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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期
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81 示された課題

 『工作』の授業の時間。Aクラスにならって課題を済ませておいた僕は、授業が始まると同時にベリノーチ先生に確認してもらいに行く。ヘルネストも一応は出来上がっているものの、消費魔力を減らそうと目を血走らせながら教本を見直しているので僕が一番手だ。


「ほう、あらかじめ課題を済ませておくとは見上げた心がけだ。貴様らも少しは見習え。このゴブリンの糞をかき集めたほどの価値もないイボナマコども」


 Aクラスでは当たり前なことが、落ちこぼれのCクラスでは褒めるに値するらしい。鉄仮面が口にしたイボナマコというのはヴィヴィアナ湖に生息している淡水ナマコ。美味しくないので水産資源としての価値は無に等しいのだけど、釣りの仕掛けを絡ませたり、網を破ってしまったりするので、魔導院では無価値な厄介者の例えとして使われることが多い。

 とても教師が生徒に向けていい言葉とは思えない酷い罵倒であった。


「ど~せまた精霊様が教えてくれたんだ――なんだロリボーデ。放せっ」


 底辺ズのひとりが僕の代わりにタルトがやってくれたんだろうと言おうとしたけど、無言で近づいたロリボーデさんに捕まって窓から外に捨てられてしまう。下手にベリノーチ先生を刺激して、次の授業まで課題の提出を猶予してもらえなくなったら死活問題なので、クラスメートの誰ひとりとして止めようとはしない。


「あいつら、学習するってことを知らないのか……」


 お仕置きされても迂闊なところが治らない男ヘルネストが、自分のことを棚に上げて偉そうに呟いていた。一方、ベリノーチ先生は底辺ズのことなど目に入っていない様子で、僕の課題を手になにやら唸っている。


「魔術は間違いなく発動しますし、使うのがアーレイ君であれば問題はないのでしょうけど……」


 口汚い訓練教官を演じることも忘れて、基本的な技法しか使われていないので発動はするものの効率はよろしくない。魔力に困らない僕であれば充分実用にも耐えうるけれど、課題としての評価は低くならざるを得ないと教えてくれた。


「時間はまだありますし、専門課程で学ぶ技法に手を出してみる気はありませんか?」


 特待生だけに教えられる秘匿技術ではなく、図書室にある教本を参考にするだけでいい。術師課程で学ぶ技法を使って消費魔力を減らせれば、評価はずっと高くなる。工師課程で学ぶ積層型魔法陣を用いれば、魔導器をコンパクトにできてトップクラスの評価を受けられるそうだ。

 Aクラスでは専門課程で習う技法が用いられていることも珍しくないという。


 そんなことしてるの、【禁書王】だけかと思っていたよ……


 首席も次席も、まさか2年も先に学ぶことになる内容を自主学習して、そのことを秘密にしていたとはね。内容を教えてくれとは言わないけど、専門課程で学ぶ技法を使えば高い評価が得られるってことくらい教えてくれてもいいだろうに……


「やる気があるのなら、次の次の授業まで課題の評価を猶予してあげます」


 ずいぶんと気前の良い申し出に聞こえるけど、専門課程で学ぶ内容を独学で身に付けろということなのだから、一筋縄ではいかないことはわかりきっている。だけど、魔導器をコンパクトにできるという積層型魔法陣にはちょっと興味を引かれた。


 『タルトドリル』、『ヴィヴィアナロック』、『ヴィヴィアナピット』、『エアバースト』と僕の持っている魔導器はどれも片手に持って使うものばかり。僕の腕は2本しかないのだから、同時に使うのはふたつが限界だ。『アースバインド』の魔導器は、できれば装飾品のような形で身に着けられるものにしたい。


「その代わり、専門課程で学ぶ技法が使われていなければ未達成の評価としますが……」


 特別に猶予するのだから、それに見合った成果がなければ認めないということだろう。ハイリスクな賭けではある。でも、なにか期待しているようなベリノーチ先生の魔力をヒシヒシと感じた。この申し出はきっと、僕をAクラスに上げさせるためのものに違いない。


 『体力』や『武技』、『歴史』に『地理』といった科目と違って、『工作』は僕にとってハンデのない科目だ。自分に不利のない科目で少しでも高い評価を得ておかなければ、とうていAクラスには届かないと言いたいのか……


「先生の申し出を受けますよ。課題の評価は次々回の授業まで猶予してください」

「よく言ったっ。期限までせいぜいあがいてみせろゴブ野郎っ!」


 急に機嫌のよくなったベリノーチ先生は、僕の課題をクシャクシャに丸めてゴミ箱に捨ててしまうと、課題に取り組んでいるクラスメートたちをこれまた口汚い言葉で罵り始めた。


「先生までゴブリンを特別扱いす――うわ、なにをする。やめろっ」


 先生が僕ばかり贔屓していると言いかけた底辺ズのひとりが、再びロリボーデさんに窓の外に捨てられる。


「先生は伯爵に特別厳しいのっ。あたしにまで同じ課題を出されたら堪らないのっ」


 術師課程や工師課程の先輩たちが課題とするような魔法陣を独力で構築するなんて冗談ではない。余計なことを言われてとばっちりを受けるのは御免だと、心優しい【ジャイアント侯爵】が珍しくプンスカと怒っていた。


 そしてもうひとり。気にいらんと言わんばかりの目付きで僕を睨みつけてくる存在があった。

 タルトである。


「コケトリスのところに遊びに行く約束だったのです。下僕はわたくしを裏切ったのです」


 課題を終わらせてしまえば教室にいる必要はない。空いた時間でコケトリスたちに砂浴びをさせにいく予定だったのに、余計な課題をもらってくるとは何事だと僕のすねに3歳児キックを打ち込んでくる。


「代わりに図書室じゃダメかな?」

「本なんて枕の代わりにしか使えないのです」


 図書室の蔵書はかなり充実していると思うのだけど、3歳児の興味を引くようなものはひとつもなかった。魔術教本はこんなものかと鼻で笑われ、歴史書は出鱈目ばっかりだと放り投げられる。使役者すらも気付かなかった精霊本来の能力を知っていたタルトに精霊図鑑なんて読ませても、ご機嫌を損ねるだけなのは火を見るより明らかだ。


 料理本でも……ダメだな。食べさせろと言い出すに決まっている。


「下僕が勝手に引き受けたのですから、困ってもわたくしは知らないのです」


 3歳児はプイッとそっぽを向くと、教室の後ろにある使い魔たちがくつろぐスペースに行ってしまった。図書室には来ないで、ティコアやロリボーデさんのオオカミと遊んでいることに決めたようだ。


 お昼の時間になったら迎えに来るように言いつけられて、ひとりで図書室に行ってみると、授業中だというのに首席に次席、ドクロワルさんがすでにやってきていた。Aクラスは『調合』の授業なのだけど、課題である初級解毒薬はもう充分な品質のものが作れるので、最後にある課題評価の時間だけ出席すればいいそうだ。

 ドクロワルさんに至っては、課題を提出することなく最高評価が決定済みだという。


「なにそれ、ずるい……」

「パナシャに課題を提出されては……私たちの方が堪らない……」


 ドクロワルさんが本気で取り組んだ薬を評価できるのはプロセルピーネ先生だけ。そうなれば、自分たちの課題までプロセルピーネ基準で評価されることになると次席が言う。


「あの先生は要求水準が高すぎます。ほとんどの生徒が落第点をつけられますわよ」


 今のままなら高評価を得られるであろう自分の薬も、及第点すら怪しいくらいまで評価を下げられてしまう。せっかくリアリィ先生が特例を認めてくれたのだから、余計なことは口にするなと首席から釘を刺される。

 危ない、危ない。底辺ズと同じ轍を踏むところだった。


「それよりアーレイ君こそ授業はどうしたんですか?」

「それが、課題を見せたら専門課程の技法を使わないかってベリノーチ先生が……」


 工師課程で学ぶ積層型魔法陣が載っている教本を探しに来たのだと説明したところ、首席と次席がそろってハトが豆鉄砲を喰らったような顔になった。


「工師課程の技法に手を出すおつもりですの?」

「最終評価は完成した魔導器が対象……アーレイ、この意味がわかっていて……?」


 首席も次席も、【禁書王】だって積層型魔法陣には手を出していない。それは魔法陣を構築するのが難しいためではなく、実際に魔導器として仕上げるのが難しいからだという。


 多層構造を持つ魔法陣は、重ねた魔法陣相互の位置がちょこっとズレただけで簡単に機能しなくなる。多少の衝撃を加えても機能することが要求され、最終評価の時間に魔法が発動しなくなってしまったら落第決定で冬学期の補習にご招待。魔法陣の構築力だけでなく、魔導器自体の設計や工作精度が問われるので、術師課程の技法を用いたものより数段ハードルが高いのだと首席が教えてくれた。


「確かにアーレイがAクラスになるには……最高クラスの評価がいくつか必要……」


 『体力』や『武技』といった科目では最低評価が約束されている。座学の成績を全体的に底上げするよりも、別のなにかで帳消しにする方が手っ取り早いと次席は納得したようだ。


「そういうことですか。それにしても、ずいぶんと先生から期待されているみたいですわね」


 羨ましい話ですと首席が頬を綻ばせて笑う。積層型魔法陣を用いた魔導器を造り上げることができたなら、自分や【禁書王】を超える学年トップの評価だって夢ではない。簡単には負けませんからねと可愛らしく宣戦布告されてしまった。


「そうなれば、来年はまた一緒のクラスになれますね」


 ドクロワルさんが嬉しそうに声を上げる。ドクロお面のせいで表情は読めないけど、僕の妄想力をもってすれば夏の終わりに見た素顔の彼女が瞳をキラキラ輝かせながら微笑みかけてくれているように補正するのも難しくはない。

 彼女の喜ぶ姿を想像しただけで不思議とやる気が湧いてきた。今なら空だって飛べる気がする。


「モロリーヌちゃんと机を並べてお勉強できるなんて夢のようです」


 ……地面に潜りたくなった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。


「ソレガ、アーレイノシュクメイ……ノガレルコトナド……デキハシナイ……」


 頭に蜜の精霊を乗っけた発芽の精霊が、魔性レディのような台詞を口にした。






「許してくれぇぇぇ…………」


 お昼の時間近くになってCクラスの教室に戻ってみると、机に手足を縛りつけられたヘルネストがクラスメートたちにお尻を引っ叩かれていた。迂闊なことを口走ってベリノーチ先生の怒りを買ってしまい、再び課題の提出を猶予してもらえなくなったらしい。クラスメートの半数近くが未達成の評価にされてしまったという。


 もっとも最終評価と異なり、制作過程での未達成は落第ではなく減点だ。何度も繰り返さない限り落第点にまで落ち込むことはないと思うのだけど、クラスメートたちは妙に殺気立って罪人に恨みをぶつけている。


「なにもそこまで怒らなくっても……」

「聞いてよ伯爵っ。ウカツは自分だけこっそり課題を済ませていたのっ。あたしたちを陥れたのよっ」


 目に涙を浮かべたロリボーデさんが、こいつは奸計を用いて自分たちを未達成に追い込んだ裏切り者だとヘルネストを指し示した。先生の逆鱗に触れておきながら、自分は未達成を免れるなんて許せないとヘルネストのお尻を大きな手でつねり上げる。


「違うんだっ。わざとじゃないっ。わざとじゃないんだっ」


 なるほど、授業時間内に終わらせなければ未達成と言われて、ヘルネストは昨晩用意しておいた課題を提出したのだろう。完成している課題を隠しておいて、わざと先生を怒らせて猶予をいただけなくしたのだと疑われても仕方がない。


「助けてくれ。マイフレンド、モロニダス……」


 まったく仕方のない男だ。まぁ、悪気があったわけではなく、またいつもの迂闊を炸裂させただけだろう。次席にさんざんお仕置きされたというのに、まるで学習していない。


「ロリボーデさんが怒るのもわかるけど、ヘルネストにそんな知能あるはずないよ」

「言われてみればそうね」


 頭の中は猪だから、猿ほどの知恵も回らないと言ったらロリボーデさんは納得してくれた。他のクラスメートたちも憤慨やる方なしといった様子ではあるものの、自分の順位を上げるための策略だったという疑いは晴れたようだ。


「モロニダス。お前って奴は……」


 ヘルネストが涙を流しながらこちらを見ている。そんな、泣くほど感激するようなことでもないだろうに。困っている友人を助けるくらい僕だってするさ。


 とりあえず罪人が処刑されることはなくなったのでタルトの姿を探すと、騒がしい教室の中で使い魔たちとお昼寝の真っ最中だった。お昼近くになると、使い魔たちがくつろぐスペースに日が射し込むようになる。暖かくなったので眠くなってしまったのだろう。


「バナナがいっぱいなのです~。ここには幸せが溢れているのです~」


 どうやら3歳児はバナナの国にいるらしい。だらしなく顔をふやけさせたまま、幸せそうに寝言を漏らしている。無理に起こしたら、消えてしまったバナナを弁償しろと言い出しそうだ。

 目を覚ましてくれるのを待つしかないか……


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