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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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84 シュセンドゥ先輩のいたずら

「アーレイ。積層型魔法陣に挑戦するんですって? どうして、お姉さんに相談しないのよ。水臭いわね」


 飼育サークルでコケトリスたちに砂浴びをさせていたところ、どこで耳にしたのかスーパー職人のシュセンドゥ先輩がやってきた。課題を手伝ってはあげられないけど、積層型魔法陣を描く上での注意点やコツを伝授してくれるという。


「いいんですか?」

「アーレイには黒スケの扱い方を教えてもらったもの。借りっぱなしは気分が悪いわ」


 この先輩は技能マニアなところがあって、希少な――誰も使わないとも言う――技能ほど身に付けておきたがる。鎧竜を乗騎に選んだのも、荷物運搬用なため上流階級では珍しいからだと言っていた。

 僕が黒スケを操れると知った時には、後ろからがっちりと抱きしめて頬擦りしながら乗り方を教えると約束してくれるまで離さないと脅迫してきたものだ。


「積層型魔法陣を作るなら、魔法陣を描く前にどうやって加工するか、魔導器の設計を済ませておきなさい。素人が最初にやらかすのがこれなのよ」


 タルトをお昼寝させながらレクチャーを受けたところ、実際に魔導器を加工する段階になって、今のままの魔法陣では加工できないと判明することが多い。加工方法とマッチしていないから、魔法陣を描き直すハメになるらしい。

 シュセンドゥ先輩が代表的な加工方法を教えてくれた。


 両面焼き法……一枚の木版の表裏両面に魔法陣を刻む方法。単層の魔法陣と同じ方法で加工できて、2層までの積層型魔法陣なら魔導器を壊されない限り機能を失うことはない。ただし、魔法陣の片方は反対側から見た時に正しい形になるよう逆さまに描いておく必要がある。


 ドーナツ法……真ん中に穴の開いた魔法陣にしておいて、魔法陣を刻んだ木版を棒に突き刺して重ね合わせる方法。穴をあける位置は真ん中でなくとも、複数個所あってもいいけど、精密加工に自信のない内は真ん中にしておくことが無難。


 シリンダー法……魔法陣を刻んだ木版を型枠に納めて重ね合わせる方法。木版は型枠に隙間なく納まるようにしておかないと、衝撃を受けた時にガタついて機能が失われる恐れがある。簡単そうに見えて、実は最も高い工作精度を要求されるから素人にはオススメできない。


 初めて挑戦する人の犯しやすい失敗が、普通に魔法陣を描いてしまい両面焼き法やドーナツ法が使えないことに気が付く。やむなくシリンダー法にしたところ、木版が型枠に納まらない。隙間が大きすぎて位置が定まらないといった工作精度の壁にぶち当たり、泣く泣く魔法陣の描画からやり直しというものらしい。


 これは教えてもらわなければ本当にヤバかった。加工方法のことなんて、僕は考えてすらいなかったのだ。時間が限られている中で最初からやり直しなんてことになったら、未達成で落第は確実である。


「知らなければ間違いなく落第してましたよ。僕にお返しができるといいんですが……」

「お返しは……チュウでいいわよ」

「ホワイッ!」


 ふおぉぉぉ……

 工師課程トップとも言われている美少女の瑞々しい唇が目の前に迫ってくる……


「マズイですよ。特待生の先輩がCクラスの僕なんかと……」

「お姉さんの目は誤魔化されないわ。教養はないけど、その知性は隠せないわよ」


 ゴブリンに知性なんてありませんよ……


「アーレイが精錬させたっていうあの鋼。最近、西部派の連中に出回っているのよね~」


 あれだけの量の鋼が精錬されているにもかかわらず、材料も燃料も搬入された形跡がなく追跡調査すらままならない。自分たちの常識では考えられないことだけど、ドワーフ国出身の僕が関わっているならば答えはひとつしかないと先輩が甘い息を吹きかけてくる。


「アーレイは魔導院に入学してから、ドワーフ国には一度も帰っていないはずよね。それはつまり、わずか10歳にしてドワーフたちの技術を再現できるほど深く理解していたってことだわ」


 そんな生徒に知性がないなんて言ったら、ほとんどの人族には知性がないことになってしまう。コケトリスだけでなくドワーフの製鋼技術にまで通じているとは、よくもこれまで謀ってくれたなと両側から回された腕でがっちりと抑えられた。


 はふぅぅぅ……

 腕にやわらかい感触が押し付けられる……小柄なわりにこれは……

 吐息を漏らす唇はほんの少し開かれていて……お、大人のチュウってやつですか……

 ぼ、僕はドクロワルさんと……でも、チュウくらいなら……勉強だと思って……


「戦うことしか頭にない西部派にアーレイはもったいないわ……」

「僕が東部派に招かれたらアンドレーアの立場が……」

「あの子を押しのけずに済む方法がないわけじゃないのよ……」


 そ、それはリアリィ先生の言っていた先輩の婚約者になれという話では……


 外敵のいない東部派では富を生みだす産業技術が珍重される。僕の持っている知識は東部派でこそ生かされるはずだと口にするシュセンドゥ先輩の瞳はこれ以上ないくらい潤んでいて、明るいブラウンの髪が流れる肩口の向こうには見慣れたドクロのお面が……!?


「ドドッ、ドッ、ドクロワルさんっ! 違うんだっ。これはっ!」

「ふひゃひゃひゃ……下僕はびっくりし過ぎなのです」

「あら、起きちゃったのね」


 ドクロのお面を被っていたのは、お昼寝していたはずのいたずらが大好きな3歳児だった。僕を驚かせて満足したのか、ドクロのお面を手に大成功だと小躍りして喜んでいる。


 タルトが手にしているのはドクロワルさんから譲ってもらったお面だ。なんでも、ドクロのお面は20個以上あって、僕にはさっぱり見分けがつかないのだけど全部表情が違うらしい。


「今のはアーレイ先輩の悲鳴ですかっ?」


 メルエラが座敷部屋に飛び込んできた。僕を抱きしめたままのシュセンドゥ先輩を見てまなじりをつり上げる。


「先輩の魔力はアーレイ家のものですっ。離しなさい、この泥棒猫っ!」


 すでにスイッチの入っているメルエラは先輩相手にも口さがない。アーレイ家の魔力を渡してなるものかと、僕にチョークスリーパーをかけて先輩の腕から引っこ抜こうとする。

 うごぉぉぉ……苦しい……


「魔力が欲しければシャチョナルドを譲ってあげる。アーレイの知識はシュセンドゥがいただくわ」

「いりませんよ。あんな出来損ないっ!」


 一応は同じ派閥の先輩にあたるはずのバグジードを出来損ないと断じたメルエラが、硬く刺さった釘を抜くように僕の首を左右に振り回す。

 やめて……首折れちゃうから……死んじゃうから……


「まったく騒がしい者どもなのです。ペトペト、やってしまうのです」


 僕たちを見かねたタルトが、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たクゲナンデス先輩のくっつく精霊に命じた。


「いたたっ。何ですかこれっ。髪にっ?」

「ちょっとっ、クゲナンデス。なんで私までっ」

「私ではなく、アーレイ君の精霊さんがやらせているみたいです」


 くっつく精霊は女性に対して効果抜群の攻撃を有している。髪の毛にくっついて絡ませてしまうのだ。精霊の怒りが解けるまで離れることはなく、どうしても引き剥がしたければ髪を切るしかない。メルエラとシュセンドゥ先輩は髪の毛を絡ませ合って、「動くな。引っ張るな」と僕どころではなくなる。


「かくなるうえはっ!」


 なんとシュセンドゥ先輩は足で引き寄せた鞄からナイフを取り出すと、くっつく精霊に絡まった自分の髪をばっさりと切り落としてしまった。


「ダカーポッ!」


 くっつく精霊から離れたシュセンドゥ先輩が自分の精霊に命じる。ダカーポが鉄琴を響かせると、切り落とされたシュセンドゥ先輩の髪が精霊にくっつかれる前の状態へと戻った。


「そんなっ。ズルイですっ!」

「ダカーポの使い方がわかっているのです」

「便利だけど、ものすっごく魔力を喰われるのよね……」


 初めに戻す精霊のダカーポは、あったことをなかったことにはできないものの、時間遡行と見紛うほどの元に戻す能力を持っている。状況次第ではプロセルピーネ先生を超える治療力を発揮するのだけど、強力なだけあってごっそりと魔力を持っていかれるらしい。


「あううっ。この子、全然剥がれません」

「くっつく精霊にくっつかれたら人の力では剥がせないから、無理に引っ張っちゃダメだよ」

「イジケ男の持っている櫛で梳かしてやればすぐ離れるのです」


 騎士課程トップ。学院のヒーローであるサンダース先輩も、タルトの前では情けない姿しか見せていないのでイジケ男と呼ばれていた。スッポンドレイクの櫛で離れると教えてもらったメルエラは、いそいそとサンダース先輩を探しに座敷部屋を後にする。


「出来損ないとは、あの子も言うわね……」

「シャチョナルド家の嫡子のことですか。東部派は彼を放逐するつもりのようですね」


 クックック……と笑うシュセンドゥ先輩に、少しはおとなしくさせてくれとクゲナンデス先輩が恨み言を零す。アキマヘン嬢と同じ南部派だから、奴が王女殿下などと呼びかけた話はとっくに耳にしているだろう。


「口出しするわけにもいかないのよ。あいつは今、試されてる」

「試す……ですか?」


 シャチョナルド侯爵の目の届かない魔導院に、ヒハキワイバーンという強力な使い魔を与えて放り込む。そこでどんな行動をとるのか観察して、奴の価値観や胸に秘めている野心を暴こうというのが侯爵様のお考えだろう。邪魔するわけにもいかないと、シュセンドゥ先輩がどうにもならんとでも言いたげに首を振る。


 バグジードは気付いていないようだけど、奴が実家から連れてきた使用人はただの下働きではない。幾度か屋敷に足を運んでみたところ、一度挨拶しただけだというのに誰ひとりとして先輩の顔と名前を忘れていなかったという。執事や秘書ならともかく、玄関先を掃除していたハウスメイドに至るまで自分と関わりのない他人のことを憶えているのは不自然だ。

 意識的に記憶しておくよう訓練された監視役に違いないとシュセンドゥ先輩は言う。


「そういうことは自領でやっていただきたいものです」

「長くは続かないと思うわよ。あいつもいいように焦れてきたみたいだから」


 そんな奴を魔導院に放り込むなんていい迷惑だと呆れたようにため息を吐くクゲナンデス先輩に、シュセンドゥ先輩がいたずらっぽく笑いかけた。ここ最近、バグジードの奴が妙に焦っているように見えたのは、僕と同学年でAクラスにいる東部派女子をアキマヘン嬢に紹介したかららしい。


 成績は優秀なので紹介すること自体はおかしくないけど、特待生のシュセンドゥ先輩から特別に紹介してあげる必然性はまったくない生徒を選んだという。どうして自分よりあいつが先なんだとバグジードが感じるように……


「この前も湖畔でなにかやらかしたみたいだし。ボロを出すのも時間の問題よ」

「ヌレビッチはいたずらというものをわかっているのです」


 シュセンドゥ先輩のファーストネームはヌレテニワというので、タルトはヌレビッチと呼んでいた。【忍び寄るいたずら】様は先輩の仕掛けたいたずらがいたく気に入った様子で、とびっきり邪悪な薄笑いを浮かべている。


「あの亜竜をつれていた男ですね。仕上げはわたくしが引っかけてあげるのですよ」

「精霊さんが……?」

「あのバカ。よりにもよってアーレイの精霊を怒らせたのかしら……」


 他の精霊を従えて、ヴィヴィアナ様の力すら使えるようにしてしまうタルトの能力は底が知れない。いったいなにを……まさかっ?


「タルト。あいつとワイバーンの契約を破棄させるつもりじゃないだろうね」


 ヒハキワイバーンは通常のワイバーンより獰猛で、亜竜のくせに口から火を吐くドラゴンもどきの魔獣。本能のままに暴れられたら、魔導院で相手をできるのは魔導甲冑を使えるワーナビー指導員くらいしかいない。魔性レディも騎士だけど、彼女の魔導甲冑はムジヒダネ領に置いたままなはずだ。


「下僕は心配性なのです。それはわたくしにもできないのですよ」


 この3歳児が自分にできないと認めるなんて珍しい。だけど、まるでそれが楽しいことのようにタルトは笑っていた。






「君はふしだらなメスだよ……誰がそんな風に育てたんだ……」


 あくる日の朝、彼女の裏切りが発覚した。責める僕のことなど目に入っていないかのようにプイと顔をそむける。相手は……考えるまでもなかった。


「これまで、そんな素振りさえ見せなかったのに……別の女が現れた途端これか……」


 彼女はなにも言わない。悪びれる素振りさえ見せない。まるで、それが当たり前だと思っているかのようだ。


「これはちゃんと生まれてくるのです」


 タルトが赤ちゃんが生まれてくると宣言する。僕の目の届かないところで、しっかりとやることやってやがったんだな、このビッチが……


「今の君は、まさにイリーガルビッチだよっ」


 イリーガルピッチが卵を産みだしたのだ。タルトの見立てによれば有精卵。雛が孵る卵である。ここにコケトリスのオスは一羽しかいないのだから、父親は黒スケ以外あり得ない。求愛行動を示す黒スケをさんざん袖にしてきたくせに、若くて愛らしいイナホリプルが現れた途端、キープに走りやがった。とんでもないメスである。


 おそらく、あといくつか卵を産み落とした後に抱卵を始めるだろう。しばらくイリーガルピッチは使えない。魔導院祭でコケトリス芸をやろうと考えていた矢先にこれだ……


「この子が使えないのでは、魔導院祭でコケトリス芸はできませんわねぇ……」

「うっ……いつの間に……」


 背後から薄ら笑いを浮かべた首席が僕の肩にポンと手を置く。Aクラスのやるお芝居に子役がひとり必要になる。発芽の精霊がちょうどいいのだけど、次席とフルーツパーラーをやるのでクラスの出し物には参加できない。

 コケトリス芸をやるからと、モロリーヌへの打診を断ってきたというのに……


「決まりましたわね。道案内の少女は、モロリーヌさんに演じていただきますわ」


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