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道案内の少女  作者: 小睦 博
第4章 勝負の秋学期

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75 魔導器造りの授業

「なんだこれ。これで本当に術式が構築できるのか?」


 頭を使うことがダメダメすぎるヘルネストが唸っていた。


 秋学期の『工作』の授業では、基本的な拘束術式の魔導器を造ることになっている。魔導器造りは大きく分けて、「術式構築」、「魔法陣描画」、「魔導器加工」という3つのステップを踏み、今日の授業で行われているのは最初の術式構築だ。


 提示された課題は『アースバインド』。地面から触手のような土の腕を3本生やして相手に絡みつかせるという術式である。必ずしも提示された課題そのままでなくともよく、Aクラスの生徒であればカスタマイズは当たり前。さらに上位ともなると、まったく別のより高度な術式を構築してくるらしい。


 術式に使われる主だった語句は教本に載っているので、それを組み合わせて自分の目的とする術式を構築できれば次のステップに進める。まぁ、ある種のパズルのようなものだ。


「こんなの退屈なだけなのです。コケトリスと遊びに行くのです」


 僕が術式を紙に書き出していると、退屈したらしいタルトが袖を引っ張ってきた。まぁ、人族の誰も知らないような術式まで知っているタルトだ。教養課程で習う術式なんてパズルですらないのだろう。

 だけど、ここで乗せられてはいけない。春学期の課題、『タービュランス』という渦を巻く風の盾を発生させる術式では、3歳児の言葉に耳を傾けたばっかりに大失敗してしまった。


 攻撃を弾くのではなく、横向きの力を加えて押し流すという性質上、アーレイ家の依頼人の使った風の盾より、リアリィ先生の使う水の盾の方が強固だ。とにかく成績を上げたかった僕は、タルトに言われるまま風と水の複属性の盾。風の盾と水の盾を重ね、それを逆向きに回転させるという術式を構築した。


 その術式はリアリィ先生の水の盾を超えていたけど、やっぱりタルトの術式だった。配布された安物の素材が術式に耐えきれず、一番肝心な最終評価の場で魔導器が砕け散ってしまったのだ。


 課題未達成による無評価だけは避けねばならないと、『ヴィヴィアナロック』を防御術式として展開し最高評価を得ることはできたものの、リアリィ先生やベリノーチ先生からはもんの凄い白い目で見られた。「自分たちが補習した意味はあったのか?」と……


「この課題は僕の力だけでやるの。ティコアと遊んでなよ」

「下僕も一緒に遊ぶのです。こんな術式、下僕には何の役にも立たないではありませんか」


 3歳児は頬を膨らませてブーブーと文句を垂れる。タルトの言うとおり、『ヴィヴィアナロック』と『ヴィヴィアナピット』の術式があれば『アースバインド』の出番なんてありはしない。

 でも、実用的な魔導器の開発ではなく学問を修めることが目的なのだから、自分の力で評価が得られなければ意味がないのだ。春学期と同じことをしたら、きっと補習を打ち切られてしまう。


「チミッ子よ。これで間違ってないか見てくれるか?」

「何がしたいのかさっぱりなのです。こんなこと言われても精霊だって困るのです」


 ヘルネストが構築した術式をタルトに見せたところ、一瞥しただけで話にならんとダメ出しされた。そもそもの文法がなっていないので、精霊たちも何をしていいか理解できないそうだ。


 タルトや発芽の精霊といった人と契約しているような精霊と異なり、僕たちの魔術を発現させてくれているのは世界に遍在するほとんど自我も持たない下位の精霊たち。術式に含まれた目的語や状況から求められていることを推察する能力なんてないから、理解不能、実現不能といった術式はすべて不発に終わる。


「ねぇねぇ、あたしのも見て~」

「熊を捕らえるような拘束を人族の足に合わせて発現させるなんて無理なのです」


 ロリボーデさんも術式をタルトに見てもらったものの一瞬で轟沈させられた。1本の太さが20センチもある触手を、直径30センチの円内に3本生やすことがお前にはできるのかと逆に攻められている。


 術式を添削しているベリノーチ先生のところは行列になっているから、先生の前にタルトに見てもらう生徒も少なくない。ひと目見ただけで発動するかどうか教えてもらえるからだ。もっとも、消費魔力や使い勝手までは考慮してくれないので、タルトチェックを通過しても先生からダメ出しされることは多い。


「なんだこれはっ? まさにゴブリンの浅知恵だっ。やり直せっ!」


 触手が3本のところを4本に増やしてみた僕の術式をベリノーチ先生に見せたところ、発動はするが有効性が低いと一蹴された。触手を増やすために1本当たりの太さを削ったのだけど、細くなった分強度が落ちている。土をより強固に結びつける語句を追加すれば強度は補えるものの、そうすると今度は消費魔力が増大してしまう。

 3本の触手とされているのは、それが一番バランスがいいから。意味もなく見た目を変えただけのカスタマイズなど減点対象だと叩き返されてしまった。


「ゴブリンはいいよな。精霊がくれた術式を使ってりゃいいんだから……」

「自分は何もしてないくせに、首席や【禁書王】の術式より高く評価されてんだろ」

「ど~せまた精霊の術式で評価されんのに、授業は真面目に受けてますってポーズウザッ……」


 Cクラスの中でもことさら成績の悪い連中が、わざわざ教室の反対側にいる僕にまで届く声で仲間同士の会話を装った嫌味を聞かせてくる。ヘルネストみたいな『頭は悪いが腕っぷしには自信のあるガラの悪い生徒』ではなく、『頭が悪くて腕っぷしにも自信のない口だけの生徒』だから、もちろん成績の方はド底辺の底辺ズだ。


 自分たちの成績を棚に上げて、汗水たらして努力するなんてスマートではないと、斜に構えて勉強もしなければ訓練に力を入れるでもない。他人の上げ足を取って得意になるくらいしか取り柄のない、派閥からも半ば見放されている問題児たちである。


「あいつら……」

「放っておきなよ。春学期の評価を『ヴィヴィアナロック』で受けてしまったことは事実なんだし……」


 ヘルネストが口出ししようとするのを制止する。僕自身、反則だと思っていたことに手を染めてしまったのだから、批判は甘んじて享受するしかない。


「精霊と契約したとたん首席に尻尾振り始めたよな。ゴブリンらしく……」

「次席にも振ってるよ。精霊の使役者として同格だと思い上がってんだろ」

「たいした実力もないくせに、精霊自慢マジウッザ……」


 怖い怖いヘルネストが黙っているのを見て調子に乗ったのか、底辺ズはさらに声を上げて当て擦りを言い続ける。自分が気の利いたことを言っていると信じているのか、周りのシラケた視線にも気が付かないようだ。


「貴様らっ。騒いでないで、術式が構築できたのならさっさと持って来いっ!」


 どうやら自分たちの課題も終わらせていなかったらしい。ベリノーチ先生から騒いでいる暇があったら課題を進めろと注意されていた。


「術式構築は工師や術師に依頼するものですよ。あるいは精霊とか……」

「精霊と契約していれば最高評価。いなければ低評価だなんておかしいでしょう」

「課題を出すよりも、評価基準を見直す方が先では……」


 魔導院の評価方法に不備があると、底辺ズは課題を進めていないことの正当性を訴える。予算委員会の場で予算の話をせず、スキャンダルの追及しかしない国会議員みたいだ。こういうやつらはどこの世界にもいるもんだな。


「ほう。ではアーレイに精霊の術式で評価を受けることを禁止すれば、この時間内に課題が終わらなかった者は未達成の評価でかまわないというのだなっ?」

「サー、依存ありません。サー」


 全然かまわないと即座に僕が賛同の意を表すと、教室中からブーイングの声が上がった。


「黙れっ。貴様らのくだらん要求を呑んでやったのだっ。のろまな豚に時間的猶予をくれてやる理由はないっ!」


 これ以上の問答は無用だと、教卓をバシバシ叩きながらベリノーチ先生が態度を固めてしまったため、ブーイングの矛先は元凶である底辺ズへと向かう。


「てめえらぁぁぁ――――!」

「なんてことしてくれんのっ!」


 僕に当て擦りを言う分には止めてあげるけど、ヘルネストやロリボーデさんが不利益を与えられて怒るのを制止する義理はない。責めは甘んじて享受してくれたまへ……


「下僕は術式を変えることではなく、どんな相手に使うかを考えた方が良いのです」


 お仕置きされている底辺ズを横目にカスタマイズ術式で高評価を得ようと僕が頭を悩ませていると、珍しくタルトがアドバイスをくれた。どう変えるかを考えるのではなく、人を拘束するのか、熊を拘束するのか、はたまた竜を拘束するのか。どんな状況でどんな相手に使うのかをまず決めて、それに合わせてカスタマイズしろという。


「完成された術式をさらに良くできるほど、下僕は術式に詳しいつもりなのですか?」


 3歳児は辛辣だけどそのとおりだ。長年にわたって研究され続けてきた術式そのものの完成度を高めるなんて、それはもう術師課程の特待生が挑戦するような課題である。想定される状況への最適化。今の僕にできるのはそれしかない。


「なんだそれは? まさしく悪魔の発想だっ。よろしいっ!」


 元の『アースバインド』に比べればかなり消費魔力が増えてしまったのだけど、使用目的を説明したところベリノーチ先生は合格にしてくれた。5メートルくらいの長さにまで伸びるロープのような細長い土の触手2本で相手を絡めとるそれは、『ヴィヴィアナピット』を補完するための術式だ。


 底なし沼を作りだすだけで泥を操作しない『ヴィヴィアナピット』は、抜け出し方さえ知っていれば魔術を使わずとも脱出できる。そこで、底なし沼にハマった相手の足に絡みつき、脱出を阻む術式を作ってみた。もちろんジワジワと引きずり込むことだって忘れちゃいない。


 『ヴィヴィアナピット』で捕らえ『アースバインド』で逃げられなくする。機能を複数の術式に分けるという発想は大事だとベリノーチ先生からお褒め頂いた。


 火の属性との相性が悪く、辺り一面を火の海にするような魔術が使えない者でも、よく燃える油をぶちまける術式と着火の術式を組み合わせれば結果は同じ。それが魔術を使いこなすということで、相性ガー、魔力ガーと嘆いている内は半人前だという。


「それだけで強力な、バカみたいに複雑で魔力消費の激しい打ち上げ花火を喜ぶのは子供だけだっ。魔術は道具。使いこなせっ!」


 泣き言を喚いている暇があったらさっさと課題を仕上げろとベリノーチ先生が発破をかける。


 田西宿実であったころは都市を丸ごと焼き払ったり、逆に凍てつかせたりするような魔法に憧れていたのだけど、先生にとっては打ち上げ花火でしかないようだ。いつか使うこともあろうかと、記憶に残っているアニメの主人公が口にしていた呪文をメモっておいたのだけど、黒歴史として封印したほうが良いのだろうか。……いや、ない。


「終わったのですから遊びに行くのです」

「まてっ。行かないでくれチミッ子っ」


 いつもであれば授業時間内に終わらなかった課題は次の授業までの宿題にされるのだけど、今日ばかりは未達成と評価されることになってしまった。おおかた、許嫁に手伝ってもらおうなんて余裕ぶっこいていたのだろう。顔面蒼白になったヘルネストが、僕を連れて遊びに行こうとするタルトを引き留めにかかる。


「このままじゃ終わんな~い。伯爵、手伝ってよ~」


 ロリボーデさんも助けを求めてくるけど、僕の構築した術式は『ヴィヴィアナピット』と併せて使うことを前提としたものだ。同じ術式ではベリノーチ先生の合格はもらえないだろう。


 時間もあまり残されていないのだから、考えることに費やしている余裕はない。どんな状況でどう使うのか決まっているのならそれに最適化させる。そうでないならカスタマイズなんかせず、ドノーマルの『アースバインド』にすればいいと助言して教室を出た。


「「あんのゴブ野郎がぁぁぁ――――!」」


 閉ざされた扉の向こうから、課題が終わらないクラスメートたちの怨嗟の叫びが響いてくる。

 いや、僕に文句を言われてもね……


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