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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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70 宿命の分かたれる刻

「我が姪よ――」


 いつの間にか僕はプロセルピーネ先生の姪っ子にされてしまったらしい。


「――その子ちょ~だい♪」

「あげないのです」


 テストの採点を終えてコテージに戻ったプロセルピーネ先生は、さっそくタルトの拾ってきた魔獣たちに目を付けた。特にこの大陸に生息していないはずのマンティコアに興味を示し、解剖させてくれと言い出す。


「ちょっと解剖するだけだから。ちゃんと元に戻すから。今ならザリガニのハサミもサービスするから」

「元に戻せばいいって話じゃありません。ザリガニのハサミを生やすとか、もう改造じゃないですか」


 まだ幼いティコアを生きたまま解剖させろとか、治療士としては超一流なのにこの先生は倫理に問題がありすぎる。


「先っちょ、先っちょだけだから。ねっ、いいでしょ?」

「肝に先っちょもくそもないのです。シルヒメ、やってしまうのです」

「はなせ~。なにおする~」


 儚げな見た目に反して力持ちなシルキーに捕まって、先生はティコアから引き剥がされてしまった。


「オスのグリフォンに続いてマンティコアとは……どこで見つけてきたのですか?」

「それを知っているのはタルトだけです……」


 プロセルピーネ先生もリアリィ先生もマンティコアのことは魔物図鑑でしか知らないようで、暴れていたドラゴンの子供だとは気付かれずに済んだ。


「座標6748554C、56G21U、88A09Vの辺りなのです」

「そんな風に言われてもさっぱりわからないよ」

「それはわたくしのせいではないのです」

「失言でしたね……」


 聞かれたから答えた。理解できないのは自分のせいではないと言われ、リアリィ先生は愚かな質問だったと認めた。魔物の領域には正確な地図なんてないのだから、人族に理解できる答えが返ってくるはずないのだ。


「それでは、おふたりから話を伺わせていただきましょうか……」


 僕と魔性レディはリアリィ先生に尋問され、そして無茶苦茶怒られた。サクラちゃんのお兄さんとの交戦は、まったく意味のない無用な危険を冒しただけだったと……


 魔性レディのことはムジヒダネ家内における紛争でしかなく、そこに僕が加担していい理由は一切ない。殺されようが隷属させられようが、それはムジヒダネ家の問題なのだから、僕がしたことは差し出口でしかない。

 こんな女がどうされようと見殺しにするのが当然だとリアリィ先生は冷酷に言い放つ。


「そんな……見殺しって……」

「助けてくれたことには感謝しているけど、御子は自分の行いが正しいか判断するのは自分ではないということを理解しておかないと危険だわ」


 姫ガールを救おうと呼び出しに応じた魔性レディまで僕のしたことに批判的なようだ。


「モロリーヌさん。ムジヒダネ家の嫡子と同じムジヒダネ家の士族の間の紛争について、最終的にどちらに義があったか裁定を下すのは誰か? 授業で習いましたね」

「え~と、この場合はムジヒダネ子爵ですか……」

「正解です。子爵の裁定次第では、あなたは嫡子殺害の実行犯として王国中に手配されてもおかしくない立場なのだと理解していますか?」


 あ…………まったく理解していませんでした……


「でも、ここはムジヒダネ領ではありませんよね……」

「裁判権の管轄に関する授業はまだでしたね。領内で戦闘行為を行った件に関してはここの領主の裁定によりますが、結果として嫡子が殺害された件に関してはムジヒダネ子爵の裁定によるのです」


 紛争当事者が互いにムジヒダネ子爵の士族であったため、王国裁判所の裁定を求めることもできず子爵の一存で決められてしまうらしい。僕の冒した無用な危険とは、交戦による命の危険だけにとどまらない。残りの人生を犯罪者として生きていく覚悟があってやったのかと問われ、僕は言葉を返すことができなかった。


「我はいちおう任務扱いでここにいるし、あの男の行動が私事であることは明らか。心配はいらないと思うけど、御子はそういうこともあると憶えておいた方がいいわ」


 任務中の士族が派遣先の領外で、領内にいるはずの嫡子と戦闘になった。これで士族の方を罪に問えば、嫡子は領主から密命を受けていたのではと疑う者も多くなる。それでサクラちゃんのお兄さんが生き返るわけでもないのに、士族たちの間に動揺を広げるような裁定を下すほどムジヒダネ子爵は愚かではない。

 ただ、軽率な判断であったことは心に留めておきなさいと魔性レディに言われてしまった。


「こんな暴力女のために一生を棒に振るところだったのですよ。わかりましたね」

「我が暴力女……」


 魔性レディの現世うつしよにおける仮初めの名――つまり本名――はファルノスミーレ・ソコツダネといい、ウカツダネ家と同じムジヒダネ家の分家のひとつであるらしい。言われてみれば、顔つきや髪色、背が高いところにおっぱいが残念なところまで【ヴァイオレンス公爵|(大人バージョン)】といった印象がある。


「あんまり下僕を苛めるのではないのです。人族に追われたら、ホブゴブリンのところに行けば良いではありませんか」


 グリフォンの雛を抱いてトコトコやってきたタルトが実にありがたくない解決法を教えてくれる。まだ諦めていなかったのか……


「下僕を大歓迎してくれる種族をわたくしはいっぱい知っているのですよ」


 膝の上によじ登ろうとするので抱っこして座らせてあげると、この世界に生きているのは人族だけではない。人族にこだわって窮屈に生きるくらいなら、いっそのこと捨ててしまえばいいと国外逃亡どころか種族外逃亡を示唆してくる。


「ロゥリング族の力を欲しがる種族は多いと?」

「当たり前ではありませんか。下僕は人族の中にしか居場所のないビッチとは違うのです」


 人族から手配されたくらいで一生を棒に振ったなど大袈裟だ。いつでもバナナが好きなだけ食べられる種族のところがいいとタルトは自らの欲望をぶちまけた。

 でも、ある程度文明を持った種族でないと困るよ。シャワートイレは必須だよ……


「ロゥリング族の力って、気配に敏感だというアレ?」

「ええ。正確には魔力を知覚する能力が人族よりずっと優れているのだそうです」

「霧の中でジラントを見つけるって、ホラ話じゃなくって?」

「ラトルジラントがウヨウヨしている霧の山中にハイキングに出かけてくれましたよ」


 魔性レディに尋ねられたリアリィ先生が、シルヒメさんに枝豆をおかわりしているプロセルピーネ先生を忌々し気に睨みながら答える。山狩りの時に僕を治療班に加えたことについて苦情を申し立てたけど、ロゥリング族にとってはなんてことはないと相手にしてもらえなかったらしい。


「見えない相手を捉える能力にあの術式と騎獣……あの男が一方的になぶられるわけだわ……」

「ひたすら全力疾走させただけですけどね」

「走り続けなければ底なし沼に飲み込まれるなんて、悪夢そのものじゃない……」


 欠片ほどの慈悲もないと魔性レディが体を震わせていた。ムジヒダネに慈悲がないなどと言われるのは心外だ。ただの地獄のしごき(ダイエット)なのに……


「お前、あのグリフォンを育てていたと言っていましたね」

「ヴィロードのこと? ええ、お爺様のグリフォンが孵した雛をいただいたのよ」


 脈絡もなくタルトに尋ねられた魔性レディは、目をパチクリさせながらヴィロードは雛のうちから自分が育てたと答えた。


「今、グリフォンの里親を探しているのです。大事にしてくれるなら、この子をお前に預けるのです」


 3歳児が胸に抱いていたグリフォンの雛を持ち上げてみせる。魔性レディが手を伸ばして喉を擦ってあげると、イエネコほどの大きさのグリフォンは気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らした。


「いいの? この子、相当な値が付くはずよ」

「お前たちはすぐにお金を気にするのです。金の亡者なのです」


 タルトはヴィロードの契約を破棄した代わりだと言ってグリフォンの雛を魔性レディに譲り、その場で使い魔の契約まで済ませてしまった。生徒が使い魔にしているとしつこく交渉を迫られるから、成人した士族に引き取ってもらうことにはリアリィ先生も賛成だそうだ。これでひとつ心配事が減ってくれたと胸をなでおろしている。


「そのグリフォン、成長したら解剖させて欲しいんだけど……」

「絶対にダメです」


 プロセルピーネ先生が性懲りもなく解剖したがっていた。






 テストの翌日、看護士講座の結果発表を見に行った僕たちは……沈んでいた。僕もカリューア姉妹も魔性レディの名も、何度探しても合格者一覧の中には見当たらない。姫ガールだけがヘビマスターに抱き着いて歓声を上げていた。


「こんなはずでは……」


 自信があったらしい魔性レディは愕然としている。


「せめてどの程度解けたのかは……知っておきたいわ……」


 採点したプロセルピーネ先生に尋ねたところ、次席は9割を超えて、僕とクセーラさんはギリギリ9割、魔性レディも8割以上正解していたそうだ。


「どっ、どうしてそれでっ。約束が違うよっ」

「あれは満点を取らせるための出題だもの。不正解なんてもってのほかだわ」


 僕たちが苦労し、ドクロワルさんがチョロイと評した出題内容を、先生は満点を取らせるためのサービス問題だと言い切った。


「あんな出題で審査なんてできないわよ。モウホンマーニに着いたところで弟子の会員審査があるから、あんたたちはその間に再試験よ」


 モウホンマーニにある治療士協会北部支部で僕たちは再試験。出題内容は先生が決めるそうだ。ドクロワルさんのために審査員を集めているから、採点と資格の認定はその場で行ってしまえるという。


「我もですか……」


 僕たちの巻き添えを喰らう形になった魔性レディは項垂れていた。


 なんてこったと肩を落としてトボトボとコテージに戻る。コケトリスを見たがった姫ガールとヘビマスターも一緒だ。姫ガールを騎乗させてあげようとイリーガルピッチを厩から出したら、タルトが自分も乗っけろとやってきた。


「コケトリスと遊ぶのならわたくしも混ぜるのです」


 イリーガルピッチにタルトと姫ガールを乗せて庭を歩かせ、『ヴィヴィアナロック』の壁の上を跳ねさせる。姫ガールは小さな曳き馬くらいしか騎乗経験がないそうで、初めて乗ったでっかいニワトリに大はしゃぎだ。


「鳥だけあって馬よりも軽快だね。ヒッポグリフと違って繁殖させられるのもいい」


 コケトリスを見ていたヘビマスターはさっそく商売にならないか考え始めた。


「あの黒い雄鶏は上流階級のご婦人が欲しがるんじゃないかな。美しさに加えて威厳がある」

「雄鶏に乗れる貴族がいればの話ですけどね」


 黒スケはイリーガルピッチより立派な体格をしていて、艶のある真っ黒な羽はヒッポグリフより気品がある。騎獣たちの中では抜群にエレガントだと飼育サークルでも評判だ。ただ残念なことに、人族で乗れるのはシュセンドゥ先輩ひとりしかいない。褒めてくれる人は多くても、買ってくれる人が少ないのでは商売として成り立たないだろう。


「あら、ケチンボのおじさんじゃない。こんなところまで来てたの?」

「これはヌレテニワお嬢様。ご無沙汰しておりますが、ケチンボではありません。ケティンボゥです」


 そのシュセンドゥ先輩がコテージにやってきた。ヘビマスターのことをケチンボのおじさんと呼んでいる。元士族だそうだから顔見知りだろうか。


「ふ~ん。これがモロリーヌ。よくバケたものね。アーレイ」


 モロリーヌを見るのは初めてなはずなのに、シュセンドゥ先輩は僕だと知っていた。くそぅ。おしゃべりな誰かが余計なことを伝えたな。


「アーレイ? もしかして【鉄のホモ(アイアンゲイメン)】のアーレイですか?」

「なにその嫌な呼び方っ?」


 ヘビマスターことケティンボゥ氏は僕の父親が王都にある国立高等学習院に在学していたころの同級生で、そのころの父のあだ名が【鉄のホモ】だったと教えてくれた。もっとも、本当にホモだったわけではなく、魔力こそ乏しいものの成績トップの父に好意を寄せる女の子は多かったという。

 ただ、中立派のホルニウス侯爵に目を掛けてもらっていた手前、どこかの派閥の女の子と懇意になるわけにはいかず、お誘いを断るのにホモネタを使うのが常だったそうだ。


「なんでホモネタなんか……」

「いくら好意を寄せられても応えることはないと示すためだそうだよ」


 派閥に属している女の子と懇意になるということは、その派閥にすり寄ることと同義で、それではホルニウス侯爵に対する不義理となる。普通に断ったのでは自分のどこに不満があるのだとご機嫌を損ねるお嬢様も多かったので、ホモにしか興味がないと断った方が相手のプライドを刺激せずに済んだのだとか。


「プライドは刺激せずに済んだけど、多くの方々の妄想を盛大に刺激してしまってね……」


 そっち系の話題が大好物な女性が上流階級には多いらしい。父と同じ東部派出身で、魔力に乏しいわりに成績は悪くないと境遇も似ていたヘビマスターは格好の標的にされてしまったそうだ。「アレケチ派」と「ケチアレ派」の抗争に学習院は鼻血に染まったという。


「モロリーヌねぇ……本当にそっちの趣味はないの?」

「ありませんよっ」

「そのわりにはメイク気合入ってない?」

「シルヒメさんがやってくれたのっ」


 シュセンドゥ先輩は納得いかないのか疑いの眼差しを向けてくる。これは変装だよ。メイクもロゥリング族の特徴である吊り目を誤魔化すためだよ……


「それより、どうして先輩がコテージに?」

「明日の朝、この街を発つことになったから知らせに来たのよ。あんたたちも一緒に帰るでしょ」

「おや、もう発たれるのですか。それではあまりお邪魔はできませんな」


 出立の準備もあるでしょうからとヘビマスターが暇を告げた。彼らは東部派の領軍と一緒にこの街を発つので、もうしばらく滞在するのだそうだ。タルトはヘビマスターが気に入ったのか、拾ってきた白蛇を大切にするようにと渡す。


 白蛇は循環と再生を象徴する【暁の女神】様に縁があるらしく、大切にしてあげればお金の廻りが良くなるそうだ。それを耳にしたシュセンドゥ先輩が羨ましがっていた。


「交差した宿命がそれぞれの道へと分かれるは免れ得ぬ必定。再び宿命の重なり合う刻の果てで、おふたりを待っているです」

「我らは宿命に導かれるまま幾度となくめぐり逢う。繰り返される時の中で、再びまみえる日を楽しみにしているわ」


 魔性レディと14歳にしか理解できない挨拶を交わし、姫ガールはヘビマスターに連れられてコテージを去っていく。すっかり仲のいい親子になったふたりの後ろ姿に、もう会うことの叶わない田西宿実の家族を思い出し胸が痛む。


 思い出を振り返ってばかりいても仕方がないとドワーフ国にいる家族を思い出そうとしたものの、【鉄のホモ】が笑いながら尻を突き出しているイメージしか浮かんでこなかった。


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