「でも、ゴブリンのところにいるシルキーなら……」
どうやらシルヒメさんをあてにしていたようだ。確かにメイド精霊のシルキーに給仕してもらえるというのは誰でも経験できることではない。だけど、シルヒメさんに目を付けたのは底辺ズが最初ではなかった。
「大切なご来賓の応接にって、リアリィ先生のお手伝いが決まってるよ」
シルヒメさんのスケジュールはとっくに押さえられている。お手当もはずんでくれるという話だったので、タルトがフルーツパーラーで浪費する分を少しでも稼いでもらわないといけない。
「あんたらが考えつくようなことを、先生が見逃すはずないでしょうがっ」
リアリィ先生だけでなく、次席やアキマヘン嬢からもオファーが来ていた。次席のフルーツパーラー半額は魅力的だったけど、特別に補習してもらっている身としては先生を優先せざるを得ないところだ。
「魔導院グッズ販売とかは……」
「いらっしゃるのはほとんどが卒業生よっ。あんたのブルマーでも売るつもりっ?」
僕たちに作れる魔導院グッズなんて、かつて自分も作ったものでしかない。懐かしグッズとして購入してくれる人もいるだろうけど、二束三文で売るしかなく材料代だけで赤字確定だとすげなく却下される。
「女の子の姿絵を描いた抱き枕カバーなら売れるんじゃないか」
「この変態っ! それのどこが魔導院グッズなのよっ!」
「待て、ロリボーデッ。はなせっ!」
魔導院の制服を着た女の子の姿絵なら魔導院グッズと言えるのではないかと言い訳する底辺ズのひとりを、ロリボーデさんが捕まえて首を捻じり始めた。転生者でないのにメイド喫茶やキャライラスト入りの抱き枕カバーを思いつくような発想力があるのなら、真面目に勉強していればCクラスなんて脱出できるんじゃないか……
「おいモロニダス。このままだと本当に刑罰の研究発表になっちまうぞ」
「吊るし斬りをするならプロセルピーネ先生に教えてあげないとね」
意見も出さずに反対ばっかりしていた罰だ。イボナマコの内臓でも仕込まれてしまえ……




