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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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71 組織の思惑

 【ヴァイオレンス公爵】の鋭い視線が僕を貫いている。その身からは抜き身の刀のような殺気が放たれ、迂闊なことを口にすれば一刀両断にするぞと言っているかのようだ。

 出立の朝、荷車とともにコテージを訪れたムジヒダネさんに僕は伝えなければいけないことがあった。


 ムジヒダネ家の嫡子であったお兄さんを亡き者にしてしまったことである。


「そう……兄が亡くなったの……」


 静かな声でそう呟くと、サクラちゃんは握られた両拳を胸の高さまで持ち上げ――


「グッジョブ!」


 ――親指を立てて両手でサムズアップした。


「あの男が女性に変質的な執着を抱いていることには気が付いていたの……」

「俺とサクラの婚約を正式なものにしたのはそれが理由だしな」


 元々親同士の口約束でしかなかったムジヒダネさんとヘルネストの婚姻を正式なものとしたのは、リコリウスから遠ざけるためだったという。


 ムジヒダネ家の屋敷には成人前の女の子が暮らす棟があり、基本的に男性は立入禁止なのだけど、リコリウスはそこにあるサクラちゃんの部屋に使用人が止めるのも聞かずに立ち入ろうとする。口約束とはいえ許嫁もいる娘に悪い噂が立っては困るので、正式に婚約させてウカツダネ家の屋敷にサクラちゃんを移したらしい。


「次はヘル君が狙われていたかもしれない。あの男を亡き者にしてくれたことには感謝するわ」


 そう言いながら僕の肩に手を置いてくる。


「あの……感謝しているのにどうして技を……」


 僕の肩に置かれた手は、いつの間にかハーフネルソンの体勢に移行していた。


「感謝はしている。だけど、私たちにつまらない依頼をこなさせて、自分は抜け駆けしてあの男と戦ったとはどういうこと?」

「いだだだだ……ヘルネスト助けてっ……」

「諦めろ……こっちはロクに戦闘もなかったんだ……」


 少しは魔物が出るかと期待していたのに、敵ともいえない動物を追い払うくらいしかなく、ずっと退屈だったから力があり余っているそうだ。


「ムジヒダネさんを止めてよっ。魔導軽装甲をあげるからっ」

「オーケィ、マイフレンド。サクラ、そのくらいにしておくんだ……」


 お土産にと奪ってきた魔導軽装甲をエサにムジヒダネさんから解放してもらう。ヘルネストは体格がいいから、ちょっと大きめだけどそのままでも使える。身体が成長しきればちょうどいいサイズになるだろう。


「私にはないの?」

「男性用しかないけど、ムジヒダネさんなら胸部の装甲も問題な――い゛っ!」

「何が言いたかったのかしら……」


 欲しがったからあげようと思ったのにアイアンクローを決められた。






 コテージを後にし駐屯地で先輩たちと合流する。魔性レディも一緒なのでドクロワルさんの荷馬車を任せ、ドクロワルさんには乳母車を牽いたイリーガルピッチに騎乗してもらった。

 僕はモロリーヌのままリアリィ先生の竜車に同乗させてもらう。アーレイ領軍は引き上げたけど、アーレイ家の依頼人がまだ残っているらしく、僕あてに面会依頼があったらしい。


「あの士族はアーレイ君の味方のつもりでいるのでしょう」


 竜車は1階部分が移動式の作戦司令室。2階部分は司令官の私室として使えるようになっている。2階の私室でふたりっきりになったところで、リアリィ先生があの初老の紳士は味方のつもりだと口にした。

 次席はアーレイ領軍の上層部に不和があると予測したけど、ホンマニ領軍を使って調べさせたところそのような様子はない。先生は別のところに不和があると考えているという。


「別のところって?」

「推測でしかありませんけど、領主と領軍の間に不和があるのではないかと疑っています」

「それって……クーデター?」


 リアリィ先生は黙ったままひとつ頷く。僕を連れ去ることが目的であれば面会依頼などしてくるはずがない。リアリィ先生は依頼をお断りしたときに、とにかく僕に会って言葉を交わせればいいといった不自然な必死さを感じたそうだ。


 アーレイ領軍の動きもどこか不可解。軍を動かすにはお金がかかるから、遠征で入手した魔物の素材なんかを売り払うことでその費用を回収しているのだけど、アーレイ領軍にはより多くの戦果を持ち帰ろうという気がないように見えた。ドラゴンに壊滅させられたこともあるけど、最低限の義理は果たしたから帰るというのがホンマニ領軍参謀部の印象だという。


「遠征で得られた戦果は、王国に対する貢献を示すものでもあります」


 遠征で得られた戦果を気にする貴族は多く、男性貴族の社交の場での話題といえばまず遠征。戦果自慢は財宝自慢ではなく、自分がどれだけ貴族の義務を果たしているかという手柄自慢なのだそうだ。

 あれではアーレイ子爵は人に自慢できる戦果なんてない。最初から戦果を得ずに帰ることが目的だったのではないかとリアリィ先生は厳しい顔をした。


「どうしてそんなことを?」

「もちろん現領主を排斥して、新しい領主を受け入れやすくするためですよ」

「アンドレーアを?」

「まさか。家を出た優秀な長男に魔力に溢れた息子がいるでしょう」


 子爵の娘以外にも候補者はいるだろうとリアリィ先生が呆れたように嘆息する。


「それって……僕のこと?」

「他に誰がいます」

「でも僕はアーレイ子爵になる気なんて……」

「だから言ったのです。味方の『つもり』なのだと」


 結局のところ、彼らは僕の領主としての采配に期待しているわけではなく、今の領主が気に入らないから新しい領主が欲しいだけ。僕の意向なんて二の次だから勘違いしないようにと、リアリィ先生が僕の鼻先に人差し指を突き付けた。


「彼らを利用してアーレイ子爵になるのも、放置するのもアーレイ君次第ですけど、彼らが自らの都合で行動していることを忘れてはいけませんよ」


 放っておくとアーレイ子爵と娘ふたりを勝手に排斥して、僕に子爵の椅子を差し出しかねないという。それで僕に恩を売ったつもりになって……

 僕が爵位を継げるようになるのは卒業後のこと。まだ時間はあるけど、気が付いたら外堀が埋められていたということにならないよう対策は考えておいた方がいいそうだ。


「領軍に不穏な動きがあると、アーレイ子爵に伝えては……」

「自分の命が惜しくないのですか?」


 どこにどれだけいるかわからないクーデター派を狩り出すより、僕ひとりを始末する方が手っ取り早くて確実だ。クーデター派の存在を口にすることは自殺行為であるらしい。


「アーレイ君が子爵になれない立場になってしまうという方法もあります」

「放校処分ですか?」


 魔導院を卒業できなければ爵位を得る資格が得られない。


「自領から離れられない女性と婚約するという方法もありますよ」

「領を離れられない?」

「確実なところではクサンサさんがそうです。嫡子である女性との婚約を破棄して襲爵させるには、多くの貴族からの支持が必要になるでしょう」


 次席と婚約……なんだかいろいろ吸い上げられるイメージしか浮かばないな……


「シュセンドゥさんは理想的です。婚約を破棄させようとしても東部派貴族の支持を得られませんから、諦める他ありません」


 そういえば、シュセンドゥ先輩も嫡子だったな。卒業したお兄さんがいるという話だったけど……


「アーレイ君の力で国土を増やし、そこに封爵されても良いのですけど……」

「無茶言わないでください」


 それは魔物の領域を開拓して人族の土地にしろということだ。アーカン王国の建国時には西部派の土地は魔物の領域で、魔物を追い出すのに功績のあった人たちがその土地に封爵されて今の西部派になっている。

 遠征に行った先でドラゴンに出くわすほど国土が広がっているのに、これ以上広げても維持できないだろう。


 小休止の時間になり竜車が止まったところで、今の話はまだ推測にすぎないから他言は無用と口止めされる。こんなことなら僕の命を狙う組織の方がマシだったとため息を吐きながら竜車から降りれば、助けを求めるヘルネストの泣き声が聞こえてきた。

 迂闊にも僕がアーレイであることをバラしたヘルネストを、次席は許していなかったのだ。


 お尻が真っ赤に腫れ上がるまで竹竿で引っ叩かれて、その状態で荷車の御者台に座らされたヘルネストは、お願いだから誰か代わってくれとそこら中に泣き付いている。


「頼むよ……代わってくれよ……親友だろう……」


 ヘルネストには悪いけど、僕はお仕置きを台無しにして次席の怨みを買うような勇気など持ち合わせてはいないんだ。


「ウカツ男のために、わたくしが良いものを用意してあげたのですよ」

「なんだチミッ子。クッションでも持ってるのか?」


 胡散臭い微笑みを浮かべながらタルトがやってきた。アレはなにかいたずらを考えている時の笑みだ。タルトの奴、まさか……


「これを穿けばクッションの代わりになるのです」


 3歳児が取り出したものは、案の定オムツだった。


「そうね……泣くほど痛いのなら……サクラノーメ……穿かせてあげなさい……」

「ヘル君。私が着けてあげるから、おとなしくあんよ上げて……」

「まてサクラッ、気を確かにっ。正気に戻るんだっ」


 オムツを手にしたムジヒダネさんがおとなしくしろとヘルネストに迫る。


「モロニダスッ。サクラを止めてくれっ」

「おめでとうヘルネスト。今日から君のことはヘルネスト・オムツダネと呼ばせてもらうよ」

「てめえっ、誰がうまいこと言えと――――!」


 ヘルネストはお尻を抱えながら逃げていった。フハハハ……君もオムツ仲間になるといいよ。


「例の術式で……ウカツを捕らえられて……」

「できるけど……それはさすがに酷いと思うよ」


 いくらなんでも、『ヴィヴィアナピット』で底なし沼に落っことすのはかわいそうだ。


「やれとは言ってない……確かめたかっただけ……」


 髪はいつものハーフアップに戻したけど、気に入ったのか田舎ファーマーのままな次席が唇を尖がらせてふて腐れたような顔をみせる。ご令嬢という言葉がしっくりくるような美少女はこんな仕種も魅力的だ。リアリィ先生に婚約なんて言われてしまったから、あり得ないと思いつつもついつい意識してしまう。


「モロリーヌ……どうしたの……顔が赤いわ……」

「ひょえっ。なんでもにゃいよっ」


 まずいっ。顔に現れてしまったようだ。次席が上から覗き込むように顔を近づけてくる。目の前の可愛らしいピンクの唇から目が離せず、ますます顔が火照っていくのを止められない。

 先生から口止めされているから迂闊なことを口走るわけにはいかないし……そうだっ。こんな時こそホモネタだっ。ホモだっ……ホモになるんだっ……


「あ、あのね……ヘルネストがオムツを穿かせられているところを想像しちゃってね……」

「そう……モロリーヌもとうとう目覚めたのね……」


 次席が片手で目頭を押さえながら、空いた手で僕の頭をナデナデしてくる。なにやら勝手に目覚めたことにされてしまった。早まっただろうか?


「ねえ、そろそろムジヒダネ家の騎士との話を聞かせてくれないかな」

「もうっ、【皇帝】がしつっこいんだよっ。私は見てないって言ってるのにっ」


 【皇帝】がクセーラさんとやってきた。荷車の上でしつこく話を聞き出そうとして、クセーラさんのご機嫌を損ねてしまった様子。彼は『ヴィヴィアナピット』の発案者と言ってもいいから、騎士との戦いが気になって仕方ないのだろう。


 ロゥリングレーダーと相性がいいのは、射線に関係なくピンポイントで相手の居場所を狙える術式と決まっている。僕は空から攻撃する術式をいくつか思いついてタルトに相談したのだけど、地上を焼き滅ぼすつもりなのかと断られてしまった。そういった術式は知っていても、僕に使わせるには威力があり過ぎるらしい。

 困っていた僕に落とし穴を提案してくれたのが【皇帝】で、どんな落とし穴にするかいろいろ話し合った末、底なし沼に落ち着いたのだ。


「酷い……君には人の心ってもんがないのかい……」


 話を聞き終えた【皇帝】は、相手を傷つけることなく無力化できると思って提案したのに、そんな使い方を思いつくなんて悪魔のようだと涙を流す。逃げても逃げても底なし沼が追いかけてくる恐怖が理解できないのかと僕を激しく非難した。


「ひとでなしだねっ。伯爵は人が苦しんで絶望する姿を見て楽しんでたんだよっ」

「底なし沼くらいで大袈裟だよ。首席や次席には通用しないし……」


 発芽の精霊なら底なし沼の中に植物の根を張らせて土を固めてしまえるし、テシターを引き上げたときのように植物の蔓で引っ張り上げてもいい。次席にはちょっとした足止めがせいぜいだ。


「クスリナのいる私はわかるけど……首席もなの……」

「蜜の精霊は流した蜜を固めることもできるみたいだよ」


 シルヒメさんとお菓子を作っている時にやっているのを見たことがある。あの精霊は蜜をサラサラにすることもヌルヌルにすることも、カピカピにすることすら自在のようだ。


「精霊のいる人ばっかりだよっ。まったく参考にならないよっ」

「昨年、ハーケンに巻き上げ機の付いたゴーレム腕を作ったはずだよね」

「あ~、あれね。重いからあんまり使わなくって忘れてたよっ」


 クセーラさんがアハハハ……と笑って誤魔化す。彼女自身を持ち上げられるように作ったから、底なし沼から脱出するのは簡単だ。


「僕だったら沼の中に『ヴィヴィアナロック』で足場を作るよ。対抗術式がないわけじゃない」


 『ヴィヴィアナピット』は底なし沼を作りだすだけで、そこにある泥を操っているわけじゃない。それをやると底なし沼の維持に魔力を取られるのですっぱり諦めた。その代わり消費魔力が少なく連発可能で、いくらでも底なし沼を設置できるという利点がある。


「君にしか使えない対抗術式じゃないか」


 そんなものを例に挙げるなと【皇帝】が憤慨していた。足場にできるような堅い防御壁を作りだす術式を持ち歩く人は少なく、防御術式といえば渦を巻く水や風の盾が主流だ。攻撃に耐えるのではなく、回転による遠心力で逸らしてしまう術式で、少ない魔力で発動が早く場所を選ばずに使えるとあって人気がある。

 ただ、これを『ヴィヴィアナピット』の中で使った日には、底なし沼は洗濯機と化すだろう。


「伯爵や姉さんはいつだって自分基準で上から目線なんだよっ。猛省を求めるよっ」


 日頃の言動を省みて態度を改めろとクセーラさんが主張する。望んだ者が皆、精霊と契約できるわけではないのに、そんなに精霊が偉いのかと火を噴くような勢いだ。


「クソビッチこそ悔い改めるべきなのです」

「ぎゃあぁぁぁ――――!」


 領軍と先輩たちに護衛されて気が緩んでいるのか、白ワンピなんて着ていたクセーラさんのスカートを3歳児がまくり上げた。だけど、そこでピタリと動きを止め、ゆっくりとスカートを戻す。


「どうやら心を入れ替えたみたいですね。お前はもうビッチではないのです」

「昨日……始まったみたいだから……」


 次席がこっそりと耳打ちしてくる。なんと、今日のクセーラさんはオムツだそうだ。


「えっ。じゃあ、もうクソビッチじゃないの?」

「クソビッチがビッチでなくなったのですから、今日からお前のことは『クソ』と呼ぶことにするのです」


 期待に瞳をキラキラと輝かせてタルトに尋ねたクセーラさんだったけど、3歳児のあんまりな仕打ちに支えを失ったマネキン人形の如くその場に崩れ落ちた。


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