681 つけられなかった決着を……
これまで貴族院に並ぶ独立機関として認められていた統合礼拝殿を廃止し、宰相府の下部組織として再編する。組織のトップは長官クラスと麻呂宰相の説明が続く。これが僕の考えた無力化策だ。狙いは祭祀官と呼び名を変えることで、国王が任命した祭祀を職務とする官吏にすぎないってはっきりさせること。名称で区別されるようになれば、ドクロ神様に仕える司祭とは立場が異なると認識を改める他なくなるだろう。もちろん、勝手に司祭を名乗ればそれは身分詐称にあたる。
最悪とも言えるタイミングで採決が実施されることになった総司祭長様は顔面蒼白で肩をプルプル震わせていらっしゃるけど、事ここに至ってはもうどうしようもないと諦めていただきたい。おとなしく国王の裁定を受け入れるなら、聞き分けのよい奴と判断されて長官ポストが約束されるはずだ。
「それではいったん休会を挟むでおじゃる。宰相府組織令の改正案については議場出口で配布しておじゃるから、詳細を確認したい者は受け取るでおじゃる」
ここで約束どおり休会という名の検討時間が設けられる。貴族たちがゾロゾロと議場から出ていくものの、事務局のおっさんが配布している改正資料を受け取っている人は少数な模様。しょせんは組織の再編にすぎないと、すでに答えを決めている貴族がほとんどなのだろう。礼拝殿は神様をひとり占めしたいだけ。そんな連中にお告げの解釈を任せられるのかと問われたら、僕だってノーと答える。
「ここにいらっしゃるということは、やっぱり先輩が裏で糸を引いていたんですか?」
「僕はアイデアを出しただけで、実行することを決めたのは国王陛下だよ」
休会の間にお茶をいただいていたところ、伝説の初代オムツフリーナちゃんが指令室へ入ってきた。ドクロ神様に抱っこされている僕の姿を見つけて、思ったとおりお前の仕業かと冷たい視線を投げかけてくる。裏で糸を引くなんて言い過ぎだ。こんな手もあると提案したら、おっぱい国王と麻呂宰相がノリノリで実行したのだと伝えておく。
「それより、皆の反応はいかがでした?」
「もう、結果は決まったも同然でしょう。ほとんどの領主が、官吏でしかない総司祭長に議決権が与えられていた今までがおかしかったのだと口にされています」
アキマヘン嬢は休会になったら議場前広間の様子を確認して伝えてくれるよう、あらかじめモチカさんから偵察を依頼されていたそうだ。領主たちの反応を尋ねられて、総司祭長と呼ばれていても国王が任命する以上は官吏にすぎないという認識が広まっている。口さがない貴族に至っては、祭祀課程を卒業しただけの官吏が何様のつもりだと憤りを露わにしていたと教えてくれた。
「公の場で憤りを表すなどエレガントでありませんね。嘆かわしいことです」
「シャチョナルド侯爵夫人なのですが……」
「ごふえっ!」
陛下に対してあの態度は何事だと怒っていたのは首席であったらしい。他でもない自身が手塩にかけて育て上げた教え子だと告げられ、貴族たるもの心に余裕を持てとお茶のカップを傾けていたモチカさんの口元で爆発が起きる。
「今の絶対狙ったでしょ?」
「狙ってません。おかしな言いがかりはやめてください」
「少し見ない間にやるようになったもんだ」
「40年のどこが少しなんですか?」
お茶が変なところへ入ってしまったのかゲホゲホと苦しそうに咳き込むモチカさん。すぐにメイドさんがすっ飛んできて介抱してくれる。タイミングを計ってやがったなと問い質したものの、偶然だとアキマヘン嬢はすっとぼけやがった。こんな手で義姉を亡き者にしようだなんて、とんでもないドブネズミに育ったもんだと尿意を禁じ得ない。
「それより、統合礼拝殿を廃止する意図はどこにあるんですか?」
「自分たちには神様の後ろ盾があると勘違いしている連中に、己の立場ってもんをわからせるためだよ。そうしておかないと血の粛清が必要になってしまうからね」
モチカさんの謀殺に失敗したアキマヘン嬢が、いったい何が目的なのだとしれっとした顔で尋ねてきた。慶事を血で汚すのは忍びないから、お前たちの雇用主は神様じゃなくて国王だってことを今一度叩き込んでおくことにしたのだと説明する。これまで礼拝殿の聖職者が尊重されてきたのは、国王や領主も神様を蔑ろにするつもりはありませんと態度で示すのに相手が必要という事情があったから。早い話が神様の役を演じる役者だったわけだ。でも、ドクロワルさんが若き神となった今、もう役者の出番はない。舞台から下りる時だと理解してもらわなければ、互いに望まない結末へ突き進んでしまう。
「火種を残さないためですか?」
「そういうこと。神様に反抗した結果、怪人にされた聖職者なんて見たくないでしょ?」
「怪人じゃありません。被検体です」
ドクロ神殿と統合礼拝殿の間で戦争が始まってしまわないよう、それぞれの立場をあらかじめ整理しておく。そう説明すれば、意地悪でやっているわけではなかったのかとアキマヘン嬢は理解してくれた。わかってくれないのはドクロ神様だけだ。医学の発展に自らを捧げてくれた被検体を怪人なんて呼び方するなとブーブー頬を膨らませる。
「さて、総司祭長様はおとなしく諦めてくれましたかね」
「あの状況では、もうできることが残っていないと思いますけど……」
再開の時刻が近くなると、再び貴族たちが議場へと入場してくる。もはやこれまでと長官ポストで納得してくれないかなと口にしたところ、議場前広間はもう迂闊に礼拝殿を擁護すれば領主たちから目の敵にされるような雰囲気だったとアキマヘン嬢が教えてくれた。総司祭長様の息がかかった準爵たちも己の立場を案じて黙り込むしかなく、休会の間に反対勢力を形成できるような状況ではなかったそうな。
「もしかしたら、抗い難い雰囲気を醸し出すためにわざと派手に憤ってくれたのかもね。首席は先の展開を読むのが速いから」
「否決の流れを作ろうとする者たちが動きにくくなるようにですか?」
「もちろん、本能の命じるままに荒れ狂っていたという可能性も大いにある」
アキマヘン嬢の話を聞いていて、ふと首席がそういう雰囲気を作ってくれたという可能性に思い当たった。充分な議論がされていないだの、急いで決める必要はないと主張して、今日この場で可決されることだけはどうにか阻止しようとする連中が現れることくらい彼女なら容易に想像がつくだろう。だから、先手を打って逆らう者は容赦なく噛み殺す怪獣シュセキングに変身したのかもしれない。そこまで計算のうえで行動していたのかとアキマヘン嬢が感心していたので、あくまで推測。そういう可能性も微粒子レベルで存在するという話だと注釈をくわえておく。
「それでは採決に移るでおじゃる。統合礼拝殿の廃止及び宰相府組織令の改正に同意する者は着席したまま、反対の者は起立するでおじゃる」
貴族院に無記名投票などという制度はない。己がどのような意思を示したか隠したいだなんて、貴族にあるまじきことと考えられているのである。領主はひとり残らず座ったまま。準爵たちも悪目立ちしたくないのか誰ひとり動きをみせないなか、総司祭長様だけが静かに立ち上がった。もっとも、結果を覆せはしないと本人も諦めているのだろう。魔力から伝わってくるのは達観と決意だ。礼拝殿に所属する聖職者の代表として、満場一致で可決という結論にだけはさせられないと意地を通したに違いない。
「祭祀官……陛下の任命した官吏であると明確に定められれば、神々を盾にするような振舞いもできなくなるでしょう」
神様を言い訳に好き放題してきたから、肝心な時に誰も味方してくれないのだと復活したモチカさんが鼻を鳴らす。礼拝殿を独立機関から宰相府の下部組織に再編し、これまで神様の代理人を自称していた連中をただの官吏であると定義しなおす僕の提案は圧倒的多数によって可決された。貴族院は国王の決定を覆すことこそできないものの、最長5年の施行猶予期間を一方的に付与できるという権限が与えられている。今回はそれもなかったので公布は即日。3日間の告知期間をもうけて実施と決められた。
「内政干渉と受け取られかねないので、王国聖職者たちの処遇に関する発言は控えるようボンザレス司教から通達がありました。これまであった礼拝殿と新たに設立される神殿組織とは等間隔を保ちたいというのが本音じゃないでしょうか」
貴族院で統合礼拝殿が祭祀庁に再編されることが決まった2日後、ベコッタ司祭がカリューア伯爵家の王都別邸へ遊びにきた。次席に勧められるままお茶菓子をモグモグいただき、ペラペラと教国側の対応方針を教えてくれる。
「そういうことバラしちゃって大丈夫なの?」
「秘密にしろとは言われてませんから」
情報漏洩にあたらないのか尋ねてみたものの、差出口を挟むなという注意喚起がありましたなんて隠すほどのことではない。王国側でも予想しているだろうとベコッタ司祭が手にしたクッキーを口に放り込む。礼拝殿の聖職者たちに味方した結果、ドクロ神様から敵視されてしまうことを大使司教様は危惧しているそうだ。
「当然の対応ではあるわね……神様という後ろ盾を失った瞬間に……誰からも味方してもらえなくなるなんて……これもまたクソビッチの正義だわ……」
教国は中立の構えと耳にして、大使司教様は常識的な判断ができるようでなによりだと次席がウムウム頷いていた。礼拝殿の連中を擁護しようとする者が現れないのは、特権的な立場を利用するだけで何ひとつ役に立っていなかった証拠。自業自得だとお茶に口をつけながら、ザマァ、ザマァ……と怨念に満ちた魔力を垂れ流す。
「恨みでもあったの?」
「ウォールカリュアーにある礼拝殿の司祭長にと……王都では昇進させられない役立たずを……二度も押し付けられたわ……」
私怨かと尋ねてみれば、本当に恨みを買っていたようだ。王城にある礼拝殿ではもう先がないって窓際司祭を追い出す天下り先として、各領にある礼拝殿が都合よく利用されていたとのこと。カリューア領も例外ではなく、受け入れた途端に賄賂を要求し始めたり、育成中のオムツフリーナちゃん候補者に手を付けようとしたりと様々な問題を起こしてくれたらしい。なお、ふたりとも遠征軍に同行した先で行方不明になってしまったという。
「なるほどね。領主たちから反対意見のひとつも上がらないわけだ……」
シャチョナルド夫妻や【禁書王】が後押ししてくれたとはいえ、ちょっと順調すぎると感じていたけど、それにはちゃんと理由があった。領主たちにとっても渡りに船だったというわけだ。権威を笠に着るのもほどほどにしておかないと、それが通用しなくなった時のしっぺ返しは怖ろしいものがある。尿意がこみ上げてくるぜと震えていたところ、こちらに接近してくるいくつかの魔力を捉えた。僕の注意を引いたのは、その内のひとつから伝わってくるぶっすりと突き刺さるような感覚。離れた場所から僕をロックオンしている奴がいる。
「伯爵ぅ~。首席がコロリちゃんを連れてきたよ~。おまけにロミーオも~」
いったい何奴と警戒していたら、なんとコロリーヌが王都までやってきたらしい。クセーラさんが首席とロミーオさんの影に隠れるようにしてチョコチョコついてくるちっちゃ……くない娘を案内してきた。いや、デカ女の首席と比べれば充分ちっちゃいのだけれど、人族の10歳児くらいには相当しそうだ。
「コロリーヌ。ポロリに続いて、君までお兄ちゃんを裏切ったんだね?」
「えっ? なにを言ってるのっ?」
お前まで僕を裏切るのかと問い詰めれば、いったい何のことだとコロリはすっとぼけやがった。許せない。
「ちっちゃいころのコロリは可愛かったのにっ。なんで僕より背が高くなってるのさっ?」
「40年ぶりだっていうのに、そこなのっ?」
他に言うことはないのかとコロリがまなじりを吊り上げるけど、兄より背の高い妹など存在してはいけないのだ。僕の作ったおもちゃで喜んでくれていた妹はいなくなってしまった。悲しくて涙が溢れてくる。
「伯爵ってちっちゃいことを気にしてたんだ」
「ロゥリング族が小さいのは当たり前のことではございませんの?」
「人族ならともかく、どうして妹ふたりが僕より育ってんのさっ」
背が低いことにコンプレックスを抱いていたのかと呑気なことを口にするクセーラさん。ロゥリング族が小さいことを気にしても仕方ないだろうと首席がデカ女の余裕を見せつけてくる。相手が人族なら諦めもつくけど、どうして偉大なる長兄様が家族の中で一番ちっこくなければいけないのか。納得のいく説明を求めたい。
「自分の血を一番濃く受け継いだのは兄さんだってお母さんが言ってた。狩猟の技術もコケトリスの扱い方も、あっさり自分のものにしたって……」
「ぢぐじょうめ……」
僕は妹たちよりロゥリング族の特徴が強く出たらしい。さすがにポロリの時みたいな失敗はしなかったものの、狩猟やコケトリスの扱い方を指導されたコロリーヌはロリオカンが手加減していることを薄々察していた。魔導院に入学してから僕の話を耳にして、それは確信に変わったという。
「教養課程の年齢で当たり前のようにフラッピングスピンを使いこなすなんて、兄さんは自分の方がおかしいんだって自覚しなよ」
「やっぱり野人の中の野人。野人オブ野人だったのね」
魔導院の生徒になったコロリはもちろんコケトリス部門に所属して、僕がフラッピングスピンを使っていたことを知ったそうな。あれはシニア級競技で優勝を争うような競技者が駆使する技術。入学前から覚えているなんて非常識も大概にしろと不機嫌そうに頬を膨らませる。お前こそ野人の王様だとロミーオさんが僕を野人王認定してきた。
「お久しぶりです、コロリーヌちゃん。よく来てくださいましたね」
「げげえっ? ドクロワル先生っ!」
フラッピングスピンは右側にある的を狙うための基本的な技術である。そんなわけあるか……とふたりで言い争っていたところ、依代に降りてこられたのかドクロ神様が部屋に入ってきた。親し気に声をかけられたコロリが驚きの声をあげる。妹が在学していた時期はドクロワルさんが教員をしていた時期と重なっているから面識があってもおかしくないものの、なんだか反応が妙だ。逃走を図ろうとしているように見えるけど、もう手遅れだって気づいていないのだろうか。
「きゅっ、急用を思いつきましたので失礼しますっ」
「甘いですよ。コロリーヌちゃん」
「ぎゃあぁぁぁ――――っ!」
大切な用事があったのだとドクロ神様の手の届かない場所を駆け抜けていこうとするコロリーヌ。次の瞬間、盛大に悲鳴を上げて床に転がった。
「いだあぁぁぁ――――いっ」
「ドクロワルさんの魔力が爪先に侵入してきたって感じなかったの?」
声をかけられた時には、すでに魔力同調されこっそり爪先に侵入された後だった。天上で神様から教えてもらったのか、ドクロ神様は無詠唱タンスカドンを習得しているようだ。逃がしはしないと捕まえたコロリを椅子に縛りつける。
「おふたりにはお姉さんがたっぷりお肉を食べさせてあげますからね」
ドクロワルさんがパチンと指を鳴らすと、屋敷のメイドさんがゴロゴロとワゴンを押して部屋へ入ってくる。漂ってくるのは焼けた肉の匂いだ。どうやら、コロリもドクロお姉さんに肉を押し込まれていたクチらしい。さぁ召し上げれと、脂身率が6割くらいありそうな肉をドクロ神様が差し出してきた。
「ぐるじいぃぃぃ……」
「ダメ……もう、動けない……」
僕たちはお腹をパンパンにされ長椅子に転がった。なんでも、コロリーヌは入学してすぐドワーフ国より充実しているお菓子類にハマり、ガッツリ体重を落としてしまったらしい。もちろん速攻でドクロ先生に察知され、無理やり肉を食べさせられていたという。
「今日は果たし状を叩きつけようと参ったのに、これでは締まりませんわね」
「果たし状?」
「ええ、アーレイ君とは40年前に決着をつけ損なってございますもの」
長椅子に寝そべってウンウン唸っている僕を、情けない奴めと首席が見下ろしてくる。果たし状なんて物騒なと思ったけど、僕が自主退学してしまったせいでうやむやに終わった決着を今度こそつけてやると宣戦布告してきた。
「決着なんて、今さらどうやって?」
「神々の言語で祝詞を綴れるのは、もうアーレイ君だけではございませんのよ」




