78 ロミーオの想い
僕の前に罪人が引っ立てられてきた。上半身を裸に剥かれ、両腕を背中に渡した竹竿に縛り付けられて首に縄をかけられている。これから執行されるであろう刑罰を前に、その瞳には涙が浮かび美少女のような顔は色を失い恐怖にわなないていた。
試合が終わってからも僕に執拗な追撃を加えたクダシーナ君を、彼の幼馴染みは許してくれなかったのだ。今日の授業が終わった途端、Aクラスの南部派女子たちがCクラスの教室に押し入ってきてクダシーナ君に縄をかけた。その後ろには首席もいる。
「ジュリエット。覚悟はできてるわね?」
「ロミーオ様。どうして……」
クダシーナ君の幼馴染みはロミーオさんといい、クレネーダー子爵家のお嬢様らしい。サンダース先輩と同じ学年にお兄さんがいるため嫡子ではないという。
「いつもは他人の顔色をうかがってばかりなのに、自分より弱い相手には八つ当たり同然の暴行を加えるなんてっ」
「うああっ!」
お前みたいなクズには矯正が必要だと、ロミーオさんが竹竿でクダシーナ君の背中をしたたかに引っ叩いた。
「ごめんなさいっ。やめてっ。許してっ……」
「叩かれたくらいで謝るようなら最初からやるんじゃないわよっ」
やったからには自分は正しかったのだと、最後まで意地を通してみせろとロミーオさんが容赦のない打擲を繰り返す。見ていて気分のいいものではないのだけど、一番つらい思いをしているのは折檻を加えている彼女自身だと僕のロゥリング感覚が伝えてくる。
どういう事情があるのか知らないけど、ロミーオさんが涙を堪えながらやりたくもない役を演じ続ける以上、下手に僕が止めに入っては彼女の思惑を台無しにしてしまうだろう。
「あああっ。許してっ。許してぇぇぇ――――!」
とうとうロミーオさんはクダシーナ君を仰向けにひっくり返すと、左右の太ももをバッシンバッシンと引っ叩き始めた。絶叫を上げながらクダシーナ君が身をよじって逃げようとするものの、両足首を押さえつけているドクロワルさんがそれを許さない。
Cクラスの生徒たちは、これがAクラスのやり方かと教室の隅に固まってガタガタ震えていた。無理もない。後ろ暗い理由ではなく、こうすべきだと確信してやっている分、Bクラスの嫌がらせとは比較にならない苛烈さなのだ。
「だってっ、だってっ。シャチョナルド君がっ」
「おやめなさい……シャチョナルド君がどうしたと言うのです?」
許しを求めて泣き叫んでいたクダシーナ君がバグジードの名を口にしたところで、後ろから眺めていた首席が制止した。ロミーオさんから受け取った竹竿をクダシーナ君の首筋にピタピタと当てながら、何を言われたのか全部話せと命令する。
どうやらお兄さんが亡くなったと聞いて沈んでいたクダシーナ君に、魔獣を拾ってきたことを火事場泥棒のように言ったり、それを首席たちに贈っていい気になっていると焚きつけるようなことを言ったのはバグジードであるらしい。クダシーナ君は犠牲者もいるのだからあまり調子に乗るなと僕を少し懲らしめるつもりだったところ、亡くなったお兄さんを盗賊呼ばわりされて頭に血が上ってしまったそうだ。
「あんたみたいなクズが人様に懲罰を与えようだなんて、世間ではそれを思い上がりって言うのよ……」
犠牲者は上流階級である騎士よりも、ドラゴンと戦う力などない領軍兵士の方が圧倒的に多い。不甲斐ない騎士たちがグズグズしていたからだと文句を言うわけにもいかず、泣き寝入りするしかない遺族がたくさんいるのに、騎士の家族であるお前が周囲に当たるのかとロミーオさんがクダシーナ君の顔を踏みつける。
「遺族たちの代弁者を気取るなら、アーレイではなく騎士団に文句言いなさいよ」
「そんなこと……」
「できないでしょう。だからあんたはクズなんだって、自分で気付かないの?」
嘲りを含んだ冷たい声でクダシーナ君をクズ認定したロミーオさんは、自分より弱い相手だから懲らしめてやろうなんて考えたのだろう。ハゲマッソーには次席やヘルネストだっていたのに、僕を標的に選んだ理由を言ってみろと容赦がない。
最終的にクダシーナ君が号泣を始めてしまい、これ以上は会話にならないと判断した首席が魔性レディの詰めている保健室へ連れていくようにと命じた。
「治療室でなくて大丈夫なの?」
「怪我の方は腫れと擦り傷でしかありませんから心配いりませんよ」
もの凄く痛いけど重傷を負わせるような叩き方はしていないから、外傷の手当だけで済むとドクロワルさんが教えてくれる。軟膏で充分。初級再生薬を使う必要もない軽傷だそうだ。
「アーレイ君には事情を知っておいてもらった方が良さそうですわね。私のコテージに来て下さるかしら?」
尋ねるような口調だけど、断るなどという選択肢は用意されていない。お昼ご飯は首席のコテージでいただくことになり、首席のお招きを受ければご馳走にありつけると学習済みの3歳児は大喜びでついてくる。
「早い話が、クレネーダー家で跡目争いが始まりそうですの」
食事を摂りながら首席が話してくれたところによると、今年卒業するロミーオさんのお兄さんは嫡子の立場に胡坐をかいているような人らしい。成績の方はお世辞にも良いとは言えないものの、最上級生で嫡子ということもあって派閥内での発言力は強く、ロミーオさんは頭を押さえつけられた状態でいる。
ただ、卒業してしまえば彼女が頭角を現すことになるだろう。
跡目争いが本格化した時に、クダシーナ君をそばに置いておけるのか。それが彼女の悩みの種なのだそうだ。
「簡単に相手の口車に乗せられ、脅しには逆らえず、少し痛めつければ口を割る。信頼できる配下とは言えませんわね」
あれでは彼女の足を引っ張るだけだ。それならばいっそのこと、派閥から放り出してしまった方が相手に利用されずに済む。そばに置いておけないならば、手の届かないところまで遠ざけてしまった方が良いのだ。中途半端なところにいられては相手につけ込む隙を与え、そうなれば彼女はクダシーナ君を切り捨てるしかなくなるだろうと首席は言う。
「それであんなことを?」
「春の時点では、奮起してAクラスになれるようならばと期待もしていたのでしょうけど……」
ロミーオさんは僕を見習ってBクラスの奴らに啖呵のひとつも切ってみせろと発破をかけたつもりだったのに、彼女の思惑に反して僕を敵視するようになってしまった。察しが悪いにも程があると首席がため息を吐く。
「僕が何を言っても通じそうにないね……」
「アーレイ君にこの話をしたのは、ロミーオさんの考えを知っておいて欲しかったからですわ。彼を気にかける必要はございません」
首席はむしろ、下手にクダシーナ君を助けようとするなと言いたいらしい。黙っていると魔性レディの時みたいに余計な嘴を突っ込むから、釘を刺しておくために僕を招いたそうだ。
「これは試験ですの。他人の手を借りて合格しても、それは彼のためになりませんわよ」
「なるほど……まぁ、僕も彼のためにAクラス入りを諦めるつもりはないからね。クダシーナ君に譲る椅子はないよ」
僕はドクロワルさんに追いつくと決めた。これから先も彼女と一緒にいるために……
たとえ女の子と仲良くなりたいという下心であろうとも、今のままがいいと何もしないことを選んだ奴に譲れるほど安っぽい決意ではないのだ。首席は僕の答えに満足してくれたようで、ニッコリと微笑んでひとつ頷くと席を立って精霊たちのところに行った。
「下僕も一緒に食べるのです。このイチジクを分けてあげるのですよ」
焼き菓子に大粒のブドウにイチジクをムシャっている精霊たちのところに行くと、上機嫌な3歳児が大きなイチジクの実を渡してくれた。カワウソとティコアは仲良く並んで魚のすり身をモグモグしている。
タルトからもらったイチジクをふたつに割り皮を剥いで食べてみると、ほどよく熟した瑞々しい甘さが口いっぱいに広がる。こりゃ美味いとムグムグしていると、物欲しそうに人差し指を咥えている3歳児と目が合った。
なんだ……もしかして自分が食べたかったのか?
「ほら、美味しいからタルトも食べて見なよ」
イチジクの残りの半分を差し出すとタルトは口をあんぐりと開ける。あ~んの構えで待っている3歳児の口に皮を剥いたイチジクを突っ込んでやると、両手でほっぺたを押さえながらムシャムシャと美味しそうに食べ始めた。
「下僕にはわたくしがこのブドウを食べさせてあげるのです」
剥いたブドウをタルトの手からパクリと食べさせてもらう。僕の記憶にあるブドウよりも果汁が多くてジューシーだ。もの凄い高級ブドウではなかろうか。こんなものを頂いていいのだろうかと首席に目を移すと、そこには何とも言えない生暖かい表情があった。
「クセーラさんが喚きたくなるのも当然ですわね……」
なんだろう。なにか変なことをしてしまったろうか?
精霊たちも食事を終えたので、首席と連れ立って飼育サークルへと向かう。たまり場になっている休憩所では、サンダース先輩がこれ以上ないほどのドヤ顔でくっつく精霊を櫛で梳かしていた。スッポンドレイクという亀みたいな亜竜から採れた、ベッコウのような素材で作った櫛だそうだ。
隣ではクゲナンデス先輩が自分にもやらせてくれとおねだりしていたけど、ちゃんとタルトの忠告を聞き入れて櫛を渡すことはしていない。
「まったく、何もかも遅すぎるのよね~」
コケトリスたちに砂浴びさせていたところ、夏の遠征実習でガラガラの魔導器を売り捌き、大金貨4枚以上の儲けを出したというシュセンドゥ先輩がもう手遅れだと話しかけてきた。
サンダース伯爵家の嫡子にマロナンデス侯爵家の分家の娘。それも術師課程の特待生になるような優秀な娘を輿入れさせるという話になれば、まず貴族同士の話し合いにより大筋で合意を得てから領の間で細かい条件交渉が進められることになる。互いに領の利益がかかっているので時間もかかるし、本人たちの意思など考慮されない。
秋学期の終わりに卒業が決まった生徒は、冬学期の間に王都で開かれる卒業生のお披露目パーティーに参加できる。サンダース先輩はそこにクゲナンデス先輩をパートナーにして出席したいのだろうけど、シュセンドゥ先輩に言わせればもはや状況は絶望的だそうだ。
クゲナンデス先輩にしてみれば、自分は売約済みだと宣言するに等しいのだから、交渉が整わない内に了承することなどあり得ないという。
「絶望的ですか?」
「まぁ、お披露目パーティーが開かれている間にふたりの婚姻について交渉を進めましょうって合意を得るのがせいぜいでしょうね。あとは領の事情次第かな」
教養課程であった昨年までならともかく、術師課程の特待生となった今、クゲナンデス先輩は公爵家や侯爵家との交渉にだって使える。箔が付いてしまったのだ。もう伯爵家の側から婚姻を求めれば足元を見られるだけ。
つまり、「遅すぎる」ということらしい。
「だ~か~ら~、手遅れにならない内に手を打っておかなきゃいけないのよ」
さぁ、お昼寝にしましょうとシュセンドゥ先輩がタルトをヒョイと抱き上げる。いつもの座敷部屋で靴下を脱がせブタさんフードを被せてやると、3歳児は左腕にティコアの首を、右腕に僕の右腕を抱え込み「むふぅ~」と満足そうに唸って寝息をたて始めた。枕元ではダカーポが微かに子守唄を響かせている。
「あの~、先輩?」
「なによ。私にはお昼寝させないつもり?」
僕はシュセンドゥ先輩の抱き枕にされていた。スーパー職人で頼りになる姐御気質に反して、先輩は薄いブラウンの髪と童顔のせいで実年齢より幼く見える。飼育サークルの綺麗どころ3人衆の中では、長身で大人びた首席が一番上級生に、クゲナンデス先輩が歳相応に、そしてシュセンドゥ先輩は一番下級生に見えて可愛らしいと評判だ。
リアリィ先生から婚約者として理想的だと言われた美少女にギュッと抱きしめられて、ついつい股間……じゃない、顔が火照ってしまう。
「私の精霊は抱っこして寝れないから、アーレイが羨ましいわ~」
先輩のダカーポはオルゴールの箱の中から生えている状態で外に出てこられない。箱の部分まで含めて一体の精霊なのだ。せめて、くっつく精霊みたいにフワフワモコモコなら抱っこできたのにと、僕の首筋にくすぐったい息を吹きかけてくる。
ふおぉぉぉ……理性が……融かされて…………




