671 かつての風景はすでになく
王都へ向かうことに決めたといっても、思い立ったが吉日とすぐに出発できるわけではない。あからさまに急いでいると勘のよい官吏に察せられてしまうからだ。折しもカリューア伯爵が訪れた直後。こいつはなにかビッグニュースが飛び込んできたに違いないと探り始める輩が現れては面倒なので、城代を務めるゲイマル君は大奥様に同行する人員や行程といった準備をいつもどおり官吏たちへ丸投げした。道中で通過する領への先ぶれや宿泊場所の手配をしなくてはならないため、出発は7日後になるという。
お城にいる間は【病魔を払う癒しの手】様を讃える祝詞を作曲してすごす。魔導楽器を借りられたこともあって作業は順調だ。僕が祝詞を作っている間、モチカさんと次席は早馬を仕立てて退学者が帰国したとあちこちに報せているご様子。僕に文句のひとつも言ってやりたいという貴族は多いらしく、王都までしょっ引かれた後は覚悟しておくよう言い渡される。
「アーレイ君。豊かとか、恵まれてとか……丸々とした印象の強い言葉を意図的に選んでいませんか?」
「そんなことはありません。だいたい、武神でもないのに尖ってどうするんですか」
重い気持ちのまま祝詞を製作していたら、発光を抑えてドワーフのフリをしたドクロワルさんから丸っこさを想起させる言葉ばっかりではないかと抗議を受けた。実際に丸っこいと口にしたらドクロ塾へ放り込まれてしまうので、槍先みたいに尖ってるなんて祝詞はポルデリオンのおっさんくらいしか似合わないと告げておく。
「もっとこう……儚さや繊細さを感じさせるような祝詞に……」
「繊細で儚げなドワーフなんて難病を患ってるドワーフしかいないよ。【病魔を払う癒しの手】様が病弱だなんて、もしかしてギャグで言ってるの?」
人族より小柄だけど骨太で頑丈なのがドワーフという種族だ。繊細で儚げに感じられるとしたら、そいつはきっと不治の病に侵されもう長くはないという状況に違いない。不健康という印象を与えたら誰もお参りしてくれないぞと、己がなんの神様になったのか思い出させたところ、ドクロ神様は不満そうにブックリと頬を膨らませた。とっても丸っこい。
「もうっ、【虹の鉱脈】様が笑い転げてるじゃないですかっ」
天上にある本体はマイン様と一緒のようだ。病気を治してくれる神様が病弱では話にならんと、お腹を抱えて笑っているという。
「お腹いっぱい食べて健康的だとばっちりアピールしておくから安心していいよ」
「祝詞でまでわたしを太らせるつもりですかっ」
健康的な女性の象徴となっていただくためにも、ドクロ神様のイメージはややポチャくらいがちょうどいい。いかにもご利益がありそうで信仰もたくさん集まると説明したものの、ドクロワルさんはわかってくれなかった。祝詞をねつ造してまで自分を太っていることにしたいのかとドスドス足を踏み鳴らす。
「ええっ? アーレイ君の言うとおりにっ? そんなっ、【竈の女神】様までっ」
ところが、突如として挙動不審になったドクロワルさんが絶望の嘆きをあげる。どうやら【竈の女神】様も近くにいらっしゃったようで、健康的で美しい女性の象徴にしようというプロデュース方針に賛成票が投じられたご様子。創世の神々から支持がいただけたことで、ドクロ神様のアピールポイントは健康美と決まった。後のことはこのカリスマプロデューサー、モロPに任せていただきたい。
「ガッツリ信仰が集まるよう神様デビューさせてみせるから、期待してくれていいよ」
「ありがたくはあるのですけれど、おかしな誤解が広まりそうでとっても不安です」
これまでに得てきたノウハウを総動員してど派手にデビューさせるとプロデュースを引き受けたものの、間違った印象を植え付けるのが得意な僕だけに心配だとドクロワルさんがため息を吐き出す。【竈の女神】様がその気になってしまわれた以上、異議を唱えるわけにはいかないのだろう。プロデュース方針には同意したものの、絶対に根も葉もない嘘を広めないよう約束させられた。
王都へ向けて出発する日がきて、僕たちはモウアキマヘンのお城を後にする。モチカさんを乗せた竜車の後ろに積荷でいっぱいの荷馬車4台が続き、それを48名の歩兵とコケトリス騎兵8騎が護衛する様はさながら大名行列のようだ。いつもどおりを演出するため、無理に急がずノッシノッシと街道を進んでいく。
アキマヘン公爵の奥方だけあって、モチカさんは南部派のご婦人たちから慕われているご様子。領主のお城へ立ち寄るたびにようこそ、ようこそと奥様方が迎えてくれる。荷馬車に積んであるのは道中通過する領へのお土産だったらしく、とっても高級そうな布地などを受け取ってご婦人たちは大喜びしていた。
「そうやって、奥様方の心を買い取っていったわけですね」
「人聞きの悪い言い方をしないでください。この程度の贈り物は最低限の礼儀です」
まるで魂まで買い取る金の亡者のようだと告げたところ、お邪魔するのに手土産のひとつも用意しないのはマナーに反するとモチカさんは言い張った。互いに贈り物をしあっているので、結局は相殺されてチャラだという。
「次席はこれといった手土産を用意してなかったですけど?」
「どこにいるとも知れないアーレイ君の身柄を確保するのに、どれだけの出費を覚悟する必要があると思っているのですか。あなたの首に比べれば布地なんて安いものです」
次席は手ぶらだったよねと指摘したものの、僕の首に代わる手土産なんてあるわけないそうだ。魔導騎士を含めた軍隊を動員して大規模な捜索をするのにかかる費用に比べたら、高級織物の価格なんてたかが知れている。カリューア伯爵が手ぶらだと思っているのは僕だけとモチカさんに鼻で笑われてしまった。弱小種族はモノ扱いだなんて、この人たちには人権意識というものがないのだろうか。
依代を持ってトンズラしてやりたいところだけど、それはドクロワルさんを華々しく神様デビューさせる計画に差し障りがある。デキる男は物事の優先順位を見失ったりしないものだと自分に言い聞かせながら、おとなしくモチカさんの後にくっついて王都へ向かう。
王都モウアーカンに到着してみれば40年の間にずいぶんと様変わりしていた。お貴族様や富裕層が暮らす高級市街地が拡大した以外にも、下町の区画整理が進んで石畳の道路に排水溝といった施設が整備されたようだ。かつてKIT48が公演していた辺りも再開発の波に飲み込まれ、今ではシャレオツなカフェや店舗が立ち並ぶショッピングモールになってしまった模様。カバネズミの赤ちゃんを楽しそうに世話するタルトの姿を思い出し、記憶の中にある光景がどこにも残っていないことを寂しく感じる。
――だから、戻りたくなかったんだけどなぁ……
この国の変化を目にするたび、記憶に焼き付いた3歳児のいる風景が今現在の眺めへと否応なしに上書きされていく。田西宿実の大切な思い出が、いつしかモロニダス・アーレイの記憶へと置き換わっていったように、それはわかっていても防ぎようがない。ある日突然ふとしたきっかけで、もう思い出せなくなってしまったことに気づかされるのだ。それが嫌で、僕はアーカン王国へ近づくことを避けていた。昔のことを思い出す時には、いつだってそこにタルトがいるようにと……
そのことを察したから、ドクロワルさんは依代を託すことで僕がアーカン王国へ戻らざるを得ないようにしたのではなかろうか。エルフほどではないにせよ、人族に比べればロゥリング族は長命だ。同級生がひとり残らずイグドラシルへ還り、僕にとって居場所のない国へと変わってしまう前に帰国させようと考えたのかもしれない。
「ウヘヘヘ……モロニダスさんオススメの食事処を紹介してくださいよ」
「40年前にもあった食事処が残っているように見えますか?」
「……どこも老舗って感じはしないですね」
バナナンダーの背に揺られながら様変わりした街並みを眺めていたら、ベコッタ司祭がオムレツプリンを寄せてきた。王都のグルメ情報を教えてほしいそうだ。僕がこの国を出たのは40年以上も昔のこと。そんな以前からあったように見えるかと通り沿いに並ぶ建物を視線で示せば、その半分の歴史すらなさそうだと食いしん坊司祭様がガックリと肩を落とす。
「まぁ、僕がこの国を離れてから食品分野もずいぶんと発展したみたいなので期待していいんじゃないでしょうか。培養素なんて研究室でしか精製できなかったんですよ」
たまたま目についたオープンカフェでは、5歳くらいの女の子がロリヴァケーキをお母さんに食べさせてもらっている。身に着けている物から判断して上流階級や富裕層ということはないだろう。あそこで子供が美味しそうにパクついているケーキが、かつては王侯貴族ですら口にできないご馳走だったのだと伝えれば、どんな液体もプリンに変える魔法の粉を使ったケーキかとベコッタ司祭は瞳を輝かせた。
「あのスポンジ生地と組み合わせてケーキのようにデコレーションしたのはエルフの総督様にお招きされた晩餐でもお目にしませんでしたね。とっても美味しそうです」
クセイナーさんが出してくれたデザートより手の込んだお菓子を誰もが楽しめるなんて、これが美食の国かとおっぱいを震わせるベコッタ司祭。すべて食べきらないうちは死んでも死にきれない。アンデッドになってでも残らず味わい尽くしてやるとジュルジュル涎をすすり上げる。ご馳走のためならイグドラシルから零れ落ちることも厭わないだなんて、聖女様の教義を捨ててしまったのだろうか。
「用事を片付けたら食べ歩きにつき合いますよ。王都の食事には僕も興味がないわけじゃありません」
「でゅふふふ……約束ですよ。この国のご馳走というご馳走を食べ尽くしましょう」
戒律破りの司祭がお叱りを受けるのはまぁよいとして、僕も40年ぶりなのだ。いろいろと観光もしてみたいので食べ歩きの約束を交わしておく。次席やモチカさんがご馳走してくれるのはわかっているけど、B級グルメにはお貴族様の食卓とはまた違った魅力がある。高級ディナーをジャンクフードの完全上位互換であるとする考えには賛同できない。どっちが食べたいかと尋ねれば、タルトならこう答えるだろう。
どっちも食べたいと……
道沿いにある繁盛してそうな食事処へ視線を走らせながら、お貴族様のお通りである。控えい、控えいと大通りをノシノシ進む。遠くに王城が見えてきたところで、僕たちはベコッタ司祭をエウフォリア教国の大使館へ案内した後、カリューア伯爵家の別邸へ向かいますと護衛のひとりに告げてモチカさんの一行から離れる。教国の大使館はかつて僕がマットゥーナ司教から紹介状をいただいた時と同じ場所にあったけど、建物は建て替えられたようだ。
「それじゃ、吊るし上げられたくなかったら上手くやるんですよ」
「委細、承知してます。任せてください」
教国大使館の前でベコッタ司祭ともいったんお別れする。これから先もご馳走を楽しみたいならわかっているなと問い質せば、最低限の任務をはたしたら後は食べ歩きだと食いしん坊様はニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべた。彼女もまた一匹のドブネズミ。聖女様ご自身ではない教団組織のために将来を棒に振るようなマネはしないだろう。
ベコッタ司祭を送り届けた後、西部派貴族の王都別邸が立ち並ぶ高級市街地へ向かいカリューア伯爵家の別邸へ到着すればヘルネストの奴が先回りしていやがった。息子世代と思われる男女ふたり組と一緒に玄関先で僕たちを迎えてくれる。
――こいつ、デキる……
クサンドロス氏よりちょっと年若い。クセーラさんの息子と同年代くらいの男性が、領主である次席をさらっと無視して馬車から降りる第33代目オムツフリーナちゃんの手を取ってエスコートしていた。実に紳士らしい仕種だ。身に着けているのはオムツフリーナちゃん応援ハッピに応援ハチマキ。右腰から模造品のエンジェライザーを下げ、左腰には応援うちわを挿している。グッズを全身に装備したフルアーマー状態でお出迎えとは、全身から立ち昇るデキる男のオーラに圧倒されてしまいそうだ。
「これは次男のクサンディオン……オムツフリーナちゃんにドハマリしている……使えない方の息子よ……」
「母上、幼い私にヴィヴィアナ様を讃える巫女は大切にしなさいと教えたのはご自身ではありませんか」
サソリゴーレムの運転台から降りてきた次席が、こいつはオムツフリーナちゃんにドハマリしているドルオタなのだとフルアーマー装備のデキる男を指差す。もっとも、祝詞を捧げる巫女を大切にするよう育てたのは次席自身であるらしい。
「私は尊重するよう教えただけ……ドハマリしろとは言ってない……」
クソビッチの正義であることを息子から指摘された次席が、物事には限度ってものがあるはずだと唇を尖らせる。ここまでドハマリするとは予想していなかったのだろう。
「こっちはキクオース。クサンディオンの妻で、俺とサクラの6番目の娘だ」
女性の方はデキる男クサンディオン氏の奥さんで、なんとヘルネストの娘であるらしい。跡継ぎのコケトリオン君はサクラちゃんに似た美形だったけど、娘さんは癖のある赤毛が父親にそっくりだ。ウカツ訓練場育ちなせいかコケトリスの扱いには慣れている模様。バナナンダーに睨まれても気圧されることなく、ヨチヨチと首筋をナデナデしてご機嫌を取っている。
「あなたのことは方々から聞き及んでいます。オムツフリーナちゃんを生み出した影の仕掛け人だそうですね――」
影の仕掛け人モロPの正体を知っているようで、クサンディオン氏が鋭い視線を向けてきた。この僕に挑戦したいなら受けて立とう。オムツフリーナちゃん親衛隊は常在最前列の心構えだ。ドルオタ神にも引けを取らないと評された一心不乱のコールを錆びつかせる僕じゃない。
「――ぜひ、オムツフリーナちゃんパークをご案内させてください」
だけど、フルアーマー装備に身を固めたデキる男が申し出てきたのはオムツフリーナちゃんを激推しする施設への招待だった。




