69 名探偵タルト
機関は壊滅したものの、姫ガールの身柄は結社に囚われたままだ。手掛かりは彼女を欲しがっている者ということだけ。ヘビマスターに心当たりがないか尋ねてみようと、姫ガールが泊まっていた宿へと向かう。
「ヘビマスターが困っているのなら手を貸してあげるのです」
ありがたいことにタルトが協力する気になってくれた。なんとか姫ガールの魔力を知ることができれば居場所を突き止めてくれるだろう。宿に行ってヘビマスターに取次ぎをお願いすると、ダニーオが心底嫌そうな顔を隠さないまま案内してくれる。
「おや、君は……」
「わたくしに見破れないいたずらなんてありはしないのです。ど~んと任せるのですよ」
タルトはどんないたずらも見破って見せると自信満々だ。ヘビマスターから話を聞いたところ、手がかりらしい手がかりもなく捜索はほとんど進んでいないという。とりあえず、姫ガールを攫ったのは機関のふたりであり、そちらはすでに亡き者となっていること。ふたりから彼女を欲しがっていた者に渡されたということを伝える。
「我をおびき出すために利用されたようです。せめて、姫を取り戻す手伝いをさせていただきたい」
「そういうことでしたか。今は娘を欲しがっていた者に囚われているのですから、ご自分を責める必要はありますまい。それよりも心当たりですが……これがさっぱりでして……」
姫ガールは隊商と一緒にいて、顧客の前に姿を見せたことはほとんどない。これまで浮いた話のひとつもなかったそうで、彼女を自分のものにしたいという相手など思いつかないとヘビマスターが申し訳なさそうに言う。
商売敵という可能性もあるけど、そうであれば要求のひとつくらいあってもいいはずだ。
「そんな話は見つければわかるのですよ。それよりもダラニーを最後に見た場所に案内するのです」
姫ガールのことをダラニーと呼ぶことにしたタルトは、相手の正体や犯行の動機なんて犯人を捕らえればわかるのに、どうして今考える必要があるのだと話を打ち切った。
「考えたってどうせ答えなんて出ないのです。それよりも感じるのですよ」
推理なんて時間の無駄だと古今東西の名探偵を盛大にディスった3歳児は、ヘビマスターに姫ガールの使っていた寝室を案内させる。
「昨晩、おやすみ前のお茶をお持ちした時にお見かけしたのが最後です」
最後に会ったのはダニーオ。寝る前にお茶を淹れるのは日課で、翌朝におはようのお茶を淹れようと茶器を下げに来たときにはもう姿はなかったそうだ。ノックしても返事がなく、扉の鍵が開いていたので覗いてみたところ、すでに出かけてしまった後だったという。
ただ、姫ガールが出かけたことに気付いた者はいない。この寝室は廊下の一番奥の突き当りにある角部屋なのだけど、姿を見た者はおろか、扉を開ける音や足音を耳にした者さえいないらしい。
ダニーオの話を聞きながら、タルトはタンスやクローゼットを開けたりと部屋の中を物色している。
「下僕、これを見るのです」
3歳児がなにか見つけたらしい。僕を手招きして呼ぶ。
「なにかあった? って、これっ!」
これを見ろとタルトが指差したのは、タンスにしまわれた姫ガールのパンツだった。黒とか紫とか青とかでレースで飾られたアダルトチックなものが多い。
グッドだ……グッドだよっ……
「ダラニーはビッチだったのです。これからはダラニビッチと呼ぶことにするのです」
「タルト、遊んでないでちゃんと探してよ……」
ほら、ダニーオ青年がなにか言いたそうな目で睨んでるぞ。
「とっくに探し当てたのです。時間をかけたのは下僕が自分で気付けるか試していたのです」
「もうわかったのっ?」
出来の悪い下僕にもわかるように説明してやろうと、3歳児が椅子に腰かけて偉そうに足を組む。どこからか取り出したパイプを咥えると、プピーという笛の音がしてパイプの先から紙の筒が立ち上がった。
ヘビのおもちゃと一緒に球的屋から巻き上げてきたパイプのおもちゃだ。
「ダラニビッチは散歩に出かけてなんていないのです。寝ている間にそこの窓から連れ去られたのですよ」
「まて、窓はすべて内側から鍵がかかっていたぞ」
タルトはパイプを持った手で窓のひとつを指し示す。ダニーオが疑問を差し挟んだけど、タルトはそう見せかける方法などいっくらでもあると一蹴した。
「この部屋にはいく人もの魔力の残り香が漂っているのです。その中に、扉から出入りしていない魔力がふたつあるのですよ」
機関のふたりの魔力と一致する。あのふたりが窓から侵入して姫ガールを連れ去ったことは確実だとタルトは再びパイプを吹く。
「では、どうやって鍵を?」
「方法などいっくらでもあると言ったのです。手口は重要ではないのです」
使われた手口を突き止めることに時間を費やすのかと、3歳児は自分だけわかっているのをいいことにドヤ顔をキラキラさせていやがる。
「争ったような形跡はなかったぞ?」
「薬で眠らせてしまえばか~んたんなのです」
ダニーオの疑問にタルトはいちいちくだらんことを聞くなと、小バカにしたようにパイプをプピープピーと鳴らしてみせた。
「それで、娘は今どちらに?」
「わからないのです」
なんだそれはっ。ドヤ顔でわかんないとか偉そうに言うなよっ。ズッコケて足首を挫いたじゃないかっ。
「探し当てたんじゃなかったのっ?」
「わたくしはこの街の通りや建物の呼び名など知らないのです」
3歳児はあっちだと窓の外を指差した。居場所はわかるけど、それを言葉で説明することはできないという。
「案内してあげる前に、そこのお前――」
椅子から降りたタルトがダニーオを指差す。
「――ひとっ走りして警吏を呼んでくるのです。人族は勝手に家に入られると怒るのです」
「そうだったな。警吏もいないのに勝手に家屋を捜索しては、こちらが罪に問われてしまう」
今にも飛び出していきそうだったヘビマスターが、精霊なのに人族のしきたりをよく知っているとタルトを褒める。頭をナデナデされて喜んでいた3歳児だったけど、ダニーオが警吏を呼びに部屋から出て行った途端、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「下僕、あの男をつけるのです」
「ダニーオを?」
「あの男は警吏なんて呼びに行かないのです。ダラニビッチのところに向かったのですよ」
機関が窓から入ってきたことは確実だ。ならば、あらかじめ窓の鍵を開けておき、姫ガールに薬を盛って眠らせて、連れ去られた後に窓に鍵をかけ扉から出ていった内通者がいたに決まっている。こんなものはトリックですらないとタルトが笑う。
「怪しまれずにそれを全部やれるのはあの男なのです。ですから、ダラニビッチを見つけた振りをして探ってみたのです」
わざともったいぶった態度で情報を小出しにしてダニーオの魔力を探っていたらしい。機関の侵入経路を言い当て、薬が使われたことをほのめかし、最後に姫ガールが囚われているのはあっちだと指差した時にダニーオは大きく動揺したという。
侵入の手口を詳しく語らなかったのは、内通者を疑っていることを明らかにしてはダニーオに警戒されるからだそうだ。
「じゃあ、姫の居場所はわからないってこと?」
「あったこともないダラニビッチの魔力なんて、わかるはずないと言ったではありませんか」
姫ガールの居場所を探し当てたというのはダニーオを焦らせるための嘘っぱちで、あっちだと指差したのは機関の魔力が続いていた方角だと、ダニーオを尾行しながらタルトがタネを明かしてくれる。
「こんなに離れていて、見失うことはないのかい?」
「あの男の魔力は憶えたのです。もうわたくしから逃げることはできないのですよ」
目立たないように、尾行は僕とタルト、魔性レディ、ヘビマスターに商会の使用人がふたりだ。かなり離れて尾行しているのでヘビマスターは見失わないか不安そうだけど、魔力を憶えられたが最後、3歳児からは逃げられない。
ダニーオはしばらくして安アパートのような建物に入っていった。タルトに案内されてそのうちの一室の前にたどり着くと、中から姫ガールの声が聞こえてくる。
「ダニーオッ。助けに来てくれたですかっ?」
「もう大丈夫です。お嬢、お怪我はありませんか?」
「縄で擦れて腕が痛いです」
「擦り傷になっていますね。宿に戻って手当てしてもらいましょう」
ダニーオの奴、いかにも自分が助け出したみたいなこと言ってやがる。これはあれか……自作自演ってヤツか?
タルトの発案でドアの前の廊下にズラリと並んでふたりが出てくるのを待つ。踏み込んで姫ガールを人質にされては面倒なので、あっけに取られているところを魔性レディに取り押さえさせることにした。
「男がふたりいたです。まだ近くにいるかもです」
「そいつらはもういません。ご心配――なっ!」
ドアの前に仁王立ちしていたヘビマスターと出くわしたダニーオは言葉を失って呆然と立ち尽くす。その隙にホンマニ魔導院騎士課程の卒業者であり、ムジヒダネ領の現役騎士でもある魔性レディが襲いかかった……
機関は壊滅し、結社は捕らえられ、姫ガールは無事救出された。だけど、僕たちの戦いは終わらない。安堵する僕たちの前に、看護士講座のペーパーテストというラスボスが立ちはだかったのだ。
「バタバタしたけど、及第点には届きそうだわ」
「姫もです。これもドクロ先生のおかげです」
僕たちが浪人ギルドに戻ったのは、ちょうどテストが始まった直後。女の子5人がかりの泣き落としで遅刻を見逃してもらい、なんとかテストを受けさせてもらった。
魔性レディと姫ガールは結果に自信があるようだ。まあそうだろう。彼女たちは7割5分正解すればいいのだから。
「全然復習ができなかったよぅ。これで9割なんてあんまりだよぅ」
「クセーラはなにもしていない……一番勉強している時間があったはずよ……」
合格基準を9割に設定されてしまった僕たちに自信なんてあるわけなかった。クセーラさんはテーブルに突っ伏して、次席も強がってはいるけど顔色がよろしくない。
「あの出題内容で合格できなかったら、きっと先生が怒りだすかと……」
ドクロワルさん的にはビックリするくらいチョロイ出題内容だったようで、唯一見えている口元が苦笑いしているように見える。プロセルピーネ先生が知ったら、出題者を叱りつけに行かないか心配になるレベルの内容だそうだ。
充分、難しかったよ。そんな風に思うのは先生とドクロワルさんだけだよ……
「終わったかい。ちゃんとできたかな?」
「姫はきっと合格してるです」
ヘビマスターが姫ガールを迎えにやってきた。今日からはパパと一緒にはげまし亭に泊まるらしい。目付きがイヤラシイと言っていたお父様と手を繋いで浪人ギルドを後にする。
それがいいだろう。第2、第3の結社が現れないとも限らないからね。
「御子……あの男にいったい何をしたの?」
姫ガールとヘビマスターを見送ったところで、魔性レディがどうやってリコリウスをあそこまで追い込んだのかと尋ねてきた。サクラちゃんのお兄さんはムジヒダネ四天王の一角で、魔性レディも歯が立たないほどの使い手だったそうだ。
「倒されることが四天王の存在意義ですから、敗北は宿命によって定められた必然でした。わたしの魔眼が彼の終焉を映し出しただけです……」
ムジヒダネ家は負けフラグというものを理解していないようだ。四天王は負ける。倒されるために四天王は存在する。きっと報せが届いたら、「奴は四天王の中でも最弱……」とか「ゴブリンごときにやられるとは、我ら四天王の面汚しよ……」なんて会話をするのだろう。
負けたくなければムジヒファイブとか名乗って、ひとりの相手を5人がかりで袋叩きにするべきなのだ。
「私にひと言の相談もなく……危険な相手との交戦を決めて……そんな説明で許されるとでも……」
「ぐっ、ぐるじいよっ……」
そんな14歳のたわ言で誤魔化されるものかと、おすまし顔に青筋を浮かべた次席が容赦なく僕の首を絞め上げる。
「危険な相手と交戦ですか? 詳しく聞かせてもらわないといけませんね……」
「テストを採点してやろうと来てみれば【絶叫王】と一緒だなんて。コイツは敵よ。わかってんのっ?」
「先生、戻られたんですねっ」
いつの間にか、僕の後ろにはリアリィ先生とプロセルピーネ先生が立っていた。ふたりとも体中から怒気をムンムンと立ち昇らせている。おとなしくしていろと言われていたのに、騎士を相手に交戦したのだからリアリィ先生が怒るのはわかるけど……
「なぁんであんたがここにいんのよ?」
「我も看護士講座を受講して……」
もう10年近く魔導院で教職に就いているのだから、プロセルピーネ先生が魔性レディのことを知っていてもおかしくはないのだけど、なんだか雰囲気が悪い。【絶叫王】というのは魔導院時代の魔性レディのあだ名か?
「治療士の敵と呼ばれたあんたが看護士とかなんの冗談? あいつはどうしたのよ?」
なんでも、在学中の魔性レディはトゲトゲの生えた鉄球の如く尖がっていて、触れる者を片っ端から叩きのめしていた。ご丁寧なことに、関節を普通に治療したのでは後遺症が残るように壊してくれるから、その度に外科手術のような治療もできるプロセルピーネ先生にお呼びがかかったらしい。
大事な研究や実験を中断させられたことは数え出したらきりがないと、先生はツインテールを逆立てて敵意を露わにしている。
「ヤーブドゥクは……」
魔性レディからヤーブドゥク氏が亡くなったことと、それにムジヒダネ家の嫡子がかかわっていたらしいことを聞いたプロセルピーネ先生は激怒した。
「ヘボとはいえ、魔力同調の使える治療士を自ら潰すとはやってくれるわね。これは治療士協会への報告案件になるわよ……」
治療士協会というのは国内における治療士の動向を把握し、必要に応じて斡旋や仲介、勧告などをする国立の機関だ。この治療士協会に正会員として登録されている人が正式な意味での治療士。ドクロワルさんが今なろうとしているもので、軍医であるプロセルピーネ先生は上級会員に登録されている。
手の足りていない軍医や治療士が待遇のいい一部の領に集中しては国として困るので、治療士協会は人材を貴族に紹介したり、一時的に派遣したりといった活動もしているらしい。
「妾欲しさに治療士を謀殺するような領からの要請なんて、すべて棄却されるようにしてやるわ」
「いえ、それはムジヒダネではなくリコリウスの問題で……」
「あ゛あ゛あ゛ぁ?」
領ではなく個人の問題だという魔性レディの主張はプロセルピーネ先生に取り合ってすらもらえなかった。このままでは自分のせいでムジヒダネ領に治療士が来なくなってしまうと魔性レディは頭を抱える。
先生は治療士より妾が大事なら妾協会にでも泣き付いていろと言い残してテストの採点に行った。看護士講座は浪人ギルド主催なのだけど、講義や資格審査を請け負っているのは治療士協会北部支部なので顔が利くらしい。
不正をしてくれとは言わないけど、合格基準を引き上げるのに顔を利かせなくともいいだろうに……
「モロリーヌさん……カリューアさんのお話では、周囲が制止するのも聞かずにムジヒダネ領の騎士と剣を交えたそうですね」
うおぅ。次席から事情を聞いていたリアリィ先生が殺気を放ちながらにこやかに迫ってくる。周囲の制止も聞かずって……
確かに僕の勝手な判断で交戦を決めてしまったのは事実なのだけど、なんだか「次席の忠告を無視して……」が「泣き叫んで引き留める次席の手を振り切って……」レベルにまで誇張されて伝わっている気がする。
「先輩もお久しぶりですこと。教養課程の生徒に成長の機会を与えてくださったそうで感謝にたえません。お礼に今夜は私たちのコテージで歓待させてくださいませ」
「は……はひ……」
リアリィ先生が丁寧な言葉で魔性レディをコテージへ招待する。そこに隠された「よくも家の問題に生徒を巻き込んでくれたのぅ。言いたいことがあるからコテージまで顔貸せゃ」という意図に魔性レディはガクブルしながら頷くしかなかった。




