683 策士なロミーオ
プロセルピーネ先生を連れてオムツ機構の本部が置かれているオムツフリーナちゃんパークへ向かう。プッピーのコケトリスは魔導院で孵った黒スケの孫世代で、祖父によく似た全身真っ黒な雄鶏だ。ガチな崖下りは仕込んでいないせいか、黒スケに比べると反応が鈍いとのこと。もっとも、先生としてはこいつで充分だという。
本日は仕事の打ち合わせなので北ゲートから入場し、オムツ機構の本部棟へお邪魔する。受付で普及促進事業本部長さんにアポイントがありますと告げれば、案内されたのは総裁執務室だ。室内にで~んと置かれたデカイ打ち合わせ用のテーブルを囲んでディークライ王女殿下とロミーオさんの他、先にきていたクセーラさんと33代目ちゃんにオムツ機構のスタッフたちがアレコレ話し合っていた。
「こちらがロゥリングシスターズのピーネちゃんです」
「パナシャの司祭を引き受けたプロセルピーネよ。我が甥のたわ言は聞き流してちょうだい」
今回のメインイベンターだとプッピーを紹介したところ、おかしな説明をするなとお叱りを受けた。誰に対しても下僕としか説明しない3歳児よりはちゃんと紹介していると思う。
「ロゥリングシスターズってイーナ叔母様と同時期に活動していた?」
「本人で間違いないわ。神様になったパナシャが師事していた魔導院の教員よ」
オムツフリーナちゃんミュージアムに展示されている初代様のライバルってことは、40年以上も昔のアイドル様のはず。そっちも襲名制なのかと王女殿下が寄り目になったけど、当時活動していた本人だとロミーオさんが説明を引き取ってくれる。伝説の初代オムツフリーナちゃんを僕が、ロゥリングシスターズをドクロ神様がプロデュースしていたのだと聞かされて、レジェンド本人が現れたとスタッフたちが恐れおののく。
「33代目ちゃんにはピーネちゃんとふたりで帰ってきたロゥリングシスターズを結成してもらいます」
「が、がむばります……」
ペアを組む相手がドクロ神様の最高司祭と知って33代目ちゃんは青褪めていたものの、コンテストで最優秀に選抜されただけあって覚悟は決まっているようだ。プルプルと震える手で拳を握り締めガッツポーズをとる。まずは時間のかかることから先に済ませようと、帰ってきたロゥリングシスターズのふたりと衣装担当のスタッフさんにはピーネちゃんの採寸をしてもらうことにした。その間に僕たちはイベントの内容や進行の打ち合わせだ。
「出演可能なオムツフリーナちゃんを集めて、歴代の楽曲を披露していく流れにしようと思うの。初代の代表的な楽曲である『澄みわたる湖に想いを込めて』と『栄冠は君に輝く』は外せないわね。リストの最後はパナシャに捧げる祝詞よ」
こんなイベントを企画中だとロミーオさんが大雑把に説明してくれる。説明を聞いてパッと思い浮かんだのは、田西宿実の世界で毎年恒例となっていた大晦日の歌合戦だ。もっとも、現役のオムツフリーナちゃんは10名そこそこしかいない。予定している楽曲は20曲を超えるので、交替でステージに立ってもらうことになるだろう。「好き好きドルオータ様」はもちろんピーネちゃんとして、「ヴィヴィアナ様ブラヴォー」は伝説の初代様にご出演いただけないだろうか。
「実はすべての神様に捧げる祝詞を披露するようリクエストされてる。歌唱はないから、イベントのテーマとしてオープニングとグランドフィナーレで演奏するのがいいと思う」
虚ろなる神の発生を防ぐための祝詞も披露しなければならないので、最初と最後に使おうと提案しておく。こうしておけばイベントそのものがすべての神様に捧げる祭祀ですって言い張れると思うので、仲間外れにされたと腹を立てる神様も出てこないだろう。
「神々のご機嫌を損ねたくはないわね。それをオムツ機構のテーマ曲にして、イベントの度に演奏するのはどうかしら?」
「アーレイの曲というのが腹立たしいですが、組織を象徴する楽曲はあって然るべきと考えていました。特定の神様に向けたものでないというのも都合がよろしいかと……」
どんな場面で誰が演奏してもよい祝詞なのだと説明したところ、オムツ機構の曲として採用できないかとディークライ王女殿下が言い出した。オムツ機構は祝詞の普及を目的として設立された団体だけど、教団のような宗教組織とはまったく違う。作曲者が僕ということに目をつぶれば、神様が特定されていないのは実に好都合だとロミーオさんも賛同してくれた。ちょっと聴かせろと魔導楽器を渡されたので、プコプコと演奏してみせる。
「テンポを変える分には祝詞の内容は変わらないのよね?」
「変わらないね。早口で喋るかゆっくり語るかの違いでしかないよ」
自分たちの神様を持たない種族がお祭りでチャカポコ演奏するものなので、この祝詞はわりと能天気で明るい感じに仕上げてある。テンポを変えるアレンジはアリかとロミーオさんに尋ねられたので、聞き取れないほど極端にしない限りは口調の違いでしかないと答えておく。いくつかアレンジバージョンを用意しておきたいそうだ。
「はっ、まさか楽曲使用料を徴収しようとか考えてないでしょうね?」
「しないよ。神様をひとり占めするのは後が怖いからね」
フムフムこれならと考え込んでいたロミーオさんだけど、何かに気づいたように顔を上げて僕を睨みつけてきた。楽曲使用料でひと儲けすることを企んでいるのではと疑われているようだ。なにも知らない人族ならしょうもない奴だと見逃してもらえるかもしれないけど、裏側を知っている僕がやったらマジで反抗と受け取られかねない。魂を強制回収されては堪らないのでタダにしておく。
「フッフッフ……言質は取ったわよ。この祝詞はオムツ機構が存分に活用してあげるわ」
「ぜひ、そうしてください。きっと【竈の女神】様もお喜びになることでしょう」
王族の前で口にしたからには、もう訂正や取り消しは許さないぞとディークライ王女殿下が機構のテーマ曲として採用を決定する。もちろん構わない。この祝詞は複雑な楽器を持たない種族でも奏でられるよう、とにかく演奏難易度を低くしておいた。楽器を始めたばかりの初心者が練習するにも最適で、あちこちで奏でられるようになれば神々のもとにジャンジャン信仰が捧げられるだろう。すべての神様に均等配分されるのだとしたら、田西宿実の世界で議論されていたベーシックインカムってヤツにあたるかもしれない。いずれにせよ祝詞の普及によって利益を得る真の勝者は神様たちであって、ヒャッハーと浮かれている王女殿下は利用されている小物でしかないのだ。
「それじゃ、こんな流れでどうかしら? 『澄みわたる湖に想いを込めて』を日没にあわせて、パナシャの祝詞が披露されるころには星が瞬き始めているはずよ。まぁ、天候に恵まれればの話だけど……」
入場者を飽きさせないよう、正午くらいからスタジアム周辺でミニステージを開催する。出演はオムツバックス――コンテストで優秀とされたものの最優秀には選出されなかった入賞者――の皆さんだそうな。夕刻が迫ってきたところでメインステージの幕を上げ、ヴィヴィアナ様の祝詞が日没と重なるよう進行。空が暗くなって星が見え始めたあたりで新しい祝詞をお披露目しようと、ロミーオさんが手書きでガリガリ書き殴った進行表を僕に示す。
――僕たちの戦いはこれからじゃなくて、とっくに始まってるってことだな……
予定どおり進行すれば、ドクロ神様の祝詞が披露されるころにはステージ周りがかなり薄暗くなっているはず。光をよく反射する霧と色の変わる照明を組み合わせた演出が映える環境が整うわけだ。これは彼女が最も実力を発揮できるロミーオ時空へ僕を引きずり込む一手に違いない。
「いいね。盛り上がること間違いなしだと思うよ」
よろしい、受けて立って進ぜよう。進行案に同意した瞬間、ロミーオさんの口の端がわずかに吊り上がったのを僕の目は見逃さなかった。僕を引っかけてやったとでも考えているのだろうか。ならば、【忍び寄るいたずら】様の下僕は伊達じゃないってことを思い知らせてやらねばなるまい。すべて順調に進んでいると思わせておき、成功への期待が最高潮に達したところでひっくり返すのが3歳児流だ。
「スタジアムは見学できるかな? 中はまだ見たことないんだ」
「いいわよ。案内してあげる」
とりあえず、勝負の舞台を確認しないことには始まらない。大雑把な進行表ができ上ったところで見学を申し込めば、ロミーオさんが案内してくれることになった。今日は明日から始まるイベントの準備でスタジアムが空いているので、ステージ周辺の舞台装置も解説してくれるそうだ。クセーラさんを伴ってオムツフリーナちゃんスタジアムへと向かう。
スタジアムに到着すれば全国チアリーディングコンテスト決勝大会と書かれた看板があちこちに立てられている。オムツ機構が主催するイベントだけでなく、様々な催し物に利用されているそうだ。準備作業に追われるスタッフさんたちを横目に中へ入り扇形に配置されたスタンド席から見下ろせば、奥に方形のステージとアリーナ席へ半島のように突き出たステージが目に入ってきた。
「でっか……」
「座席数では国内最大よ。収容人数では斜面や土手からの立ち見まで数えるようなところには及ばないけど」
階段状にズラリと並んだ座席につい声が漏れ、国内最大級の規模だぜぃとロミーオさんがふんぞり返る。オムツフリーナちゃんスタジアムはすべて座席となっており、来場者が座席数を超えた場合は入場制限をかけるそうだ。ステージに近づいてみれば、縁に霧を噴き出す魔導器が規則的に並べられている。オムツフリーナちゃん劇場にある向きを変える機能や昇降装置はないとのこと。屋外ステージってこともあり、メンテナンスを考慮して可動ギミックは最小限にするしかなかったとロミーオさんがため息を吐き出す。
「だけどその分、照明は充実してるわよ。ステージの床には48カ所にライトが埋め込まれていて色を変えたり点滅させることもできるの。パターンもいろいろあって、ステージの管制室からコントロールできるわ」
可動ギミックを少なくした分、照明には凝ったらしい。ステージの上部には天井が張り出しているのだけど、ステージ上を直接照らす照明に、壁などに反射させてぼんやりと照らす照明。手動だけど向きを変えられるスポットライトに床面の埋め込み照明と光を使った演出には事欠かないという。
――なるほど、これをフルに使いこなすにはノウハウの蓄積がないと無理だな……
この場所で初めて演出を担当する僕じゃ、経験豊富なロミーオさんには逆立ちしたって敵わないだろう。相手に悟られないようさり気なく、だけどしっかり自分に有利な状況を整えていくとは、さすが同級生の中で第3集団の一角を占めていた優等生。なかなかのドブネズミっぷりだと感心せざるを得ない。
「へぇ、こいつは面白そうだ」
「でしょう。もう、次から次へとアイデアが湧いてきて困っちゃうのよ」
素人がここにある舞台装置すべてを駆使しようとすれば扱いきれなくて自滅する。それがわかっているから、ご丁寧にひとつひとつ解説してくれるのだろう。使いごたえがありそうだと感想を口にすれば、ロミーオさんは機嫌よさそうにニコニコしながら使用予定の空いている日は存分に試してくれとリハーサルの優先権を約束してくれた。舞台装置の後は、アリーナ席やスタンド席の前方、後方、サイド側などいろんな位置からの眺めを確認して本部棟へ戻る。
「仮縫いは6日後です。靴も用意しておきますね」
総裁執務室へ入れば、採寸を終えたピーネちゃんたちが戻ってきていた。衣装に靴も大急ぎで仕立ててくれるそうだ。衣装案のデッサンを見せていただいたところ、33代目ちゃんとお揃いのデザインで色違いとなる模様。フリルやリボンのいっぱいついたミニスカワンピースといういかにもアイドル様って感じのデザインだから、きっとドルオタ神も喜んでくれることだろう。
イベントは20日後なのでやらなきゃいけないことが山積みだ。仮縫いには首に縄をかけてでも連れてくると約束して、僕たちは本日の打ち合わせを終えた。
「ロミーオの奴、自信満々だよっ。伯爵、勝算はあるのっ?」
カリューア家の王都別邸へ戻ったところで、あのステージで勝負するなら絶対に負けないってロミーオさんは確信している。ひっくり返す策はあるのかとクセーラさんに問い質された。どうやら、彼女も感じ取ったらしい。
――いわれなき好意は相手を警戒させると覚えておくのです……
いつだったか、タルトの口にしていた言葉が記憶の底から浮かび上がってくる。今日のロミーオさんは不自然なほどサービス精神に満ち溢れていた。ライバルに対して親切が過ぎるとクセーラさんも違和感を覚えたに違いない。ある意味天才な彼女はロジックこそメタメタだけど、なにかを感じ取るセンスは超一流。ロゥリング感覚でも捉えられない悪の波動すら魂で嗅ぎ分ける。
「あんな複雑な舞台照明、僕には使いこなせないよ。決着の時を日没後に設定したことも、いかにも使えと言わんばかりに説明してくれたことも、全部作戦のうちだね」
敵に大量の塩を送りつけるような行為をフェアプレイ精神の発露だなんて思い込むほど僕はお人好しじゃない。すべて本当の狙いから目を逸らさせるためのフェイクだ。ステージに仕込まれているギミックをどちらがより上手に活用できるかって勝負になれば、ロミーオさんの勝利は動かぬものとなるだろう。
「それがわかってるのに、無条件で全部了承したのっ?」
ロミーオさんの狙いは読めていると告げたところ、どうして文句のひとつも言わずに不利な条件を呑んだのだとクセーラさんはテーブルをバシバシ叩いて抗議してきた。もちろん、相手の土俵で勝負するつもりなんてこれっぽっちもないからだ。それに、今日のやり取りでロミーオさんの演出方針も予想がついている。これまで積み上げてきたものの集大成みたいな豪華演出を考えているに違いない。
「僕たちのすることは昔と変わらないよ。首席とロミーオさんがこれまでの集大成で挑んでくるなら――」
勝つつもりがあるのかと僕を問い詰めるクセーラさん。もちろんだ。必要が無かろうが、得られるものが無かろうが、やるからには勝利を目指す。負けてもいいなんて気持ちでマウンドに上がったりはしない。やる気がまったく感じられないぞとプンスカ怒るゴーレム担当を、僕が一度でも勝負を捨てたことがあったかと落ち着かせる。
「――こっちはまだ誰も到達したことのない頂で迎え撃つだけさ」
「そっ、そうだねっ。それが私たちの流儀だったよねっ」
経験と技量の差は創造性で覆す。いつだってそうしてきたぢゃないかと伝えれば、それでこそ僕だとクセーラさんは魔導院の生徒だったころのように破顔した。




