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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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83 覚悟のない者たち

「波がっ。いやっ、なんだこれはっ」

「魔術なのっ?」


 タルトがヴィヴィアナ様に命じた途端、湖の水面が盛り上がり、岸を超えて黒い波が押し寄せてきた。津波……ではない。波と見間違えるほどのイボナマコの大群だ。


「きゃあぁぁぁっ!」


 一匹一匹は30センチくらいの大きさしかないのだけど、辺りを埋め尽くすような大群に圧し掛かられて女子生徒が悲鳴を上げた。女の子がヌルヌルの軟体動物に襲われているというシチュエーションにちょっと興奮を覚える。


「貴様あぁぁ――ごっ」


 バグジードが怒って怒鳴り声を上げようとしたものの、開いた口めがけてイボナマコがその身を躍らせた。このナマコはもの凄く苦い汁を分泌して捕食されるのを防いでいるらしく、とても食べられたものではないという。刺激的な大人のキスの味に、バグジードは手足を突っ張らせて体を痙攣させた。


「なんだこいつらっ」

「近づくなっ。襲われるぞっ」

「ぎいゃあぁぁぁ…………」


 いい気味だと笑っていられたのもつかの間。そこかしこから悲鳴が上がり始めた。僕とクセーラさんはターゲットから外されているようなのだけど、どうも近くにいる他の生徒たちには問答無用で襲い掛かるらしい。怪我をするわけではないし、毒があるわけでもないから大事には至らないと思うのだけど、バグジードと同じ目にあわされた生徒たちがひっくり返ってピクピクしている。


「タルトッ。やり過ぎだよっ。これじゃ大騒ぎになっちゃうよっ」

「バナナの恨みは海よりも深いのです。おやつを食べさせてくれなければ晴れないのです」


 3歳児は購買で買ってあげた甘いパンを差し出すと、食べさせろと言わんばかりにあ~んの構えを取った。






「アーレイ君の仕業ですかっ。通しなさいっ」


 タルトとティコアにパンを食べさせてご機嫌を取っていたところ、騒ぎを聞きつけたらしいリアリィ先生が魔性レディを連れてやってきた。イボナマコたちの真ん中で呑気におやつを楽しんでいる僕たちを見つけて、おとなしくさせろと叫んでいる。


「タルト、もう満足したろう。湖に帰してあげなよ」

「まだおやつは残っているのです」


 3歳児はまだ不満そうな顔をしていたものの、イボナマコたちはおとなしくなった。そのままネチョネチョと僕たちの周りを這い回っているけど……


「生徒が襲われていると聞いてきたのですが……アーレイ君、説明してもらえますね」

「そいつが魔術で僕たちを攻撃したんだっ。校則違反だろうっ。放校処分が相当だっ」


 聞かれてもいないのにバグジードが僕の攻撃魔術だと主張した。人の身体にダメージを与えるタイプの術式を生徒に向けて使用することは奴の言うとおり禁止されていて、『エアバースト』のような致命傷にならない一部の術式のみ訓練や試合での使用が認められている。


「それを決めるのはあなたではありません」

「校則でそう決められていたはずだっ。約束が違うぞっ」


 バグジードは自分の主張が日本人的価値観に基づくもので、ここでの常識とはかけ離れていることに気が付いていないようだ。確かにこの国にも法律などのルールはあるのだけど、それを適用するかどうかはルールを定めた者の裁量次第。統治者もまた法に縛られる立憲君主制とか法治国家といった考え方は普及していない。


 本人は不満を口にしているだけのつもりでも、「約束が違う」という言葉は「お前の判断には委ねられない」と宣言しているに等しい。院長であるホンマニ公爵様の裁量を認めないなんて一介の生徒が口にしていいはずもなく、奴を見るリアリィ先生の目付きが険しくなった。


「ソコツダネ先生。黙らせていただけますか」

「任されました」


 魔性レディはひとつ頷くとツカツカとバグジードに歩み寄り、有無を言わさず鳩尾にボディブローを叩き込んだ。やり方がムジヒダネさんにそっくりである。むしろ【ヴァイオレンス公爵】の方が、かつての【絶叫王スクリーマー】に似ていると言うべきだろうか。


「アーレイ君。これは攻撃術式の跡なのですか?」

「僕には湖に生息している生き物に見えます」

「そうですね。先生にもそう見えます」


 見たところ、傷を負ったのは転んで怪我をした生徒くらいしかいない。地面に転がっているのはイボナマコの苦い汁を口の中に流し込まれた生徒たちだ。果たしてこれは攻撃の術式なのだろうかとリアリィ先生が首を傾げる。


「先生、あそこですっ。イボナマコがいっぱいいますっ」

「よっしゃあ、生きのいいのを捕まえるのよっ」


 大きな樽を背負ったドクロワルさんとプロセルピーネ先生もやってきた。怪しい薬の材料にでもするつもりなのか、湖から樽に水を汲んでくるとピチピチ動くイボナマコを集め出す。


「プロセルピーネ先生。イボナマコの汁を飲まされた生徒に治療は必要でしょうか?」

「いらないわよ。ものすっごく苦いけど、むしろ健康にはいいの。肌もツヤツヤになるわ」


 丁度いいところに来てくれたとリアリィ先生がプロセルピーネ先生に尋ねたところ、苦いだけで害はないと教えてくれる。美肌効果もあると言われたリアリィ先生は、嫌そうにも物欲しそうにも見える微妙な顔をしながら使われたのは美容術式であったと結論を下した。


「美容術式だと……そんなふざけたことが……」

「いきがる前に、周りをよく見た方がいいわよ」


 バグジードはリアリィ先生の決定に不服そうだけど、もうお前の仲間はどこにもいないと魔性レディに告げられる。バグジードに従っていた生徒たちはすでに謹慎処分を受けた身だ。次にまた処分されることになれば留年や放校にされてもおかしくないので、バカな囮が先生たちの注意を引きつけている間にひとり残らず逃げてしまっていた。


「友達がいのない人たちだねっ。姉さんが相手にしないのも当然だよっ」

「あいつら……」


 あんな日和見主義者に比べたら、Cクラスでもヘルネストの方がよっぽどマシだとクセーラさんがプンスカ怒ってみせる。再び仲間に売られた男バグジードは顔を真っ赤にして拳を震わせていたけど、リアリィ先生の決定を覆すことは無理と悟ったようだ。「今に見ていろ……」と誰に向けたものかも知れない捨て台詞を残して僕たちの前から去っていく。


「さっすが我が甥。欲しい時に欲しいものを用意してくれるわ」

「イボナマコなんて漁師さんたちは獲ってくれませんからね」


 プロセルピーネ先生はピチピチ蠢くイボナマコを両手に喜びのダンスを踊っていた。元アイドルだけあって妙に上手なのが癪に障る。ドクロワルさんも元気に飛び跳ねるのを選んでせっせと樽に運ぶ。このふたりにはイボナマコしか見えていないようだ。


「そんなに欲張るものではないのです」

「ああっ。イボナマコがっ」


 タルトが再び手を打ち鳴らすとイボナマコたちはゾロゾロと湖に帰っていった。






「そう……ようやく離脱する決心がついたのね……」


 西部派のふたりが派閥を抜けたようだと報せに行ったところ、田舎ファーマーの格好でリンゴを収穫していた次席は思っていたより時間がかかったと呟いた。


「姉さん。あいつらがシャチョナルドに味方するってわかっていたの?」

「そうなるように仕向けたのだから……いなくなってくれないと困るわ……」


 次席はとっくに彼らを見限っていた。派閥は卒業生に士官先を紹介する機能を果たしているのだけど、ハズレばかり掴ませては貴族たちからの信用を失ってしまう。人数は多く揃えておきたいものの、とても紹介できないような生徒は他の派閥に押し付けてしまうのだそうだ。


 魔物との戦いが続く西部派には武人気質な貴族が多く、敵であっても最後まで忠義を貫く者は称賛するし、形勢不利とみて寝返ってくるような者は嫌悪するという。旗色をうかがって態度をコロコロ変えるような輩なんて紹介できるわけがないと、次席はすっきりしたような顔をしていた。


「今年のリンゴはどうかしら……試食してみましょう……」

「はなまるビッチはよく出来たビッチなのです」


 派閥を抜けたふたりのことより、収穫したリンゴの方が次席には重要であるらしい。さっそく味見をしようとタルトを誘う。食べることに目がない3歳児はもちろん大喜びだ。


「蜜が多くって甘いのです。ティコアにも食べさせてあげるのです」

「デキハジョウジョウ……」


 食べやすい大きさに切ってもらったリンゴを口にしたタルトは、これは美味しいとティコアにお裾分けを与える。発芽の精霊も今年はいい出来だと頬を綻ばせていた。


「精霊の力で美味しい実を生らせることはできないの?」

「ワタシニハデキナイ……」

「下僕は察しが悪いのです。どうして『発芽』の精霊と呼ばれているのか、ちょっと考えればわかりそうなものなのです」


 植物を操れるのだから、実を生らせることも自在ではないのかと尋ねてみたところ、発芽の精霊には否定され、タルトからはお小言をいただいてしまう。


「わたしには……と、言ったわね……」

「はなまるビッチは察しがよいのです。気が付いたとおり、花を咲かせる精霊と実を結ばせる精霊は別にいるのですよ」


 タルトによると、植物の成長を司る精霊は発芽、開花、結実の3姉妹であるらしい。発芽の精霊にできるのは、種を芽吹かせ成長させるところまでだという。


「ホカノフタリノホウガヨカッタ?」

「精霊に頼っていては……栽培技術が向上しないもの……私と契約してくれたのが……あなたでよかったわ……」


 園芸サークルの目的は栽培技術の研究と学習。美味しい果物そのものではなく、それを実らせる技術にこそ価値がある。自分ではない方が良かったかと不安そうに尋ねる発芽の精霊を、他の誰よりもふさわしい精霊が来てくれたと次席が抱きしめた。


「ううっ。私にもふさわしい精霊が現れてくれないかなぁ。ゴーレムの精霊とか……」


 発芽の精霊を膝の上に抱っこしてリンゴを食べさせ始めた次席の姿に、クセーラさんが我慢できなくなったようで、自分も精霊が欲しいとタルトを抱っこしようとする。


「精霊が宿ってしまったら、それはもうゴーレムではないのです。クソビッチは頭の中までパンツが詰まっているのです」


 ゴーレムとは魂を持たない人形のことで、精霊が宿った時点でゴーレムではなくなってしまうのだから、そんな矛盾した存在はあり得ない。間抜けなことばかり言うようなら、脳パンツビッチと呼ぶことにするぞと3歳児にイヤイヤされてしまった。


「略してノーパンビッチ……もはやただの痴女ね……」

「ちゃんと穿いてるから止めてよっ。それならクソビッチの方がまだマシだよっ」


 双子の姉から痴女扱いされてしまったクセーラさんは、もうクソビッチでいいから抱っこさせてくれと再びタルトに手を伸ばす。


「そんな腕でわたしくを抱っこするなんて許さないのです」

「タルト、その言い方は酷いよ……」


 ゴーレム腕は嫌だと言われたクセーラさんの顔が絶望に染まった。何をされても傷付くことのないタルトには片腕を失うということが理解できないのかもしれないけど、人の身体的欠陥をあげつらうことは止めるように注意しておく。


「酷くなんかないのです。わたくしを抱っこしたければ、柔らかいクッションと背もたれのついた腕に付け替えてくればよいのです」


 ビジネスクラス乳母車を譲らなかった3歳児は、新たに抱っこ専用のゴーレム腕を作れと言い始めた。落っこちないようにバケット型の背もたれにして、肘掛けと足を置くところも欲しいと要求をエスカレートさせる。


「抱っこのためにそこまで……」

「クソビッチは何もわかっていないのです。はなまるビッチの作らせた乳母車の方が、よっぽど手間をかけて作られているではありませんか」


 精霊のために最高級乳母車を作らせた次席と、ゴーレム腕を作ることすら面倒臭がるクセーラさん。次席のところにだけ精霊が現れたのも当然だという。


「春に教えてあげたはずなのです。精霊はお前たちのことをよくよく見ているのだと」


 自分を大切にしてくれない。理屈をこねて手間を惜しむと思われれば、精霊は姿を見せずに去ってしまう。自分は今、機会を与えた。それをフイにしたのはクセーラさん自身だと、タルトが意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「可愛がるだけではダメなのです。クソビッチには精霊と共にある覚悟がないのです」

「かく……ご……」


 精霊は契約者に都合のいいお人形さんではない。精霊には精霊の望むところがあるし、時に我が儘な素振りも見せる。それを受け入れられない者とは契約したがらないそうだ。


 乳母車を要求された時に、発芽の精霊の願いは自分が叶えると次席は言った。ゴーレム腕にクッションをくっつけることすら躊躇するクセーラさんとは覚悟が違う。精霊たちはちゃ~んと見ているのだとタルトは小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「そっ、そんなことないよっ。タルちゃんの願いごとは私が叶えてみせるよっ」

「バナナが食べたいのです」


 ここぞとばかりにバナナを所望する3歳児。コイツ、最初っからそれが狙いで精霊の話なんて始めやがったな……


「姉さんっ」

「小金貨3枚……お父様から預かった学費の使用は……認めないわ……」


 バナナが欲しければ、園芸サークルに出資しろと次席が片手を出す。次席が管理しているお金を使わせてもらえなければ、クセーラさんに小金貨3枚なんて出せないとわかっているだろうに……


「覚悟以前に、役に立たないビッチなのです」

「みんな、みんな、いじわるだよぅ~」


 ない袖は振り様がないクセーラさんは、両手を床についてむせび泣いていた。


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