73 似た者同士なふたり
9月に入り、憶えることが陀羅尼よりも困難な学長先生の長い長い挨拶と共に秋学期が始まった。始業式を終えてダラダラとCクラスの教室に戻ると、ほどなくして担任のベリノーチ先生がやってくる。今日は夏学期の課題を提出しなければならない。
「お前は結局それなのか?」
僕の用意した課題を目にしたヘルネストが尋ねてくる。僕が提出するのは治療士協会北部支部が発行してくれた看護士の資格証明書。当初は再生鉄を提出する予定だったのだけど、ドクロワルさんが治療士協会の会員証明書を提出すると耳にして、「アリなのか?」とリアリィ先生に尋ねたところ「アリだ」と回答を頂いたので次席共々こちらにした。
西部派の鋼の噂は先輩たちに広まっていて、一部の工師課程の教員が秘密を暴こうと待ち構えているらしい。「購入したドワーフ鋼でないなら、自分の目の前でやって見せろ」と要求してくることは確実だと次席は言っていた。
「次席が秘密は明かすなってさ」
僕の番になったので課題をベリノーチ先生へ提出する。紙切れ一枚だけとはいい度胸だと、先生がひったくるように手に取った証明書に目を通す。
「なんだこれはっ! こんなもので教師の目を誤魔化せると思っているのかっ? このゴブ野郎っ!」
すっかり僕を罵倒することに慣れたベリノーチ先生が鉄仮面を震わせながら怒鳴りつけてきた。リアリィ先生はアリだと言っていたのになして?
「サー、主任教員から許可を得ています。サー」
「このバカ者っ! ここをよく見ろっ! ゴブリンは文字も読めないのかっ!」
突き返された証明書に置かれたベリノーチ先生の指は資格者氏名が記載されている場所を示している。カリューア姉妹のと入れ替わってしまったろうかと目をやるとそこには――
『モロリーヌ・イレーア』
――とだけ書かれていた。うほぉぉぉ。ロクに目を通してなかったよっ。
これはきっとプロセルピーネ先生のいたずらに違いない。テストを受けたときはモロリーヌの格好をしていたから、証明書までモロリーヌの名前で発行しやがったのだ。
「サー、この証明書は自分に対して発行されたものと確信しております。サー」
「貴様が確信しているからどうだというのだっ! この間抜けっ!」
「サー、ご納得いただけないのであれば、直接プロセルピーネ先生から証明していただくことになります。サー」
「コホンッ……もちろん先生はアーレイ君を信用していました。よし次っ!」
汚い大人のやり方だっ。プロセルピーネ先生に問い質すのが怖いから、疑問を口にしないことを選びやがった。そういう大人の態度が若者を反社会的な思想へ走らせるのだと、僕が思い知らせてやるべきだろうか……
授業が終わったところで残ったオオカミの引き取り手を探して図書館へと向かう。僕の部屋にはもうティコアがいるし、早いとこ主人を見つけてあげないといけない。
「やあ、アンドレーア。久しぶりだね」
「なんの用よ……」
夏学期の間、顔を合わせることもなかった従姉殿は警戒心マックスだ。不機嫌そうな顔を隠そうともせず僕のことを睨みつけてくる。
「アンドレーアは使い魔を持ってなかったよね?」
「ええ。生憎とあんたみたいに精霊様と契約なんてしていないわ」
僻み根性丸出しで嫌味を利かせながらプイとそっぽを向く。僕がタルトのことを自慢しに来たのだと受け取られてしまったようだ。
「実はオオカミ魔獣の子供がいてね。使い魔にしてくれる人を探しているんだ」
「どこでそんなもの拾ってきたのよ……」
「君のとこの領軍が遠征に行ってた辺りだね」
「ドラゴンが出たっていう? あんたあんなところで何してたの?」
アンドレーアのくせにずいぶんと耳が早いな。先輩たちは実際にドラゴンを目にしたわけじゃないから、ほとんど話題になっていないのに……
「次席たちとハゲマッソーの浪人ギルドで看護士講座を受講していたんだ。その間にタルトがいろいろ拾ってきちゃってね」
「最近、ずいぶん次席と仲が良さそうじゃない。西部派に入る決心でもしたの?」
僕を見るアンドレーアの目が鋭くなった。クセーラさんやヘルネストといる分にはなんとも思われなかったのに、夏学期の間次席と一緒だったというだけで、どうしてか誰もかれも僕が西部派にすり寄っていると勘違いしている。Bクラスの西部派に至っては「ゴブリンが西部派だなんて認めない」とか「西部派に入るのは俺を倒してからにしてもらおう」とかわざわざ言いにくる始末だ。
どうせ派閥に属するんならドクロワルさんのいる南部派にするよ。
「たまたま目的が一致しただけだって。それよりオオカミを見に飼育サークルに行かない。きっとメルエラもいるよ」
「そういえば、ロリボーデもオオカミを連れていたわね」
「知っているなら話が早いね。その子の兄弟なんだ」
アンドレーアを連れて飼育サークルの座敷部屋に行くと、ちょうどタルトとメルエラがオオカミの赤ちゃんと遊んでいるところだった。
「姉様っ。すぐふたりっきりにっ」
「バカなこと言うんじゃありませんっ!」
姉が僕と一緒にいることに気付いたメルエラが、さっそく座敷部屋でふたりっきりにしようと画策する。相変わらずだ。改善の見込みはなさそうだな……
「この子がそうなのね。種類はわかっているの?」
「エリマキオオカミらしいよ」
オオカミを抱っこしながらアンドレーアが尋ねてきた。エリマキオオカミは体全体が黒っぽい灰色で、首の周りだけエリマキみたいに白い毛が生えるオオカミだ。威嚇する時にはエリマキの部分を逆立てる。残念ながら、二本足で走って逃げたりはしないらしい。
これまでに目撃された最大のものは体長4メートルと言われている大型種である。
「また大層なものを拾ってきたわね。とてもお礼なんて用意できないわよ」
「お礼とかヤメテ……」
お礼はいいです。モロリーヌの服を渡されるくらいならない方がいいです。
「姉様っ。何を言ってるんですかっ。婚約の贈り物にお返しをしないなんてっ」
「いや、違うから。そういうんじゃないから……」
いつの間にか婚約の贈り物にしてしまったメルエラが、お返しをしなければ婚約したことにならないではないか。形だけでもお返しをして婚約したことにしてしまえと既成事実化を図ってくる。成績はいいはずなのに、どうしてこうも残念な子になってしまったのだろう。
「大きくなったらずいぶんと食べそうだけど、エリマキオオカミを使い魔にしたと言えばお父様も許してくれそうね」
アンドレーアは気に入ってくれたのかオオカミのお腹をナデナデして毛皮の感触を楽しんでいる。ワイバーンやグリフォンといった飛行魔獣と比べれば見劣りするけど、エリマキオオカミは生徒が連れている使い魔の中では上位と言える魔獣である。ロリボーデさんにあげたのを耳にして、どうしてCクラスの落ちこぼれに譲るのだと文句を言ってくる輩まで現れた。
Bクラスほどあからさまではないものの、Aクラスの生徒にまでそれとなく嫌味を言われたくらいだ。
もっとも、大切に育ててくれる人に預けろというのがご主人様の意向なので、ロクに話したこともない相手に譲るつもりはない。アンドレーアを選んだのも身内には甘いから。使い魔にすればきっと大事にしてくれるだろう。
「あんたはまた変なの連れてるわね……」
オオカミと使い魔の契約を済ませたところで、なんだこの生き物はとアンドレーアがティコアを指差した。アーレイ領軍を壊滅させたドラゴンの子供とは言えない。
「変種のマンティコアだそうだよ」
「なんでもいいけど、私に近づけないでちょうだい。サソリは大っ嫌いなの」
おおぅ。アンドレーアが常識的な感覚を持ち合わせているとは思わなかった。まともな人間ならサソリの存在を許しておけるはずがない。
「変なところが下僕とそっくりなのです」
「あんたもなの? 妙に人族臭いとこあるのね」
ゴブリンならサソリが大好きだとでも思っているのか。あんなのを好むのは、サソリが大好物なバシリスクやクジャクくらいだろう。
「下僕は悲鳴を上げてひっくり返ったうえにオムツ――むぐぅ……」
「だあぁぁぁ――――!」
余計なことをバラそうとしている3歳児の口をおやつのクッキーで塞ぐ。誰にも言うなっ。それは墓場まで持って行かなければいけない秘密だっ。
「あんたまさか……」
「仕方なかったんだよっ。目が覚めたらサソリの尻尾が足に絡みついているところを想像し――ぐふえっ!」
うごおっ。顔面にアンドレーアの後ろ回し蹴りを叩き込まれて吹っ飛ばされた。手加減なしかっ。
「変なこと想像させんじゃないっ。ぶっ飛ばすわよっ!」
アンドレーアは顔を紅蓮に染め髪を逆立てて激怒していた。もうぶっ飛ばしてるじゃないか……
「そんな話を聞かせたら姉様は夜ひとりで寝れなくなってしまいます。責任を取って先輩が添い寝して――ごふあっ!」
「あんたも余計なこと言わないのっ!」
逆上したアンドレーアは、パンツが見えるのもお構いなしにメルエラを胴廻し回転蹴りで黙らせる。『武技』の授業ではクダシーナ君並に弱っちいはずなのに、まるで【ヴァイオレンス公爵】の如き技のキレだ。
「私の前でサソリの話をすんじゃないわよっ!」
アンドレーアが肩を怒らせながら仁王立ちの姿勢で叫ぶ。彼女は僕に劣らない相当なサソリ嫌いだったようだ。あの造形も動く姿もすべてが忌まわしい。自分にサソリの存在を思い出させる者は誰であろうと容赦しないと言い放つ。
「オオカミをくれたことには感謝するけど、サソリを連れてきたら七度殺して八回死なすわよ」
オオカミを抱き上げたアンドレーアは、なんとも物騒な台詞を残してノシノシと飼育サークルから去っていった。
「姉様はサソリを見るとお人が変わりますから」
「変わりすぎでしょ」
「ティコアにあの魔導器を向けた下僕にそれを言う資格はないのです」
サソリどころか人だって一撃の『タルトドリル』を使おうとしたのは誰だと3歳児にツッコまれた。いや、あのときは巨大サソリだと思っていたし……
「アーレイ先輩、コケトリスが届いたのですけど……」
アンドレーアと入れ替わりにアキマヘン嬢がやってきた。彼女のコケトリスが実家から届いたそうなのでさっそく見に行く。
「先生やアーレイ君のと違って、ずいぶんと可愛らしいですね」
「訓練してないからデブってんのよ」
興味があったのかプロセルピーネ先生がドクロワルさんを連れて見物にきていた。先生の言うとおり、訓練していないアキマヘン嬢のコケトリスは丸々と太っていて、白地に薄茶色の斑模様とあわさりとても愛嬌があって可愛らしく見える。
アキマヘン嬢が実家で可愛がっていた雌鶏で「イナホリプル」という名だそうだ。
「まずはダイエットからね。あんたが訓練するんなら、やり過ぎるんじゃないわよ」
さっそく体に異常がないか診察を始めたプロセルピーネ先生から、訓練でやり過ぎないようにと警告された。
コケトリスに跨り山の斜面をバカみたいなスピードで駆け下りながら的を弓で射抜いていく「コケトリストライク」という競技があって、僕のロリオカンはロゥリング族の中でも屈指の腕前を誇ったらしい。トップクラスの競技者はコケトリスにもこだわり、厳しい訓練と過酷な競技に耐えられる頑強な個体を選んで訓練を施す。僕がロリオカンから教わっているやり方は、ガッチガチのプロ競技者仕様なのだそうだ。
黒スケもイリーガルピッチもロリオカンのお眼鏡に適ったコケトリスだけど、イナホリプルは違うのだから無理をさせるなという。
「先輩のコケトリスのようにはなれませんか?」
「崖下りをさせない限りは変わんないわよ。この子より先にあんたの方が音を上げると思うけど」
イリーガルピッチのようにはなれないのかと残念そうなアキマヘン嬢に、イナホリプルを限界まで駆使できもしないのにいらぬ心配をするなと先生が笑った。
「モロニダスはロゥリング族から見ても腕の立つ乗り手で、この子に無理をさせてしまえるから注意したのよ」
「アキマヘンさん。アーレイ君の崖下りは危険ですっ。マネをしたら大怪我ではすみませんよっ」
ラトルジラントに追われてコケトリスでのダウンヒルを経験しているドクロワルさんが、絶対にマネするなと制止する。僕的にはずいぶん余裕があったのだけど、ドクロワルさん的には許し難い暴挙であったようだ。正気の人のすることではないと言われてちょっとショックを受ける。
「谷底しか見えないような状態で落っこちて行くんですっ。崖下りなんて言ってますけど、飛び下りてるようなものですよっ」
ドクロワルさんの行き過ぎた誇張表現にアキマヘン嬢も顔を青くしていた。
「ドクロワルさん。それはちょっとフカシ過ぎじゃない……」
「あんたのまだ余裕は、一般的なロゥリング族とコケトリスにとってはギリギリいっぱいだから」
腕のいい乗り手が競技用に訓練されたコケトリスに騎乗してできることを、余裕とか楽勝なんて偉そうに吹くなと先生にまで叱られてしまった。僕は知らなかったけど、黒スケはロリオカンが何羽かまとめて訓練し、一番いいのを自分の乗騎に、残りを姉妹たちに譲った内の一羽。競技用としてほぼ最高のコケトリスなのだそうだ。
「ほらっ。先生もこう仰ってるじゃないですかっ。今度、あんな崖下りをしたらお尻からサソリの尻尾を生やしますからねっ」
「アウトッ! それは絶対にアウトだよっ。モロリーヌも悲しむよっ!」
「モロリーヌちゃんはサソリっ娘くらいがかわいいんですっ」
うぉぅ。とんでもない最後通牒を突き付けられてしまった。ドクロワルさんはモロリーヌにサソリの尻尾とハサミをつけてメイドの格好をさせるのだと息巻いている。プロセルピーネ先生まで実験に使う猿が欲しいと言い出した。
捕まえてこないよっ。自分をサソリ怪人に改造するための実験になんて協力しないからねっ。




