80 首席の罠
空気の読めない男バグジードがま~た呼ばれてもいないお茶会に乱入してきやがった。お呼びじゃないって状況がわからんのかねコイツは……
「招かれてもいないのに、ノックもしないで扉を開く方が礼儀を口にされますの?」
「礼というものは下々の者が上位者に対して示すものだ。侯爵家の嫡子である僕が君たちのご機嫌取りなどできるはずないだろう」
嫡子でない君にはわからないだろうけどねなんて、偉そうに抜かしてやがる。コイツは「立場のある人間が軽々しく頭を下げるな」という言葉を変に勘違いしてないか?
相手の下手に出ることと礼を欠くことはまったく意味が異なる。上位者なら上位者なりの礼の示し方というものがあるだろう。「ありがとう」と口にできない立場なら、「大儀であった」と言えばいいのだ。
「嫡子ってそんな大層なもんなの?」
「しょせん候補者の第一位……実権のない肩書でしかないわ……」
カリューア伯爵家の嫡子である次席に尋ねてみたところ、領主の一存でどうとでもなる肩書。不慮の事態に備えてとりあえず決めてはおくものの、後から差し替えられることも珍しくないという答えが返ってきた。
「シャチョナルド侯爵家はずいぶんと変わった教育をなされていますのね」
「生まれついての上位者に他人にかしずくための教育など必要ない。君とは違うんだよ、ゾルディエッタ」
首席の「ずいぶんと変わった教育」とは「嫡子らしからぬ教育」という言葉を言い換えた皮肉だと思うのだけど、バグジードは華麗にスルーした。気付いていてそんな教育など自分には必要ないと豪語したのか、首席の意図にまったく気が付いていないのかは謎である。
「こんなさして価値のない魔獣を見せびらかす茶会なんて開くくらいなら、王女殿下を招いて僕を紹介する方が先なんじゃないか?」
は? コイツ、今なんつった? 王女殿下?
もしかしてアキマヘン嬢のことを言ってるのか。彼女は王女でも殿下と呼ばれる立場でもないぞ。
アーカン王国の王位には国内に3人いる公爵の内のひとりが就く。盟約によりヴィヴィアナ様のお力を借りられるのは、建国王の正統である公爵家だけだからだ。だけど、今の王様の出身であるアキマヘン公爵家と王家はイコールではない。
この国にも王太子、王子、王女と呼ばれる方々はいるけど、それは生まれでなるものではなく、国王から任命されてなる公職のようなもの。王様の実子であろうとも、任命されていなければ王女殿下とは呼ばれない。
アキマヘン嬢は公爵令嬢であって、決して王女様ではないのだ。
「あなた……自分の言っていることの意味を正しく理解していますの?」
首席が声を落として警戒するような目つきになっている。
「あのバカ……」
「やめなさいサクラノーメ……ここは首席に任せるのよ……」
バカを叩き出してやろうと席を立ったムジヒダネさんを次席が制止した。クイッと顎をしゃくってあちらを見ろと示したのは、首席の後ろに控えているモチカさんだ。彼女に何が……
あ……モチカさん動こうとしていない。前回、バグジードが乱入をやらかした時には口出ししようとして首席に止められていたのに、今回は完全に首席に任せて成り行きを見守っている。魔性レディも教員という立場でふたりの会話に割って入ろうとせず、見ているだけ……いや、口元が少し吊り上っているぞ。
つまり、これは首席のシナリオの内なのだ。それを知っているからふたりとも口を出そうとしない。魔性レディはむしろ展開を楽しんでやがる。
「ゴブリンの捕まえてきた魔獣がそれほど大事かい。君はプライオリティを置くものを間違っているよ」
お前はこんなことするよりも勉強にプライオリティを置いた方がいいと思うけどな……
「学年がひとつ下とはいえ、Aクラスの公爵令嬢に紹介するにはそれに相応しい方でないと……」
いくら飼育サークルで指導に当たっている先輩とはいえ、紹介する人物は選ばなければ自分の立場が悪くなってしまうと首席が弁解する。
「僕が相応しくないとでも? Cクラスのゴブリンより遥かに相応しいだろう」
「そうですわね。学年31位のあなたと、36位のアーレイ君を一緒にはできませんわよね」
「なっ……!」
31位? バグジード31位なの?
どうやら2週間授業を受けられないまま試験に突入したことが相当効いていたようだ。Bクラス並の順位にまで成績を落としていた。
「どこでそれを……教員が漏らしたのか?」
「他の生徒たちの順位が知れれば、おのずとわかることですわ。隠すだけ無駄ですわよ」
プププッ……バグジードの奴、順位を隠してAクラス面してやがったのか。しかも、暴露してやろうと待ち構えていた首席のところに押し入ってくるなんて、もはやピエロだな。
「なによ……ゴブリンと変わらないじゃない……」
「それで公爵家の息女に自分を紹介しろだなんて……」
「厚かましいわね。恥ずかしくないのかしら……」
あっという間に茶会室は嘲笑の渦に包まれる。侯爵家の嫡子という肩書も、それに見合うだけの実力がないと思われてしまえば滑稽なだけだった。
「東部派なら飼育サークルにはシュセンドゥ先輩がいたわよね……」
「公爵令嬢と王女殿下の区別もつかないバカよ。紹介できるわけないわ……」
「派閥からは嫡子と思われてないんじゃない。だから相手にされないのよ……」
どうもバグジードはAクラスでも鼻つまみ者だったようだ。女の子たちは、こんなのを東部派のナンバー2に据えれば他の領主たちが黙っていない。派閥から離脱する領すら出てくる。シャチョナルド侯爵家は教育を放棄した。嫡子というのも自称にすぎないと、これまでのうっ憤を晴らすかのように【僭称嫡子】、【廃嫡カウントダウン】のレッテルを貼りつけた。
「きさまら……。せいぜい後悔するがいいさ。先を見る目のなかった自分の愚かさをね……」
Aクラスの女子たちに笑いものにされたバグジードは、わざわざ全員に聞こえるような大声で芝居がかった捨て台詞を残し茶会室を後にする。ヤレヤレ仕方ないといった大袈裟なジェスチャーも忘れていない。
「ププッ……なにあれ。お芝居の舞台と勘違いしてるのかしら……」
「動揺を悟られまいと必死なのよ。小物だから……」
「君とは違うんだよって、劣っている方が口にする台詞じゃないわよね……」
偉そうな態度を取るなら、せめて次の成績発表を待ってAクラス並の順位に戻してからだろう。その程度のタイミングすら計れないのに、領主なんて務まるものかと女子たちは手厳しい。
「アーレイに空き巣したバカを使って……今日のことを彼に知らせるよう頼まれた……何か企んでいるとは思っていたけど……」
なんと、首席はわざわざ次席に依頼して、バグジードに「魔獣のお披露目とアーレイ君に感謝するお茶会」が開かれると偽情報を流したらしい。魔獣たちを拾ってきたのはタルトなのだけど、そこはポイしてひたすら僕が持ち上げられる点を強調して伝えろという指示だったそうだ。
そうすれば、居ても立ってもいられずに乗り込んでくるからと……
「僕が持ち上げられて、なんでアイツが困るの?」
「アーレイは自分の立場を理解していない……飼育サークルのコアメンバーで……アキマヘン家の娘から直接お願いされたのでしょう……」
飼育サークルには派閥の中心に近い有力な家の子供が集まっている。それは偶然ではなく、魔獣を騎獣として子供に与えられるのは、それだけの余裕がある家だけだからだ。飼育サークルで自分の魔獣を持っているグループが、僕を除けば学年トップクラスばかりなのもそのせいだと次席が言う。
「ヒッポグリフ1頭がいくらすると思って……子供においそれと与えられるものじゃないわ……」
領主の娘であるムジヒダネさんはおろか、嫡子である次席にだって与えられていない。子供に与えるくらいなら騎士に使わせるという家がほとんどなのだそうだ。イリーガルピッチを連れてきてしまったばっかりに、僕はそういった人たちとお近づきになり、アキマヘン嬢からイナホリプルの訓練をお願いされた。
まったく気にしたことがなかったけど、僕と同学年でアキマヘン嬢と言葉を交わせる生徒はごく僅か。直接、なにかをお願いされたのは僕だけだという。
「権威を欲しがるあの男は……未だに知己すら得られていない……焦るのは当然……」
侯爵家の嫡子というだけで大きな顔をしているのだから、自分以外の誰かが公爵令嬢という後ろ盾を手に入れることに我慢できるはずがない。それが無所属のゴブリンであればなおさらのこと。だから、僕がワッショイされまくるという情報なんかで釣り上げられるのだと、次席は意地悪そうに笑っていた。
バグジード去りし後のお茶会は和やかに終了し、僕は首席から用があるので残るように言われる。シルヒメさんが柿を剥いてくれたので、タルトも文句を言わずに蜜の精霊と一緒にモシャモシャしていた。食いしん坊だから、何か食べさせておけばご機嫌というのが知れ渡ってきたようだ。
茶会室に残ったのが僕たちだけになったところで扉が締め切られ、僕からアキマヘン嬢に警告しておくようにと首席から話が切り出された。
「彼女とふたりだけで話ができるのはアーレイ君だけです。王女殿下などと呼ばれて、迂闊に返答しないように伝えてください」
自分が指導している時には、常に取り巻きたちに加えてアキマヘン嬢の侍女が近くにいる。ふたりだけでこっそり話ができるのは、イナホリプルを訓練している時だけだ。彼女の侍女はお目付け役であり家庭教師であり、そして監視役でもある。あの侍女に気取られることなく伝えるようにと首席は言う。
アーカン王国の王位継承順位は王太子を第1位とし、王子、王女が任命された順に続き、その後が他のふたりの公爵。それ以降は公爵家の継承順位による。王女殿下と公爵令嬢では継承順位がまったく異なるのだ。
バグジードがアキマヘン嬢を王女殿下などと呼べば、それはシャチョナルド侯爵家に彼女が王女に任命されるよう後押しして、王位争奪レースに参加させる用意があるという意味だと受け取られかねない。王女殿下と呼びかけられて反射的に振り向いただけでも、アキマヘン嬢に王位への野心ありと疑われ、その情報は王様の知るところとなるだろう。
「彼は自分の発言が他者にどう受け取られるかなど考えてもいません。彼女を王女にしようという気などありはしないでしょう。頼みましたわよ」
「了解……訓練中にこっそり伝えておくよ」
バカのせいで余計な仕事を押し付けられてしまった。なんてはた迷惑な野郎だ。よくもまあ今までAクラスの成績を維持できたもんだと感心するよ。
「もう、おやすみの時間は過ぎているのです。ウカツ男にメガネ男はさっさと自分の部屋に戻るのです」
「待ってくれ。もう少しなんだチミッ子」
「ヘルネストが課題を終わらせたら俺も引き上げるさ」
明日に再び『工作』の授業を控えた夜。ヘルネストと【禁書王】が僕の部屋を訪ねてきた。明日は構築した術式で魔法陣を設計するのが課題。先生から合格がもらえれば、その次の授業で製図台を用いて魔法陣を描くことになる。
ムジヒダネさんのお仕置きが効いているらしく、ヘルネストが事前に課題を済ませておきたいから手伝ってくれとやってきたのだ。
Aクラスの【禁書王】は『ヴィヴィアナピット』を参考にしたオリジナルの秘匿術式を組み上げたらしく、こちらもタルトに確認してもらっていた。底なし沼に相手を落とした後、水を抜いて地面を固め拘束する術式だそうだ。
一度に複数展開することはできず、底なし沼の形成も『ヴィヴィアナピット』ほど素早くないとタルトから指摘されてしまい、そこは今後の課題だという。
「できることなら、あの水の枷の術式を再現したかったんだが……」
本当は『ヴィヴィアナロック』のような術式にしたかったと【禁書王】が呟く。夏学期の課題として、首席と共同で『ヴィヴィアナロック』が再現できるか研究し尽したそうだ。少なくとも専門課程の一般生徒が閲覧できる範囲では再現不能という結論に至ったという。
術式の一部を実現不能で残したまま完成させる魔術というのは例がないらしい。タルトは何も教えてくれず、それが術式の問題なのか、ヴィヴィアナ様だから可能なのかもわからないと悔しがっていた。
「これでどうだチミッ子?」
「間違ってはいませんが、ずいぶんと無駄が多いのです」
ようやく魔法陣の設計を終えたヘルネストが3歳児にダメ出しされていた。教養課程の教本にある技法を駆使するだけで消費魔力を2割は減らせる。専門課程で習う技法まで使えば半分にできるそうだ。図書室で教本を流し読みしただけなのに、タルトは人族の知識でどこまでできるかを正確に把握していた。
「終わったのならば出ていくのです。わたくしの眠りを妨げることは許さないのです」
「頼むっ。待ってくれチミッ子っ」
魔導院の生徒の中では魔力に乏しいヘルネストにとって、必要な魔力を2割減らせるというのは無視できない言葉だったのだろうけど、タルトはさっさと出て行けとふたりを追い出してしまった。ペシペシとベッドを叩いて早く来いと催促してくる。
ヘルネストはまだタルトの扱い方を知らないな。食べ物を捧げておけば、食べ終わるまでは相手をしてくれただろうに……




