79 小動物を愛でるお茶会
9月も終わりに近くなったころ、首席からお茶会へのお招きがあった。珍しいというか、タルトと契約した日にはその場でお招きされたけど、事前に招待状を受け取ったのは初めてだ。
飼育サークルでは普通に接しているけど、教室にいる間の首席は高貴なお嬢様という態度を取り繕っているし、他の生徒たちに幾重にも取り巻かれている。Cクラスの落ちこぼれが容易に近づける相手ではないので、教室の中ではロクに言葉を交わすこともない。
例外はお仕置きされる時だけ。そのため、同級生たちの多くは僕のことを首席を怒らせる不埒者ゴブリンと認識していた。
「お茶会にご招待なんて、何着て行けばいいんだろ……」
ヨレヨレになった制服姿で女の子のお茶会に連行されたことはあっても、こんな風にご招待されたことなど一度もないのだ。そもそもパーティーに参加するための服なんて用意していない。制服は学生の礼装だと思っていたのに、女の子たちがひとり残らずドレスなせいで前回はむっちゃ浮きまくっていた。
「――――」
「お願いですから、それは勘弁してください」
首席から頂いたモロリーヌの夜会服をシルヒメさんが押し入れから出してくれる。それはダメだ。モロリーヌはあくまでも必要に迫られての変装であって、断じて僕に女装趣味があるわけではない。正体を隠す必要がないお茶会にモロリーヌとして出席すれば、僕は名実ともに女装趣味の変態ゴブリンに堕ちてしまう。
困ったことに、身体の小さい僕は他人から衣装を借りることができない。僕に合うサイズの服を持っているのはプロセルピーネ先生と発芽の精霊だけだから、必然的にモロリーヌの出番となってしまうのだ。シルヒメさんはいつものメイド服でいいし、タルトは以前仕立てたペンギンさん子供ドレスがあるけど、僕の着て行く服だけがなかった。
お茶会は明後日だ。服を仕立てている時間もなければお金もない。
「――――」
「装飾品で誤魔化せばいいと言っているのです」
デキるメイド精霊シルヒメさんの提案により、半袖のシャツに制服のズボンといういつもの格好に、ネクタイを締めて比礼という首に引っ掛ける布を垂らし護り刀を腰につけることにした。ネクタイは既製品を買ってくればいいし、比礼は材料の布さえあればシルヒメさんが縫ってくれるそうだ。
「非才の身に余るご招待をいただきましたこと、恐悦至極に存じまする」
「アーレイ君。その挨拶は大袈裟過ぎます。勉強が足りていないようですわね」
タルトとシルヒメさんにティコアを連れて茶会室に入り、首席にお招きいただいたお礼を述べたところ、返ってきたのは僕の勉強不足を指摘するひと言だった。そんな堅苦しい挨拶は王様や領主様に招かれた時のために取っておけと呆れられてしまう。
今日はカワウソの赤ちゃんが人を恐れなくなったのでお披露目のお茶会だそうだ。グリフォンの雛を連れた魔性レディにミミズクの雛を抱えた【皇帝】。オオカミを従えたロリボーデさんにアンドレーアも招待されている。ロリボーデさんはペット部門からクジャクの雛も連れてきていた。
他には次席を始めとするAクラスの女の子たち。小動物を愛でるのが目的なので、自慢のペットや使い魔を連れてきている子の姿もちらほら見える。みんなドレスを着ておめかししているから、装飾品で誤魔化しているとはいえ僕はちょっと浮き気味だ。
「カワウソにグリフォンまであんたが捕まえたの?」
首席の主催したお茶会なので今日はアンドレーアもおとなしい。オオカミだけではなかったのかと小声で僕に尋ねてきた。
「僕じゃなくってタルトだよ。次々と拾ってきちゃうんだ」
「オムツの精霊だから、赤ちゃんを見つけるのが得意なんじゃない」
ロリボーデさんが話に加わってきてオムツの精霊だからではないかと持論を展開する。すっかりオムツの精霊ってことで定着してしまったため、アンドレーアもタルトをオムツの精霊だと信じて疑わない。
「グリフォンはどうして先生に?」
オスのグリフォンを取引材料にすれば、どこの派閥にだって口利きをしてくれる先輩は見つかるだろうにとアンドレーアは首を傾げた。教員は中立の立場であれというのが魔導院の方針なので、ムジヒダネ家に仕官したいのならともかく、魔性レディに贈り物をしても西部派に口利きはしてもらえない。
「生徒に譲るとバイヤーが来てしつこく交渉を迫るから、成人した士族に贈るようにってリアリィ先生がね」
「きっとシャチョナルドを10倍偉そうにした士族が渡せって言ってくるよ」
「そりゃ、譲られた方も困るわね……」
バグジードより10倍偉そうと聞かされたアンドレーアが心底嫌そうな顔をして納得する。そんな話をしている内に、オオカミに興味を惹かれた女の子たちがやってきた。
「エリマキオオカミって本当なの?」
「プロセルピーネ先生が確認したよ」
「それなら間違いなさそうね……」
これが人喰い狼と恐れられている魔獣なのかと、女の子たちは興味津々といった様子でオオカミのお腹をモフっている。茶会室に目を向ければ、ミミズクとクジャクのところに集まっている鳥派、グリフォンとティコアのところにはキメラ派、カワウソを囲んでいるイタチ派にオオカミをモフる犬派に分かれているようだ。
「いいなぁ……かわいいなぁ……タルちゃんが精霊の赤ちゃんを拾ってきてくんないかなぁ……」
「新たに生じた精霊なんてクソビッチの手には追えないのです」
魔導院に帰還して再びビッチに戻ってしまったクセーラさんが、ティコアの肉球をプニプニしながら精霊の赤ちゃんなどと口にした。即座にタルトから世迷言を抜かすなとツッコミが入る。生まれたばかりの精霊というのは、地上の生き物の在り方や意思を理解できず、ただ闇雲に力を振るうだけの存在らしい。
「先生のグリフォンはもうこんなことを覚えたのですか?」
隣では魔性レディのグリフォンが積み木の上に立ったり飛び越えたりといった芸を見せてドクロワルさんを驚かせていた。
「甘やかすだけじゃいけないのよ。身体を動かすことを覚えさせてあげないと……」
グリフォンを育てた経験のある魔性レディは、エサを与えて甘やかすだけでは親の代わりとは言えないと、獲物を捕らえるための動きを学ばせているのだそうだ。なかなかの教育ママっぷりである。
「アーレイ君のおかげでヌトリエッタを取られてしまいましたわ」
バスケットの中で小さなボールを追いかけてはしゃぎまわるカワウソを眺めていたところ、蜜の精霊が自分の相手をしてくれなくなったと首席が恨みがましい視線を向けてきた。すっかりカワウソが気に入ったらしい蜜の精霊は、夜寝る時も寝床にしているバスケットの中でカワウソを抱っこして離れないのだそうだ。精霊が一緒におやすみしてくれなくなったと首席は両手を腰に当ててプンプンと頬を膨らませている。
「これを全部、アーレイが捕まえたんですの?」
「アーレイ君というより、あちらの精霊さんのようですけど……」
近くにいたAクラスの女子に尋ねられた首席がタルトを指差す。グルリとタルトの拾ってきた魔獣たちに視線を巡らした女子は最後に僕に視線を向けると、「どこかの派閥に擦り寄っているわけではなさそうね」と呟いて今度はオオカミをモフりに行った。
「どゆこと?」
「カワウソは北部派に、ミミズクは西部派に、オオカミたちは東部派に、一番貴重なグリフォンは先生に贈られたと知れば、アーレイ君が派閥に入ろうとしているのではないと気付くでしょう」
僕が全方位外交を展開しているところを見せつけて、派閥に招いてもらうために贈り物をしているという誤解を払拭する。それがこのお茶会を催した目的のひとつだと首席がフフンと鼻を鳴らした。放っておけば消えていく噂だと思っていたけど、鎮静化する様子がないので手を打つことにしたのだという。
都合の良いことに、使い魔として価値の高い生き物を贈られている人ほど派閥内における発言力は低い。派閥に招かれることが目的であればあり得ないチョイスだそうだ。
「じゃあ、僕のために?」
「もちろん、かわいいかわいいカソリエッタを自慢するためでもありますわよ」
カワウソなのでカソリエッタと名付けたらしい。首席は僕を残してケナガイタチを連れている女の子とお喋りを始めた。「やんちゃで全然じっとしてない」とか「目が離せなくて困っちゃう」とか、なんだかママ友みたいな会話を楽しんでいる。
さて、僕はこの突き刺さるような殺気を叩きつけてくる人の相手をしにいくか……
お茶会が始まってからずっと、僕への殺意を隠そうともしない人がひとりだけいた。ミミズクを抱えている【皇帝】とクジャクと遊んでいる次席の隣にいる人物。【ヴァイオレンス公爵】ことムジヒダネさんである。
「そんなに僕を睨まれても困るよ……」
怒っている理由はわかっている。次席から飛行魔獣を欲しがっていると聞かされていたにもかかわらず、ムジヒダネさんに伝えることなく魔性レディにグリフォンを譲ってしまったからだ。
「別に睨んでなんかいない……」
ブスッとした表情のまま僕の言葉を否定する。いや、どうみても目を三角にして怒ってますよ……
「アーレイが私を仲間外れにしようとしてることだって気にならない。女の子に見境なく贈り物をするのに、婚約者のいる相手にはいっさい贈り物をしないところは褒められるべき……」
褒められるべきと口にしながらも、背後には「ゴゴゴ……」という効果音が聞こえてきそうな殺気を纏っていらっしゃる。いや、仲間外れにするつもりはこれっぽっちもないのだけど……
ムジヒダネさんが言っているのは、山狩りからこっちジラント革の装備品に魔力結晶に魔獣たちと僕が贈り物をバラ撒いているにもかかわらず、自分には何もないということだろう。ヘルネストでさえ山狩りではサクラヒメの角代として小金貨をもらったし、看護士講座の後ではリコリウスの使っていた魔導軽装甲をちゃっかり手に入れている。
僕も気にはなっていたのだけど、なぜだか彼女に贈るのにいい物が手元に残らない。
「仲間外れって……そんなつもりは……」
「気にする必要はない。他人の釣った魚にエサをやるバカはいない……」
その言葉とは裏腹に、頬をカエルみたいにブクーっと膨らませて自分が不機嫌であることを伝えてくる。
「そんなに睨んだらアーレイがかわいそうだよ。リアリィ先生の意見には一理ある。あの雛、ナマケグリフォンじゃないんだろう?」
「コウテイグリフォンらしいけど……」
ナマケグリフォンというのは使い魔として一般的なグリフォン種。通常、グリフォンといったらナマケグリフォンのことを指す。自身は積極的に狩りを行わず、他の動物の狩った獲物を横取りする性質を持っていて、餌付けすれば成獣でも使い魔にしやすい。
一方、コウテイグリフォンはグリフォン種の中でも大型で力が強く獰猛と名高く、成獣になってからでは人族と契約なんてしてくれない。まだ力も弱く、他の生き物の庇護を必要とする幼獣のコウテイグリフォン。しかもオスと聞けば、貴族や彼らに取り入ろうとする士族たちに狙われるのは目に見えていた。
「諦めなさい……バイヤーたちに群がられては……学業に差し障るわよ……」
次席に学生の本分を忘れるなと指摘され、ムジヒダネさんは矛を収めてくれたようだ。ぐぬぬ……と悔しそうに僕を睨みつけながらも殺気を放つことはしなくなった。
ムジヒダネさんにも何某かのお礼をしたいとは思っている。どこの派閥にも所属しておらず、親しいと呼べる友人も少なかった僕にとって、【ヴァイオレンス公爵】とCクラスの暴れん坊の近くは安全地帯だった。コバンザメみたいに脳筋ズを盾として利用していたことは否定できない。
ハラハラさせられることも少なくなかったけど、ふたりの時間を邪魔する僕を追い出さずにいてくれたことには感謝しているのだ。
「一気に新調できた分……これまでダマしダマし使っていた農具に余剰が出来たわ……」
「それって……」
「クセーラには秘密にしているけど……鋼の材料はまだ残っているのよ……」
ひと通りの農具は揃えることができたから、武器や防具に回してもいい鋼があると次席が微笑む。ただし、農具にするのではないのだから、次席から園芸サークルの先輩に加工をお願いすることはしない。加工してくれる人を自分で探してくるのなら、鋼をインゴットにするところまではこちらでやると次席が請け負った。
次席だけでは農具を溶かしきれないから、「こちら」には当然僕も含まれているのだろう。全然かまわない。それでムジヒダネさんが満足してくれるのなら、鋼を溶かすくらいお安い御用だ。
何を造るのか決まったら知らせなさいと次席が口にしたところで、前触れもなく茶会室の扉が外から開かれた。
「ゾルディエッタ。僕を招待しないなんて、君は礼儀というものを学ぶべきじゃないか?」
またお前かバグジード……




