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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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77 怒りのジュリエット

「騎士を倒したそうだな?」


 9月も半ばを過ぎた『武技』の授業の時間。どこから話を聞きつけたのか、ワーナビー指導員がリコリウスとの一戦のことを尋ねてきた。なんで知ってやがるんだ?


「どこでそんな根も葉もない話を聞いたんです?」


 リアリィ先生や魔性レディが吹聴するとも思えない。すっとぼけて情報源を探ってやろうとしたところ、ワーナビー指導員はおもむろに右手を上げひとりの生徒を指差した。


「あいつが自慢してる魔導軽装甲。お前が倒した騎士のものだったそうじゃないか」


 あんのウカツ野郎がぁぁぁ――――!


 指導員が指差した先では、ヘルネストの奴が魔導軽装甲を着用し同級生たちに見せびらかしていた。ムジヒダネ領騎士団の正式採用モデルだけあって、装甲はきちんと硬化処理の施された三号ドワーフ鋼製。秘匿術式こそないものの、胸当てや手甲には職人の手による各種魔法陣が刻まれている高級品だ。


 競技では使えないものの、実習や訓練なんかで身に着けることまでは制限されていない。さすがに嫡子殺害にまでは触れていないものの、僕が倒した現役騎士の使っていたものだと自慢気にベラベラと話していやがる。

 お仕置きが足りなかったようだな……


「相手が勝手に自滅しただけです。僕が倒したわけじゃありませんよ」


 そう、あれは自滅で間違いない。サクラちゃんのお兄さんを儚くしてしまったのは使い魔であったヴィロードだ。決して僕ではない。僕だなんて認めない。


 なにしろ騎士に憧れているCクラスの男どもは、「僕が騎士を倒したのなら、その僕を倒した自分は騎士よりも強い」という論法を本気で信じるようなバカ揃いである。騎士よりも強いなどと勘違いされてしまった日には、僕に勝ち目のないダブルダウンルールでの試合を強要されるに決まっていた。


「山狩りの時も、お前は自分のやりたいことを成し遂げた。それを実力と言わずに何と言うのだ?」

「ラッキーですかね……」

「そんな都合のいいラッキーなどあって堪るものか……」


 ワーナビー指導員は勘違いしている。ヴィヴィアナ様の術式が使えるのも、ヴィロードの契約を解除できたのも全部タルトの力で、努力の末に身に付けた僕自身の実力ではないのだ。タルトとの契約がなくなれば失われてしまう借り物でしかない。

 他人から与えられた特権。それが指導員の言う僕の実力とやらの本質だよ。


「ヘル坊やは何をくだらないことを喋っているのかしら……」


 看護教員と兼ねて女子生徒たちの実技指導に当たっていた魔性レディが、現役の騎士が魔導院の生徒に敗れたなどという家の恥をベラベラ喋り散らすなとヘルネストにお仕置きを始めた。

 ざまぁ……


「さて、アーレイの相手は……クダシーナでいいか」


 ちったぁ試合をしろとワーナビー指導員が勝手に試合を組んでしまう。


「またですか?」

「お前たちふたりはこっちから言わないと試合をせんだろう。先生たちからも成績をつけにくいと言われている」


 魔導院で定められている競技規定に則り、教員や指導員が審判について行われる試合を公式試合という。勝敗は記録に残されて成績を評価する際の目安にもされるのだけど、僕やクダシーナ君はそもそもの試合数が少なすぎると苦情が出ているらしい。


 指導員に呼ばれてクダシーナ君がやってきた。僕と同じく試合には消極的なはずなのに、なんだか妙に気合が入ってギラギラした目で睨みつけてくる。

 数少ない勝てる相手との試合だからって張り切ってんのか?


 クダシーナ君の武器は前回と同じ木剣と木盾。僕は戦斧を模した武器を選んだ。木製だから刃はないけど、重心が先端にあるので力のない僕でも威力が出しやすい。


「下僕はどうして勝てないとわかっている喧嘩をするのですか?」

「喧嘩じゃなくて、ただの消化試合だよ」

「それこそやる意味がないではありませんか」


 ティコアを連れてヒョコヒョコ寄ってきたタルトが、なんで結果の判っている試合なんてするのだと尋ねてきた。意味なんてないってわかってる。僕よりはマシという、『武技』の成績では底辺に近いクダシーナ君にひとつ白星を上げたところで成績が劇的に向上することはない。

 無駄とは言わないけど、割に合わない努力であることは確かだ。


 試合が開始されると、前回同様にクダシーナ君がガンガン打ち込んでくる。まだ僕がAクラスに上がると宣言したことを怒っているのだろうか。粘着質なタイプは女の子に嫌われるぞ。


 痛いのは嫌なので、適当に攻撃を受け損ねた振りをしてダウンした。ムジヒダネさんを相手に治療室送りにさせられないよう覚えた技だ。彼女は本当にあばら骨くらいへし折ってくれるからね。


「負けた振りをして逃げようだなんて、君には誇りというものがないの?」

「こんな僕にとって不利にしかならないルールを押し付けられて、真面目になんてやってらんないよ」

「勝てないからって逃げていいものじゃないだろう。僕たちは……」


 クダシーナ君はわざと負けようという僕の態度が気に入らないようだ。確かに彼の言っていることは正論で、ひと握りの魔力を持った者たちが支配階級として君臨しているのは、その魔力で領民と領地を守護する役目を負っているがゆえ。たとえ相手が大ドラゴンであろうとも、退くことを許されないのが上流階級というものである。

 でもそれは、他人に向けて言う台詞なのだろうか?


「そういう台詞は、ムジヒダネさんを前に自分に向けて言う方がカッコイイと思うけど……」

「そうやって他人を戦わせて、自分は安全な場所で利益だけ手にするのが君のやり方なのっ」


 なんだか話が噛み合ってないな……なんで僕が漁夫の利を得たようなことになってるんだ?


「話が見えないね。僕は利益を得たくて他人を戦わせたことなんてない」

「騎士たちがドラゴンと戦っている後ろで、魔獣を拾い集めていたのは君じゃないかっ」


 クダシーナ君が勢いよく打ちかかってきた。タルトが魔獣たちを拾ってきたことを言っているみたいだけど、それは非難されるようなことでもないだろう。


「ドラゴンの素材が欲しくて討伐に向かった騎士に、なんでそこまで気を遣わなきゃいけないのさっ?」

「違うっ。君たちのいた街を護るために戦ったんだっ。犠牲者だって出ているのに君はっ」


 さては王国魔導騎士団が発表したドラゴン討伐の記録。あんなものを本気にしているのか……


 魔導院の図書室に納められたと耳にしたので僕も目を通してきた。東部派から横取りする形で討伐に乗り出したはずなのに、領軍の防衛線を突破してハゲマッソーの街に迫ったドラゴンを、寸前のところで王国魔導騎士団が迎撃したという眉唾物の文書である。


 8騎の魔導騎士がドラゴンに立ち向かい、犠牲となった騎士がふたり。また、一命は取り留めたものの騎士団への復帰困難なため除籍とされた騎士がふたりとあった。子供を護ろうと死にもの狂いだったティコアの母親は、この国の最高戦力に4名もの欠員という大損害を与えていたのだ。


 遭遇戦ではないのだから、犠牲者を出すことなく討伐できるだけの戦力を投入するのが定石。魔導騎士8騎で充分と判断して半数を失うなんて大失態である。自らの見通しの甘さを追及されたくない騎士団は、街を護るために出撃可能な8騎で迎撃するしかなかったとシナリオを捏造していた。


「あれは嘘っぱちだよ。首席も不自然だって零してた」


 客観性を重視する記録にもかかわらず、亡くなった騎士をまるで英雄と讃えるようなレトリックが見て取れる。タルトからドラゴンの目的を聞かされていなければ、僕では気が付かなかったくらいさり気なく配置されていたのだけど、損害をあたかも尊い犠牲であったかのように刷り込もうとする意図を首席は見破った。


「それは君が贈り物をしたからっ」


 贈り物で首席まで懐柔しやがってと、クダシーナ君はブンブン木剣を振り回してくる。さすがに当たったら痛そうなので避けておく。


「兄さんが命を捨てて戦っていた裏で、君は女の子へのプレゼントをかき集めていたんだっ」


 大上段からの渾身の打ち降しを木斧の柄で受け止めると、僕にとっては重い一撃に膝が崩れ落ちそうになる。そのまま倒れて試合を終わらせても良かったはずなのだけど、僕は反射的に耐えることを選択した。


 気に入らなかったのだ。このオカマ野郎の言い分が……


 犠牲となった騎士のひとりはオカマの身内らしい。そいつはご愁傷さまだ。だけど、素材欲しさに子供を護ろうとした母親を倒しに行って道連れにされただけじゃないか。それが王国魔導騎士団のしたことで、犠牲を出したくなければホンマニ公爵様のように手出ししないという選択肢だってあった。

 なに家族を亡くした被害者ぶってやがる。お前の兄とやらは、むしろ加害者の側だろうに……


「殺した相手から素材を得ようとしたんだろっ――」


 木斧の柄で受けた木剣を右へ流すように弾き、そのまま時計回りに体を回転させながら木斧を振り回す。


「――返り討ちにされることくらい覚悟しておけよっ!」


 遠心力ですっぽ抜けそうになる木斧を、木剣を流されてガードの開いたオカマ野郎のむかつく美少女顔へと叩き込んだ。僕の一撃を顔面で受けたオカマは儚げな美少女顔を歪めながら無様に転がる。


「君は……犠牲が出ることを当たり前だっていうの?」

「魔物が無抵抗で殺されてくれるなら、貴族なんて必要ないじゃないか」


 結局のところ、僕たちは魔物を利用して上流階級としての地位を維持しているのだ。世襲可能な領地と身分。自分だけでなく一族の立場が保証されるから命懸けで戦場働きもする。貴族の義務なんて言ってるけど、けっして見返りを求めていないわけじゃない。

 亡くなったオカマ兄だって無償奉仕していたわけでもないだろうに、自分はその場にいもしなかったくせに他人を火事場泥棒と非難すんのかよ……


「兄さんは命を犠牲にして街を護ったんだ……それを君は盗賊みたいに……」


 鼻血を手で拭いながらオカマ野郎が立ち上がる。確かに騎士たちに街を護ろうという意識はあったのかもしれない。それは否定しないよ。ドラゴン討伐を決めたのは司令官で、騎士たちではなかっただろうから。

 クダシーナ君がそう信じたいのならば、そう信じ続ければいい。タルトから聞いた話は僕にとっての真実で、それを他人に押し付けようとは思わない。


「君のお兄さんが騎士か盗賊かなんてどうでもいい。好きな方を信じればいいさ……」

「君に僕の気持ちなんてっ!」


 もちろん理解できないよ。家族ともう逢えない寂しさも、想いを伝えきれなかった哀しさも僕の中にはまだ残ってる。だけど――


「その被害者根性丸出しの態度が気に入らないんだよっ!」


 ――かわいそうな自分に優しくして欲しいなんて他人に求めたりはしないっ。


 こちらのガードを崩そうという計算も何もない。ただ力任せにぶっ叩いてくるクダシーナ君が木剣を大きく振りかぶった隙を突いて、野球のバットをスイングするように横薙ぎの一撃を腰に叩き込む。

 腰を押さえてよろめくクダシーナ君。チャンスとばかりにクソ美少女顔めがけて木斧を振り下ろした時、彼が左手に持っていた木盾の表面に風が渦を巻いた。


 ――防御術式? しまったっ!


 渦を巻く風に木斧が逸らされる。それだけでなく、気流に捉われた木斧に引っ張られ僕の体が泳いでしまう。これはまずいっ!


「げふぅ!」


 わき腹に強烈な膝蹴りを叩き込まれた。思わず身体を折ってしまった僕の左肩口に木剣が振り下ろされ、耐えきることができず地面へと膝をつく。だけど追撃はそこで終わらず、クダシーナ君は僕を蹴り倒して仰向けに転がすと馬乗りになって剣の柄でボカボカ殴りつけてきた。


「試合は終わりだっ。クダシーナッ!」


 ワーナビー指導員が試合終了を宣言するも、クダシーナ君は「君はっ……君はっ……」と声を荒げながら僕を殴り続ける。その目から、とめどなく涙を溢れさせながら……


「何してやがんだっ。正気かっ?」


 両腕をワーナビー指導員とヘルネストに抑えられたクダシーナ君が力尽くで僕から引っぺがされ、そのまま訓練場の隅にズルズルと引き摺られていった。結局、タルトがいなければ僕の実力なんてこんなもんだ。同級生たちからカモにされているオカマひとり倒せない。


「伯爵、大丈夫? 痛いとこない?」

「痛いとこだらけだよもう……」

「そりゃそうだよね」


 そうだよねじゃないよロリボーデさん。もう起き上がるのも億劫なんだ。かわいそうな僕を診察室まで運んでくんないかな…………


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