672 彼女は事業本部長
王城に到着したモチカさんはさっそく仕事をしてくれた模様。翌日の早朝にアキマヘン家からの使者がやってきて、本日の晩餐にご招待いたしますと伝えられた。夕刻に迎えの馬車を寄越してくれるそうだ。まだ時間があるのでオムツフリーナちゃんパークへ行ってみないかとクサンディオン氏に誘われる。それもよいかと考えていたらベコッタ司祭がカリューア伯爵家の別邸を訪れた。
「ポートアーカニアから海路を使った使者の方が先に到着していました。預かってきた親書を渡して終わりです」
重要な伝令は複数のルートで伝えられる。総大司教様の崩御を伝える使者がベコッタ司祭ひとりだけなはずもなく、先に届いていた親書と内容がくい違っていないことを確認しただけで、特になにを尋ねられることもなかったそうな。約束の食べ歩きに出かけようと誘ってくる。
「オムツフリーナちゃんパークって食事処はあるんですか?」
「もちろんあります。落ち着いた雰囲気で食事をゆっくり楽しめるレストランに、軽食が人気のカフェ。手軽さが売りのフードコートと揃ってますよ」
「この国には、そんな夢のような施設があるんですかっ?」
どっちにしようか迷ったけど、オムツフリーナちゃんパークで食事ができるなら問題ない。食べ物が手に入るか尋ねてみたところ、大勢の人が集まる施設だけに各々のニーズに応じた食事処が用意されているとクサンディオン氏が教えてくれた。まるで、食べ歩くためにあるような施設ではないかとベコッタ司祭は大喜びだ。僕とベコッタ司祭、クサンディオン氏に第33代目オムツフリーナちゃんの4名で出かけることにする。どうしてか僕が逃げ出すことを警戒している次席によってコケトリスの使用が禁止されてしまったため、カリューア伯爵家の紋が入った次席の箱馬車を借りることになった。
オムツフリーナちゃんパークの場所は、かつて王国軍士官学校のあった跡地だ。王国軍にコケトリスが導入され機動力が大幅に強化された結果、王都では演習をしようにも敷地が狭すぎるという問題が持ち上がった。士官学校は郊外にあった王国軍の演習場へ移転していき、空いた土地を全国オムツフリーナちゃん普及拡大推進機構――通称、オムツ機構――が利用することになったらしい。馬車が向かっているのはお貴族様用の西ゲート。一般入場ゲートは東ゲートで、他に関係者専用の北ゲートがあるという。
「オムツフリーナちゃん劇場は2400席のメインホールを備え、屋外にあるオムツフリーナちゃんスタジアムは3万人を収容できます。他にもオムツフリーナちゃんの歴史を展示したオムツフリーナちゃんミュージアムなど……」
トコトコ進む馬車に揺られながら、すでにフルアーマー装備のクサンディオン氏がオムツフリーナちゃんパークの解説をしてくれる。劇場にスタジアム、見どころ満点の歴史博物館まであるそうな。この国の王族は限度ってもんを知らないのだろうか。
話を聞いている間に馬車が西ゲートへ到着し、33代目ちゃんが受付カウンターから関係者招待パスを3名分いただいてきた。白抜きでVIPと表記されている赤いカードで、掲示すれば楽屋裏など関係者以外立入禁止な場所にも入れてもらえるらしい。なお、本人はスタッフと白抜きされた緑色のパスを手にしている。コンテストで受賞した歴代オムツフリーナちゃんの活動状況はオムツ機構で管理されており、現役で活動中のオムツフリーナちゃんは出演者の扱いだという。
「ここオムツフリーナちゃんパーク、若しくはオムツ機構の主催するイベントでステージを披露すると、翌年まで活動中と判定されます。私は今年になってから出演していませんので、王都に滞在している間に機会があるとよいのですが……」
どうやら、最低年一回は公式イベントに出演するというノルマが課されているらしい。そろそろ出演予定を決めなくてはいけない時期なのだと33代目ちゃんが口にする。
「その心配は無用です。機会なら僕が用意しますから」
「そんなことが……」
「伊達に影の仕掛け人などと呼ばれているわけではありません。僕と出会ってしまった以上、つき合ってもらいますよ」
新たに発表する【病魔を払う癒しの手】様の祝詞を演奏するのは、やっぱりオムツフリーナちゃんが適任だろう。依代をお披露目する際に、併せて祝詞も披露しようとおっぱい国王に提案するつもりなのだ。演奏者として33代目ちゃんを確保しておく。ドクロ神様の依代と祝詞のお披露目に協賛するよう求めればオムツ機構も嫌とは言うまい。
西ゲートから入場して遊歩道をテクテク歩くと、まずはオムツフリーナちゃん劇場が見えてくる。階段状に座席がズラリと並んだメインホール以外にも、テーブル席がいくつかあるだけのこじんまりとしたサブホールもあるそうだ。本日はサブホールで第31代目オムツフリーナちゃんが出演するディナーショウが催されるとのこと。今は午前中で入場時刻はまだまだ先なのだけど、そこは招待パスってことで見学させていただいた。メインホールの舞台は床下からせり上がる昇降装置が3基に霧を噴き出す魔導器が18個、色を変えられる照明装置とギミック満載だ。ステージの裏側に舞台装置をコントロールする操作室を配置したレイアウトには見覚えがある。間違いなく、ロミーオさんが設計したものだろう。
劇場に続いてオムツフリーナちゃんミュージアムへ足を運ぶ。展示されている内容のおよそ6割は伝説の初代オムツフリーナちゃんことアキマヘン嬢と、永世名誉オムツフリーナちゃんとされたランプスさんに関するものだ。このふたりについては等身大の彫像に加えて魔導院で披露された舞台ゴーレムに水上ステージ、KIT48のステージを再現した精巧なミニチュア模型が展示されていて、どのような演出がなされていたのかパネルで説明されていた。2代目以降は等身大の肖像画で、もちろん33代目ちゃんのも飾られている。受賞当時の姿絵らしく、描かれているのは10代後半の初々しい少女だ。
――なんだこりゃ? こんな展示を許した覚えはないぞ……
順路に従って展示品に目を通していけば、初代オムツフリーナちゃんのライバル枠としてロゥリングシスターズの等身大姿絵まで飾られていやがった。これは肖像権の侵害ではなかろうか。実にけしからん。責任者を見つけたら文句を言ってやろう。
「そろそろ、お腹が空いてきませんか?」
「スタジアムの近くにカフェがありますから昼食にしましょう」
オムツフリーナちゃんミュージアムを出れば、ちょうどお天道様が空のてっぺんに登ったあたり。昼食の時間だとベコッタ司祭がそわそわし始め、スタジアムへ向かう途中にカフェがあるのだとクサンディオン氏が教えてくれる。案内されていってみれば、入口にオムツの左右から翼の生えたオムツフリーナちゃんエンブレムの飾られたカフェがあった。正式名称はオムツフリーナちゃんカフェといって、オムツライスが名物らしい。
「なるほど、オム……ツライスですか」
せっかくだからと名物を注文してみれば、具材と一緒に炒めてトマトケチャップで味付けしたご飯を薄い卵焼きで包んだ食べ物が提供された。これは田西宿実の世界でオムライスと呼ばれていたメニューだと思う。まぁ、タルトだったら間違いなくオムツ飯とか命名していたはずだ。同じようなネーミングセンスの奴がスタッフにいたのだろう。
「これはいけますねっ。名物を名乗るだけはありますよっ」
名物のオムツライスはなかなかに美味で、さすがは美食の国だとベコッタ司祭は大喜びだ。モッシャモッシャと牛のように平らげていく。
「あら、33代目じゃない。来てたんなら本部棟の方に顔出しなさいよ。水臭いわ――」
「こんにちは、事業本部長さん。ご無沙汰してます」
こいつはいけるぜとオムツライスに舌鼓を打っていたところ、昼食をとりに来たのかスーツ姿の女性たちが入店してきた。僕たちのテーブルの横を通り抜けようとして、33代目ちゃんと顔見知りなのか声をかけてくる。どうやらオムツ機構の職員で、かなり上の方の人たちのようだ。どんな奴だと思って顔をあげたところ、なんかザマス口調が似合いそうなメガネをかけたご婦人と目が合う。
「――って、どうしてアーレイがいんのよっ?」
「もしかして、ロミーオさん?」
僕の姿を確認して事業本部長だというご婦人が素っ頓狂な声をあげる。どうしてこいつを連れているのだと33代目ちゃんを問い質そうとして、クサンディオン氏が一緒なことに気がついた模様。空いている椅子に腰を下ろしながら、もしや次席の差し金かと尋ねてきた。
「カリューア家の別邸で厄介になってる。次席とクセーラさんも一緒だよ」
「次席に捕まったわけね。あ、私にもオムツライスをちょうだい。それから、このテーブルの支払いは事業本部長室で持つわ」
ロミーオさんの肩書きは普及促進事業本部長。コンテストやオムツフリーナちゃんフェスティバルの開催といった業務遂行部門の総責任者だそうな。北ゲートから入ったところにあるオムツ機構の本部棟に執務室があって、サービスの質を確認するためたまに抜き打ちで食事しにきているという。カリューア姉妹に連れられて王都まで来たのだと説明したところ、自分もオムツライスを注文して僕たちの分まで支払ってくれた。追加もオッケーと言われて、さっそくベコッタ司祭がロリヴァケーキをオーダーする。
「モチカさんが王城へ上がったって話だけど、もしかしてアーレイが関係してる?」
「耳が早いね。途中、モウアキマヘンに立ち寄ってご一緒させてもらったんだ」
「……そうするのが適切と次席が判断したってことね。王室を巻き込むなんて、今度はなにを企んでるのよ?」
アキマヘン公爵の奥方が領を離れて王都へやって来ているという情報はすでに把握済みらしい。王都の前にモウアキマヘンへ立ち寄っていたことを伝えれば、それは次席がモチカさんという伝手を頼ることに決めたという意味。生半可なことで南部派に借りを作るようなカリューア伯爵ではないから、相当な裏事情があるのだなとロミーオさんが探るような鋭い視線を向けてきた。察しのよい相手は話が早くて助かる。
「詳しくは話せないけど、新しい祝詞を作っているところなんだ。お披露目を33代目ちゃんにお願いしようと考えてるんで、オムツ機構にも協力してもらうことになるかもしれない」
「つまり、覚悟しておけってことね。面白そうじゃない」
誰のためかは明かさないまま祝詞を作曲中であることだけ伝えておく。オムツフリーナちゃんの出番もあるぞと伝えたところ、他を捨て置いてでも首を突っ込んでおかなければ後悔するって感じたのは久しぶりだとロミーオさんが唇の端を吊り上げた。転がり込んできたチャンスを逃すまいと高揚する様子は、魔導院の生徒だったころとまったく変わっていない。我らが演出総監督殿がかつてのままであるならば、イベントの詳細を考えるような仕事は全部丸投げして僕は作曲作業に集中できるだろう。
運ばれてきたオムツライスをモグモグしながら、こんな楽しそうなことから締め出されて堪るものか。オムツ機構に任せてくれればオムツフリーナちゃんフェスティバルと比べても見劣りしないイベントにしてみせると普及促進事業本部長様が請け負ってくれる。見込みもないのに安請け合いするようなロミーオさんではなく、なんとしても実現させる覚悟があるからこその決意表明に違いない。彼女は田西宿実の同類。やると決めたことには全力投球あるのみだ。力及ばずという結果に終わることもあるのが玉に瑕ってところまでよく似ている。
「結局、クレネーダーの家督は兄さんが継いだわ。クゲナンデス先輩の後を継ぐ形で企画部長を任されて以降、オーマイハニー王女殿下の側近とみなされるようになってね。王室の息がかかっていると他の領主たちから警戒されちゃったの」
食事中の話題に僕が魔導院を去ってからのことを聞き出したところ、子爵位はお兄さんのナニーモ氏が継いだとのこと。モチカさんがアキマヘン家に輿入れし、キープされていたクゲナンデス先輩はサンダース先輩のところへ嫁いでいった。ロミーオさんは寿退社した企画部長の後を任されたのだけど、コンテストの開催や襲名制への移行といった仕事をこなすうちに王女殿下の側近という立場に置かれてしまったそうだ。アーカン王国は封建国家であり、領主たちは王室主導による中央集権化にはとっても敏感。王室の言いなり領主なんてとんでもないと南部派貴族からも警戒され、諦める他なかったという。
「まぁ、代わりに準爵に推挙してもらえたんだけどね」
「えっ、じゃあクレネーダー準爵様なの?」
「そぉよぉ、なんなら足の裏を舐めさせてあげても……待って、【皇帝】も王都に?」
もっとも、領主にはなれなかったもののロミーオさんは準爵様だそうな。足の裏を舐めさせてやると言おうとして言葉を途切れさせると、近くにエロオヤジが潜んでいないだろうなとキョロキョロし始めた。ヤツの耳に入ったが最後、ありがとうございますと五体投地して舐めようとするに決まっている。
「あいつはカリューア領に置いてきたから安心していいよ」
「あぶない、あぶない。迂闊なことは口走れな……ぎゃあぁぁぁ――――っ!」
エロオヤジならウォールカリュアーで留守番だと伝えて安心させたのも束の間、ロミーオさんが悲鳴を上げて椅子から立ち上がる。何事かと思ったら、ピンク色の巨大ヒヨコが足元にまとわりついていた。
「こらこら、急に出てくるんじゃないよ」
「あんたっ、まだそんな奴と契約していたのっ?」
こいつは僕と契約している欲しがる精霊だ。普段は僕の魔力に混じっているのだけど、極まれに姿を現すこともある。きっと、ロミーオさんに遊んでもらいたいのだろう。他人をビックリさせるんじゃないと抱き上げれば、ナニカをおねだりするようにピィピィ鳴き声を上げた。仕方ないのでオムツライスの残りを食べさせてやる。
「消えちゃいました。可愛らしい精霊さんですね」
「あいつの本性を知ったら可愛いなんて感想は出てこなくなるわよ」
突然現れたクレクレはオムツライスを平らげると再び僕の魔力へ戻っていった。コケトリスのヒヨコみたいで可愛らしいと呑気なことをぬかすベコッタ司祭に、あいつは人を破滅へと導く邪悪な精霊なのだとロミーオさんが説明する。憑りつかれた者はどれほどのお宝を手に入れても満足できなくなって際限なく欲望を肥大化させていくのだと聞かされ、さすがの食いしん坊司祭様も顔色を青褪めさせていた。
「どうしてモロニダスさんは平気なんですか?」
「僕には鉄の自制心が備わっていますからね」
「アーレイに自制心なんて欠片もないわ。同類だから影響が目立たないだけよ」




