686 光の降るステージ
歌合戦のトップバッターは今年の春にコンテストで最優秀に選ばれた第35代目オムツフリーナちゃんだ。年のころは20歳前といったところだろうか。クソデカリボンと背中に翼の飾りという10代の娘にしか許されない衣装で明るいソプラノを披露してくれる。
お次は33代目ちゃんのソロ。ミニスカワンピースの上から裾が膝くらいまであるコートを羽織ったような衣装で、私にお熱になっちゃえとアップテンポなラブソングを歌う。序盤はノリのよい曲で観客の気持ちをアゲていく作戦のようだ。3曲目は25代目オムツフリーナちゃんによる豊かなアルトで聴かせる壮大な雰囲気の歌で、終わったところでいったんトークタイムとなった。25代目ちゃんに35代目ちゃんが質問する形で、イベントの開催に至ったいきさつやドクロ神様の経歴をさりげなく紹介していく。
「やるね。これならオムツフリーナちゃんにしか興味のない層にも、ちゃんとドクロワルさんのことが広まる」
「オムツ機構の目的は祝詞の普及ですもの、経験が蓄積されているのでございます」
ただの歌合戦イベントで終わらせるつもりはないのだなと褒めたところ、ヴィヴィアナ様の祝詞を普及させる過程でノウハウを蓄積してきたのだと首席が解説してくれる。言われてみればそれもそうだ。フレッシュなアイドル様をダシに人を集めて、イベントの中で思想を刷り込む手口を35年にわたって磨いてきたのが全国オムツフリーナちゃん普及拡大推進機構だった。
「明確な教義も持たず、その時その時で体制に都合のよい考えを吹き込む組織か。怪しげな宗教団体よりも、よっぽどタチが悪くない?」
「そもそもの発案者がドブネズミでございましたから……」
体制側が用意した民衆を扇動する装置。それがオムツ機構の正体なのではないかと疑問を投げかけたところ、考えついた奴がドブネズミだったから仕方がないと首席は冷たい視線を向けてきた。僕はアイデアを提供しただけで、設立させたのも運用してきたのも王室のはずだ。どうして僕のせいみたいに言われるのかさっぱり理解できない。
「邪魔よ。道を空けなさい」
ヴィヴィアナ様の祝詞を人々に広めるという崇高な目的のために提供したアイデアを悪用し、自分たちにとって都合のよい組織にしたのは王室であると力説していたところ、33代目ちゃんと色違いの衣装を身に着けたピーネちゃんが舞台袖へとやってきた。トークタイムの後は「栄冠は君に輝く」だ。ドクロ神様の説明をしていた25代目ちゃんが、初代オムツフリーナちゃんのライバルだったロゥリングシスターズのひとりで最高司祭に内定しているアイドル様だとピーネちゃんを紹介している。
「あれが齢80を数えた方のダンスでございますの?」
「ロゥリング族は100歳を超えるあたりまでピンピンしてるらしいから……」
往年の年齢詐称アイドル様は相変わらずな可愛らしさを追求した仕種とあざとい7歳女児スマイルで、アリーナ席を席巻しているイベントにご一緒する異性のいない寂しい野郎どもの傷だらけなハートを鷲掴みにしてみせた。本当に80歳を超えているのかと首席が目を丸くしていたけど、人族とは年の取り方が違うだけだ。20歳前後でピークを迎えて徐々に衰えていく人族に対し、ロゥリング族は7歳より成長しない代わりにピークが100歳まで持続する。特性の違いだと説明したものの首席はわかってくれず、なんだその神に祝福された勝ち組種族はとまなじりを吊り上げた。7歳までしか成長できないというハンデキャップがどれほどのものか、恵まれたデカ女には想像もつかないのだろう。
――D.I.S.K.ピーネっちゃぁぁぁん♪
人同士がわかりあえるなんてしょせん絵空事だと絶望しかけたものの、アリーナ席でエンジェライザーを振りながら野太い声をあげている野郎どもはあっさりと心をひとつにしてみせた。この世界の生き物にもまだ希望は残されていたと安堵して……よいのだろうか。なんだか邪教徒の跋扈する地獄のような未来しか想像できない。もしかしたら、すべての生き物には滅亡へと至る因子があらかじめ組み込まれているのではないかと訝しんでいる間に「好き好きドルオータ様」のステージは終わり、ピーネちゃんが舞台袖へと引き揚げてきた。最後に大きく手を振りクルっと身体を回転させてからの振り向きスマイルとファンサービスを忘れないあたり、さすがは永遠のセンター様と感心せざるを得ない。
25代目と35代目のオムツフリーナちゃんは首席の用意した祝詞。帰ってきたロゥリングシスターズのふたりは「ポチャしゅきカーニバル」で最後に出番が回ってくるので、今からしばらく休憩だ。は~ドッコイショとピーネちゃんが舞台袖にある長椅子に腰を下ろす。
「さすがです、先生。あまりの素晴らしさに【光棒の舞手】様がひきつけを起こして倒れてしまわれましたよ」
依代であるジラント革の貫頭衣エプロンは念のためと荷物に入れて持ってきておいた。ひと目を盗んでこっそり宿ったのか発光を抑えてドワーフに成りすましたドクロ神様が舞台袖に姿を現し、天上から応援していたドルオタ神が感激のあまり意識を失ってしまったと教えてくれる。魂を回収してよいものか判断できずワルキューが困っているそうだ。
「弟子よ。さては、あいつと取引したわね。我が甥もそれを知って……」
自分を手放したはずのドルオータ様が応援していたと耳にして、裏取引があったことにピーネちゃんも気がついた模様。あっさり譲ってくれるなんておかしいと思っていたけど、ステージに復帰させる条件で承諾しやがったかとギリギリ歯を鳴らす。お前も知っていて黙っていたのだなと僕を睨みつけてきた。
「神のしもべに選択権なんてありません。諦めましょう」
「そりゃまぁ、条件付きとはいえ許してくれたんだから感謝はしてるわよ……」
神様に仕えると誓った以上、自分の身はもう自分のものではない。潔く諦めるよう告げたところ、ロゥリング娘になった時に同じような宣誓をした記憶がある。とっくの昔に自分を売り渡していたのかとピーネちゃんはガックリと首を項垂れさせた。どうやらご理解いただけたようで、絶対に譲らないと固辞されるよりはマシかとため息を吐き出す。
「皆さんは邪魔にならないようおとなしくしていましょうね」
ご主人様の手を煩わせてはいけないとドクロ神様がベコーンたんを抱き上げる。空いている長椅子のひとつに腰かければ、隣に発芽の精霊が陣取って蜜の精霊も飛んでいった。精霊たちは神様に相手してもらえるのが嬉しいようだ。お腹をナデナデされたうり坊が気持ちよさそうに身体を悶えさせている。
それではオムツ機構の手並みを拝見させていただこうと、しばらく舞台袖からオムツフリーナちゃんたちのステージを鑑賞させてもらう。選抜を勝ち抜いてきた精鋭だけあって、ダンスも歌唱もロゥリング娘の正式メンバーに引けを取らない仕上がりだ。そのうちお日様がほどよく沈んできたのか、ステージでトークをしていたオムツフリーナちゃんがお次は初代様による「澄みわたる湖に想いを込めて」ですと告げた。ただ、イントロの部分が流れ出したというのにアキマヘン嬢の姿が見えない。
と思ったら、バサバサ羽ばたく音と共に上空から初代オムツフリーナちゃんがステージへ直接舞い降りてくる。薄暗い場所での着艦なんて一歩間違っただけでアリーナ席へ落下してしまうのではと心配になったものの、ステージの床面に埋め込まれた照明が点滅をくり返し、まるで動いているかのように見える光が着陸場所を指示していた。ロミーオさんのアイデアだろうか。着陸誘導灯なんて、よく考えついたものだと感心する。
さすがに衣装はかつてのオムツ丸出し衣装でなく、丈の長いイブニングドレスな模様。アリーナ席へ半島のように突き出たステージへの着艦を成功させたアキマヘン嬢が精霊の翼を閉じたところで、ステージの縁に仕込まれている魔導器が一斉に霧を噴き出した。青や緑の灯りを反射して幻想的な雰囲気が辺りを包み込む。2代目以降にはマネのできないダイナミックな登場に、これが伝説の初代オムツフリーナちゃんかと客席は大盛り上がりだ。
「――――♪」
記憶にあるのとは異なる落ち着いた雰囲気の豊かな声で「澄みわたる湖に想いを込めて」を歌い上げるアキマヘン嬢。ちゃんと喉の調子を整えてきたのか澄んだ声がよく伸びていて、現役のオムツフリーナちゃんと比べても見劣りしない。曲が終わると翼を大きく羽ばたかせ、精霊のパワーを見せつけるかのようにステージを包み込んでいた霧を吹っ飛ばしながら星の瞬き始めた空へと舞い上がった。オリジナルエンジェライザーをピカピカ光らせながらスタジアムの上空を一周した後、いずこかへと飛び去っていく。
「本当にあの翼で飛んでるんですね……」
「使いこなすまでには相当な時間がかかったし、イボナマコに撃墜されたこともあるけどね。それより、もうすぐ出番だよ」
自前の翼で思いどおりに空が飛べるなんて夢のようだと33代目ちゃんがうわ言のように呟いていたので、感心している暇はないぞと現実へ引き戻す。すでにステージでは司会を任されたオムツフリーナちゃんが、お次は女神様に捧げられる祝詞を2曲続けてどうぞと進行しているところだ。先行は首席の方で、反対側の舞台袖から25代目ちゃんと35代目ちゃんがステージへ進み出てきた。こちらもミツバチゴーレムを箱から取り出して、魔力が充填されていることを確認する。クセーラさんも動作確認を始めた。
「20体、全部オッケーだよ」
「最初は赤と緑だったね」
用意したミツバチゴーレムは20体。これを6体ずつの3グループに分けて動かす。2体はいざって時の交代要員だ。右側の翼端灯が赤と緑のヤツを発進位置へ並べておく。準備が整ったところでステージへ視線を向ければ、光をよく反射する霧と色を変えられる照明をフル活用したど派手なステージが展開されていた。なんというか、田西宿実の記憶にあるパチンコ屋のネオンサインみたいだ。世界中を敵に回しても譲れないものがあると、25代目ちゃんと35代目ちゃんが華やかながらも力強い歌声を響かせている。
「湧き出す慈愛、傷ついた生き物を癒しいく……か、悪くないね」
「この状況で聞き分けられるのでございますかっ?」
もちろん、最初の言語で綴られている祝詞の内容は別だ。こういうことかと隣でステージを眺めていた首席に尋ねてみれば、人族の言葉に惑わされず最初の言語だけを聞き取れるのかと驚かれた。彼女はまだリスニングに自信がないらしい。
「さすがはロミーオさんだね。同じことをやっていたら、間違いなく負けていたよ」
「ぐぬぬぬ……こんなにゴーレムを用意して、いったい何をするおつもりですの?」
予想していたとおりロミーオさんはステージに仕込まれているギミックを総動員したうえで、きっちり統一感のある演出に仕上げてきた。僕が同様な演出を試みたところで、派手だけどバラバラに灯りをチカチカさせているだけって印象に終わっていただろう。相手の土俵で勝負しなくてよかったと口にすれば、何を企んでいると首席に問い質される。もちろん、サプライズの種明かしはオアズケだ。
「それじゃ、始めようか。今さら弱気になったりしないでくださいよ」
「誰に言ってんのよ?」
「もちろん、33代目ちゃんです」
「ならいいわ」
ステージを終えた25代目ちゃんと35代目ちゃんが反対側の舞台袖へと引き上げていく。今さらビビんなと気合を入れたらピーネちゃんから睨まれた。33代目ちゃんを激励しただけとごまかして、ステージへ進み出ていくふたりを見送る。
「さぁ、クセーラさん特性ゴーレムの出番だよっ」
うっし、やるぞとクセーラさんが左腕をひと振りすれば、赤グループと緑グループのミツバチゴーレムたちが浮遊の術式を起動して浮き上がった。帰ってきたロゥリングシスターズのふたりを追いかけるように次々と発進していく。ピーネちゃんたちが愛嬌たっぷりにアリーナ席へ突き出した半島部分へ進み出て、イモクセイさんによってステージの照明がやや暗めに調整される。アンドレーアの演奏する「ポチャしゅきカーニバル」が流れ出せば、ステージを囲むように配置されたミツバチゴーレムが上空から下向きに霧を噴き出した。
「光が……降ってくる……」
ミツバチゴーレムのお腹に搭載された灯りの魔導器に照らし出され、色とりどりの光がステージの周りに降りそそぐ。なんだこれはと客席が大きくどよめいて、首席が堪らず言葉を詰まらせた。ややもの悲しさを感じさせるピーネちゃんの歌声が静かに響き、上空のミツバチゴーレムがグループごとに列を作って動き始める。
「あれは……幕でございますの?」
一列縦隊となったミツバチゴーレムが高度を下げ、歌っているピーネちゃんを霧のカーテンで隠す。通り過ぎた後には33代目ちゃんが前に出てきているという演出を舞台袖から眺めて、霧に光を反射させて自由に動かせる幕にしたのかと首席が驚いていた。どうだと自慢してやりたいものの、緑グループが戻ってきたのでそんな余裕はない。黄色グループが飛び立っていくのを確認しながら急いで魔力の充填にとりかかる。すぐにまた赤グループが戻ってくるから、けっこう忙しいのだ。
何度か交代をくり返すうち、ひとつの見せ場が訪れる。光のカーテンが両側から包み込むようにふたりの姿を隠し、離れていった時にはアウターを脱ぎ捨ててノースリーブのミニスカワンピになっているという演出だ。ステージ上での衣装チェンジにアリーナ席の野郎どもは大歓喜し、これでもかと力の限りにエンジェライザーを振り上げた。
「ぐがぎぎぎ……これは……これは……」
25代目ちゃんと35代目ちゃんのステージも充分盛り上がっていたけど、帰ってきたロゥリングシスターズはもう熱狂と呼んでも差し支えないレベルだ。ロミーオさんが仕込まれた舞台装置で頂点を極めるなら、僕たちは新たな地平を切り開くまで。そこに存在するものがすべてではない。可能性はまだまだ広がっているのだと思い知っていただこう。隣へ視線を向ければ、首席は言葉を失ってプルプル震えている。
「ファンのみんな~。今日は応援ありがと~♪」
帰ってきたロゥリングシスターズのステージが終われば、そのままグランドフィナーレへ突入する。出演したオムツフリーナちゃんたちがステージへ勢揃いし、それぞれにファンへの感謝を伝えていく。そして、最後は伝説の初代様による「オムツフリーナちゃん、エンジェラ~イズ」のかけ声で締められた。




