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道案内の少女  作者: 小睦 博
第3章 モロリーヌの夏休み

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68 ロゥリング族の戦い方

 ――ドボリッ……


 僕の左手に『ヴィヴィアナピット』が発動した手ごたえが伝わり、魔性レディの後ろで棍棒を振り上げていた男がいきなりお腹の辺りまで足元の泥に埋まった。


「なんだこれはっ……」

「説明しようっ。『ヴィヴィアナピット』とは地中から水を吸い上げて土と置き換えることでっ、指定した場所に底なし沼を作りだす術式であるっ!」


 こちらに注意を引きつけるため、高らかに術式の秘密を暴露しながら残ったもうひとりの男に『エアバースト』を放つ。殺傷性はないものの、視認しずらい空気の球を喰らって男が吹き飛んだ。

 底なし沼にハマったのは30代の男のようだ。もがけばもがくほど沈んでいく底なし沼から敵を目の前にして脱出するのは空でも飛べない限り不可能といっていい。


 魔導軽装甲なら飛行術式は積んでいないはず……


 その重量のせいで飛行や浮遊の術式を展開しなければまともに身動きも取れない魔導甲冑には、常に魔力を消費し続けるため活動時間が制限されるという欠点があった。魔力を消費せず人の筋力だけで活動できるまで軽量化された魔導軽装甲には、重量のかさむ飛行術式を積み込むだけの余裕がないのだ。


「くそっ。仲間はいなかったはずなのにっ」


 森の中を移動しながらパスパスと『エアバースト』を撃ち込む。若い方の男もこう狙われていては魔性レディの相手をすることは無理だと悟ったのだろう。先に僕を始末するつもりか、木々の陰に姿を消した。

 僕から隠れたことにはならないけどね……


「コケトリスはわたくしに任せるのですよ」

「じゃあ、頼んだよ」


 イリーガルピッチを操るのはタルトに任せて、僕は相手への嫌がらせに集中だ。彼は『エアバースト』の飛んできた方向から僕の位置を割り出そうとしているようなので、大サービスでバシバシ撃ち込んであげる。残念ながら、タルトは僕以上に彼の動きを把握したうえでイリーガルピッチを動かしているから、いくら追いかけたところで追いつける見込みはない。

 【皇帝】が森の中でロゥリング族を相手にしては勝てないと言うのも道理だった。


 こんな見通しの悪いところで一方的にレーダー射撃とか反則だわこれ……


 タルトが相手の進行方向から逸れるように位置取るため、彼はいつまでたっても見当違いの方向に走らされている。軽量化されている魔導軽装甲とはいえ20キロ近い重さはあるだろうから、長時間の全力疾走などできるはずもない。


「姿を見せろっ。チキン野郎っ!」


 とうとう体力が限界に達したのだろう。悪態をつきながら足を止めて、魔術や投げナイフのような武器を撒き散らし始めた。ロクに狙いも付けずに辺り一面を攻撃しているのは、息を整える間、僕を近づけないようにするためか?


 だけど、ここまではウォーミングアップにすぎない。ドクロワル式ダイエットは体力の限界を迎えてからが本番なのだ……


 僕は『ヴィヴィアナピット』を使って彼の足元の地面をちょっとだけ緩める。底なし沼に落っことすことはしない。こんな街の近くに底なし沼をポコポコ作ったら住民の人に迷惑だ。

 彼は底なし沼の対処法を知っているらしく、足で踏ん張らず近くにあった木を掴んで体を引き寄せた。間をおかずに、再び彼の足元に『ヴィヴィアナピット』を展開する。これで追いかけられているのはどちらなのか理解してくれただろう。


 己の立場を理解した兎が僕から距離を取ろうと来た道を戻り始めた。さあ、楽しいダイエットの始まりだ……


 足を緩めたら即『ヴィヴィアナピット』を展開し、木に登ったら『エアバースト』で撃ち落として息つく暇を与えずに強制的に走らせる。ドクロ塾名物、「泥洲乱忍愚でいすらんにんぐ」と名付けよう。気を失うまでダイエットに付き合わされる僕の気持ちをお前も味わうがいい。


「下僕、アレが欲しいのです」


 タルトが一本の木にイリーガルピッチを寄せる。そこにはあの男が投げたと思しき投擲武器がふたつほど刺さっていた。

 コイツは……


 武器を回収し追いかけっこを再開する。どうやら彼は魔性レディのいた場所へ引き返そうとしているようだ。まぁ、考えていることは予想できる。一緒にいれば底なし沼に落っことされることはないと、彼女を人質に取ろうというのだろう。


 人は極限まで疲れると思考も鈍って動きも単純になる。自然と無駄を省こうとするのだ。彼がようやくたどり着いた魔性レディにホームスチールを狙った3塁ランナーの如く真っ直ぐ突っ込んでいったとしても、それを愚かだと責めることはできない。

 たとえその手前に、すでに底なし沼が設置されていたとしても……


「なんなのっ?」


 30代の男が底なし沼から這い上がれないように棒で突いていた魔性レディは、突然現れて自分に向かってきたと思ったら、目の前で底なし沼にヘッドスライディングを決めた若い男に驚いたような声をあげた。状況に理解が追いつかないようだ。

 若い男はもう動くだけの体力が残っていないようで、胸まで泥に埋まった状態で荒い息を吐いている。


「魔性、機関の正体はムジヒダネ家ですか?」

「御子……どこでそれを……」


 信号弾を打ち上げながら尋ねたところ、魔性レディは言葉を詰まらせた。当たりのようだ。僕は先程回収しておいた投擲武器を取り出して見せる。


「烏の牙って言いましたっけ……同級生が教えてくれたんですよ」


 ムジヒダネ領の領紋デザインに使われている卍手裏剣だ。


「そういえば、魔導院にはサクラちゃんがいたわね……」


 なんだとぅ。ムジヒダネさんは自領ではサクラちゃんって呼ばれてるのか。同級生たちを恐怖に陥れた【ヴァイオレンス公爵】が?

 こいつはいいことを聞いた。今度、僕も呼んでみよう……


「この方、ムジヒダネ子爵にしてはずいぶんと若く見えますけど?」

「この男は領主様の嫡男。次期ムジヒダネ子爵よ。もう爵位を継ぐことはないでしょうけど……」


 魔性レディがその身に殺気を滾らせる。殺る前に姫ガールの居場所を吐いてもらわないと困るよ。せめて情報くらい得ておかなければ、僕が次席から折檻を喰らってしまう。


「くそっ……ガキがっ……調子に乗りやがって……許さんぞっ……」


 まだ息が整ってないサクラちゃんのお兄さんが、憎悪に燃える瞳で僕を睨みつけてきた。この状況でなにを……なにかくるっ!

 僕のロゥリングレーダーが高速で接近してくる魔力を捉えた。このスピード、間違いなく飛行している。まさか魔導騎士を待機させていた?


 魔導騎士が相手では『ヴィヴィアナピット』は用をなさない。『ヴィヴィアナロック』で捕らえたところに『タルトドリル』を装甲の隙間から突き込むしかないと魔導器を構えた僕の前に、上空からソイツが姿を現す。


 騎士じゃないっ。グリフォンッ!


 人を乗せて飛行することもできそうな成獣のグリフォンだ。この男、使い魔を隠していやがったのか。なんで?


「ヴィロードッ! なぜ貴様がヴィロードを従えているっ?」


 魔性レディはあのグリフォンに心当たりがあったようで、驚きながらもヴィロードと呼びかけている。


「今は……俺の使い魔だ……奴には過ぎたものだったのでな……」

「まさか……貴様、ヤーブドゥクを……」


 アイツ、さては人から使い魔を奪ったのか……


 このままグリフォンに襲われてはこちらも危なかったのだけど、サクラちゃんのお兄さんは疲れていたせいか判断を誤った。僕たちをやっつけることより、自分が底なし沼から脱出することを優先したのだ。


 グリフォンが前脚で主の腕を掴み引っ張り上げようとするその姿はまるで……『ヴィヴィアナロック』で拘束してくださいと言っているように僕の目には映った。


 すかさず僕はその前脚を動かない水の枷で捉える。グリフォンが雄叫びを上げて前脚を引っこ抜こうと暴れるけど、体長9メートルのチャーリーすら逃れることを許さなかった『ヴィヴィアナロック』はビクともしない。


「お前。おとなしくするならわたくしがその軛を解いてあげるのですよ」


 タルトはイリーガルピッチを羽ばたかせて『ヴィヴィアナロック』の水の壁に乗せると、後脚を水の壁に踏ん張って前脚を引き抜こうと頑張っているグリフォンに優しく声をかけた。

 軛……まさか契約者でもないのに、使い魔の契約を解いてしまおうというのか?


 グリフォンは暴れるのをやめて、3歳児の前に臣従するかのように頭を垂れる。タルトがその額に手を触れさせた瞬間、グリフォンから凄まじい殺気が放たれた。使い魔の契約が破棄されて野生の魔獣に戻ったのだ。イリーガルピッチがとっさに羽ばたいて水の壁から飛び降りる。


「下僕。ヴィヴィアナの枷を解いてあげるのです」

「大丈夫なのっ?」

「グリフォンはあの男に怒っているのです。下僕など目に入っていないのですよ」


 僕が『ヴィヴィアナロック』を解除すると、グリフォンはついさっきまで主であったはずの男の頭を引っ掴んで底なし沼から引っ張り上げ、そして力いっぱい地面に叩きつけた。


「やめ――がふぅっ!」


 そのまま体を前脚で押さえつけ、ガッガッと首筋に容赦なく嘴を突き立てる。因果応報と言うべきなのだろう。契約を解除された途端使い魔に報復されるなんて、いったいどんな扱いをしていたんだか……


 とうとうサクラちゃんのお兄さんは頭と胴体をサヨウナラさせられてしまった。あれではもうプロセルピーネ先生だって手の施しようがない。


「ヴィロード……」

「ダメですよ。もう使い魔じゃないんです。八つ裂きにされますよ」


 魔性レディが近寄ろうとするのを止め、『タルトドリル』の魔導器を構える。ヴィロードはもう野生のグリフォンなのだ。襲いかかってくるようなら迎え撃つしかない。


「気が済んだのなら、お前の生きる場所に帰るのです」


 タルトが声をかけると、ヴィロードは魔性レディに向けて甲高くひと声鳴き、討ち取った敵の首級を掴んで飛び去って行った。


「テシター。そなたにはいろいろ吐いてもらわないと――なっ!」


 魔性レディにテシターと呼ばれた男は自ら底なし沼にその身を沈ませ、直後に泥の中で『エアバースト』を炸裂させたかのようにナニカが爆発した。いくらムジヒダネ家が忍者軍団だからって、姫ガールの居場所を隠すために自決まですんのか?


「姫の居場所がそれほどの秘密なんですか?」

「こやつはあの男が陰でやってきたことを知っていた。捕らえられれば待っているのは拷問だけよ……」


 テシターはサクラちゃんのお兄さん――リコリウスという名らしい――の太鼓持ちをすることで地位を得てきたため、家中からの評判がすこぶる悪い。護ってくれる主人がいなくなりその秘密を知っているとなれば、リコリウスに冷遇されていた士族たちが許すはずないのだそうだ。


 ムジヒダネ家の事情なんてどうでもいいよ。そんなことより、次席の言いつけに逆らって何も得るものがなかったなんて、なんて言い訳すればいいんだ……


「モロリーヌ……これはどういうこと……姫はどこ……」


 言い訳を考える間もなく、長手袋にイカス鎌という一揆スタイルに身を包んだ次席が発芽の精霊を連れ立ってやってきた。


「あやつらは我を呼び出せさえすれば良いと、姫の身柄は別の者に渡してしまったそうよ」

「別の者に?」

「姫を欲しがっている者がいたような口振りだったわ」


 どうやら、機関は姫ガールをさらって魔性レディを呼び出した後、もう用はないと結社にその身柄を渡してしまったらしい。機関が壊滅してしまったので結社の正体は不明なままである。


「勝手に交戦した挙句……まともな情報すら得られなかった……そういうことね……」


 首がないのでは何も聞き出せないと次席がリコリウスの遺体をイカス鎌でつつく。


「脱がせなさい……」

「脱がすって……誰を?」

「この遺体よ……なにか結社に繋がるものを持っていないか……探すのよ……」


 うへぇ。首のない遺体から装備を剥ぐなんて……


 次席は自分の手は汚さずに全部僕にやらせた。魔導軽装甲を外してポケットや物入れに何か残っていないか改める。墓荒らしになった気分だ。発芽の精霊が植物を操ってテシターを底なし沼から引き揚げたので、そちらは魔性レディに検分してもらう。


「収穫はなしね。元から期待はしていなかったけど……」


 やはり忍者軍団だけあって、証拠を残さないようにしているようだ。


 遺体をそのままにしておくと魔物が寄ってくるので底なし沼に落っことして沈める。『ヴィヴィアナピット』は底なし沼を作るだけじゃなく、逆に埋め立てることもできるので、水を抜いて硬い地面に戻した後、発芽の精霊に植物を茂らせてもらえば魔物に掘り返されることもないだろう。

 剥ぎ取った魔導軽装甲はヘルネストへのお土産として頂戴していく。


「治療しますので、鎧下も脱いでくださいね」


 少し離れた場所にドクロワルさんとクセーラさんが荷馬車で待機していた。魔性レディが右脚に傷を負っていたけど、ドクロ先生が魔法薬と治療術で傷跡も残さず治療してくれる。


「いい腕だわ……あの人とは比べものにならないくらい……」


 魔性レディにはヤーブドゥクという名の亡くなった元婚約者がいたそうだ。魔導院に在学していたころに知り合った治療士であったという。


「成績はお世辞にも良いとは言えず、治療士としての腕前もギリギリ及第点といったところ。だけど、治療士を臆病者と侮る風潮があると知っても、ムジヒダネ領に来てくれると言ってくれたわ。もっといい仕官先だってあったはずなのに……」


 昨年、正式に治療士として認められ、今年の春には祝言を挙げる予定だったけど、冬に魔物を討伐しにいった領軍に同行して帰らぬ人となった。ヴィロードは魔性レディが使い魔として育てていたグリフォンで、婚約の贈り物としてヤーブドゥク氏に贈ったそうだ。

 騎士ではない彼を護ってくれるようにと……


「おかしいとは思っていたのよ……あの程度の魔物に伝令すら出せないまま、ひとり残らず全滅なんて……」


 そもそも騎士ではなく、領軍で事足りると判断されるような魔物である。成獣のグリフォンなら蹂躙してしまえるだろうし、数が多くて手に負えないようなら飛んで逃げてくればいい。主を失い野生に帰ってしまったはずのヴィロードをリコリウスが従えていた理由はひとつしかない。

 領軍を全滅させたのは魔物ではないのだ。


 ヤーブドゥク氏が亡くなってから、リコリウスは露骨に魔性レディに言い寄るようになったらしい。事実上の後家のようなものなのだから自分の妾になれと……

 彼女はそれを嫌がり、婚約者のいなくなってしまった穴を埋めようと看護士講座を受けることにしたのだという。


「我と縁など結ばなければ……」


 自分がムジヒダネ領に来てくれなどと言わなければヤーブドゥク氏は殺されずに済んだ。リコリウスの本性を見抜けなかった自分が彼を殺したのだと、魔性レディは涙を溢れさせていた。


「あの人もきっと我のことを恨んでいるわね……」

「多分、それは違います」


 僕はそのヤーブドゥク氏には会ったこともないけど、他にもあるいい仕官先を蹴ってムジヒダネ領に行った人が、自分の決断を他人のせいにするとは思えなかった。


 田西宿実も夢を追い、夢に破れてこの世界へと流れてきた身だ。転生トラックなどという死に方をしてしまったことは後悔している。でも、高校生活の3年間を野球なんて何も残らないものにかけて無駄に費やしたことを後悔してはいない。

 自分のやりたいことを、やりたいようにやったんだ。そこに後悔なんてあるものか。


「ムジヒダネ領に……魔性の隣にいようと決めたのはその人自身です。ヤーブドゥクという人は、自分で決めたことの責任を他人に擦り付けるような方だったのですか?」

「あの人は、そんなことしないわ……」

「なら、どうしてそう信じてあげないのです。自責の念に囚われ過ぎて、故人を貶めるのは感心しませんね」


 どうせ本当のところは誰にもわからないのだ。だったら、ヤーブドゥクは婚約者を恨みながら逝くような人間だったのだと言いふらす必要なんてどこにもない。最期まで愛した人のことを想っていたと信じてあげればいいじゃないか。

 去り際に魔性レディに向けてひと声鳴いたヴィロードは、かつての主の想いを伝えようとしたのかもしれない。わけもなくそんな気がした。


 もちろんタルトに確認したりはしない。わからないままがいいのさ……


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