691 貫く覚悟
魔性グランマの孫はまだ13歳にもかかわらず、重度の14歳の病気を患っていた。これは完全に末期症状だ。もう助からないと告げたものの、わずかでも見込みがあるなら諦めるなとヘルネストは治療を勧めてくる。完治させる方法なんて、イグドラシルに戻して魂を真っ新な状態へリセットしてもらうくらいしか思いつかない。
「ヘルネスト、14歳は死ななきゃ治らないんだ。僕にこの手を汚せというのか?」
「マイフレンド。どうしてお前はすぐ非道に走ろうとするんだ?」
ここまで病気が進行してしまったら、外科的処置で患部を除去しようにも首から上をバッサリ落とすしかないだろう。今度こそ真っ当な家に生まれつくことを祈りながら苦しまないようひと思いにやるしかないと告げたところ、ヘルネストの奴は僕のことを非道だとなじり始めた。代案も出さずに批判だけしてればいい奴は気楽なもんだ。
「プロセルピーネ先生。よく効く治療薬とか持ってませんか?」
「パァプリンの使用には領主の許可がいるって言ったじゃない」
「ダメだ。こいつらは……」
一縷の望みをかけてプッピーに特効薬はないかと尋ねてみたものの、効果が期待できるのはパァプリンだけと診断された。ロゥリング族には倫理の欠片もないとヘルネストが非難してくるけど、病気を患ったまま黒歴史を重ねていかせるのは忍びない。この手で楽にしてあげるのがせめてもの慈悲ではなかろうか。
「ヘルネスト? それにあのグリフォン……もしや、ウカツダネの爺様か?」
さすがに同じムジヒダネ領の出身だけあって闇バロン君はヘルネストに気づいた模様。ムジヒダネさんのヘルスティンガーのことも知っているようだ。
「おう。最後に遊んでやったのはお前さんが4歳の時だったか」
お母さんに連れられているうちは会う機会もあるのだけど、ムジヒダネ領では教育が始まると子供同士でまとまって行動するようになる。ヘルネストが領都にいないこともあって、それ以降は顔を合わせる機会がなかったそうだ。そのため相手の顔は憶えていないものの、闇バロン君はサクラちゃんのグリフォンが印象に強く残っていたという。
「カッコいいでしょう。あげないわよ」
「くっ……」
ヘルスティンガーの首筋を撫でながら使い魔を自慢する【ヴァイオレンス公爵】。とっても大人げない。モモベェがコナカケイル氏に、フルールが魔性グランマに譲られたと知り癇癪を起していたことを知っているカリューア姉妹が揃って呆れ顔になっている。
「グリフォンはともかく、このコケトリスはどこで手に入るんだ?」
「この国じゃ無理かなぁ。雛を孵すにしても、競技用に選抜されたガチ血統で【天を覆う漆黒の翼】と【天より降る白銀の星】のどちらも入ってない雌鶏を調達しないと……」
さすがにグリフォンを欲しがるのはわがままが過ぎると自覚しているのか、バナナンダーを指差してどこで手に入れたのだと闇バロンが尋ねてくる。残念ながらアーカン王国には競技用ガチ血統が残っていないだろう。あったとしてもイリーガルピッチの血を引いているからバナナンダーとの交配には不向きだし、同様な理由でロリオカンのメンドリシリーズも除外される。ロゥリング族が競技用に育成しているコケトリスで、王国にいるのとは血統が離れている雌鶏がいると伝えれば、まだグリフォンの方が期待できそうだと闇バロン君はガックリ項垂れた。
「崖下りをしない限りコケトリスの差なんてないようなもんだ。欲しがるより、練習して上達する方が早いし楽だよ」
しょぼくれている闇バロン君に、競技用のコケトリスを欲しがるのは観賞用の限界に到達してからで充分。コケトリスにこだわるのは百年早いと告げておく。
「だけど、君が崖下りを身につけたならバナナンダーを譲ってもいい」
「ほんとかっ?」
それでも諦めきれないなら崖下りを身につけろ。報酬はバナナンダーだと崖下り道場へ誘えば、闇バロン君は期待に瞳を輝かせた。かわいい孫のために、お爺ちゃんが知る限りの技術を伝授して進ぜよう。
「騙されるなよ。こいつはお前を崖から突き落として始末するつもりだぞ」
「アーレイの教育方針は……生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い込んで……生き残った者だけが……次の段階へ進めるという過酷なものよ……覚悟はあるのね……」
「なんだよそれっ。ひとでなしかよっ」
ところが、しめしめと心の中でほくそ笑んでいるところへ口ばっかりで実戦経験皆無な騎士くずれが横槍を挟んできやがった。命を捨てる覚悟を決めろなどと次席まで闇バロン君を脅しやがる。脱落者はハイエナどもに餌食とされ、生き残った者だけが栄光をつかみ取れるのは大自然の掟に沿った教育システム。それが最も効率的なのだと説明してもわかってくれない。とうとう、闇バロン君まで僕をひとでなしと非難し始めた。
「……闇の血を引く一族がずいぶんと生温くなったもんだね。【闇に魅初められし魔性】が知ったら呆れるよ」
「なっ、師匠の名を出すなんて卑怯だぞっ」
こういう時こそせっかくの14歳設定を活用すべきだ。散り散りになっていた闇の血が魔性グランマの代でひとつになったけど、再び拡散する時期に入ったかと問い質せば、闇バロン君は卑怯なりと足をドスドス踏み鳴らす。なお、魔性グランマは孫から師匠と呼ばれているらしい。
「己の道を貫きとおす覚悟もないのに外見や台詞だけを取り繕っても滑稽なだけだよ。あ~、しゃっば。チョー、しゃっばぁぁぁ……」
「ぐっ、ぐがぎぎぎ……」
こいつシャバいぜと煽り散らしてやったところ、闇バロン君は茹でダコみたいに顔を真っ赤にして身体をプルプル震わせた。煽り耐性は【ヴァイオレンス公爵】並みに低いようだ。
「子供に意地悪なことを言うんじゃないよっ」
ここで意地を張って崖下り道場へ入門してくれたらしめたものと期待したけど、それくらいにしておけとクセーラさんに止められてしまう。
「彼は私やウカツの同級生で……最終学年に上がった時点では学年7位……そのまま卒業していれば……準爵に推挙されることは時間の問題だったでしょう……」
「こいつがっ?」
妹に続いて次席が進み出て、こんな見た目でもヘルネストと同年代なうえ、手に負えないいたずら者と先生方の頭を悩ませていた問題児。たび重なる問題行動を、他に類を見ない実績で帳消しにしてきた実力者なのだと僕の正体をバラしてしまった。コケトリスの訓練技術や繁殖技術を王国に伝えたのもこいつで、今の学長先生も僕に煮え湯を飲まされた者のひとりだと告げられ闇バロン君がビックリしている。もうちょっとで入門者を得られるところだったのに残念だ。すました言動とは裏腹に過保護という首席の人物評は正しかったらしい。
「だけど……たったひとつの目的のために自主退学して魔導院から去り……40年もの間……世界中を渡り歩く道を選んだのよ……それほどの覚悟は……誰もが持ち得るものではないわ……」
有力な貴族が揃って僕を準爵に推すだろう。そう確信するくらい期待を集めていたものの、最終学年の秋になって唐突に上流階級の一員になるより優先すべきことがあると自主退学してしまった。叙爵資格なんて足枷にしかならないと、約束された将来を投げ捨てて流れ者になってしまったのだと説明する次席。そこまでの覚悟を決められる奴は、むしろ異常者だからマネしてはいけないと悪しざまに語る。
「何事も過ぎれば害になる……同じ覚悟をあなたに求めたりしないわ……だって――」
過ぎたるは及ばざるがごとし。物事には限度ってものがあるのだから、己の将来を捨ててまで意地を貫かなくたっていい。それを根性なしと嘲る輩は、自分にできないことを他人には求めるクソ野郎。相手にする価値はないから気にするなと、次席がそっと闇バロン君の肩に手を置く。
「――そんな士族……扱いずらくって面倒なだけじゃない……」
「悪の本性を現したねっ。姉さんっ」
そして、最後に身も蓋もない本音をぶっちゃけるところは相変わらずな次席だった。
コケトリスたちを鶏舎に入れ休ませてやり、僕たちは園芸サークルのカリューア大温室へとやってきた。ワイバーンの魔力結晶を使った中央制御方式が売りのゴーレム温室だ。僕が退学した時点ではまだ完成していなかったので、中へ入るのは初めてになる。どんな南国フルーツが栽培されているのだろうと期待していたものの、入口の横に掲げられている看板には「ドクロヘビ繁殖センター」と書かれていた。
「なに……これ……」
「あ~、卵を孵して育てるのにちょうどいい環境が揃ってるから、間借りさせてもらってるのよね」
愕然とした表情のまま動かなくなった次席に、孵化から個体の成長度合いに応じた環境を仕切られた区画ごとに設定できるので都合がよかったのだとプロセルピーネ先生が説明してくれる。ここの温室は特に水まわりが充実していて、汲み上げたばかりの冷たい水だけでなく、室温近くに調整された水を流す機能まで用意されていた。おかげでヘビの赤ちゃんが冷たい水にビックリさせられることもなく、餌にするメダカの飼育も楽ちんというのが高評価ポイントだそうな。
「この温室は……栽培技術の発展のため……それなのに……」
「半分よっ。間借りしているのは半分だけだからっ」
次席にとってカリューア大温室は自らの実績を示す大切なモニュメントだったのだろう。それがドクロ研究所に侵食されてしまったと知り、涙ぐみながら肩をプルプル震わせている。半分は今でも園芸サークルが使用していると、必死に言い訳するプッピー。きっと、種の維持という大義を盾に後ろ暗い方法で奪ったに違いない。
「クセーラ……自爆装置のスイッチはどこ……」
「ないよっ。そんなものっ。ていうか、術式を組んだのは姉さんでしょっ」
カリューア大温室は園芸サークルが集めた資金で建設されたもの。寄贈されたとはいえ魔導院からの資金提供は受けていないのだから、処分する権利は自分にあると次席があやしげな笑いを漏らす。自爆装置はどこだと尋ねられたクセーラさんが、設計時に仕込まなかった機能があるはずないとツッコミを入れる。
「どうして……ポゥエン先生の教えを……忘れてしまったの……」
「移動できない温室が悪の手に落ちるなんて、普通は想定しないよっ」
クセーラ博士の師匠であるポゥエン先生は作品が悪用されるのを防ぐためと称して、自作の魔導器やゴーレムに自爆装置を仕込むことで有名だった。【自爆王】の教えはどうしたと問い詰められ、建物が盗まれることを心配をする奴はいねぇとクセーラさんが反論する。占拠される分にはイボ汁玉か霧化燃料弾で制圧すればよいから、建物自体を吹き飛ばすことは考えていないそうだ。
「ヘビの赤ちゃんなんて見たくもないわ……ペット部門に向かいましょう……今年孵ったヒヨコがいるはずよ……」
次席はすっかりヘソを曲げてしまった模様。かわいいヒヨコにささくれ立った心を癒してもらおうと踵を返す。残念ながら、温室の中は案内してもらえないようだ。こっちだとプッピーが案内してくれたのは、四方を耕作地に囲まれた懐かしの鳥小屋だった。今は園芸サークルとペット部門が共同で管理しているらしい。牧草の生えた休耕中のエリアでは昨年孵ったと思われる若鶏たちと、今年孵ったヒヨコたちがのんびりと日向ぼっこをしていた。さっそく発芽の精霊とベコーンたんが突撃していく。
「イッ、イノシシッ?」
「あれは精霊だから安心していいわよ」
イノシシが突っ込んできたと鳥小屋の清掃をしていた女子生徒がビックリしていたけど、うり坊の姿をした精霊でヒヨコと遊ぶことには慣れているからとプロセルピーネ先生が安心させてくれる。この女子生徒はペット部門の所属で鳥類がお気に入りだそうな。この小屋の清掃をさせたら自分に勝る奴などいないとヘルネストがお手伝いを申し出て、そのテキパキとした手際に女子生徒が呆気に取られていた。
「兄さん。あの子が本当に崖下りを身につけると言い出したらどうするつもりだったの?」
ヒヨコと遊ぶ精霊たちの様子を眺めていたところ、闇バロン君が条件を呑んだらどうしていたのだとコロリーヌが尋ねてきた。もちろん、泣こうが喚こうが容赦のないスパルタ教育でしごき抜くに決まっている。
「やると言った以上は死んでも崖下りを覚えてもらうよ。決まってるぢゃないか」
「そうじゃなくて、あの雄鶏のこと。本当に譲るつもりだったのか?」
コロリが気になっていたのは、僕が本気でバナナンダーを手放そうとしているように見えたこと。闇バロン君が乗ってこないと予想したうえでのブラフにしては、むしろ条件を呑ませたがっているように感じられたという。
「あいつにはそろそろ腰を落ち着けて、後継者を残してもらいたいからね。その時は孵ったヒヨコを訓練しようと思ってた」
一度出した条件を引っ込める僕ではない。魔導院には雌鶏がいっぱいいるので、バナナンダーの子を新たな乗騎にするつもりだったと告げておく。もう引退してもよい年齢なのだ。
「ぶ~、なんで私じゃなくてあの子なの?」
コロリは僕が闇バロン君を選んだのが気に入らないらしい 。かわいい妹にプレゼントはないのかと頬を膨らませた。そのふくれっ面にちっちゃかったころの面影を見つけて懐かしい気持ちになる。
「僕も誰かに何かを受け継いでもらいたかったのかもしれないね」
魔性グランマが闇の一族を彼に継がせたように、自分も何かを受け継がせたかったのだろうと答えておく。それが叶わなかったのは残念だけど、こればっかりは本人次第だ。強制するものではない。
――後に何も残らなくて構わない。ここにある約束をはたすことさえできれば……
子孫を残し己の知識や技能を伝えていくことが生き物の本分であるならば、生涯をかけて約束をはたすと決めた僕はとっくに道を踏み外しているのだ。タルトじゃあるまいし、どっちもなんて欲張るつもりはない。片方だけで充分だと元気いっぱいに遊んでいるヒヨコたちへ視線を戻し、あるはずのないブタさん着ぐるみパジャマに白いローブを羽織った3歳児の姿を探す。
タルトがどんな状態でいるのかわからないし、たどり着けたとしても再びこの場所でヒヨコたちと遊ばせてやれるという保証はない。だから、会えた時はせめて伝えてやろう。
赤ちゃんたちはみんな元気にしているよと……




